第5話 上杉夢


 見惚れてしまった。


 肩甲骨まで伸びた綺麗な黒い髪。艶々の肌。大きな目に少し高い鼻。口も大き過ぎず、小さ過ぎない絶妙な大きさ。色白の肌に顔のパーツが均等に並んでいる。顔が小さく、座っていてもわかるスタイルの良さがひと目でわかった。

 白い小袖を着ているが、とても似合っている。部屋の真ん中で正座をして背筋をピシっと伸ばし、凛とした表情でこちらを見ている。


 なるほど。平成寄りって言ってた謙信の意味がわかる気がする。戦国時代の女性の顔立ちはもっと違ったはず。真顔は美しいが、きっと笑うと可愛いんだろうな。


 引き戸の前で立ち止まっていると、謙信の娘である、上杉夢うえすぎゆめは微笑みながら話しかけてきた。


「どうなさいました?」


 声にまたドキっとしてしまう。


「いや⋯その⋯夜分にごめんなさい⋯えっと⋯」


「どうぞ、お座りになってください」


 俺は言われた通りにその場に座る。


 やばい、俺裸足じゃん。


 胡座をかいた後に足裏を確認する。


 土とかついてないか心配だったが、ここまで雑草の上を歩いたり、床の上を結構な距離を歩いたため、汚れは殆どなかった。


 良かった。女の子の部屋を汚すところだった。


 ほっ、と一息ついてから部屋を見渡す。


 部屋の四隅には行灯があり、十分な明るさを出している。五畳程の広さではあるが、部屋には何も置いてないため、とても広く感じる。

 部屋の右側を見ると扉がある。その先は謙信が寝るのに勧めてきた物置部屋だと推測した。


「あの⋯春喜様⋯で合っていますよね?」


 部屋を一通り見渡していると、前方から微かに疑いのある音色が混じった声が飛んでくる。


 真正面から見ると本当に美人であると実感できる。

 女優さんと言われても全く疑わない。


 俺は緊張で言葉が上手く出なかった。


「⋯はい⋯そうです」


 自信のない声が出てしまった。

 やだ。カッコ悪い。


 焦っている俺を見て、夢は右手で口元を隠して肩を揺らす。


「ふふふ⋯私の方が年下なのですから、敬語はいりませんよ」


「っ!!」


 くぅーーーーー!


 手が邪魔で全面が見れなかったが、それでもその笑顔の破壊力は凄まじかった。


 か、可愛い!!


 思った通り笑った顔はそれはもう可愛かった。

 心の中叫んでしまった始末。可愛いは正義。

 しかも謙信曰く、俺の事を好いていると言うではないか。

 えー⋯そんな事ってあるー?こんな可愛い子に好かれて気分が上がらない男子はいないよな?


 つい歯が浮いてしまう。

 だがここで浮かれていてはカッコ悪いと思ったため、なるべく平静を装う。


「あっ、そうなの?⋯えっと、幾つなの?」


 女性に年齢を聞くとは失礼と言われてしまいそうだが、ここは戦国時代。コンプラは現代と違うはず。


 タメ口で聞くと、夢はスッと顔が真顔になり、今までで一番低い声で返す。


「春喜様⋯女性に年齢を聞くのは失礼かと⋯」


「すっ、すいませんでした!」


 俺は咄嗟に正座して頭を床に付けた。


 しまった!コンプラは戦国時代からあったみたいだ!


 顔を上げた俺は頭を抱えていると、夢は笑いながら少しイジワルな顔をする。艶かしさが少し滲み出ている。


 何その顔⋯反則じゃん。


「冗談ですよ。⋯私はまだ少女の年齢ですし⋯それに春吉様から少し現代そっちの知識を教えてもらっていたので⋯一度言ってみたかっただけです」


「⋯そう」


 ⋯さいですか。


 親父の名前を聞いて少し興が冷めた。


 夢は佇まいを少し直し、こほんっと一息つく。


「改めまして⋯上杉夢です」


「北春喜です。⋯君は俺の事を知ってるって聞いたけど⋯それはやっぱり親父から?」


「もちろん春吉様から春喜様については良く聞かされていました。⋯それに実際に私は現代そっちに行った際に春喜様に会っています」


「えっ⋯」


 そうなのか⋯。全く記憶がない⋯。俺はこんな美少女と会っているのに忘れているのか。なんて体たらくなやつなんだ。誰か俺を殴ってくれ。


 自分を責めていると、表情で思考が読まれてしまったのか、夢はふふふっ、と笑いながら話す。


「お互いまだ幼かったですからね。仕方ありませんわ」


「いや、本当にごめん⋯」


 この数分で何回謝ってんだ。情けない。ここまで自分が嫌になったのはいつぶりだろうか。


「⋯父上とはお話されたのですよね?」


「うん。ここが戦国時代で、『正史』と『改史』があること。俺の親父が頻繁に戦国こっちに来ていることとか。⋯そして君を⋯」


 令和に連れて行くこと。


 そして、あわよくば俺の嫁に──。


「…」


 続きの言葉が出なかった。


 流石に言えなかった。そもそもこの子は現代あっちに連れて行かれることを知っているのか。また連れて行かれる事を了解しているのだろうか。


 しかし、その疑問は直ぐに解消された。


 夢は真剣な顔でお願いしてきた。


「でしたら春喜様。⋯お願いです。⋯私を現代に連れて行ってください」

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