第10章
────まずは、布団を直す。
カーテンを開ける。
ナイトキャップを外す。
歯を磨く。
一旦髪は結ぶ。
顔を洗顔剤とぬるま湯で洗う。
コットンで美容液をよく顔に染み込ませる。ついでに顔・首周りのマッサージを行う。
アイプチはしない、恵まれていると思う。
日焼け止めベースで整える。
アイシャドウを使って目元を作っていく。
マスカラにはこだわりがある。
私の武器の一つになる。
目元が済んだら下地を塗っていく。
ある程度のメイクが済んだら、朝食の支度をする。
実家住みとはいえ、成人している以上は朝食は家族の作ったものを食べず、自炊する。
今朝は家族が炊いておいてくれた共有の白米0.5合を盛り付け、納豆、簡単に卵焼きとアボカドのサラダで済ました。
朝食はあまりとらない。起きたばかりの体にご飯はあまり心地の良いものではない。
皿洗いが済んだあと、結んでいた髪を解き、アイロンで髪を巻く。
今日はこれができた。
一昨日と昨日はあまりに泣きすぎて何もする気が起きなかった。
普段できていることが昨日はできなかった。それほど追い込まれていたのだ、と自分でも痛感した。
今日は月曜、ゼミがあるから大学に行かなくてはいけない。
一人暮らしをすればいいのに、とよく言われるが、家族が好きでなかなか離れることができない。
家から何時間も離れた大学に向かうのも、さすがに慣れた。
一昨日は先輩に助けられた。
救われたと言っても過言じゃない。
ボロボロだった私を支えてくれた。杖のような人だ。芯が強くて優しい。
こんなお兄ちゃんがいればいいな、とあの夜に思ってしまった。
昨日は丸一日、家に引きこもっていた。"メダカ"のこともあった。あんなに優しくて、強くて、凛とした彼氏が、昔の存在になった。
彼氏と親友、"メダカ"の人以外とのメッセージは極力返さない。
それが私のスタンスだった。
周りにどう言われようと、曲げるつもりはなかった。
それが一昨日、二つ消えた。
ポカンと頭の中が空っぽになった。
電車に乗るのが、今日は怖いと思った。
一昨日の夜にいたあの不審者が今日もいるのではないかと、ビクビクした。
いつも通りの朝を迎えたのだから、大学に行ってもきっと、「いつも通り」が私を迎え入れてくれる。
そう思い通学路をなぞった。
今日は四限まである。その時間で、この数日間を洗い流そうと思った。
ゼミの時間になった。
よく考えたら、私は大学の"メダカ"で繋がった学友と同じゼミを選んだのだ、"メダカ"がまだ日常にいるということだ。
これがまた、嫌で仕方なかった。
その学友は、視線を合わせては逸らし続けていた。
気になるのなら話しかけてくればいいのに。臆病な人だ。
かくいう私も、そちらばかり気にしてしまう。臆病な人間だ。
先輩は今頃なにをしているかな、バイトの支度でもしてるのかな。
来週からはシフトを入れた。これまでのサークルによって生じたブランクを説明したら店長は苦い顔をして長期休みのような形をとってくれていた。
それを謝りたいし、受け入れてくれてありがとう、と伝えたい。
これからはキチンと契約通り、週3回出勤をするつもりだ。
だがしかし、思い返してみると、手を握り、肩を抱き合いながら泣いたのだ、どんな顔をして出勤すればいいのだろう。
と、少し照れくさい気持ちもあった。
ただ、人の温もりには触れることができたが、先輩に恋愛の情は浮かばなかった。
それよりも大きなもので括られているような、そんな気がした。
「恋人」のような脆くて不確実な関係にはしたくない。そう先輩も思っていてくれると嬉しい。
何事もなく、ゼミを終えた。
帰路についた、そして少しお腹が空いた。
コンビニに寄ろう。
そうして寄ったそのコンビニに、一昨日の不審者がいた。
やはり"メダカ"の人なんだろう。
そう思った。
これからは毎日がこのような形になってしまうのか、ととても恐れた。
しかし、対象は私ではなかったようだ。
後にやってきたゼミの人が、その不審者と会話をしているのを見た。
何かをやりとりし、不審者がコーヒーを二つ買い、その人と一緒に去っていった。
少し安堵した。よかった。
もう逃げ場はないのかもしれない、と思ってしまった。
D社の目が私の生活に貼り付いている───そんな気がした。
少し絶望した。
私はこの先、おそらく大学を出るまでは、このような生活が続くのかもしれないと思うとふらつきを感じてしまった。
先輩も巻き込んだかもしれない。
申し訳なさも感じた。
ただ、私は私の日常を取り戻すのだ。そう固く決意し、電車に乗った。
電車は10分の遅延があった。
喫煙所に寄ればよかったな、と少し思った。
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