第9章
────先輩に駅で見送ってもらってから15分は経った。
先輩の手は男性のものとは思えないくらい小さく、暖かかった。
左手にまだ先輩の右手の温もりが、感触があった。
まだ夜の時間としては早いが、私の地元まで向かう電車は閑散としていた。
迎えを姉に頼んだ、駅まで迎えに来てくれるそうだった。
話すだけ話して、脱力してしまった。先輩に、話せるだけのことは話した。
それがよかったのか、どうかわからない。
ただ先輩は否定せず、話を親身になって聞いてくれた。
それがただ嬉しかった。
他人のために泣ける人なんて初めて見た。そう思った。
佳い人なんだよな、と私は改めて認識した。
このまま座ってしまうと恐らく最寄駅を寝過ごして通過してしまうかもしれない。
そう思ったので閑散とした電車の中で、立ち尽くしていた。
イヤホンをした。ピアスが少し邪魔に感じた。
だけど外す余力すら残っていない、少し痛みを感じながらイヤホンをした。
いつもの音楽で、外界をシャットアウトした。
それがとにかく心地よかった。
H市に向かうまではイヤホンをしなかった、ただ電車の揺れる音と人のざわめきを聞いていた。
すると、先程からこちらを睨みつけるかのような視線を感じた。
閑散とした電車である。一目でその視線の主がわかった。
ジロジロと見られても不快なので、車両を変えた。すると引き戸を開くところまでジッと見られていた。
怖かった、変な人だった。
車両を二つ変えた。
そこまでは視線は届かなかった。
少し安堵した。
所属している"メダカ"の少数グループに「サークルを抜けます、お世話になりました」とだけ書くとすぐに既読がつき、グループから強制退会させられた。
これで一つ肩の荷が降りた。
ほっと肩の力が抜けた。
これでいいんだ、これが良かったんだ、となだめながら言い聞かせるように自分の中で反芻した。
少し時間が経ち、最寄りまであと10分というところまできた。
個別のトークで辞めちゃうの?と何件かメッセージが届いた。
悪い人たちじゃないんだけどな、と思いながらもそれらに既読はつけず、消した。
携帯をいじっていれば2時間なんてすぐなのだ、慣れ切った電車生活は、こういうところで生きてくるのだ。
自宅から最寄りの駅にようやく着いた。
改札を抜け、姉が乗る車を探した。
首を振り、気づいたことは、先程の視線の主だった。
同じ駅で降りるなんて…と私は勘繰った。
ただちに一人でいるものだと悟られてはいけない。
急いで先輩に通話をかけた。
「おぉ、どうしたー?」と少し気怠げな、脱力した声がワンコールで出た。
「H駅からずっと一緒だった人がいて、同じ駅で降りてずっと私のこと見てるの。お姉ちゃんに車は頼んでるから、来るまで通話させてもらっていい?」
すると彼は急に真剣な声のトーンになり、「とにかくコンビニでいいから立ち寄ろう。"メダカ"の人かも知れないってことでしょう」
そんな考えは全くなかった、そうかそういう場合もあるんだ。
駆け足でコンビニに寄り、姉を待った。
先輩は心配そうに、「店員さんの近くにいるんだよ」と告げた。
何を買うわけでもないが、とにかく、品出しをする店員の背中側にいた。
程なくして姉から着いたよ、と連絡があった。
駆け足でコンビニを立ち去り、車へと向かった。
見慣れた車があり、ナンバーも同じで、姉が手を振りこっちこっち、と呼び寄せた。
助手席に飛び乗り、駅を離れた。
私を見ていた人は、改札の前に立ち尽くしていた。
一体何だったのだろうか。
姉が来てホッとして、緊張感から解かれ、眠りについてしまった。
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