第3話 目を逸らすのは、俺のほう

週末の全国ツアーがひと段落した後は、新曲発売記念イベントが待ってる。

これから毎週、平日もどこかしらのCDショップでミニライブ&ツーショット撮影・お話し会。

全国ツアーより、圧倒的に規模の小さいイベント。


――え、でも待って!?俺、いつも通りみぃちゃんと話せんのか!?!?


だってあれから、SNSの返信すら、まともに考えられない。

いつもひとりで30分くらい、書いては消して……を繰り返してた。


そんな、みぃちゃんに”ガチ恋”な俺の接触イベントなんて……やばいやばい、変な汗出てきたって!!


――イベント当日。


俺の衣装は、この前のライブで着た新衣装。

キラキラな刺繍、鮮やかな青――それより輝いて見えるのは、やっぱり”みぃちゃん”だ。

内心、来てくれた!って安心。でも……

待機列は、ツーショ撮影場所の目の前。

みぃちゃんに見られながら、他のクライマーズに笑顔を振りまく……

アイドルとオタクにとっては、いつも通りの関係性。

なのに、なのにっ……!!


みぃちゃんの番が近づいてくるごとに、手の震えと汗が止まらない!!

誰か助けてくれ!!俺、今日、死ぬんじゃないか……??


焦ってたら、すぐにみぃちゃんがスタッフさんに呼ばれる。


「次の方、どうぞ〜!カメラ、お預かりしますね」

「ありがとうございます。構図は縦で、ポーズお任せでお願いします」

「かしこまりました!あちらの赤いテープのところまでお願いしまーす!」


やばい……今日、いつもより私服、気合い入ってない!?!?

髪も下ろしてるし……反則だろ、変化球エグいって。

その変化球が、俺の心臓をぶち抜いて……ある意味本当の”デッドボール”ですわ。


「あの、よろしくお願いします……って、あれ?どうしたんですか?」

「……(みぃちゃんをガン見)」


……っと!いけね、完全に動き止まってた。ちゃんと仕事しろ、俺!!

でも、顔は引きつるわ、手も震えるわで、もう挙動不審極まりない。


「いや!いつも来てくれて、ありがとうな!(くっそ!戻ってこい俺の語彙力!)」

「こちらこそ、いつも目の保養、ありがとうございます……(照)」

「(みぃちゃんが、照れている……尊すぎ)じゃあ、ポーズ、どうしようか?」


なんとか少し会話して、いざ撮影。

ダメだ、もう早く終わってくれ……俺が保たない。


「れん様、もうちょっと寄ってくださーい!上手く撮れないです!」


よよよよよ寄る、だとぉ!?!?これ以上無理だって!!

みぃちゃんが近い……めっちゃいい匂いするし!(俺、キモぉ……)


――パシャッ


「はい、ありがとうございました〜!お出口こちらでーす」


みぃちゃんは帰り際、ニコッと笑って手を振ってくれた。

あぁ、やっぱり、みぃちゃんはファンの鑑だ。

俺はそういう芯のあるところも含めて……惚れてんだ。



――古田こた いちか、現着。


今日も、推し活ができる幸せ……

お給料入ったから、今日のために洋服、買っちゃった。

コスメも買おうかと思ったけど、私みたいな地味女には必要以上に経費、割けません。

おっと、経理部の職業病がつい。


あぁ……ミニライブも、2時間超のライブと同義。

ありがとう、クラマ。ありがとう、れん様……!!


私はこの日の予算分、CDを予約してツーショ券1枚と、お話し券2枚を獲得。

別に、私は遠くからクラメン(クラマのメンバーの略)を眺められれば、それでいいんだけどなぁ。

でも、少しでもクラマの利益や成長になるなら……と今日も貢ぐ。


あ、今日のツーショは新衣装か。

そういえば、この前のライブ、最前で号泣しちゃったんだよね。

れん様に見られてたら、何こいつ?って引かれてないかな……


そんなことを考えつつ、ツーショ撮影に臨む。


「いつも来てくれて、ありがとうな!」

「こちらこそ、いつも目の保養、ありがとうございます……(ほんと、私、視力どんどん上がるのでは??)」

「じゃあ、ポーズ、どうしようか?」


やっぱ……ステージで見るのとは全然違う。

等身大の『一ノ瀬 蓮』様が、たしかにそこにいる。

それだけで、愛しさが溢れそう……一生、推します。

この命、尽きるまで。……私、重すぎ。


ツーショ終了。……なんか、今日はれん様、笑顔が少し引きつってたような。

まぁでも多分、ツアーの疲労が相当あるんだろうな。

それでも頑張ってるの、本当に尊い……

れん様だって、人間なんだもん。ちゃんと休みとか、取れてるのかな?

お話し会まで時間空くから、カフェで写真見返してニヤニヤしよっと。


――これが私の特典会ルーティン。

お気に入りのラテを飲みながら、今日撮ったツーショも、過去に撮り溜めたツーショたちと一緒の鑑賞会。

……ん?今まで結構距離近めだったのに、今日のはやたら離れてるかも。

うん、そんな日もあるよね。私、もしかして愛が溢れすぎて変な顔してたのかな。

いやそれは、いつものことだ……写真全部そうだもん。


「お話し会の特典券をお持ちの方〜!待機列を作りますので集合してくださーい」


スタッフさんの誘導が始まったみたい。

私はラテを一気に飲み干して、ツーショの余韻に浸りながら、待機列に入る。


正直言って、ツーショは「写真を撮る」ことが目的だから、まだ緊張感はマシなほう。

でも、その点当然だけど、お話し会は「お話し」することが目的。

……そう、コミュ障オタクにとっては

話題をいくつ持ってても、推しの顔見た瞬間、全部白紙に戻される。


「あっ!さっきぶり!」

「えっ……!(歓喜と緊張で、いつも通り頭真っ白)」


『さっきぶり』……私みたいな地味オタも、覚えていらっしゃるのですか??

じゃあ、この前のあのリプも……勘違いじゃない、ってこと?

いや!そんなはずない。れん様推しの数、えげつないし。


「あのさっ!SNSで、みぃちゃんって名前でいつもコメントくれる……よね?」

「……!?(絶対バレないと思ってた)」

「もしかして違う!?だったら、俺めっちゃ失礼だよな……」

「いやいや!当たり、です……(やばい。垢特定されたら、今後の推し活に支障が……!)」

「そっか!よかった!ほんと、いつもありがとね」


「はい、お時間でーす」


あぁ、推しに完全に認知された……夢?じゃない、か……

混乱している間に、剥がされていく私。


「またね!”みぃちゃん”!」


れん様は、最後にそう言って、いつもの”王子スマイル”を見せてくれた。

みぃって名前、別に本名でもないのに……嬉しすぎて涙出た。









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