緩やかに母子草
天然王水
これから宜しくお願いします
四時限目の授業も終わり、待っていたとでも云うかの様に騒々しさを取り戻した教室。
殆どが何を云っているのか正確に聞き取れない会話や、椅子を引く音、鞄のチャックを開ける音やそれを
今、出入り口の引き戸を開ける音もした。
僕も、そろそろ寝たフリを止めようかな。
「ねぇねぇ」
お、比較的正確に聞き取れる声だ。
聞く限りでは女の子の声。如何にも少女然とした、可愛らしく落ち着きのある物。
君は誰に話し掛けてるんだろう。右の席の
斜めまで行かれると変数が増えるなぁ。考える事も増えて疲れるんだよなぁ。
含めるなら、何かしらのお菓子を口に含んでからにしたいな。
「お〜い」
相手に気付かれていないみたい。
可哀想に。
誰か教えてあげないのかな。
と云うか、寝たフリの止め時を見失っちゃった。
どうしようかな、これから本当に寝ようかな。
「ピンポ〜ン」
ガスッ……と云う乾いた音と共に、後頭部に細い何かを突き立てられた様な感覚を覚えた。
……あれ、これもしかして相手って僕?
ピンポンされたって事は、そうだと思うけど。
取り敢えず、適当に反応はしておこう。
相手への呼び掛け……トイレのノックへの返事で良いか。
「入ってま〜す」
「あらら、入ってるんだ」
どうやら相手は本当に僕みたい。
「そうだよ入ってるよ、具体的には僕の魂が入ってるよ」
「何かナレーターみたい……君は
そう云う君は誰なの?
未だに顔を伏せているから、何も見えないんだよね。
思い切って訊いてみよう。
「そう云う君は誰なの?」
「ん〜? 将来貴方と結婚する人」
「そっかぁ〜」
そうかぁ、僕は将来この声の人と結婚するんだ。
じゃあ、流石に顔を上げないとかな。
あ、でも今僕は僕の中に居る誰かだから、僕を僕にしないと駄目だよね。
「僕は僕です。
「うん、知ってるよ、御形くん」
認知されてはいるみたい。
名前もちゃんと憶えられてる。
でも、声にあんまり聞き覚え無いんだよね。
別のクラスの人かな。日出草辺りが別のクラスで僕の話でもしたのかな。
「お互い自己紹介も済んだし、そろそろ起きてくれる?」
相手に名乗られていないのに自己紹介って済むのかな?
多分済まないよね。
「まだ君の名前を知らないから、不公平かな」
「うん? 知らない? 同じクラスなのに」
同じクラスなんだ。ちょっと申し訳無いな。
もしかすると、名前だけは知ってるのかも。
「そうなの?」
「そうだよぅ。認知されてなかったなんて悲しい……ぴ〜ぴ〜……」
悲しそうな口調で
泣き真似かな。
何か、ちょっと変な人みたい。
「まぁそれはそれとして」
口調が戻ってる。
やっぱり泣き真似だった。
変な人なんだなぁ。
「私は
「ん、左右の
何か、指みたいな物で挟まれてる。
と云うか、掴まれてる?
あぁ、強引に顔が持ち上げられる……。
「おはよ、御形くん」
「おはよう……」
ご機嫌な微笑みをちょっと意地悪そうに湛えた女の子が、細めた眼で僕を見詰めてる。
この人が、駒牽七草さんかぁ。
少しだけど、見覚えがある。
いつも周囲に誰かが居て、人気者って云う印象がある人。
僕の顔を強引に持ち上げてきた辺り、結構我が儘な所もあったりするのかな。
「最初に皆が自己紹介した時にも云ったけど、もう一度云うね」
僕と目線を合わせる為に屈み込んで、駒牽さんは云う。
最初に?
最初って、何の最初だろう。
あれかな、一年生の初めに一人一人自己紹介する奴。
思えば、それから三ヶ月経ってるんだな。
その時、僕は何て云ったんだっけ……。
「これから宜しく、御形くん」
「……うん、宜しく」
眩しい笑顔に少しだけ見惚れながら、僕は頷く。
いつの間にか蟀谷から移動して頬に添えられていた両手は、指が細く、柔らかくて気持ち良かった。
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