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「やぁ、明石」
走り出した僕の足は、その少女の声で止められた。
僕と同じくらいの背格好、僕と同じような髪色、ついでに僕と同じような興奮した表情をした少女。
彼女は塔の先端を片腕で掴んで、ぶら下がっている。
僕は見惚れてしまう、彼女の綺麗な瞳に。赤い唇に。一瞬だけ、意識がぼーっとなった。
その時、彼女の口が微かに動いた。
「こっち」
甘くて、優しくて、
けれどど
こか切ないよ
うな。
彼女
の言葉は、そんな
ものだ
った。
気がつくと、彼女の顔が僕のすぐ目の前にある。
耳を澄まさずとも聞こえる、彼女のふぅふぅという荒い息が僕の心臓に大きな鼓動をつくる。
じっと瞳を見つめ合う。彼女は照れくさそうに笑った。
「じゃあ、いただきます」
そういって、彼女は、僕の眼球に歯を立てたのだった。
ぐちゅり、と音が響く。僕の中へ、骨を通じて。
────そういえば、僕の心臓はどこにあったか?
今は、そんなことはどうでもいい。
僕の体はもはや僕のものではなく、ただこの頭だけが僕として存在しているのだから。
潰れていないほうの視界の隅に、僅かに僕の身体が視える。首から下しかない僕の体は、血を噴き出しながら道に立ち尽くしている。
僕は首を斬られて、奪われて、食われる。
人間として総てを失っているようなその状態を、今は何故かそれを許せるような気がする。
あぁ、僕はやっぱりつくづく────。
千歳と友達なんだ、ろうな。
もう片方の視界も色を喪い、痛みだけが生命の証左として残る。
「ごちそうさまでした」
僕は、千歳の胸の中に抱えられた。
僕の、残骸は。
今、僕として存在しているたった少しの脳髄と骨は。
それすらもいつか、彼女に食べられてしまうのか。
それも、別に悪くない。
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