1≧X≧0…X

 僕は目を覚ました。

 視界に入ったのは、暗いコンクリートの天井。ガレージでは、ない……あれ、「ガレージ」って、なんだ?

 何かおかしい……何がおかしい?

 僕は今、何を疑問に思っていた?

 ここは紛れもなく「メインシティ」の僕の家じゃないか、それははっきりしているじゃないか。

 ここはどこかなんて、そんなに簡単な問いもない────なぜ、一瞬でも疑問に思った?

 ……惚けていたんだろう。そう納得するのが一番効率的で、一番合理的だ。

 ───合理性を、効率性を追求しなければ。僕の一挙一投足に、それらを求めなければ。

 今この瞬間だけは、それを守らなければならない。

 僕の、最初で最後の家出のために。

 ばっ、と体を起こし、立ち上がる。まだ眠気があるが構わない。僕は勢いよく頬を叩き、身体を覚醒させた。

 耳を澄ますと、コツコツと足音が聞こえる。親だか侍従だか知らないが、朝食を運びに来たのだろう。音の大きさからして猶予は50秒ほど。

 母親だったらなんとかなるかも知れないが、それ以外のときに取り返しがつかない。慎重に、かつ大胆に───そうあらなければならない。

 ベッドの下に目をやる。長いカーボンロープとハンマー、この2つさえあれば逃げられるはずだ。

 スティックPCはポケットに入っている。昨日のときから準備しておいた。抜かりはない。

 眼の前にはガラスが敷き詰められた壁がある。開けることはできない、正真正銘ただの壁。しかしそれが質量を持つ物体である以上、破壊することは不可能じゃない。

 ベッドの上に立ち、ハンマーを握って大きく振りかぶる。身体の全身から汗が吹き出るような感覚に襲われるが、緊張も臆病心ももう僕は何も知らない。

 今僕が持つすべてを、今僕を縛っているすべてを、僕は破壊する。

 手の力をすっと抜き、ハンマーを放った。

 ───外の空気を吸ったのはその時が初めてだっただろう。ガラスにヒビが入り、室内の空気と室外の空気が混じり合ってすぐ均一になる。そのイメージを思い浮かべる。

 僕は一瞬だけ頬を緩めた。

 ここから、僕の人生が始まる。

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