3秒前革命

ほげ〜船

1+2

1

 3秒前、世界はひっくり返った。

 あなたが椅子に座り、または机から立ち上がり、あるいはどんな状態でもなく、この小説を開いたその瞬間。

 その3秒前に、世界のすべてはひっくり返り、人々はすべからく絶望と希望の波に包まれたのである。

 この文章に一切の誇張はない。なぜならこれは実際に起こったことなのだから。

 あなたが四十億の命を殺し、四十億の命を作り出した。

 この物語は、この小説を読むという決断をしたあなたの、些細な、しかし大きすぎるミスを起点に動き出す。


2

「明石ィ、いつまでコンピューターいじってんの?」

 千歳は気だるそうに言う。彼女はいつも眠そうで、気だるそうだ。クマもひどい。

「ごめんけど、僕はあと2時間はやらせてもらうよ。嫌なら帰ってもいいんだぜ」

 僕の言い方が冷たいと思うかも知れないが、千歳はこのくらいがちょうどいいという。彼女にとって、友達とは気楽に付き合える間柄を指すのだ。もっとも、ガレージで同棲している状態を、果たして一般的に気楽と言うのかはわからないが。

「いいや、2時間なら待ってやる。どーせ他にやることもねぇんだし...」

 千歳と過ごす時間は楽で、心地いい。お互いがそう思っているからこそ、僕達の関係は破綻せずに成立しているのだと思う。

「終わったら一緒に遊ぼう。寝たりゲームしたりして、時間を潰せばいい。ま、頼むよ。どうしても終わらせたいことがあるからさ」

「熱心だなぁ───そんなに楽しいのか、それ」

 千歳はコンピューターに浮かぶ文字列を指さして言う。

「これ?そうだね、楽しくはないよ」

「はぁ?だったらなんでやってんだよ。めんどいだけじゃん。そんなのは、偉い研究者サマにでも任せりゃいいだろ?」

 ふふっ、と僕は微笑む。

「僕にはこれしかできないし、きっと僕以外の誰かにはこれはできやしない。そうだろ、こんなこと。偉い研究者サマはこれをする必要性に気づいているけど、やろうとはしない。誰だって長生きしたいんだから」

 千歳は全く話を聞いていなそうだ。うとうとしている。全くどうしようもないやつだ、自分から聞いた話だろうに。

 僕はそれを確認してからキーボードを打つのを再開し、もはや聞き手のいない会話にピリオドをつけようとした。

「...ま、そういうことだ───あ、できた」

 その瞬間、世界のなにかがちょっとだけ揺れ動き、ほんの少しの人々はがっかりとびっくりの波に包まれた。

 僕は一人の人生の道に石を置き、一人の人生の道から石を取り除く。

 その時、千歳ははっきりと目を覚ました。目のクマもさっぱり消えている。

 そして僕の躰をとんでもない疲れが襲い、デスクの上に倒れさせた。

 朦朧とする意識の中、千歳の声が聞こえる。

「2時間後に起こしてやるよ、それまでゆっくり休みな──もっとも、アタシの疲れはそんだけじゃ到底無くならないけど」

 あぁ、頼むよ...。その声を発したとき、僕はもしかしたらすでに夢の中にいたのかもしれない。

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