不幸を忘れたくない

勿忘

第1話


僕は大学生である。どこにでもいる平凡な大学生。そんな僕が少し昔のことを語ろうと思う。タイトルに引っかかった人が今これを読んでいるのなら少しだけ聞いて欲しい。




僕が地獄に堕ちたのは中学校3年生の時だった。ちょうど思春期でもあった。今だからこそ、思春期だったと言えるが、当時の僕はまだ子供だった。学校が全てで、いじめかも判断のつかない学校生活に絶望していた。


毎日死にたかった。


何度も何度も朝が来ませんようにと願った。ずっと起きていたら来ないんじゃないかと、そう思って外が明るくなるまで起きていたこともあった。


それでも朝は来た。


親に言ってみたことだってある。なんか今日行きたくないなって。少しだるいかもって。ズル休みしないで行きなさいって言われちゃった。ここで素直に学校が辛いと言える子だったらまた変わっていたかもしれないね。


学校へ行って、1人の日々を過ごした。どんなことがあったかは思い出したくもない。


家に帰る時はいつも高いビルを探した。都会じゃないんだからせいぜいマンションくらいしかない。それでも自分が落ちるための場所を探した。


タバコを吸ってる人が帰り道にいれば、わざと息を深く吸った。その度に副流煙がどうたらこうたら、と言われた保健の授業を思い出した。


死ぬ勇気もないくせに、自分に傷を残す勇気さえもないくせに、痛みへの恐怖心を消せないくせに、楽に死ぬ方法を探そうとして、黒い煙に縋った。


毎日毎日死ぬ事が出来ない日々を耐えた。


未来のことなんて考えることは出来なかった。


明日のことでさえも考えたくなかった。




そんな僕が今や大学生だ。

当時の僕が知ったら驚くに違いない。まだこの世にいるなんて信じないかもしれない。


それでも僕は今生きている。


しかも驚くことに、未来のことが考えられる。

最近、友人と就活の話をするんだ。これが実は僕からすると違和感しかないことなんだよ。1日が1年のように長く感じていた僕が、今は数年後のことを平気で語れるようになった。


1日はすぐに過ぎる。


数ヶ月、数年後のことだって考えられる。


毎日辛かったことを、本音を呟き続けたTwitterのアカウントだってもう開かない。


死ぬことを怖いと思う。



もう終わったんだよ。

不幸は。


それでも僕は、この不幸を忘れられないし、忘れたくもない。子供だった、思春期だったで片付けたくはない。忘れてしまえば澄んだ幸せを手にすることが出来ると分かっていても。



不幸に浸るのは楽でも、人は幸せになる権利を持っていて、それを行使しなければならない。


それも分かっている。



でも、でも、今僕があの不幸を忘れてしまえば、誰が過去の僕を救ってくれるのだろうか。


言葉にすればちっぽけでしょうもない過去でさえも、僕にとっては、僕の人生の根だ。


だからこそ、僕は自分の不幸を忘れたくない。


いつか、過去の僕に会える時までは。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不幸を忘れたくない 勿忘 @wasurena_gusa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ