これはデートなの?ヒカリちゃん

 次の日、学園には意外にもうわさ話は蔓延まんえんしていないようで、いつも通りの光景が広がっていた。だれも内緒話ないしょばなしをしたりこちらをみてくすくすと笑うなどということはなかったのだ。

  ファンクラブの生徒やら男子バレー部の生徒など、昨日の出来事が生徒間で広まる可能性を危惧していたが、案外あんがい杞憂きゆうだったようだ。

 昼休み、いつもと同じように、中庭でヒカリちゃんと昼食をとっていた。

 初めて出会った日、中庭で邂逅かいこうしてからずっと、私たちはこうして昼食をとっている。雨の日は中庭が見える学園のベランダで、休日はヒカリちゃんのことを想いながら昼食をとっている。

 「へ~そんなことがあったんだね。」

 「そうなんです!ひどいと思いませんか?ヒカリちゃん!」

 昨日起きたことを一部ぼやかしてお昼の話題にした。ヒカリちゃんに楽しんでもらえるのなら、ルームメイトに遊ばれたこともなかなか悪くはないと思えた。

 「水島さんが最初からお二人の関係性を知っていたなんて!とんだ徒労とろうでした。」

 「初めに私に聞いてくれれば、ただの生徒会の仲間だって教えてあげられたんだけどね。」

 「こんなことでヒカリちゃんの手をわずらわせたくないですもの。」

 「え~、私はリンゴちゃんに頼られるなら、どんなことでもうれしいけどなぁ」

 続けて放った、大切な後輩だもの。という言葉は耳に入らなかった。ヒカリちゃんにそんなことを言ってもらえたことがあまりにもうれしすぎて、脳が一瞬フリーズしてしまったのです。

 「水島ちゃんと金森くんといえば、私、あの二人が付き合ってるんじゃないかって思ってるんだ。」

 「水島さんと金森さんが?」

 ありえないだろう。水島さんはこれまでに5回フラれているというし、水島さんは金森さんのストーキング常習犯だ。そんな相手と付き合おうだなんて思えるだろうか。

 「お言葉ですが、ヒカリちゃん。それはありえないと思います。」

 「え~そうかなぁ?私、生徒会で金森くんと色々話すことあるんだけど、」

 その言葉に一瞬だけ、金森さんに嫉妬しっとしてしまう。こんなことなら今年は生徒会に入っておけばよかった。ヒカリちゃんは確かに人をひきいるに足る素晴らしい人間だと思っているが、去年は生徒会に入っていなかったので、生徒会に入るとは思っていなかった。

 「話し終わると水島ちゃんがやってきて金森くんと一緒に帰って行ったりするんだ。二人ともすごく仲がよさそうに見えたなぁ。」

 「水島さんと金森さんは幼馴染らしいので、ただの友人関係では?」

 「いや、金森君と話してると、私思うんだ。何か隠し事をしているって。その隠し事の正体こそ、ファンクラブ会長の水島さんと付き合っていることなんじゃないかなって思ったんだ。」

 そういえば水島さんと話している最中、一瞬言い淀んだ瞬間があった気がする。その時は特に気にしていなかったが、もしかしたら水島さんもなにか隠し事があったのかもしれない。その隠し事が二人が付き合っている…いや、やっぱりちょっと考えづらい。普通に考えてストーカーはキツイでしょう。

 「いやぁ~恋人かぁ。いいね~青春だね~」

 「そんなおじさまのようなことを言わないでください。」

 「アハハ、でも、私も来年には19歳。そろそろ大人になる準備をしておかないとね。」

 「そんな準備いりませんわ。大体の人間は準備なんてする暇もなく、体だけ成長してしまうものですもの。」

 それに、ヒカリちゃんは大人になったとしてもかわいいままに決まっていますし、ずっと若々しいままでしょう。

 「恋人かぁ、そういえば高等部になってからできてないなぁ」

 その言葉はすなわち中等部以前はできたことがあるということ。お相手がどなたか存じ上げませんがヒカリちゃんと付き合った人間がいるという事実に心のうちの嫉妬しっとの炎がメラメラと燃え上がることを感じます。元カレがどなたかわかったら、私何をしてしまうか自分でもわかりませんでした。

 「リンゴちゃんには、好きな人はいる?」

 「へ?!え、えーとそれはその…」

 「あぁごめんね?いきなり。答えづらかったら別に答えなくてもいいよ。」

 私が答えられないでいると、ヒカリちゃんは優しくそう言った。そんなこまやかな気遣いもまた、ヒカリちゃんの好きなところだ。

 「うふふ…その、そういうヒカリちゃんには、好きな方がいらっしゃるのですか?」

 その問いは、ともすれば心に深い傷を負いかねない、不用意ふよういな問いだった。しかし、

 「う~んとね、私は友達ならみんな好きかなぁ。外川けがわくんも、雨宮あまみやさんも、井上いのうえくんも、真田さなだくんも、間宮まみやさんも、鈴原すずはらさんも、清原きよはらさんも。もちろんリンゴちゃんのことだって大好きだよ。」

 ヒカリちゃんが放ったその言葉に、どうしようもなく胸が暖かくなってしまう。

 「えへへ、私もヒカリちゃんのこと、大好きです。」

 頬が染まるのを感じながら、思わずこぼれ出た本心はあまりにも不可解で耳まで真っ赤になってしまった。

 「リンゴちゃんに好きって言ってもらえるのは、先輩としてうれしいなぁ~。」

 そう、これは飽く迄あくまで先輩と後輩という関係性における好きだ。そう思ってもらえた。それでいいのだ。それで。

 「そうだ、今度の日曜日、学外へお出かけに行きませんか?」

 別にこれは水島さんにデート代にでも、とキャッシュをもらったからではない。そもそも学外ではキャッシュを使えない。だからこれは、ヒカリちゃんとデートがしたいというわけではないのだ。決して。

 「いいね、それ!最近おいしいスイーツのお店ができたらしいんだ~それに一緒にお洋服も買いたいな~。」

 楽しそうに笑ったヒカリちゃんにこちらも口元が緩んでしまった一方で、現金はあまり持ち合わせがないのでなんとかして用意しなければ、と考えていた。

 当てがないわけではない。天津あまつさんにリアルマネートレードを持ち掛けて多少の現金を用意しよう。

 その時、昼休みの終わりを示す予鈴が鳴った。もうすぐ次の授業が始まってしまう。

 「またね、リンゴちゃん。デートの計画はまた後で詰めよう。」

 そういってヒカリちゃんはすたすたと教室へ戻っていった。対して私は、その場から動けずにいた。でーと、デート、デート?

 ヒカリちゃんが、私とのお出かけをデートだと思ってくれている。その事実がどうにも心を甘ったるく弛緩しかんさせて、わくわくが止まらなかった。

 去年から何度も一緒にお出かけしているが、次のお出かけが断トツで楽しみに感じた。その日は結局、寝付くその時までヒカリちゃんとのデートのことが頭を離れなかった。


 「まだ悩んでるの~?」

 土曜日夜。私は明日着ていく服を決めることがどうにもできなくて、演劇部の活動が終わってから、クローゼットの前でずっと悩んでいた。

 「星宮先輩とのデートが大切なのはわかるけどさ~。も~適当に選んじゃってさ~さっさと寝ちゃった方が、明日ちゃんと楽しめるよ~」

 「お静かに、水島さん。」

 この厄介やっかいなルームメイトもまた、服を決めあぐねている要因の一つである。さっきから、それいいじゃん、とか、それ似合ってるよ~、とか。適当なことを言ってきて集中を乱してくるのです。こんなことなら、水島さんにデートのことを相談しなければよかった、かもしれません。

 「大体、あなたのせいですよ。水島さん。」

 そう、全部水島さんのせいだ。水島さんがデートなんて言い出さなければ、こんなにも、こんなにも思い悩むことはなかったのに。

 「え~私~?責任転嫁せきにんてんかもほどほどにしてよ~。」

 「あなたがデートとか言い出すから、こんなに心が乱れてしまうのでしょう!」

 「え~、てかさ~。別に友達同士のおでかけでもデートっていうじゃない?」

 確かに。じゃあ、ヒカリちゃんはもしかして、私のことなどなんとも思っていないのでしょうか。私とおんなじ気持ちなのではと思いあがっていたのは、私だけだったのでしょうか。

 頭の中が真っ白になってしまって、着ていく服を考えるどころではなくなってしまった。

 「ふふふ~、もうそんな気にしないでってば~。逆に言えば、デートって言葉は好き同士の関係でこそ使うんだから、これを機に好きなんです!って迫っちゃえば~?なんかいい感じになるかもよ~。」

 「って、だから私は!好きとかそういうのでは!」

 そのとき、となりの部屋からゴトゴトと音が聞こえてきた。興奮して大きな声を出しすぎてしまったらしい。

 時刻はすでに午後の9時。消灯時間は過ぎている。水島さんの言う通り、下んない夜はここまでにして、愛の幻想を抱きながら眠った方がいいのかもしれない。

 「っていうかさ~、黒内さんは元がいいんだから、これとか、これにこれ合わせるとか。ほら!めっちゃ似合ってるよ!」

 「え、そ、そうですか?」

 「そうそう、じゃあ明日はこれを着てくってことで!じゃあ、おやすみ!…ちょろ」

 一瞬水島さんがぼそっと何かを言ったように聞こえたが、うまく聞き取れなかった。

 次の日、待ちに待ったの日曜日。街に舞う日。

 事前に連絡を取り合った通り、校門の前で待ち合わせていた。

 約束の時間は朝の8時だったが、私は朝の7時に身支度を整えてしまって、浮足うきあし立って仕方がなかったので、一足先に校門で待っていた。

 30分後、約束の時間よりだいぶ早くヒカリちゃんはやってきた。

 「おまたせ、待たせちゃったかな、リンゴちゃん」

 「い、いえ。私もちょうどきたところです!」

 ヒカリちゃんに気負わせたくなくてとっさに嘘をついてしまった。それほど嘘をつくことに罪悪感を感じるたちではないものの、やはりヒカリちゃんに噓をつくときだけは、毎回胸がつかえるような感覚に陥る。

 「リンゴちゃん、その服…」

 その言葉に心臓が早鐘はやがねを打ち始めて、一気に緊張が走る。

 「とってもかわいいね!リンゴちゃんにとっても似合っているよ!」

 ヒカリちゃんに褒めてもらえた!そのうれしさと気恥ずかしさで耳まで真っ赤になってしまった。

 「ヒカリちゃんこそ、私服の姿もとってもかわいらしくって素敵です。」

 「そうかな、ありがとう。褒めてもらえてうれしいよ。」

 二人してお互いの服装を褒めるのはお出かけするとき毎回していることなので、ヒカリちゃんは私ほど照れることもなく、さらっと褒め言葉を受け取った。

 お出かけをするときは毎回服を悩んでしまうが、今回は水島さんがぱっと決めてくれたおかげで、こうやって早起きすることができたし、褒めてもらうこともできた。今は水島さんに感謝しなくては。お出かけの時は毎回早起きして身支度みじたくを整え、1時間程度早く来てしまうため、ヒカリちゃんはだんだん待ち合わせ時間よりも早く来てくれるようになってしまった。

 前に一度、私は気づかって待ち合わせより早く来なくても大丈夫ですよ。ゆっくり準備していただいて大丈夫ですよ。と伝えたことがある。そうしたらヒカリちゃんは、先輩として、後輩を待たせるわけにはいかないから、と優しく微笑ほほえんだ。その時の記憶がよみがえり、笑みがこぼれてしまう。

 「ふふふ。楽しみだね。じゃあ、行こっか。」

 「はい!」

 ヒカリちゃんの手を取って街へと歩き出す。二人で食べるスイーツは極上の味で、二人で選んだお洋服はどれもかわいくって。気づけば一瞬のうちにお昼の時間になっていた。

 「お昼、何が食べたいかな?」

 「そうですね…」

 私は、ヒカリちゃんと一緒に食べられるなら、ヒカリちゃんに楽しんでもらえるのなら別になんだってよかった。ヒカリちゃんの好みを考えて、行きたいお店として提案してみる。

 先ほど食べたスイーツにはフルーツがたっぷり入ったケーキだった。昼食にもフルーツがおいしいお店を提案してもいいが、なにもヒカリちゃんはフルーツだけが好きなわけではない。さらに、今私たちはそれぞれ片手に先ほど買ったお洋服の紙袋を持っている。このことから考えるに今最適な昼食は…

 「あ、あれ見てよリンゴちゃん!中華料理だって!おいしそうじゃない?」

 「そうですね!行ってみましょう!」

 私が導き出した昼食に最適なお店は軽食を提供しているカフェだったが、ヒカリちゃんが行きたい場所なら、どこだって大正解だ。

 「普段ここまで本格的な中華料理を食べることないから新鮮だね。」

 「ええ、それにとってもおいしいです。」 

 どの料理もおいしくって、会話も弾んだ。ただ、麻婆豆腐は辛すぎて、私は顔を真っ赤にして食べた。ヒカリちゃんは辛いものに耐性があるのか、涼しい顔をして麻婆豆腐を食べていた。

 二人でお会計を済ませた後、お店の外に出た私たちは、この後どうするか話し合っていた。

 現在の時刻は午後14時。夢華和学園の門限は18時。帰るにはまだ早いが、思いっきり遊べるような時間でもない。

 「う~ん。ヒカリちゃんはどこか行きたい場所、ありますか?」

 私は、特に行きたい場所もなく、どうしようか決めあぐねて、ヒカリちゃんに聞いていた。しかし、ヒカリちゃんも行きたい場所がパッとは出てこないようで、

 「そうだな~、なにしたいかなぁ。」

 と二人してうんうんと悩んでいた。そんな時。

 「ねえねえお嬢ちゃんたち、今から一緒に遊ばない?」

 私たち二人の大切な時間を邪魔じゃまするように、3人の男たち、もといナンパが現れた。

 嫌悪感けんおかんと怒りで男たちをにらみつけ、ヒカリちゃんを守るためヒカリちゃんの前に一歩出てこう言った。

 「ごめんなさい、お兄さんたち。私たち二人でデート中なんです。どうかそこをお立ち退きおたちのきくださらないかしら?」

 「え~じゃあ俺たちも混ぜてよ~。人数いる方が楽しいよ~。」

 「おいおい、この子たち、近くの学園の子じゃね?しかも、顔も体もかなりの上玉じゃねえか。」

 言うが早いか、男たちは私の腕をつかんできて、私は突然男性に腕をつかまれたことに驚いてしまった。

 「なっ…!」

 「ねぇいいでしょ~ほら、俺ら楽しめる場所知ってるからさ~。」

 「やめてください!や、やめ」

 掴まれた腕を振りほどこうとして腕を引っ張るも、男性の力には勝てず、逆に引き寄せられそうになってしまった。

 その時、私の腕をつかんでいた男の股間に鋭い蹴りが入った。

 「あ~ごめんなさいお兄さん。私、けっこう足癖あしくせ悪くって。これ以上私の大切な後輩に手を出そうっていうなら、今度はその大切なお顔に私の足跡がついちゃうかもしれないです♪」

 私の腕をつかんでいた男は突然の痛みに悶絶もんぜつし、思わず私の腕を放していた。

 「て、てめえ!」

 「行こう、リンゴちゃん。」

 そういって私の手を取ったヒカリちゃんと二人で走り出し、私たちはその場から脇目も振らずに逃げ出した。

 入り組んだ道や人通りの多い場所を通って逃げていると、幸いにして男たちに追いつかれることはなく、荷物を持って走っていた私たちは息も絶え絶えになっていた。

 「だいじょうぶ?リンゴちゃん、怪我はない?」

 「ええ、大丈夫です。その、ごめ」

 「ごめんね!リンゴちゃん!私がしっかりしてなかったばっかりに、怖い思いさせちゃったよね。」

 私が謝り終える前に、ヒカリちゃんは私を抱きしめた。

 その体が、あまりにも温かくて。あまりにも心地よくて。私は恍惚こうこつとした表情でその状況を楽しんでしまっていた。

 「い、いえ~、大丈夫ですわ。ヒカリちゃんにぃ、なんともなくって、何よりですぅ。」

 私がそういうと、ヒカリちゃんはぱっと私を放しました。その瞳は潤んでいて今にも泣きそうな表情なのでした。

 「ヒカリちゃんこそ、怖かったですよね。私のために頑張ってくれてありがとう。」

 そういって、ヒカリちゃんの頭をなでる。ヒカリちゃんの髪はサラサラで、触り心地が最高だった。

 ヒカリちゃんは肝試しを怖がるタイプなので、私を助けるためにとっても頑張ってくれたのだと思いました。そんなヒカリちゃんを落ち着かせるために、もといもっとヒカリちゃんの撫で心地を楽しむために、ヒカリちゃんが落ち着くまで撫でてあげた。

 1、2分経つと、ヒカリちゃんは落ち着いたようで、私のもとを離れていった。

あぁ、もっと撫でていたかったなぁ。

 「ありがとう、リンゴちゃん。ねえ、私行きたい場所できたな。」

 「行きたい場所、ですか?」

 私はもうあのような輩に出会わないために学園に帰ることが賢明けんめいだと考えていた。しかし、ヒカリちゃんは行きたい場所ができたようだ。ヒカリちゃんの行きたい場所は私の行きたい場所。私はヒカリちゃんの行きたい場所へついていくことに決めた。

 「その、行きたい場所とは?」

 「うん!今から二人でカラオケ行かない?」

 女性二人でカラオケなど、それこそナンパに狙われそうな危険な選択であると思ったが、私は決してそんな考えを表に出さず、ヒカリちゃんに肯定の意を返した。

 「いいですね!最近演劇部の活動もキツいものが多いですし、今日はしっかり羽を伸ばしましょう!」

 演劇部の活動がキツいのは主にヒカリちゃんだ。私はそこまで大きい役をやっていないが、ヒカリちゃんは次の舞台の主役級の役をもらっている。ヒカリちゃんの容姿、声、あふれ出るカリスマ性ならば当然だ。

 ヒカリちゃんは一瞬にして近くのカラオケ店を調べて予約の電話を入れた。日曜日なので予約は空いていないかと思われたが、意外にも部屋を取ることができたらしく、時間をつぶす必要もなくそのカラオケ店へ向かっていった。

 二人分のドリンクバーをつけて、部屋に入った。ナンパから逃げたあとようやく荷物を下ろして腰を落ち着けることができた。

 「リンゴちゃんは何飲みたい?私がとってくるよ。」

 「い、いえ。私がとってきますよ。」

 ヒカリちゃんのやさしさに甘えたくなってしまうが、ここはヒカリちゃんに休んでもらおう。あんなことがあったのだ。すこしでもヒカリちゃんには楽しんでもらいたい。

 「ええ~そう?じゃあ、私はフルーツジュースがあったら、そういうのをお願いしようかな。」

 「わかりました!すぐ持ってきますね!」

 そんなに焦らなくてもいいよ~という言葉を背に受けてドリンクバーへと歩き出す。私はお茶がいいかな。

 ヒカリちゃんはフルーツジュースがいいといったが、ドリンクバーにはオレンジジュースとジュースがあった。どちらも定番のフレーバーだが、ジュースはのどにいいという話を聞いたことがある気がする。逆にオレンジジュースのような柑橘系のジュースはのどへの刺激が大きく、歌を歌う際にはよろしくないらしい。

 私はお茶にしようと思っていたが、お茶の類がウーロン茶しかなかったため、私もジュースにした。ヒカリちゃんは氷を入れることを好まないが、私は冷たいほうが好みなので氷を入れて、部屋へ戻った。

 「おかえり~ありがと~。」

 「いえいえ、これくらいなんてことないです。」

 「お、氷なしジュース?さっすがリンゴちゃん、わかってるね~」

 こんなちょっとした褒め言葉でも私は照れてしまう自分に嫌になっちゃう。本当に。

 ただ、こんなちょっとしたことでうれしくなってしまうからこそ、私はヒカリちゃんのことが大好きなんだと自覚することができて、なんともいえない、暖かい気持ちになった。

 「リンゴちゃんは何歌う?」

 「えーっと、私はこれとか、あとこれとか…」

 「おおいい選曲だね~。」

 「えへへ。ヒカリちゃんはどういう歌が好きなんですか?」

 「う~ん私はね~…これとか歌おうかな。」

 ふたりで次々に歌う曲をリストアップしていく。ヒカリちゃんはとってもかわいい曲が好きなようで、選曲がかわいい曲ばかりだった。

 「ヒカリちゃん、お先に歌いますか?」

 「え、いいの?じゃあお先に失礼しようかな~。」

 そういうとヒカリちゃんはマイクをもって、最初に歌う曲を予約した。

 「~~~~~~~~~♪」

 あまりのヒカリちゃんの美声びせいに酔っていた。歌っている姿はあまりにも美しく、鮮やかで、聞いているだけで幸せな気持ちになってしまった。

 カラオケから出てきたとき、時刻は17時30分を示していた。

 至福しふくの時はあっという間に過ぎ去り、すでに帰らなければならない時間となっていた。

 「とっても楽しかったですね!ヒカリちゃん!」

 「うん!リンゴちゃん、歌上手だったね!」

 「いえいえそんな…ヒカリちゃんほどではありませんよ。」

 お互いを褒めあい、今日あったことを振り返りながら帰る。朝食べたケーキがおいしかったね~とか、次のお出かけはこの服でお出かけしようね、とかそんな風に雑談を楽しんでいるとあっという間に学園についてしまった。

 「じゃあねリンゴちゃん!また明日!」

 「ええ、ヒカリちゃん。また明日。」

 今からもう次のお出かけが、明日会うことが楽しみで楽しみで仕方がない。そんな最高の気分のまま私は寮へ帰った。

 「え~?お土産は~?」

 「あら、ごめんなさい水島さん。お土産のことすっかり忘れてたわ。」

 「え~じゃあじゃあ今日のデートどんな感じだったか教えて?」

 「いいですよ。今日は朝から…」

 そんな風に水島さんに今日あったことを語っているときも、胸がいっぱいで、最高な気分は終わりを迎えないまま眠りについた。

 この後、どんなことが待ち受けるかなど考えもせずに。

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