【18 最終話.休日の私たち】

・【18 最終話.休日の私たち】

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 そのまま制服を着ていくと、もう郁恵と杉咲将暉がいた。

 遠くから見るとお似合いなんだけども、郁恵は結婚を約束した相手がいるらしい。

 いやでも杉咲将暉の気持ちが分からない。普通に郁恵のことが好きなのかもしれないし。

 そんなことを思いながら三人で電車に揺られて、それなりに発展している市内のほうへ行くことにした。

 私たちがいる地域は同じ市と言っても、ほとんど死んでいる地域なので、もっと奥の、政令都市の政令都市たる部分へ。

 基本的に郁恵がずっと面白動画の話をしている。

 私は別にいつも通りだからいいけども、と思いながら杉咲将暉のほうをチラリと見ると、偶然目が合ってしまい、うわっ、どうしようと思っていると、杉咲将暉は優しく微笑んで、本当になんというか目元と口元が獅童玄應様に似ているかもしれない。髪型だけは全然違う。杉咲将暉は坊主過ぎる。タイムスリップしてきた野球部かよ。髪の毛が休部しているのかよ。

 三人でまずは映画を見るということで、郁恵が見たいアクション映画を見るということになっている。

 郁恵は私に対して変な気の回し方をしてこないので、そこは本当に有難い。普通にアクション映画でOK。

 真面目に観覧して、外に出てからカフェに入り、感想戦。

 アクションシーンがワイヤーアクションとかじゃなくて、マジの格闘でハラハラしたという意見が一致し、何だか楽しかった。

 杉咲将暉だけがとある伏線回収に気付いていて、そこは創作者として私も発見したかったと悔しくなった。

 そこからじゃあ本格的な食事か、それともあえて昼ご飯の時間を避けて、人が少ない時にショッピングかといった話になった時に、私はギョッとしたし、ギョッとしたところを杉咲将暉に見られてしまった。

 いやでもだって、私の弟、恵太がいて、それも一瞬こっちを見て、サッと隠れるように動いたのだ。

 ヤバイ……恵太、お姉ちゃんのストーカーしている……いよいよじゃん……と思って溜息をついてしまうと、杉咲将暉が、

「どうしたんですか? 何か気になることがありましたか? 遠慮なく言ってください」

 そうだ、今こっちには三人いて、郁恵と杉咲将暉という力強い味方がいる。

 ここは二人のチカラを借りて、弟の恵太の話をしたほうがいいかもしれない。

 私はこれまでの経緯や、今あったことを小声で説明すると、杉咲将暉はう~んと唸ってから、

「あのあたりに隠れたんですよね、それなら本人に突撃したほうがいいかもしれませんね」

 郁恵はちょっと背筋を伸ばしてから挙手して、

「確かに! もしかしたら弟くんにも何か言い分があるかもしれないし!」

 矢継ぎ早に杉咲将暉が、

「そうですね、何か勘違いもあるかもしれませんから。土倉さんも、直接最近お話をしていないんじゃないんですか?」

「確かにそうだけども、恵太は私に欲情しているんだと思うんだけどね」

「まあ行ってみましょう」

 そう言って杉咲将暉が率先して、恵太が隠れたほうへ歩き出した。

 郁恵も杉咲将暉とほぼ並んで歩んでいく、私は二人の後ろをついていく感じで歩き出した。

「ここ、漫画センターですね」

 そう上のほうの看板を見ながらそう言った杉咲将暉。

 郁恵は同調しながら、

「本当だ、こんなところあったんだ」

「僕たちの県は漫画県としてやっていますからね、こういう施設もあるんですよ」

 漫画……? と思いながら、三人で中に入っていくと、受付に座っている、何かもう漫画の中から直接出てきたような美人、というか何か髪色がピンク色でアニメから出てきたほうか、って感じの女性が、杉咲将暉へ向かってこう言った。

「わっ! すごいスタイルのお方! コスプレ体験ですか!」

 そののちに私と郁恵のほうを見て、

「あぁ、やっぱりコスプレ体験ですね! 三人で合わせですねぇ!」

 と言って立ち上がったんだけども、郁恵が首を横に振ってから、

「コスプレとかじゃないです! 中に知り合いがいるっぽくて!」

「今は漫画コースの人たちだけなんで、漫画コースの子たちですね! どうぞどうぞ! 自由に入ってください!」

 と言われて、こんな簡単に入っていいのかなと思いつつ、私たち三人は促された部屋のほうへ入ると、やっぱりそこに恵太がいた。四人くらいでテーブルに座っているっぽい。

「お姉ちゃん!」

 と声を上げた恵太。その周りの人たちが、

「めっちゃ画になるお姉ちゃんじゃん」

「連れてきたの?」

「言ってくれればいいのに」

 と口々に言って、即座に恵太が、

「偶然いたんだよぉ、まさかこんなところで会うなんてさぁ」

 と言って、どうやらそっち同士で知り合いみたいで、私をストーカーしてきていたわけじゃないっぽい。そこはホッと胸をなで下ろした。

 とはいえ、

「漫画? 恵太が? 何で?」

 と思ったことをそのまま口にすると、

「あんまオタクとか言われたくないから言わなかったんだけども、俺、実は今、漫画描いているんだよね……」

 とちょっと言いづらそうに言った恵太。

 恵太が漫画? いや夢小説と比べたらオタク度めっちゃ小さいから、そうは言わんけども。

 恵太はもじもじしつつも、意を決したような顔をしてから、大きな声でこう言った。

「ゴメン! お姉ちゃんが一番近いデッサンできそうな相手だから、最近いっつもお姉ちゃんのこと注意深く見てた! それを嫌がっている感じなのは分かっていたけども、生身の人間を見ることも大切って言われていてさ! あと気付いているか分からないけども勝手にファッション雑誌見てた! 絵の勉強で! オタクって言われるの嫌で説明できなかったけどもゴメンなさい!」

 えっ、急な伏線回収かよ……改宗したんか、というくらいの捲し立て。

 郁恵が吹き出して笑うと、杉咲将暉も一緒になって笑いだして、何かもう、私がしていた妄想のほうが全然オタクで恥ずかしかった。

 いやでも、

「そういうことなら言えよ、オタクとか全然思わないしさ」

「本当! 許してくれるっ?」

「まあ理由が分かればもうそれでいいから」

 と塩対応しつつも、内心は何だか嬉しかった。

 弟がそういうヤバイヤツじゃないと分かったこともそうだし、漫画ならワンチャン私の夢小説描いてくれるのでは? という感じもするし。

 いや今は杉咲将暉も恵太の友達もいるから、夢小説の件は言わないけども。

 何だか和やかな雰囲気になったところで、受付の女性が後ろから現れて、声を掛けてきた。

「ちょっと! そちらのスタイル抜群のお兄さん! このウィッグ、被ってくれませんか!」

 急な呼びかけにビクンと体を波打たたせた杉咲将暉がちょっと可愛かった。

 杉咲将暉は小首を傾げながら、

「何で、ですか」

「絶対似合うと思うんでっ!」

 と言いながらそのウィッグをグイッと渡そうとしてきた、受付の女性。

 私はそのウィッグを見た時にハッとした。その深緑のウィッグ、獅童玄應様の髪の毛では!

 受付の女性の興奮が移ったかのように、

「私もこういう時はノリで被ったほうがいいと思う」

 と後押しすると、杉咲将暉は、

「じゃあそう仰るのなら」

 と言って、前後を確認してから被ると、なんと! 獅童玄應様に瓜二つ!

「わぁぁああああああああああああああああああああ! 獅童玄應さんにそっくり!」

 と叫んだのは郁恵だった。まあ郁恵もオリオンの演劇カフェ知ってるもんね。

 私は心の奥底の熱さを感じるだけにとどめ、受付の女性は目をハートにして口を大きく開いている。

 すると恵太が、

「このキャラ、お姉ちゃんの好きなヤツだよね。前にイラスト描いたことある。そっくりだから俺でも分かったよ」

 と言い、他の友達もそれぞれ、

「オリオンの演劇カフェね」

「人気だよね」

「というかそっくりだぁ」

 と言った。

 杉咲将暉はちょっと困惑しながら、

「何が、そんなに似ているんですか?」

 と言ったところで、いやいやいや! その丁寧語も声のトーンも全く一緒じゃん! 神過ぎる! ウィッグ被っただけでこんなにも違うか!

 私はいつの間にか、

「もらったら?」

 という欲望丸出しの言葉を吐いていた。

 受付の女性は、

「お兄さんが本気で獅童玄應様のコスプレするんだったらあげます!」

 とヨダレを垂らしそうになりながら、そう言った。

 杉咲将暉は眉毛を八の字にしながら、

「もらいませんけども……」

 と挙動不審みたいにキョロキョロした。

 もったいない! もらえばいいのに!

 郁恵が杉咲将暉へ、

「とにかくめっちゃ似てるの! 漫画のイケメンキャラに!」

「僕イケメンじゃないですよ、坊主ですし」

 すると受付の女性がバカデカい声で、

「貴方はわざとイケメンに見せていないだけです! メガネもデカい黒縁のヤツから薄い緑のヤツにすれば完全に獅童玄應様です!」

「いやでも僕はイケメンとかそういうことには興味無いですけどね……」

 と言いながらウィッグを外して、受付の女性はがっくり肩を落とした。私も落としていたかもしれない。

 その後、それぞれ好きな漫画の話をしてから、漫画センターを後にした。杉咲将暉は普通に少年誌を愛読していた。

 遅めの食事をファミレスでとってから、なんとなく公園をふらつこうという郁恵の案を採用して、三人で歩いている時だった。

 私がふと杉咲将暉へ、

「というかイケメンに興味無いとか、何でそんな感じなの? ちゃんと髪型整えたらめっちゃイケメンのくせに」

 とまだちょっと、獅童玄應様になれるのにならない杉咲将暉への怒りをついぶつけてしまうと、

「だって僕がイケメンになったとて」

 私は割って入るように、

「杉咲将暉はさ、自分に自信が無いだけなんだよ」

「まあそうかもしれませんね」

 いや、冷静に考えて、今の話のフリかたは何かちょっと気がある感じじゃない? いやあるんだけどさ。

 獅童玄應様になれるチャンスをフイにしていることに対しての怒り由来だったけども、何か、そんな感じにも聞こえるような。

 でもたいして拒絶反応も見せないし、もしかしたらこのまま押したらいけるのでは? そう思って、私は思い切って言ってみることにした。

「じゃあさ、私と一回付き合ってよ。私も一回男子を試したい」

 それに対して杉咲将暉はちょっと笑いながら、

「試したい……って、そんな言い方」

「いいじゃん、一回ちゃんと男子と向き合いたい。私はずっと男子が苦手だったんだけども、杉咲将暉のことは全然嫌じゃない。もしかしたら好きかもしれない。だから一回試させてほしいんだ。杉咲将暉も一回女子を試してみない?」

「そんな美容法みたいに言われても」

 と流しそうになったところで郁恵が、

「これ、絵色は本気だよっ、うん、言い方はありがちな感じじゃないけどもさっ、絵色ってこうだから、だから真面目に答えてあげて」

 杉咲将暉はその場に立ち止まって、数秒。

 でもその数秒が一時間くらいに長く感じた。

 杉咲将暉はゆっくりと口を開き、

「確かにそれくらいの気持ちのほうがいいのかもしれませんね、分かりました。僕からもよろしくお願い致します。土倉さん」

「マジで! やったぁ!」

 と心の中で言っているつもりが全然声に出ていた。

 杉咲将暉は優しく微笑んでくれて、杉咲将暉ならきっと大丈夫かも、と思った。

 まだまだ自分のことさえもよく分からないけども、きっと、きっと、杉咲将暉なら一緒に乗り越えられるような気がするんだ。


(了)

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