ゴースト・シネマ
乾 一信
ゴースト・シネマ
第1話 プロローグ 〜終わらない上映〜
なぜ足を運ぶ気になったのか。今私はとある古い映画館に足を運ぼうとしていた。無駄に広い我が家に、ある日届いた映画館のチケット、上映内容もなくただ日時のみが記載されていた、閉店記念で1日中観れるようだ。
バブル時代に行って以来何故か訪れる気になれなかったその映画館に誘われるように私は車を飛ばした。
まるで昔と変わらない佇まい、何故だか言いようのない感情が胸に込み上げるが何故か思い出せずにいる。
だが突っ立っていても仕方ないので私は映画館の扉を開く。
赤い赤いちらつく景色、何かを失ったという焦燥感が全身を襲う。
中に入った途端に異変に気づく。
あたり一面に漂うあらゆるものが焼ける匂い、パチパチと焼ける音、かつて嗅いだ焦げた匂い。それらがある記憶を鮮明に呼び起こす
ここは火事で焼失したという事実を。
私は映画館の入り口に駆け出し扉を開く。
だが扉はビクともしない、ついさっき自分が入ってきたにも関わらず押そうが引こうが扉は開かない。
そして更に私を恐怖させたのはガラス製の扉の向こう側の景色だった。
視界の先、ガラス扉の向こうは黒煙のようなもやで埋め尽くされていた。あまりにも常軌を逸した状況に私は尻餅を着く。
「大丈夫ですか、お客様?」
背後からスタッフらしき人物の声がする。私は振り返り更に度肝を抜かれた。
服装からして映画のスタッフなのは間違いない。だが明らかに異常なのは首から上、声とガタイから男性と推察される彼の頭は映画館で販売されているポップコーンになっていた。そう人の頭が丸々ポップコーンの容器に挿げ替えられているのだ。
「お怪我は?」
「あ、ああ、だ大丈夫、大丈夫」
彼の接客態度に思わず応対してしまう。
「お客様、恐れ入りますがチケットを拝見させて頂いても宜しいでしょうか?」
まるで古い汽車でする切符の拝見のような台詞に困惑するも言われるがままにチケットをポップコーン頭に渡した。
「……確認いたしました。ようこそ沢田様、シネマa@$k%<にお越しいただき誠にありがとうございます」
彼の言葉がしっかり聞き取れない。
「えっ?なん……」
「お客様、こちらへ」
急にポップコーン頭の声に緊張感が走る、誘導する先は売店の裏側、彼に悪意を感じなかった私は素直にその指示に従う。
「身を屈めてください、お客様であれど命の補償はしかねます。」
彼の指示に怖気が走る、現に館内の奥から得体の知れない何かがこちらに向かってくる。
隣にいるポップコーン満載の容器の頭を持つ化け物も異様だがあちらは絶対に話が通じないというのが肌感覚でひしひしと伝わる。
「そのまま伏せていてください」
そういうとポップコーン頭の彼はスッと立ち上がる、それはまさに接客体制だ。
映写機の怪物が売店前に止まる、かろうじて人型のそれは焼け付く異臭に炭化した身体、そして異様に伸びた手足と胴、そして一際目を引くのが頭部にある映写機、その映写機のレンズから覗く、見開かれたまま焼きついたような人間の目
それが見えた時私の心臓が跳ね上がり私は更に身を縮こませた。こいつに話は通じない。
「お疲れ様です、館長」
「ギィィィイイッッ」
館長と呼ばれる
「ギギギッ、ギィィィ、ガン、ガン、ガン」
「新製品やポップコーンの新フレーバーなどいかがでしょうか?」
館長が手を顎に当て考える仕草を取る、人間じみた挙動が余計に怖い。
「ゴーン、ギギギッ、ギィ」
「はい、ありがとうございます」
館長が満足気に頷き、それに売店員が礼を言うと館長は売店を後にし映画館の奥に消えた。
そのやりとりはさながら映画スタッフの、人間のやりとりを彷彿とさせた、かつての映画館の面影をなぞるように。
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