第26話 悪役聖女と不本意な共犯者
「……リディア。どういうことだ。これは、お前のことを言っているのか?」
アルフォンス殿下の真剣な問いに、私はすぐには答えられなかった。
禁書庫の静寂の中、古い羊皮紙に書かれた「影の器」「クレスメントの血筋」という言葉が、重くのしかかる。
彼に、どこまで話すべきか。この巨大すぎる陰謀に、彼をどこまで引きずり込んでいいのか。
だが、もう後戻りはできない。彼は、このメモを読んでしまった。もはや、ただの「補佐役」ではなく、この事件の「当事者」なのだ。
私は、覚悟を決めた。
「……殿下の仰る通りかもしれません」
核心は伏せつつも、私は、自分が知り得た事実の断片を、慎重に言葉を選びながら語り始めた。
「どうやら、わたくしの一族は、古くから、何者かに狙われているようです。最近、国内で頻発している呪いの事件も、その組織が裏で糸を引いている可能性が高い。わたくしは、それを食い止めるために、動いておりました」
私の話を殿下は黙って聞いていた。その瞳には、もはや私への嫌悪の色はない。彼の頭の中で、これまでの出来事……私がクロードやライナーを救ったこと、そして、目の前にある禁断の書の記述が、一つの線として結びついていくのが分かった。
やがて、彼は、深く息を吐くと、決意を秘めた目で私を見据えた。
「……分かった。お前が何を隠しているのか、全てを話す気がないこともな」
そして、彼は続けた。私が、全く予想していなかった言葉を。
「だが、この国の王太子として、王家と民を脅かす陰謀を見過ごすわけにはいかない。これからは、俺も、この件を調査する。補佐役としてではない。俺自身の意志でだ」
(え……? なんか、急に頼もしくなった!?)
あまりの変わりように、内心、私は激しく動揺していた。信じていなかったわけではないが、彼がここまで主体的に関わってくるとは、想定外だった。
「勝手に動かれるのも、困るのですが」と喉まで出かかった言葉を、どうにか飲み込む。
私達は、王太子の権限で、禁書庫で見つけた本とメモを持ち出す許可を得た。
王宮に戻る馬車の中、二人の間には、気まずいが、以前とは明らかに質の違う空気が流れていた。彼は、もはや私の「敵」ではない。かといって「味方」とも断言できない。ただ、「利害が一致した、不本意な共犯者」。それが、今の私達の関係だった。
その夜、私は、クロードとライナーを屋敷に呼び出し、禁書庫での発見と、王太子との一件を報告した。
「殿下が、自らの意志で……?」
クロードが、訝しげに眉をひそめる。
「あの男を、本当に信じられるのか? どうせ、また何か企んでるに違いねえ」
ライナーも、あからさまな不信感を露わにした。
私は、二人の気持ちをなだめるように、静かに告げた。
「信じてはいませんわ。ですが、殿下の立場と権力は、我々にとって必要不可欠です。彼は、我々の計画を遂行するための、最も強力な『王家の駒』ですの」
その言葉に、二人は渋々ながらも納得したようだった。
私は、禁書庫で見つけたメモの内容を共有する。「二人の聖女」「光の器と影の器」というキーワードに、部屋の空気は、再び緊張に包まれた。
そして、私は、次なる行動計画を告げた。
「次なる標的は、おそらく『太陽の騎士団』です」
王家に絶対の忠誠を誓う、この国最強の騎士団。
「彼らは、王家への忠誠の証として、代々、特殊な『祝福』を受け継いでいます。そして、その祝福は、今や『呪い』へと転じ、多くの騎士たちが、人知れず苦しんでいるはずですわ」
「アルカナの天秤」の魔の手が、王家の心臓部である騎士団にまで及んでいるのだとしたら、事態は想像以上に深刻だ。
私は、不敵な笑みを浮かべた。悪役聖女の、完璧な笑みを。
「殿下には、早速、その強力な権限を行使していただきましょう。『太陽の騎士団』への、公式な視察訪問を手配していただくのです」
これは、我々の力がどこまで通用するかを試す、重要な試金石となる。
新たな仲間(という名の駒)を加え、巨大な陰謀との本格的な戦いの幕が、今、上がろうとしていた。
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