=== 003 ===

第27話 悪役聖女と太陽の騎士

 数日後、アルフォンス殿下によって手配された公式視察の日がやってきた。

 私が乗り込んだ王家の馬車の隣には、不機嫌を隠そうともしない殿下が座っている。その後方からは、アンスバッハ家とヴァイト家の馬車が、護衛として、あるいは監視役として、ぴったりとついてきていた。


 奇妙な四人組の最初の共同作業。その目的地は、王都の城壁に隣接する、「太陽の騎士団」の広大な駐屯地だった。


 馬車を降りた瞬間、肌を打ったのは、むせ返るような熱気だった。

 鬨の声ときのこえ、激しく打ち鳴らされる剣戟けんげきの音、そして、男たちの汗の匂い。規律と、鋼の意志に満ちたその場所は、一見すると、何のかげりもない、この国最強の騎士団の姿そのものだった。


 私達を出迎えたのは、巨岩を思わせるほどに屈強な、壮年の騎士だった。陽に焼かれた顔に、深い皺が刻まれている。


「これは、アルフォンス殿下、並びにリディア聖女様。ようこそお越しくださいました。私が、太陽の騎士団長、ガウェイン・アームストロングであります」


 その声は、地の底から響くように、低く、力強い。彼は、王太子に絶対の忠誠を示しつつも、視察に来た私のことは、どこかいぶかしげに値踏みしているようだった。


「うむ。此度は、聖女様が、日頃の騎士たちの労をねぎらいたいとのことでな。視察を許可した」


 殿下が、練習してきたかのように、すらすらと公式見解を述べる。その態度は、不本意ながらも、完璧な王太子としてのそれだった。


 私達は、ガウェイン団長の案内で、練兵場の一角に設けられた視察席へと通された。

 眼下で繰り広げられる模擬戦は、圧巻の一言だった。騎士たちの動きには一切の無駄がなく、その一振り一振りが、確かな殺意と技量を伴っている。だが、私の「聖女の目」には、別のものが視えていた。

 彼らの屈強な肉体の奥底には、まるで黒いすすのような、よどんだ呪いのもやがまとわりついており、特に歴戦の勇士であることをうかがわせる、年嵩の騎士ほど、その澱は濃く、深く、身体に染み付いていた。


 その時だった。模擬戦の最中、一人の騎士が、突然、激しく咳き込み、その場に膝をついた。

 周りの騎士たちが、「おい、大丈夫か」「またか」「最近、皆の疲れが溜まっているようだ」とささやき合っている。

 違う。これは、ただの疲労ではない。彼らを代々守ってきたはずの「祝福」が、その代償として、彼らの生命を内側から蝕んでいるのだ。


 視察の後、私達は団長室へと通された。

 当たり障りのない労いの言葉が交わされる中、私は、その空気を切り裂くように、単刀直入に切り出した。


「ガウェイン団長。騎士団の方々は、皆、素晴らしい練度ですわね。ですが……」


 私は、まっすぐに彼の目を見据える。


「その強さの代償に、何かを蝕まれているようにお見受けします」


 その一言に、部屋の空気が凍りついた。隣に座る殿下ですら、私のあまりに直接的な物言いに、息を呑んでいる。


「あなたご自身も……その身体に宿した王家伝来の『祝福』が、もはや、取り返しのつかない『呪い』と化していることに、とうにお気づきなのではなくて?」


 ガウェイン団長の、巨岩のような顔が、驚愕に固まる。彼は、長年、騎士団が、そして彼自身が、ひた隠しにしてきた、決して外部に漏らしてはならない秘密。それを、目の前の、まだ若い聖女が、いとも容易く、そして正確に見抜いたことに、戦慄しているようだった。


「……何を、馬鹿なことを」


 絞り出した声は、否定の言葉でありながら、その響きはひどく弱々しかった。


「あなた方の、その揺るぎない忠誠心に心からの敬意を表しますわ。だからこそ、見過ごすことはできません」


 私は、席を立ち、彼の前に進み出た。


「その呪い、このわたくしが、浄化してみせましょう」


 私の宣言に、ガウェイン団長は、言葉を失った。私の紫水晶の瞳に宿る、ただならぬ力と、揺るぎない覚悟の色を見て、彼は全てを悟ったのだろう。


 やがて、彼は、絞り出すように、私に問いかけた。


「……聖女様。あなた様は、一体、何者なのですか」


 巨大な組織に巣食う、根深い闇。その闇に、私は今、確かに、最初のメスを入れたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る