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第27話 悪役聖女と太陽の騎士
数日後、アルフォンス殿下によって手配された公式視察の日がやってきた。
私が乗り込んだ王家の馬車の隣には、不機嫌を隠そうともしない殿下が座っている。その後方からは、アンスバッハ家とヴァイト家の馬車が、護衛として、あるいは監視役として、ぴったりとついてきていた。
奇妙な四人組の最初の共同作業。その目的地は、王都の城壁に隣接する、「太陽の騎士団」の広大な駐屯地だった。
馬車を降りた瞬間、肌を打ったのは、むせ返るような熱気だった。
私達を出迎えたのは、巨岩を思わせるほどに屈強な、壮年の騎士だった。陽に焼かれた顔に、深い皺が刻まれている。
「これは、アルフォンス殿下、並びにリディア聖女様。ようこそお越しくださいました。私が、太陽の騎士団長、ガウェイン・アームストロングであります」
その声は、地の底から響くように、低く、力強い。彼は、王太子に絶対の忠誠を示しつつも、視察に来た私のことは、どこか
「うむ。此度は、聖女様が、日頃の騎士たちの労をねぎらいたいとのことでな。視察を許可した」
殿下が、練習してきたかのように、すらすらと公式見解を述べる。その態度は、不本意ながらも、完璧な王太子としてのそれだった。
私達は、ガウェイン団長の案内で、練兵場の一角に設けられた視察席へと通された。
眼下で繰り広げられる模擬戦は、圧巻の一言だった。騎士たちの動きには一切の無駄がなく、その一振り一振りが、確かな殺意と技量を伴っている。だが、私の「聖女の目」には、別のものが視えていた。
彼らの屈強な肉体の奥底には、まるで黒い
その時だった。模擬戦の最中、一人の騎士が、突然、激しく咳き込み、その場に膝をついた。
周りの騎士たちが、「おい、大丈夫か」「またか」「最近、皆の疲れが溜まっているようだ」と
違う。これは、ただの疲労ではない。彼らを代々守ってきたはずの「祝福」が、その代償として、彼らの生命を内側から蝕んでいるのだ。
視察の後、私達は団長室へと通された。
当たり障りのない労いの言葉が交わされる中、私は、その空気を切り裂くように、単刀直入に切り出した。
「ガウェイン団長。騎士団の方々は、皆、素晴らしい練度ですわね。ですが……」
私は、まっすぐに彼の目を見据える。
「その強さの代償に、何かを蝕まれているようにお見受けします」
その一言に、部屋の空気が凍りついた。隣に座る殿下ですら、私のあまりに直接的な物言いに、息を呑んでいる。
「あなたご自身も……その身体に宿した王家伝来の『祝福』が、もはや、取り返しのつかない『呪い』と化していることに、とうにお気づきなのではなくて?」
ガウェイン団長の、巨岩のような顔が、驚愕に固まる。彼は、長年、騎士団が、そして彼自身が、ひた隠しにしてきた、決して外部に漏らしてはならない秘密。それを、目の前の、まだ若い聖女が、いとも容易く、そして正確に見抜いたことに、戦慄しているようだった。
「……何を、馬鹿なことを」
絞り出した声は、否定の言葉でありながら、その響きはひどく弱々しかった。
「あなた方の、その揺るぎない忠誠心に心からの敬意を表しますわ。だからこそ、見過ごすことはできません」
私は、席を立ち、彼の前に進み出た。
「その呪い、このわたくしが、浄化してみせましょう」
私の宣言に、ガウェイン団長は、言葉を失った。私の紫水晶の瞳に宿る、ただならぬ力と、揺るぎない覚悟の色を見て、彼は全てを悟ったのだろう。
やがて、彼は、絞り出すように、私に問いかけた。
「……聖女様。あなた様は、一体、何者なのですか」
巨大な組織に巣食う、根深い闇。その闇に、私は今、確かに、最初のメスを入れたのだ。
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