後編



「……ふん。正直、白々しく感じるが。その誓いをしたのなら、今は黙っておいてやる」

「殿下、あの。続きの発言をする許可を、頂いても構いませんか?」

「……問題ない。許可する」


 改めて許可を求める平民に、渋々といった様子で殿下は頷く。そのまま、庶民は言葉を尽くす。


「では、失礼ながら。先程も申し上げた通り、俺はケニー・トランスウェル様から酷い目にあったとか、そんな事実は一切ございません。なので、何を言いかけたかは存じ上げませんが、殿下のお手を煩わせることは何一つありません。……本当です!」


 真っ直ぐな視線を向ける庶民の前で、殿下は少し気圧されたように眉をひそめた後、怒りを爆発させる。


「……だがしかし!一週間前に、お前は階段から誰かに落とされて怪我をしただろう⁉っ、その前にも、植木鉢がお前の頭上目掛けて落ちてきて、一歩間違えれば重傷を負うことになったとも聞いたぞ!」


 その言葉に、平民はほんの少し目を大きくし、ぱちぱちと瞬かせる。

 知っていたのなら、本人にも伝えてやればよかったものを。


「それこそ、この男のせいでは……っ!」

「いえ、それこそ違います。それはトランスウェル様ではございません。むしろこのお方に、俺は助けられたのです」


 言い募る殿下をよそに、ルイ・パターソンは静かに否定する。


「階段の件については、確かにトランスウェル様は近くにいらっしゃいませんでしたが、植木鉢の件についてはトランスウェル様とともにおりました。そして、彼に言われなければ、俺はそのまま頭上に降りかかるところでした。むしろ、俺はトランスウェル様には助けられたのです」


 言い募る平民をよそに、疑い深く殿下がこちらを見る。どれだけ俺に対する不信感が高いのやら。


「……概ねその通りでございます。後ろに控える私の護衛も、目撃者のうちの一人です。公平性に疑問をお持ちでしたら、他にも周りに生徒がいたため、第三者からの説明も可能です。学校側でも聴取を受けておりますので、中立性も保てるかと。

なお、階段については、その時間帯にて、私は自分のクラスで他の生徒と談笑しておりましたし、それはその場にいた者と、先生方もご存知です」


 ヤラセだと思われそうだが、事実なのだから仕方がない。というか、それは既にもう、終わったことだ。


「また、この二つの事件の犯人については、既に特定済みです。公共の場のため特定は差し控えますが、このパーティに急遽欠席となった者のうちの一人だと、お伝えさせていただきます」

「は…?出鱈目を言うな!それこそ、お前の勝手な情報操作だろう!?」


 激昂してこちらの言うことを一切聞こうとしない殿下に肩を竦めつつ近くに寄り、耳元で、とある生徒の名前を告げる。

 そうすると、俺を疑う言葉をとめどなく吐き続けていた馬鹿王子がピタリと止まり、信じられないものを見るような目で俺を凝視していた。


「……確かに。彼は一身上の都合で退学したため、今回のパーティも欠席する旨は聞いてはいた。が……」

「まあ、そういうことです」

「そんなもの、それでも……っ、そんな戯言、信じられる、訳……っ!」



 きちんと説明はしたし、なんなら当事者の平民からもきちんと証言が出ているというのに。この男は、まだ納得出来ていないようだ。というより、そこまで俺のことが嫌いなのか。いい加減、私情を抜いて素直にこちらの話を理解する努力をして頂きたいものだが。


「もう――いい加減にしてください、ザイアス殿下っ!」


 これ以上どう伝えるべきか、面倒になったころで。先に声を荒らげたのは、殿下が大切にしているはずの平民だった。発言に許可を取らないあたり、無作法も過ぎる行為なのだが。この状況だ、今しかできないだろうからどんどんやってくれ。


「ケニー・トランスウェル様は!先程から、俺自身も、何度も申し上げました通り、俺のことを一から鍛えあげて下さり、守ってくださった恩人なのです。

だから、どうか、覚えのない悪評で彼と婚約破棄されることは、どうか、どうかお考え直し下さい……っ!」


 深々と、膝を曲げて座り込み、挙句汚いだろうに、床の上に両手をついて額に擦り付ける勢いで頭を下げた。……全く。縛りがない平民というものは、恥も外聞もかなぐり捨てられるほど、こんなに懸命になれるものだな。


「何故……何故、そこまであんな男を庇い立てる?お前は……俺の事を、好きじゃないのか?」


 何故かその馬鹿が、泣きそうな声で平民に問う。

 いくら素直な平民だからと言って、何でも発言出来ると言う訳では無いことを、この男は分かっているのだろうか……。


「殿下……恐れながら、申し上げますと。

 俺はずっと、貴方のことをお慕い申し上げております!!」


 ふむ。高ぶったが故のこの公開告白なのだろうが。本当に恐れを知らない愚民だな、ルイ・パターソンよ。


「入学式の時、身分の高い方ばかりの中、1人、心細い思いでいる私を、殿下が励ましてくださり、優しい言葉と笑顔を向けて頂いたあの時から。ずっと、ずっとずっと、お慕い申し上げております……っ!」


 おいコラ。

 そこまでド直球に言うんじゃない、このすっとこどっこい平民が。


 こんな大衆の目線がある中で、堂々とてらいなく言うとは思わなかった。

 周囲の貴族たちも思わぬ発言にザワつく有様だし……俺としたことが、気を遠くにやりたい気分になってしまう。まあ、最初からこんな感じだったか、この男は。



「嘘だっ!だったらどうして、あんな男のことを庇い立てするんだ!」

「事実、ケニー・トランスウェル様が素晴らしいお方だからです」

「それは君がアイツの猫被りに騙されているからだ!いいか、あの男はな、確かに頭脳も明晰で人当たりもいいが、それは自分の都合のいいように周りを操るのが得意なだけだ!君もそれに巻き込まれているだけだ、いい加減目を覚ませ!」


 なんだこの痴話喧嘩は。頭お花畑か。

 というか俺に対してそんなことを思っていたのかよ、殿下。失礼だな。

 学園の成績を上位に保つ努力をしていたのは貴族としても、王配として当然の義務だと思ったからきちんと学問を修めただけだし。周囲に嫌われるよりは好かれるのは王配となってからも何かと都合がいいに決まっているからだろう。仮に王配の座から外れたとしても、人脈を多く得ることは大事だしな。……まあ、確かに。この平民を『ある意味』利用しようとはしていることは、否定しないが。


 それはそれとして。

 ……俺の後ろにいる奴の殺気がどんどん高まってる気しかしないのは、何故だろうな?仮にも王族の人間に対してそんな物騒なモノを放つんじゃないよ、わが愛しのおバカな護衛よ。


 そんな不敬な部下を持って内心冷や冷やしている俺をよそに、この場の空気を混沌とさせた張本人であるルイ・パターソンは、略奪相手である俺に対して敬意を表し続けるとともに、不敬な宣戦布告を立て、殿下を含めた周りの人々が戸惑う中、さらに言葉を続ける。


「トランスウェル様は、殿下の婚約者となられるだけの、気品と礼節、知識が豊富なお方です。それに加え、私のような平民に対して厳しくも寛大なことに、色々教わって頂いて参りました。

 俺の想いが、トランスウェル様に対する裏切りということもわかっています、ですが……っ!」


 さらにまた、擦り付けていた額を押し付けるように、低い姿勢でルイが、ザイアス殿下に嘆願する。


「どうか、どうか殿下……っ!俺、もっと頑張りますから!勉強も、マナーも、何もかも……っ!貴方の隣に相応しいと、言って貰える人間になれるように、頑張りますから!

 だから、こんな形で、貴方の素晴らしい婚約者であるお方と、婚約破棄するようなことはなされないでください……お願いします!!」


 ……全く。いや。わかっていなかったのは、俺の方だったようだ。


「――ほほう?それはつまり、庶民の分際で。現在の殿下の婚約者である私に、宣戦布告するということだな?」

 周囲が少しだけ平民に同情している雰囲気が流れ始める中、俺は敢えて無粋に切り込む。

 俺の言葉に周囲もはっと息を飲み、緊張感が走る。額を床に着けていたルイもまた、おそるおそる、しかし確かに挑むような目付きで俺を見すえる。


「……トランスウェル様。貴族のことなど何も分かっていなかった俺に対して、色々ご指導してくださったのに、恩を仇で返すような真似をしてしまい、本当に申し訳ございません。

 それでも、俺はーーーザイアス殿下をお支えし、隣にありたいのです」


 許されることでは無いのも、俺なりに理解しているつもりです、と少しだけ視線を下げるも、また俺に対してグッと目力を込め、ルイは下手にいつつも、確かに俺と視線を合わせてきた。


「貴方のことは、そう簡単に越えられないとは思っています。

ですが、貴方に負けないように研鑽することは出来ます!

ですから、どうか……貴方に挑戦することを、お許しください……っ!」

「ルイ……」


 愚かにも、俺に対して楯突くような目をする平民の姿に、少しだけ泣きそうな声になる殿下。

 周囲もまた、これだから平民はと呆れ返る者、前代未聞だと憤慨する者、まるでよく出来た芝居を見るようだと感心する者。


 様々は反応が起こる中、俺は――。




「……ふふ。ははは!平民のくせに、随分と生意気な大口を叩くものだな」


 思わず、笑ってしまった。

 貴族間の婚姻関係は、平民同士の恋とは違うものだ。個人間の恋愛感情よりも、家同士の繋がりを重視しており、それは俺と、殿下の婚約もそれに当たるものだ。正直、俺は愛がなかろうが、家の為ならば問題ないと思っていた。だからこそ、庶民のくせに、あえてそれなりに地位の高い俺相手に、そんな途方もないことを願うとは、この平民に出会うまで、考えたこともなかった。

 だからこそ。




「――その意気や、よし!!!」

 だからこそ、悪くないと、思ってしまった。


「ルイ・パターソン。私もな、常々、自分自身以外のライバルが欲しいと思ってたところだ。その挑戦、受けて立とうではないか。」

「…………は?」

「とはいえ、ただの平民に、そう簡単に殿下を取られるのも癪なものだから……そうだな。まずは、次の学園の試験で一定の成果を上げてみよ。その結果次第でどこかの貴族の養子に入るのがいいだろう……そうだな。私とお前、どちらが殿下の妃になってもいいように、私と義理の兄弟になる、というのはどうだ?」

「は?????」

「ええ!?そんな、さすがにそれは恐れ多すぎます!」


 つらつらと、俺が妥協点を上げてみれば、もはや思考停止したのか、先程からは?しか殿下は言わないし、今更ながらに庶民は顔色がころころ変わるほど慌てふためいていた。

 いやぁ、実に面白い!!!


「よくよく考えてみろ、ルイ・パターソン。義理とはいえ、私の弟になれば、家同士の存続としても利があるから、殿下がどちらを選ぼうが俺の家と殿下の結び付きはなくならないだろう」

「なる、ほど……?」

「お待ちくだ……っ、いえ、ケニー様。発言をお許しください」


 俺の誘いが気になった平民が、悩む様子を見せてくれたところで、後ろから、発言の許可を求められた。ただ意見するだけなら放置しようかと思ったが、許可を求めてきたのだから仕方がない。


「いいだろう。許可する。」

「ありがとうございます。ではケニー様。その件については、さすがに旦那様方の許可を取る必要がありますので、ここで口約束をしない方が得策かと存じます」

「後々でいいだろう、そんなもの。

それに、この平民が俺の期待以上に結果を出せば、うちの親も納得してくれるだろうさ」


 また、確かに説得は並大抵のことではないかもしれないが。そこは俺の、手腕を見せつけてみせるしかないだろう。



「第一、その前に、この者は試験で結果を出す必要がある。それまでに間に合わせれば良いだろう。

 ……この平民が本気であれば、ということは絶対条件ではあるがな」

「はい、望むところです!ザイアス殿下!改めて俺、頑張りますから!!」

「…………」



 俺の提案にキラキラした瞳で受け止め、平民が大喜びしながら殿下に報告する中、当の本人はポカンとしたままつっ立っていた。全く。せっかくこの場をうまく収めてやったのだから、もう少し喜んだ顔をすればいいものを。


「……どうして。どうして、お前はそこまでしてくれるんだ?ルイ……」


 殿下の呆然もした声に、平民も彼の方へと振り向く。目の前の出来事が理解が出来ず、戸惑っているのか情けない姿を見せる殿下に、平民は慈愛に満ちた笑みを向けた。



「そんなの、決まってます。さっきもお伝えしましたが、俺は、殿下のことをお慕いしてます。だから、傍でお支えしたいんです」

「……俺は、王位継承権第二位とはいえ、王になれる訳では無い」

「問題ないです。俺は、王妃になりたいわけじゃないんです。ただ、貴方の隣をお支えしたいのです」

「……特別頭もいい訳では無いし。権力も、思ったよりも大したことない男だぞ?」

「俺よりは頭がいいですし、きっかけは確かに王子という身分だったかとしれませんが、それは貴方を好きな理由の1つに過ぎません」


 殿下の腑抜けた質問に対し、平民は一つずつ丁寧に応えていく。俺も殿下と同様、あんな自分のことしか考えられない短絡的な男でいいのか?と思わなくもないが。  

 当の本人が、あのお馬鹿殿下がいいと表明し、今日まであの男にできる限りの努力と研鑽を重ねてきたのだ。そんなひたむきな想いに、これ以上、他人が口出しすべきではないだろう。




「俺が好きな殿下は、入学した時ひとりぼっちだった俺に優しくしてくれた殿下ですよ。それに、殿下は不器用でも、俺を守ろうとしてくれたじゃないですか。……その気持ちは、本当に嬉しかったんです」

「ルイ……っ」


 平民に抱きつく殿下は、王子としては少し頼りなく。けれど、安心したように彼を抱きしめていた。当の本人も、困ったような、でも嬉しそうな笑みで抱きしめ返していた。

 なるほど。これが庶民の中で流行っている純愛ラブロマンス、というものか。


「……全く。あの平民、根性は確かなのだから、本当にあんなバカ殿下いいものやら。もっといい男にすればいいだろうに」

 未だに平民を強く抱き締め続ける殿下にあきれつつも、そんなことを独りごちれば。背後から、不満そうな声がぽそりと響く。


「……他人事のように言ってますが、いいのですか?あのような者に、貴方の今までの努力を奪われてしまって」


 その声に振り向けば、不満そうな顔をする護衛が俺を見ていた。

 そんな顔をしても映えるのだから、イケメンは得だな。そう思いつつ、口元をニヤリとあげてみる。


「問題ない。だからこそ、私は今、このような立ち回りが出来るからな。

それに、あんな自分しか見えていない自己中男、王からの懇願がなければこっちから願い下げしたいぐらいだ」

「……しかし」

「それなら、あのどうしようもない馬鹿殿下のことを心の底から惚れてくれる、根性のある奴を試すのも、また一興だろう。もし、次にしかるべき手順で破棄されてしまったら、俺が家を継ぐ手筈を整えるだけだ」


 まだ文句を言いたげな護衛を他所に、俺はもう一度あの二人の方へと目をやる。

平民に縋り付く殿下と、彼よりも小さな身体なのに優しく抱きしめるその姿は美しく、羨ましくも感じた。


「……。本当に、殿下のことは」

「くどい。アレには、婚約者としての義務以外に思うことはないよ」

「……」


 今度は、心配そうな視線を俺に向けてくる。俺がやけっぱちになったとでも思っているのだろうか?もう俺は、守られるだけの子供ではないというのに。


「そうだな。もし、俺に選ぶ自由があるとすれば。こんな僕の傍でも見放さず、絶対に護ってくれる者の方が、いいな」

「……そんな者が、いたらいいですね」

「…………このニブチンが」

「はい?」


 そんな、他人事のように気落ちした声で呟く護衛に、俺は思わずぽろっと口から零れ落としてしまった。

 目を伏せ、少し気落ちしたような声で呟く彼の姿は大人しくなった犬のように見えた可愛い、が。もう少し、他人の機微を学んで欲しいものだ。


「まあ、いい。とりあえず、近いうちに父上たちを説得してみせる。……俺がどんな道を選んでも、お前はついてこい、アルバート」

「はっ!……貴方が望んでくださるならば、どこまででも」


 俺の呼び掛けに、表情を引きしめてこちらをしっかり見つめてくる護衛に、思わず笑みをこぼす。

 そうして気持ちを切り替えて、まだくっついてる2人の元へと足を運んでいく、



 さぁ、忙しくなるのは、これからだ。




 ……to be continued ??






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