よく見るざまぁ展開と思いきや……?【オリジナルBL】
あかし
前編
「ケニー・トランスウェル!お前は将来王族となることを約束された貴族でありながら、なんの罪もない平民に酷く当たっただけでなく、暴力まで奮ったと聞いたぞ!」
目の前でカンカンになって怒ってるのは、ザイアス・ダイアモンド。この国の第2王子であり、俺の婚約者だ。まだ、いまのところ。
だが、俺はなんとなく勘づいた。
この彼がこのあと、俺と婚約破棄をする!と宣言することを。
そうして、今まさに。
「よって、第2王子である私、 ザイアス・ダイアモンドと、ケニー・トランスウェルとの婚約をーーー」
今日をもって破棄する!
と、王子が宣言するはずだった。
のだが。
「駄目です、ザイアス殿下!!それ以上は、いけません!!!」
そう言って、ザイアス殿下の言葉を遮ったのは。
他でもない、彼に庇われているはずの平民――ルイ・パターソン、今回の当事者であった。
「何故俺の言葉を止めるんだ、ルイ!お前に酷いことばかりしかしないこの男を、今まさに断罪しようとする俺を、何故邪魔しようとするのだ!?」
彼にとって敵であろう俺を庇う平民であるルイ・パターソンの姿に、酷く驚いた殿下は目を丸くさせる。しかし、すぐに我に返り、納得できない様子で彼に問いつめる。
しかし、非難する殿下に負けじと、平民はきっと目を釣りあげて、言い返す。
「わかっています!本当は、何の身分もない俺が、あなた方の話に割って入るなど、非礼だということは……。そもそも、こうやって殿下に楯突くような言動をとる事こそ無礼なのも、分かっております!」
ですが、どうか!と。彼はその場に座り込み、両手を下げて、あろうことか汚いだろうに床に手を付き額を擦り付け叫ぶ。
「ザイアス・ダイアモンド殿下、並びに ケニー・トランスウェル様…!無礼を承知で、俺に発言許可をしてください!!」
まるで教育がなってない姿に、周りの者たちはひそひそと喋り込む。
礼儀がなってない姿は、貴族としてはあまりに滑稽だとも思われた。けれども。
「そんなの、俺の許しがなくともっ」
「――いいだろう。ルイ・パターソン。お前の発言を、許可する」
甘すぎる言葉を平民にかけようとした殿下の言葉を遮り、俺は許すと発言することにした。
よく分からんが、なんか面白そうだからな!
「なりません、ケニー様!」
だが、何故か俺のそばに控えていた護衛・アルバートが、いきなり声を荒らげて反論してきた。
「なぜそのような戯れを!? 今まさに、殿下から貴方を寝取ろうとする庶民の発言など、聞く価値など無いというのに…っ!」
まあ、言いたいことは分かる。
友人としてであれば、その発言に大きく頷きたいところでもあるが。
「控えろ。護衛ごときが。今は、お前の発言を許可していない」
「……っ!失礼、致しました」
未だ顔は盛大にしかめているものの、自分の不手際に気付き、押し黙ってくれた。
俺を思ってくれてのことだろうが、この場にはふさわしくない言動なのだから仕方がない。……まあ、そこがコイツの可愛いところでもあるけれど。
気を取り直して、改めて殿下の許可を促してみる。
「さて、殿下は?」
「……俺は元より、構わない。話してくれ」
「お許し頂き、ありがとうございます」
そう言って、ルイは立ち上がり、感謝の意を表すお辞儀を行った。初めてパーティに参加したにしては、綺麗な姿勢であった。それが出来るなら、最初からやればいいものを。
「まず、ザイアス殿下。本当に、俺はトランスウェル様に酷いことをされた事実はありません」
そうだな、した覚えはない。する理由もないしな。
真摯に事実を伝えてくれるルイに対し、まだ疑念を抱いているのか訝しげな表情を崩さないまま殿下は言葉を続ける。
「だが、彼が随分酷い言葉をなげかけたと聞いている。それこそお前のクラスメイトや、先生方にも確認はとっている」
おーおー、いっちょ前に裏を取りやがって。どんだけこの馬鹿殿下は俺を悪者扱いにしたいのやら。情報収集をきちんとしたこと自体は褒めるべきか……いや基本中の基本なのでする必要も無いな。というかもうちょい精査しろや。
「確かに、強い口調で厳しいご指摘を頂くことは何度も、数え切れないほどございます。しかし、それは平民故に俺が礼儀を逸してしまったり、慣習に慣れないがためにお言葉を頂いていただけです。それ以上のことはありません」
曇りない眼で言い切る庶民に、徐々に焦りを見せ始める殿下は、好きな相手だろうにだんだん声を荒らげてくる。
「っ、だが、時折ケニーに連れ出され、食堂に顔を出さず、日付が変わるほど深夜遅くになるまで寮に帰れないことがほぼ毎日あると聞いているぞ。しかも朝は決まって眠そうに目を擦り付けながら食堂に出てくると……お前、隠しているだけで本当は何かしらアイツから折檻を受けているのではないのか!?」
バカ王子の言葉に、さすがに周囲もざわりとどよめいた声が上がった。
……失礼な奴らだ、全く。
「いえ誤解です、本当に!あれは、その……。恐れながら、ケニー様に勉学のご指導ご鞭撻を受けておりました」
よしよし、よく言ってくれた。
庶民のくせに、ルイというこの男は、本当に素直な奴で、ひねくれたところがないのが彼の長所といえるだろう。俺の婚約者、かっこ仮、も見習って欲しいものだ。
それにしても、まあ。
王子よ、貴方には確かに喝を入れた覚えなら、多々あるが。この俺が、仮にも第二王子の婚約者という、国民の手本になりうるべき存在のこの俺が。たとえ平民相手であろうと、罪を犯したわけでもない愛すべき国民の一人に暴力を振るうなど、とち狂ったわけでもあるまいに、進んでするわけないだろうが、このバカ王子め。
その点、ルイ・パターソンという男は、地頭が良いわけではないが、勤勉できる気質は賞賛するに値する。そして、コイツの数少ない美点であるバカ正直をきちんと出して、素直に事実をありのままに答えるところがエラい。まあ、もうちょっと見た目もより垢抜けて欲しいものだが。それは、これからの将来に期待するしかないだろう。
「勉強?宿題の量があるにしても、そんな長時間拘束される理由はないのではないのか?しかも夕飯時にも食堂に顔を出さないと聞いているが」
「えっと、ですね……。確かに食堂には行きませんでしたが、食事は頂いております。正確に言いますと、食事の際のマナーを、教わっておりました」
「なに?」
平民が、食事のマナーをわざわざ覚えること自体は、貴族が通う学園としては間違いではない。しかし、それをわざわざ、仮にも第二王子の婚約者直々に教わる理由が謎だ……とでも、思ってるのかもしれない。俺自身も、この件に関わっていなければ、同じことを思っていただろう。
「……本当に、そうだとして。何故わざわざ、彼にそんなものを頼むのだ。お前が望むなら、俺が用意して」
「それは、私から提案したことだ」
ここに来て、ようやく俺の出番が来たようだ。
「この平民は、仮にも、第二王子の婚約者である私に喧嘩を売ってきたのだ。
――殿下を蔑ろにするくらいなら、自分が殿下の妻になる、と」
「なん、だと?」
そう、俺が証言してやれば、第2王子はわかりやすいほど目を丸くされ、唖然としていた。
「や、あの、ええっと……」
その言葉に何か言いかけたルイ・パターソンであったが、一度押し黙り、目を一瞬閉じてから、見開く。その瞳は、強いものだった。
「だ、大体合ってます!その、恐れ多いですが……」
ふむ、その覚悟の決まった強い眼差し。その態度。
俺は嫌いじゃないな、むしろ良い。 なのだが。
「なんて奴だ!」
「身の程知らずね!」
「ザイアス殿下の婚約者であるケニー様に向かって、よくそんな大胆なことを……!」
周りからは冷たい、嫌悪の視線を向けられる。まあ、これが『普通』の反応ではある。
そんな雰囲気に身震いし、顔色をなくしていく平民に、殿下が庇うように前を立つ。馬鹿か。そんな行動、逆効果でしかないだろうが。
「貴様ら、いい加減に…っ」
「――静かに。外野からの発言は、それ以上必要ない」
全く。
この場を収めるのは、俺が適任だというのに。
わかってないな、この馬鹿殿下は。
「確かに、平民による馬鹿馬鹿しい発言だと、誰もが思うであろう。私だって、最初は思った。貴族ですらない身分のくせに、なんて不敬な人間なのだと」
俺の言葉に、皆が静まり返り、聞き惚れている。いいぞいいぞ。
「……だがな。この者は、そんな私に向かって、怯えつつも1歩も引こうとしなかった。その姿勢は、第二王子を守りたいとする態度としては、平民とはいえ、立派なものだ」
そう告げれば、周りの視線は平民に強く集まってきた。彼もまた、慣れない大衆からの視線に緊張してはいるものの、しっかりと顔を上げ続けたまま、俺の方を見ていた。馬鹿王子は、ただただ戸惑ったように、俺とルイ・パターソンを交互に見ていた。当事者なんだから、もう少しきりっとたっていれば良いものを。
「とはいえ、平民あがりのせいで、学も礼も全然なってない。はっきり言って、婚約者の座を素直に明け渡すには、さすがに合格点には程遠い。――そこで、私は考えた」
にやり、と自分でも意地が悪いだろうとは思うが、少しいやらしく口元を上げて笑ってみせた。
「――今まで私が受けてきた教育を、短時間で詰め込んだら。果たして、どこまでこの者は変わるのか、と」
俺の言葉に、また周りがどよめき沸き立つ。不敬なことを宣言してきたただの平民相手に、本来なら憤るべき婚約者自身が直々に、何故そのようなことを、と戸惑ったり。
平民相手になんと慈悲深いことを!と驚くものもいれば、貴族のくせに何故そんな悠長なことをしているのか、と呆れるものもいた
様々な反応の中、平民は顔色を少し青くしながらも、それでも毅然と立っていた。
そうだ。胸を張っていろ、ルイ・パターソン。
「私の言葉に間違いはないな?ルイ・パターソン」
「はい。間違いございません。トランスウェル様」
俺の言葉に頷き、深々と礼をする平民に、俺は満足気に頷く。
「だ、そうです。何か反論はございますか?ザイアス殿下」
そんな満足げにする俺たちをよそに、第2王子が険しい顔になり、大きな声を張り上げる。
「……俺は騙されないぞ!ルイ、だとしたらお前は、そいつに騙されているんだ!!」
おいおい、人に指を指すなと教わったはずだろうが王族なら。どれだけ俺のことが嫌いなんだか。
さすがの平民も少し困った顔になっており、更に俺の後ろで殺気がダダ漏れになっているが、気付かないふりをする。王子に対して不敬だぞ、護衛のくせに。全く。
そんな俺たちの様子に気付いているのかいないのか、王子はさらに捲したてる。
「ケニー、お前がそんなに敵に塩を送るような殊勝な真似、するような人間ではないことを俺は知っているぞ!
いつだって、自分のためにしか物事を進めないお前が。他人のために、ましてやルイのような立場の弱いものに施しをするなど……何か企みでもあるのだろう!?」
そうだな。長い付き合いだ、よく分かってるじゃないか。
とはいえ、別に彼をとって食おうなどと思ってもないし、むしろお前にとっても悪い話ではないつもりなのだが。面倒な奴だ。
「まあ、確かに思うところがない、と言えば嘘になりますが。
私が彼、ルイ・パターソンに対して、名誉を傷つけることも、ましてや危害を加えることを、彼と出会った日から今まで、そしてこれからも決してしないことを、この場で誓わせていただきます。……神の御名において」
俺は白々しく見えたとしても、丁寧に礼を尽くし、大勢の人間がいる前で神に誓う旨を伝える。
貴族の世界の社交において、『神の御名に誓う』ということは、それだけ重要な意味を持つのだ。
そこまで礼をする俺に対し、仮にも公共の場でいささか言い過ぎたことに気付いたのか、未だ難しい顔を崩すことは無いものの、王子は渋々といった様子でそれ以上言葉にすることは無かった。
……後ろの殺気は更に強まったような気もしないでもないが、無視だ無視。今は相手にする理由もないな、うん。
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