44話 その「死神部隊」の名前は?
【
神権軍の本体に戻った私は、リュカ様の元に走った。
戦果は圧倒的と聞いていた。
ナバレス砦から出た反乱軍の先鋒は、リュカ様の力で文字通り『消滅』したらしい。
しかし私にとっては、そんなことよりも彼の容態のほうが大事だった。
だから私は、息を切らしながら走っている。
草原の中に建てられた熾天審団の白いテントに、向かう。
裁翼衛士たちがその周りを取り囲んでいた。
白銀の鎧の男たちの一人が、私に声を掛ける。
「
私は彼に噛み付かないばかりに聞く。
「リュカ様の容体は!?」
「安心しろ。“座って”いらっしゃる」
彼との会話を中断して、リュカ様のテントに向かう。
何人かの衛士が私を止めようとしたが、私が『幽翼』であることを知り、道をあけた。
いくつかの白い麻の膜を開き、テントの奥に進む。
真鍮製の魔導機械が所狭しとならぶ天幕の下で、リュカ様は座っていた。
彼の口には薄ガラス製の呼吸器が当てられていて、痩せた裸の上半身には無数の
静かに悲鳴を上げてしまう。
「リュカ様……」
その目は苦悶で閉じられていた。
緩くウェーブした銀髪は、汗で鎖骨に張り付いていた。
ゆっくりと彼は目を開く。
その紫の瞳は、やはりどこまでも澄んでいた。
壊れそうな微笑を、リュカ様は浮かべる。
「シーカ……。反乱軍の聖者は、どんな人物だった……?」
動揺を抑えて答える。
「……“彼”の年頃は、私やリュカ様と同じぐらいです。反乱軍の第一魔導士強襲隊に属しているようです」
「なるほど……。よく調べてくれたね? ありがとう。シーカ……」
リュカ様は、黒檀の椅子から少し背中を離した。
真鍮管が「ぎしぎし」と鳴った。
私は敬礼をした後、跪く。
リュカ様の声が落ちてくる。
「顔を上げて、もっとわたしの近くに寄ってくれないか……」
私は立ち上がり、リュカ様に近づく。
再び視界に入った彼の痛ましい様子に、胸が締め付けられる。
リュカ様は、雪の彫像のような指を私の顎に沿わす。
「その表情、涙が出そうだ。それでも美しいが……でも、哀しまないで欲しい」
リュカ様は優しく私の頬を撫でた。
彼の言ったとおり、私はひどい表情をしているはずだった。
絶望に胸が粉々になりそうだった。
しかし声を出して、それをなんとか防ぐ。
「しかしリュカ様……。これ以上の
リュカ様は優しい表情のまま言う。
「これ以上も、これ以下も無いさ……。わたしは後戻りなんてできない。産まれた時から」
彼の色素の薄い胸に手を添える。いくつもの真鍮管に貫かれたその肌は、少し温かい。
リュカ様の胸に生命の鼓動を感じた。
だから、涙が溢れてしまった。
秘めていた感情が、声から漏れ出てしまう。
「やっぱり……理解できないです……」
リュカ様は微笑んだままだ。
彼の指が、私の涙を掬う。
「しかたがない……」
「いつか忘れることができれば良い……なんて、思ってしまいました」
「……そういうものだ」
「リュカ様を戦場に出さないで下さいと、神に願ったこともあります……」
リュカ様は儚く破顔する。
「それはわたしが困る」
私は手を、彼の胸から首に移す。
リュカ様の首の肌は冷たく湿っていた。
「私は困りません。この時間が永遠に続けば良いとさえ……」
彼の手が、私の顎を包み込んだ。
「わたしもそうであれば良いと思う」
リュカ様が私の顔を引き寄せる。
彼の顔はやはり美しく清く、だからこそ『残酷』だった。
私は思わず、心の声を漏らす。
「いや……やめて……」
しかしリュカ様は止まらなかった。
私たちの唇は、交わってしまった。
彼の薄い唇は、雪のように柔らかく崩れそうだったった。
彼の髪の毛が、私の口に入った。
私は、それに吐息を絡ませてしまう。
胸が切り刻まれるように痛む。
涙がさらに滴り、彼に繋がる真鍮管を濡らした。
感情が止まらない……。
「私がリュカ様の剣で鎧で……脚になりますから……」
「……」
「ですから、どうか戦場では後方で……」
「……」
彼は何も言わず、私と唇を再び合わせた。
私の涙はさらにあふれ、心が散り散りになりそうだった。
魔導機械が動作する低音と蒸気音が、漏れ聞こえていた。
それは、白い天幕に永遠に吸い込まれ続けていた。
「ゾアナは落とさなければならない。……それが神託であり……それ以上に、わたしの存在理由だから……」
そう言ったリュカ様の声はどこまでも澄んでいた。
その音は、羽を散らして落ちる天使の嘆きよりも痛々しく、私には聞こえた。
———
————
——
【神権軍 魔導歩兵大隊 少佐 イザキ・エイクルの視点】
反乱軍の魔導士隊の残党狩りを終えた我々は、防衛にあたるため前線での待機を余儀なくされていた。
ナバレス砦の南東に位置するここは、南北を丘で囲まれており、東にはトネリコの暗い林がある。
よって、反乱軍の本体が押し寄せてくる可能性は低かった。
散発的な戦闘を終え、部隊の配置を整えた。
反乱軍の動きはまだ無い。
私は副官と、伝想を行う。
『リュカ様のご容態は……?』
『リュカ様について、熾天審団からの続きの報告はございません。ただ、出撃はいつでも可能とのことです』
『反乱軍の動きは?』
『想術隊が各所にて
『それでは、あと1時間ほどは接敵は無さそうか……』
『おそらく……。ゾアナからの増援は、あと1〜2時間はかかると、想術隊も予想しております』
『……やはり、そうか……』
少しの間があった後、彼は続ける。
『しかし……それは通常の反乱軍の部隊であって……『例外』があると聞いたことがあります』
私は思わずおうむ返しにする。
『例外だと……?』
『はい。私は見たことはありませんが……反乱軍には「死神部隊」が居ると聞いたことがあります。その部隊は全員が黒の鎧を装備し、通常では考えられない機動力で行軍し、圧倒的な制圧力で戦場を蹂躙すると……』
私は思わず目の前の暗い林を見た。
それは相変わらず暗く、黒く……。夜の空の下で重く沈黙していた。
襟を正しながら、私は副官に質問を続ける。
『……黒の鎧の「死神部隊」だって……? 圧倒的な機動力と制圧力だと……? まさか信じられん』
『ええ。私も初めて聞いた時は、俄かに信じられませんでした』
『しかし、その「死神部隊」の名前は?』
私がそう言った瞬間、目の前の林が横一線に閃光した。
その林の中の閃光は、あまりに見事な直線だったため、私はそれが魔法だとは気づかなかった。
だから気付いた時にはすでに、我々の前列の部隊が法撃を浴びていた。
「!?」
あまりの衝撃に思考が停止した。
しかし、これが敵襲であることには間違いがない。
考える前に叫ぶ。
「敵襲!! 5時の方向!! 広域結界発動!!」
味方の広域結界がゆっくりと伸長する。
しかしその間も、我々の部隊は法撃を浴び続けた。
前列が大いに混乱し、もはや陣形は維持できない。
中列の魔導砲も既にいくつか破壊されていた。
無音だった草原は、一気に阿鼻叫喚の地獄と化した。
我々の広域結界はさらに伸長する。
しかしそのスピードは遅く、半径70mにも達していない。
本能的な焦燥感が、命の警告に変わる。
だから私は、命令を重ねる。
「敵襲だ! 前列は崩壊! 中列も崩壊寸前!! 後列は防御陣形を取れ!! 我が大隊が崩壊する!!」
しかしその瞬間、伸長していた我々の広域結界が、80mに達する前に砕け散った。
赤色の結界が、ガラス片のようになり戦場に降り注ぐ。
思わず目を疑った。
時間すら停止したかのように感じた。
なぜなら、漆黒の鎧の敵の魔殻兵隊が、私を目掛けて突撃をしてきたからだった。
だから私はその時になって、彼らの名前を思い出した。
……そうだ。私も噂を一度聞いたことがあった……
圧倒的な機動力と制圧力で、戦場を蹂躙する敵の機動部隊……その正式名称は……
『反乱軍 第一魔導士強襲隊』
私がそのような事を頭に浮かべるうちに、我々の固有結界が同時に砕けた。
もしかして……敵の広域結界が発動したのか? いつの間に?
しかしそのような疑問も、解決することない。
なぜなら、第一魔導士強襲隊の先鋒がもう私の目の前に迫っていたからだ。
それは水色の短髪の魔殻兵の、長身の女だった。
その魔殻兵の女の髪の間から覗く目は、ゾアライト機関の反射により青色に光っていた。
その様子を私はなぜか、美しいと思ってしまった。
そして彼女の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます