43話 慌てていないのね
【シアンの視点】
ボクは『
前にはマリナさんのたなびくロングヘアーが、見える。
魔法による浮遊は独特で、慣れないとバランスが取りにくい。
磁石同士の反発の上で、アイススケートをするような感覚だ。
はじめて『滑宙』を発動した時の僕は、地面で後頭部をしたたかに打った。
しかし『地獄の訓練』のお陰で、今のボクは体幹を揺らすことは無くなった。
その『
だからボクは、サロメを呼び出して聞く。
「サロメ? ……前にサロメが、『滑宙の魔法が現代の魔法戦を変えた』って言っていたよね?」
サロメは身長20cmで僕の肩の上に出現する。
そして彼女は答える。
「急になんのことよ? ……でも、そうね……。確かに前にシアンに説明したわ。『滑宙』が魔殻兵という兵科を産んで、現代の戦争を高速化させたの」
僕は自分の足元を指さしながら、質問を重ねる。
「そうそう。それだよ。あとその時サロメは、『滑宙は魔殻兵の代名詞』みたいにも言っていたよね? でも……実際のところは、この
サロメは、なぜかちょっと呆れた表情で答える。
「その答えは簡単よ。『魔力消費が激しい』からよ。正確には……
「コスパが悪い?」
「そうよ。そもそも……魔殻兵は重武装で接近戦もこなすから、滑宙の恩恵が大きいのであって、遠距離攻撃が主体の魔導士に高い機動性は、必要無いわ。つまり……滑宙の機動力と魔力消費は、魔導士にとって大き過ぎるってこと。それと……」
サロメはトレンカの長い脚を組みかえる。
今日もサロメは相変わらず、なんかえっちだった。
僕は、サロメに話の続きを促す。
「……それと?」
「それと……魔法を二つ以上同時に使用すると、魔力消費が爆発的に増大するの。つまり……
「なるほど」と言いながら、僕はサロメの説明をまとめる。
「ということは、魔殻兵が『滑宙』を運用できるのは、ゾアライト機関が内臓された重鎧を着て接近戦をこなすからであって……普通の魔導士が『滑宙』を使うのはコスパが悪い……ってことなんだね?」
サロメは少し微笑んで、手を小さく拍手する。
「そう! さすがシアンだわ。理解が早いわね。褒めてあげる! シアンちゃん、えらいでちゅねー♡ばぶばぶ♡」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、脈絡無くバブらないで」
サロメは説明に戻る。
「……とにかく、滑宙を積極的に運用するのは魔殻兵じゃなきゃ無理ね。魔殻兵の重鎧は、複数の魔法を同時運用することに適した魔力回路を内蔵してるから。つまりは、普通の魔導士には負荷が大きすぎるってこと。……だから魔導士が滑宙を使う時は、行軍や退避の時だけなの。……まあそれも、
「え? ボクには関係無いの?」
「そう。アナタには関係無いの。シアンは、チート天才魔導士だから。魔法を3つ4つ同時運用しても大した影響は無いわ。
理解してはいたけど、自分の能力の異常さに改めて驚いた。
「やっぱボクって、やべーやつだったんだ」
「そう。シアンはやべーのよ。魔導理論外の気術という魔法を使いこなして、しかも高速戦闘も可能で、さらには黒髪ツインテールのふわふわキラキラな美少女なわけ。アンネリースが惚れちゃうのも、当然ね」
不意にアンネリースさんとの路地裏でのキスを、ボクは思い出した。
熱くて甘い感情がボクの胸の中で飽和して、心が千切れそうになった。
痛みに負けないように、思わずキツい声でサロメに言ってしまう。
「今は……関係ないだろ」
しかしサロメは、眉毛を下げてわずかに微笑む。
その笑顔は、少し哀しく見えた。
顔の半分が闇夜に呑まれたサロメは、言う。
「てか……シアン……。もうすぐ死闘が控えているのに、慌てていないのね」
第一強襲隊は静かに行軍を続けていた。
重力と魔力が反発する時に出る、オルガンの最も低い和音のような音だけが、響いていた。
「慌てていないわけじゃ無いよ。……色んなことで頭の中がぐちゃぐちゃで、混乱していて……全然落ち着かない。でも……」
冷たい風で手が
サロメが、ボクの次の言葉を促す。
「でも……?」
「でも……。覚悟は決めてるよ……。いずれボクは戦わないといけないんだからさ? どうしても避けられなうのなら、逃げても仕方がない」
「『逃げても仕方ない』? 相手が熾天のリュカでも?」
「うん」
「相手がシーカでも?」
「……うん……。また混乱すると思うし、心はぐちゃぐちゃになるかもしれないけど……仕方ないと思うんだ」
サロメは優しく微笑んだまま頷く。そして腕組みをして、サロメは言う。
「ちょっと見ない間に、すごくカッコよくなったわね? アタシ、惚れ直しちゃったわ。シアン? まあ……見た目は美少女のままだけど……」
「ありがとう。サロメ」
ボクは微笑んだ。サロメも微笑む。
そしてサロメは、なぜかしたり顔になって続ける。
「やっぱり、想い人に『抱かれた女』の強さは違うわね……」
思わず聞き返す。
「……え?」
「童貞卒業おめでとうシアン……。いや、処女卒業かしら? 今はどんな気持ち? 痛気持ち良い感じ?」
「ちょっと待ってサロメ……? 何か勘違いしてない?」
サロメは肩をすくめる。
「隠さなくても良いのよ。アタシ、シアンの表情だけで何でも分かるから……。まあでも……シアンの初体験が百合なのは、ちょっとレベルが高過ぎるって思うけれど……そういうぶっ飛んだアブノーマルさも、シアンの魅力よ? おめでとう。シアン」
否定する。
「ち、ちがうから! そういうのじゃ無いから!!」
「良いのよ……分かってるから。相手の名前は聞かないから、安心して。ああ、でも一個だけ教えて? ……やっぱシアンが『受け』よね?」
「だから違うって! てか、勝手に話を進めて決めつけないで!!」
慌てるボクを見てサロメは笑った。
彼女の赤い瞳は闇夜に照らされて、ブルーの光を溜め込んで輝いた。
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