31話 議論がしにくい世か……

【マリナの視点】



 アルメーダ大佐からの“情報”を聞いた時、私が動揺しなかったと言えば、嘘になるけれど……。


しかしどこかで確信はしていた。


——『あの聖者』は、必ず戻ってくると……。


 なぜなら戦場で見た“彼”は、『ナバシア正教』の熾天使像よりも美しく儚く……。だからこそ圧倒的なカリスマとして、戦場を支配していたからだ。


『神権軍の権威』と『反乱軍の畏怖』の象徴……それこそが『熾天のリュカ』という聖者の存在だった。


そしてそれは、私の目の前に居るアルメーダ大佐にしても同じようで……彼の顔には諦観と絶望が滲んでいた。

 

 私の声は、彼の居室のカーペットに静かに吸い込まれる。


「なるほど……リュカ様がついに復帰を……。私たちにとっては、半年ほどの“安寧”でしたね……。やはり“腐っても熾天”……その生命力は、並大抵の物ではありません」


 私の言葉に、アルメーダ大佐は眉をひそめる。


「ブロワ君……。“腐っても熾天”は、いくらなんでも言い過ぎだ。『ナバシア正教』の信奉者は、反乱軍上層にもいる」


 朝の光は、チャコールグレイのカーテンで半分遮られ、彼のデスクの端を白く照らしている。


 私は微笑みながら言う。


「”熾天“という言葉自体に敬意も含まれております。ですから、なにとぞご容赦を……。それに歴史を鑑みると、『ナバシア正教』とは、ナバシア教から枝分かれした分派。……つまり……ナバシア教を信仰する私たち反乱軍から見れば、神権軍こそが『異端』と言えます」


「君の考えを否定するつもりは無いが……。その歴史解釈すらも、今では紛糾の火種となってしまった。……だからその”持論“は、上層部と関わる際は胸にしまっておく事だ」


「ご忠告感謝いたします。……もちろん、私は『潔白こそが美徳』などとは思ってはいませんが……。しかし、議論がしにくい世になりましたね……?」


「……議論がしにくい世か……」


 彼はため息を吐く。襟足が長いオールバックの額に、深い皺が刻まれた。


 アルメーダ大佐は、窓から外を見続けている。


「それに関しては……まったく君の言うとおりだ」


 少しの沈黙があった。


彼の居室の窓の外では、行軍訓練をする兵たちの声が聞こえていた。


 アルメーダ大佐は、視線をデスクの書類に戻し、話を変える。


「くだんの『聖者の少年』については、騎兵隊がご所望のようだ。『訓練を終えた後に引き渡せ』とのことだが……」


 私は少し大袈裟に言う。


「保守派のあの騎兵隊がシロサキ・シアンを? ……しかし彼は乗馬はできませんが?」


「『騎兵隊』は名ばかりで、今や魔殻兵中心の精鋭隊だ。彼らは馬など乗らん……。と言うか、マリナ君? 君はわかって言っているだろう?」


 私は肯定する代わりに微笑んで、シアンについて説明する。


「シアンの墜世オーバークロックは、アンネリース大尉を起点にして顕現していると予想しています。よって……あくまで現状としては、私の隊で彼を預かる事が得策だと考えています」


「それは君の報告書にもあったな。しかし、墜世オーバークロックにあのような発動条件が……」


「ええ。オーバークロックとは、感情の爆発により法爆オーバーロードを超越するもの……。だからこそナバシア教の禁忌であり……墜世ついせと名付けられているのです」


 脱線した話を私は戻す。


「ともかく……シロサキ・シアンは、ただの異邦人の少年です。精神的にも肉体的にもまだ不安定……。配置替えをするにしても、時期尚早です」


「その点は、上層部も理解している。ただ、シロサキ・シアンが”聖者“となると話は別だ。下級貴族中心の『改革派』が、彼を独占していると見られつつある今……上級貴族の『保守派』が黙っていないのは、自然だろう……」


「しかし、リュカ様が復帰したとなると尚更……慎重になるべきでは? シロサキ・シアンを失っては元も子もありませんから」


「だからこそ……私も頭を痛めている……」


「戦争終結後も見据えた権力闘争も大事だとは思いますが……。反乱軍の現状では、戦略と別で考えるべきです」


 疲れた表情のまま、アルメーダ大佐は口の端で笑う。


「バハリム聖資連邦の歪さの凝集が、我々反乱軍と言えば、たしかに、そうだ……。しかし私は、その中でも立場を作らないといけない。それは我々下級貴族のためでもある……。しかし一方で私は……自分が、マリナ君と同じ少佐だった頃を懐かしく思う気持ちもある……」


 彼を慈しむ。


「心中お察しいたします」


「ああ……」


 私は少し姿勢を正して言う。


「だからこそ……ともかく結果をお見せいたします……。下級貴族の我々にはそれしか道がありません。……そもそも第一魔導士強襲隊はそれにより、現在の『超戦術的決戦部隊』としての立ち位置を掴み取りましたから……」


「結果が全てか……マリナ君らしいな……。つまり私は……今後も司令部で這いずり回らなければならないって事だな?」


 また微笑む。


「いつも心より感謝をしております」


 アルメーダ大佐も微笑んだような表情を浮かべた。


「目が笑ってないぞ? しかし……実際のところ、今までも君が言うとおり、結果が物を言ってきた。それにより総司令部も我々の意見を無視できないんだ。だから私は……またしても腹を括らなければならんのか……? いや、胃か……?」


 彼は胃を抑えるフリをした。


実際に、少々神経質なアルメーダ大佐にとって、混沌に満ちた反乱軍上層部は、胃痛の種だと思う。


 私は話題を変える。


「それで……次の戦場はどちらに?」


 大佐はふたたび書類に目を落とす。


「……北西の砦の守備を増やすようだ……。あそこはゾアナの脇腹にあたる。君たちはその『支援』に向かう事になるだろう」


 『支援』ですって……? 守備部隊の? 私は疑問をそのまま口に出す。


「たしかに次にリュカ様が来るのなら、その砦だと私も思います。しかしそうであれば……『支援』では無く『伏兵』では?」


「……あくまで『支援』だそうだ。……しかし、君の鋭さは相変わらずだな……」


「ありがとうございます。……褒めていらっしゃらないように見受けられますが……。作戦は遂行します」


 私の言葉を、彼は“半分無視”する。


「……いつもどおり、『柔軟に的確に作戦に当たれ』とのことだ……」


 うなづいて賛同する。


「心得ております。先ほども申したとおり……われわれ第一魔導士強襲隊は、結果が全てですから」


 そう言いながら敬礼をした私は、深く礼をした。


 その時に私は、大佐が持っていた司令書を見た。


そこには……秘匿目標として、『シロサキ・シアンの戦略的価値の評価』と書かれていた。


 あるいは大佐はそれを、私にわざと見せたのかもしれなかった。


……彼はそういう男だった。


 そして何事も無かったように、アルメーダ大佐は付け加える。


「いつも言っていることだが……無理だけはするな。君たちは替えが効かない部隊だ。それだけは決して忘れないでくれ。……それでは、我々にとっての和平実現のため、そして幾万の民のため……ナバヤに至らんことを……」


 私は、彼に倣って『ナバシア教の誓い』を立てる。


「ええ。……カルマを廃し涅槃ナバヤに至らんことを……」


 最後にもう一度、私は微笑んだ。


 ……もちろんこの言葉は、宗教上の意味だけでは無かったのだけれど……


その真意が彼に伝わったかどうかは、私にとってはどちらでも良かった。


 

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