30話 そ、そんな……まさか……
【シアンの視点】
時間は10:00になっていた。
しかし僕の頭の中は、やはり昨日のアンネリースさんで一杯だった。
それらが、僕を否が応にも“頑張らさせ”続けていた。
やっぱこのままでは、落ち着かない。
だからもう一度だけ、『砲丸投げ選手権』をするしか無い。
だってこのままだったら、外に出ることすらままならないから……。
そう思った僕はパンツを脱いだ。
ごめんなさいアンネリースさん。僕の心が汚れていて。でも嫌いにならないでください……。
枕に頭を置いて、自分の手をおもむろにあてがった。
でも、その時……音が聞こえた。
『コン、コン』
え? ……ノック?
理解するより先に、扉の向こうから女神よりも美しい声が聞こえてくる。
「シアン? アンネリースです。少しよろしいでしょうか?」
まったく、『よろしく』無かった。
いや逆に、『よろしくなろう』としていたけど……その『よろしくなろうとしていた本人』が、リアルで来るとはまじで想定外だった。
心臓やら何やらが一気に縮んだ。
息が詰まって、裏返った声で返事する。
「ひゃい!?」
少しの沈黙があった。
「……驚かせてしまったのなら、すみません。でも少々、お聞きしたいことがあるのですが……。もしお忙しいようであれば、出直しますが?」
確かにもうちょっとで『忙しい』感じになりそうだったけど、今の僕は“本来的には”どっちかというと暇だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」と言いながらベッドから転がり落ちる。
とにかくまずい。
急がないと!
——布団を片付けたり、
——軍服を出したり、
——変な匂いがしないように窓を開け放ったり、
とにかくドタバタし始める。
部屋中を走りながら自分の下半身の状態を見て、さらに慌てる。
「ち、ちがう! パンツだ! パンツを履かないと!!」
さらに最悪なタイミングでサロメまで現れる。
「シアン! 安心して! アンネリースは、シアンの“ベビーコーン”を既に一度見たんだから、もうパンツ無しでも大丈夫よ!!」
『大丈夫なわけ無いだろ! イエローカード2枚のレッドカードで、この世から一発退場だよ! てかベビーコーンってなんだよ!!』
——とツッコみたかったけど、それどころじゃない。
一方で、扉の向こう側から“女神”の動揺したような声が聞こえてくる。
『え……? ネリ!?』
アンニュイな美少女っぽい声も聞こえる。
『アンねーさん……?』
『ど、どうしたの? こんなところで?』
『それはあたしのセリフ……。アンねーさんの寝室はここから遠い……。あたしは、たまたま通りかかっただけ……』
『た、たまたま通りかかったなんて、ウソよ……。ネリの寝室だってここから遠いわ。それにあなた、普段はスカートなんて履かないじゃない』
『そ、それは……。ア、アンねーさんだって同じ。……普段のアンねーさんは、ワンピースなんて着ない』
さらにはガチ百合美女っぽい声も聞こえてくる。
『おはようございますアンネお姉様。今日も朝から花々すら散るほどに、お美しく……って! いきなりワンピース!? ブボォッ!!』
『テレーズ!? また持病の鼻血が!?』
それらの声から察するに……どうやら僕の部屋の扉一枚隔てた廊下に、『アンネリース三姉妹』が居るようだ……。
だから改めて自分の服装を確認する。
まず、髪の毛がかなり爆発している。それはまあ、仕方が無い。
軍服だけはなんとか着た。でもボタンもちぐはぐで、とにかく無茶苦茶だ。
しかしそれより問題は……“ベビーコーン”が心許なげに在り続けることだ。
一方でサロメは、僕の“服装”を見ながら顎に指先を当てて考え込む。
「上半身はフォーマルで……『あえて』の『下半身露出』ね? うーん……。ゾアナではあまり見かけないコーデね? それに、靴下だけはなぜかちゃんと履いてて”ダサ過ぎる”……じゃ無かった、”アヴァンギャルド”なスタイルで……童貞の紫安だからこそ着こなせる素敵なスタイルじゃないかしら!」
サロメは腕組みをしたまま、ファンションアドバイザー風にサムズアップする。
思わず突っ込む。
「あ、あえて下半身露出してる人は、ただの変態だから!!」
いや、違う違う!
サロメのボケの罠にハマってる場合じゃない。
アンネリース三姉妹が、僕の寝室に“強襲”をかけて来たんだ!
それどころじゃないんだ!!
さらにドタバタと『パンツ捜索』を再開する。
しかし第一強襲隊の駐屯所の寝具はゴージャスだから、布団も大きい。たぶんダブルサイズある。
だから布団の海の中から、僕のトランクスを探し出すのは至難の業だった。
しかし扉から強めの音がする。
『コン! コン! コン!』
ネリの声が続く。
『いつまで寝ている、シアン……。軍人が寝てて良い時間じゃ無い。さっさと起きろ……』
アンネリースさんの声が聞こえる。
『ネ、ネリ……? シアンは起きているわ。……先ほど「ちょっと待ってください」と言っていたし』
さらにテレーズさんの声が続く。
『でもそれじゃあ……。もっと問題じゃ無いかしら……? 起きがけに鼻血を出してぶっ倒れたのかも知れないわ』
ネリとアンネリースさんの声が同時に聞こえる。
『『テレーズじゃ無いんだから』』
僕もツッコみに加わりたかった。
しかし同時に、僕のパンツが遂に見つかった。
叫ぶ。
「あった!!」
自分のトランクスの裏表を確認する。
そして、左の脚を通そうとする。
でも同時に、ドアノブから「カチャ」という音が聞こえてくる。
『ネ、ネリ!? 何をしているの!?』
アンネリースさんの声だった。
『何って……。扉を開けようとしている……』
ネ、ネリ?? 待って!? まだ僕、パンツに片足しか通してないから!!
いやでも……扉の鍵は掛けてるはず……だったと思う。
……か、掛けてるよね? 昨日の夜の僕!?
扉を見ようとしたが、あいにく後ろを向いているので鍵の確認はできない。
そして、体勢的に振り向くこともできない!!
アンネリースさんの声が聞こえる。
『そ、そんな勝手に! シアンさんの寝室の扉を開けてはいけないです!!』
『痛っ! ……アンねーさん……。あたしの手を叩かなくても……』
『か、彼のプライベートですから!』
少しホッとする。やっぱアンネリースさんは女神だ。優しい。
ネリの声が続く。
『でも……。テレーズが言ったとおり……シアンが鼻血とか垂らして倒れていたら困る。だからあたし……シアンがちょっと心配……』
そのネリの心配に応じるように、ドアノブを弄る音が聞こえる。
またネリが!?
しかし、想像に反するネリの言葉が聞こえてくる。
『……って、あれ? アンねーさん? ドアノブ持って、何をしようと……?』
『いえ。テレーズとネリの意見も間違えていないと、私も考えはじめました。……それに、そもそもシアンの安否確認は、上官である私の仕事ですし……』
え!? いや待って待って!!
なんでアンネリースさん、一発で説得されてんの!? 手のひら返し早すぎない!?
そして、もう片方の足がどうしてもパンツに通らない。
ケンケン状態で、パンツを蹴ったり引いたりしてしまう。ベビーコーンは所在無さげに哀れに揺れる。
何かの罰ゲーム?
てか、なんでこんな時に僕はパンツすら履けないんだ?
「カチャ」とノブが回る音が聞こえる。
やばいやばい! 待ってアンネリースさん! 今は“危険”だから!!
しかし、ネリの声が聞こえてくる。
『そう言ってアンねーさん……。なんか、ちょっと嬉しそう。もしかして……シアンの”寝室”を見たい……?』
『そ、そんなはずありません! わ、私がシアンの”寝顔”が見たいだなんて!!』
『シアンの“寝顔”……? それは確かに……ちょっと、アタシも見たいかも……』
『ちょ、ちょっとネリ! 勘違いしないで?! 私は職務の必要があって!!』
『でもアンねーさん、今口が滑った……』
『そ、それは!!……』
“ガチ百合美女”な声が割り込む。
『もう……。ネリもアンネお姉様も、些細な事で問答し過ぎだわ。ドアなんて開けてしまえば良いのよ……まさか紫安が裸でいるはずも無いのに……」
『『テレーズ!?!?』』
そして遂に、扉が開いてしまった。
少し軋んだ「キィ」という音とともに、空気の流れが変わる。
僕は叫ぶ。
「ちょ、ちょっ! まッ!!……」
ケンケン続行中だった僕の体勢が、完全に崩れる。
ぐるりと重力の方向が変わる。
僕の頭が逆さになり、脚が天井に向かって跳ね上がった。
——あるいは聡明な“みんな”なら、『ああ、またシアンの下半身丸出し大開脚が始まったよ』と、今思ったかもしれないけど……それは、僕も同じ気持ちだった。
なぜなら、これが3回目の“大転倒”だから。
だから今回の僕は、大転倒する自分に抗わずに、あえて地面を蹴った。
たしかに、それにより転倒は免れた。しかし僕は忘れていた。
——今回は足にパンツが絡まっていることを……。
そんな状態で不用意に跳躍をした僕は、足を縛られたまま空中に投げ出されたみたいになる。
その事で僕は、ベッドに頭から突っ込む。
「へぶぁっ!!」
頭に柔らかい衝撃があって、腰が思いっきり反った。
僕は下半身丸出しのまま、扉の方を向いて、『頭ブリッジ』したような体勢となった。
同時に無慈悲にも……僕の寝室の扉が開く。
三人分の足音が僕の寝室に入ってくる声が聞こえて、止まった。
『『『……』』』
僕の寝室に一瞬の沈黙が訪れた。
遠くで野鳥の声が爽やかに響く。たぶん、カッコウだと思う。
まず、アンネリースさんの声が聞こえる。
「……え? ……そ、そんな……まさか……」
ネリの声も聞こえる。
「べ、ベッドの上で……。靴下だけ履いて……“丸出し”で……」
テレーズさんの声ももちろん聞こえる。
「さらには……頭ブリッジで私たちに見せつけてくるなんて……。筆舌に尽くしがたい……“特殊プレイ”ね……」
——その“特殊プレイ”という言葉に対して僕は何か言い訳をしたかった。
でも、『羞恥』により下半身から脳まで貫かれた僕は、ただただ悲痛な絶叫をするしかなかった……。
「う、うわぁああああああ!!」
その——僕が羞恥に打ち震えた瞬間……世界の全てが、1秒間モノクロになる。
そして空間を切り裂くように無数の白い線が現れ、僕の部屋を完全に制圧した。
【Overclock】【Overclock】【Overclock】【Overclock】【Overclock】【Overclock】【Overclock】【Overclock】
——こうして僕は、戦闘中では無く、普通のなんでもない休日の朝に……オーバークロックしてしまった。
——パンツを履かず、
——アンネリース三姉妹に全てを見られたまま……
……女の子に、僕はなってしまった。
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