18話 準備はオッケーね?
【アンネリースの視点】
【……紫安がオーバークロックする1分前】
蒸せるような濃い蒸気で、目を覚ました。
バンシィになぎ倒された自分が生きている事に、何よりも驚いた。
視界がはっきりとした像を結ぶと、潰れた重鎧や
雑草の柔らかい感触で、自分の手や腕がまだある事にも気づく。足を引き寄せる事もできる。
五体満足なだけで奇跡と言えた。
神権軍が言うように、この世に『神なる者』は居るのかもしれない……とさえ思った。
しかし、感慨にふけって倒れている訳にはいかない。
ネリとアデルと……そして、シアンを守らなければならない。
だから私は鉛のように重くなった身体と、全身を貫く痛みに耐えて半身を起こした。
そして絶句する。
私の視界は……だれかの裸のお尻で、埋め尽くされていたからだ。
「……え……?」
そのお尻がシアンのものだと私が理解すると同時に、彼も「え……?」と言いながら振り向く。
そのせいで彼の下半身も右に回転し、私の目の前に……彼のものが現れた。
——実のところ……私は男性のものを見慣れてはいた。
ノルヴェナ(※バハリムの北に位置する国)の貧民街で幼少期を過ごした私にとって、”下劣な男のもの”を見ることは、日常茶飯事と言って良かった。
そして軍に入ってから出会った男達も、私が女であることを知りながら、隠すことをしなかった。むしろ、私に見せて喜んでいる者すら居た。
そのたびに私の中で、男性性とその暗い性欲に対する、嫌悪感が増した。
しかし……私はシアンに対しては、不思議とそのような暗い感情を感じなかった。
何より……その瞬間のシアンの羞恥で赤らめた表情が純粋無垢だったため……私の心が微かに……しかし鋭利に
その瞬間、無数の純白のルーンが私とシアンを包み、空間を支配する。
【Overclock】【Overclock】【Overclock】【Overclock】【Overclock】【Overclock】【Overclock】【Overclock】
それらのルーンはほどけて収束し、シアンの身体を貫いた。
彼の左の額に、『
シアンのそれは、リュカ様と似た十字型の墜痕だった。
しかし同時に、全てが赤い光に照らされる。
思わず天を仰いだ。
バンシィの
「シアンッッッ!!!!!」
しかし、赤黒い光の爆発で目を開けられなくなる。
傷んだ目から涙が散った。腕で顔をかばって、そむける。
赤い光の放流で景色が押し流され、白一色になった。
強く閉じた目から、さらに涙があふれる。
その涙は自分の無力に対する、切り裂かれるような深い絶望だった。
しかし私の絶望は、目の前の『彼女』の出現により、驚きへと変化した。
黒いバンシィの異形を背にし、『彼女』は白い水蒸気の中から現れる。
身長はシアンと同じぐらい。年齢も同じぐらい。
黒く長いツインテール。紫色に輝く瞳。
肩には
対して胸と腹の鎧は無く、彼女の女性らしい線を強調するかのような薄手の銀色の生地で覆われている。
腰回りには、鋭い意匠の黒石英の軽鎧。そこから華奢な二本の足が現れ、足元は黒石英の踵の高いブーツのような履物で包まれていた。
彼女は、妖しく美しく輝いていた。その様子に私は唖然とし、正確な状況判断が出来なくなった。
しかしそれは、彼女も同様のようで……彼女が自分の胸や股をまさぐる様子で、察することができた。
「え……!? あれ……!? これって……ボ、ボクのおっぱい……? いや、ていうか……もしかして……まさか!? 何も無いっ!!」
その彼女のしぐさと言葉で……何よりも真っ赤になって恥ずかしがる様子を見て、私は『彼女』の正体に思い至った。
だから私は、『彼女』の名前を口にする。
「……もしかして……シアン……?」
私の声で『彼』の動きは、一瞬止まった。
そして、艶やかな黒髪の美少女になった『彼』の揺れる紫色の瞳が、私の視線と交差する。
その声は、ガラスの鈴の
「な……泣かないでください。アンネリースさん。ボクが城崎 紫安ですから。安心してください……ね?」
しかし私の頬には、涙が伝っていた。
———
————
——
【シアンの視点】
アンネリースさんと再び視線を交わすことができたボクの心は、幸せで満たされていた。
彼女の涙が意味するところは、いまいち分かっていなかったけど、それでも彼女の微笑みはやっぱ女神的に美しく、「生きていて良かった」と本当に思えた。
そんな幸せの絶頂の中、唐突にサロメの声が聞こえる。
「二人で『TSプレイ中』にもうしわけないけれど、シアンの『
焦ったボクとアンネリースさんは同時にツッコむ。
「プ、ププレイじゃ無いから!!」
「プ……プレイ? ではありません!!」
しかしサロメは、相変わらずドSでちょっと淫乱な笑みを呆れ顔で浮かべる。
「はいはい。分かった。分かった。……とにかく、一時退避よ。シアン」
「……分かったよ。サロメ」
そう言いながらボクは、傷ついたアンネリースさんを抱きかかえようと近付く。
それを知ったアンネリースさんは、急に照れて焦る。
「ちょ、ちょっと!? 待って! シアン!! わ、私は重いですから!!」
しかし時間はない。
だからボクは躊躇せず、アンネリースさんを抱え上げた。
抱え上げた時に「んっ!」と悲鳴を漏らしたアンネリースさんは、さらに慌てる。
「シ、シシシシアン!?」
ボクは前を向いたまま言う。
「暴れないで。アンネリースさんの身体は満身創痍なんです。だからボクがこのまま、安全な位置まで送ります」
アンネリースさんの、いつもと違ったか細い声が聞こえる。
「……わ、わかりました。で、でも……無理は禁物ですよ?」
そう言って水色ボブで顔を隠したアンネリースさんの表情は、めちゃくちゃ可愛かった。
さらに、ボクのCの胸とアンネリースさんの大きな胸が少し触れて、もうなんかよく分からないけれど……すごくドキドキした。
目を逸らし、動揺を隠して言う。
「そ、そんな無理だなんて……今のボクは、大丈夫ですから……」
そう言ったボクは、魔法を発動する。ルーンが浮かぶ。
——【Vapor Trace / Nebulis】
(
魔法の発動と同時にボク達の身体は霧で包まれ、一瞬で移動し、バンシィから200m離れた地点に到着した。
「え!? ええ!?!?」
ボクもかなり驚いたけど、でも冷静を装って、彼女を地面に優しく降ろす。
驚いたままの表情で地面にぺたりと腰を降ろしたアンネリースさんは、相変わらずやっぱめっちゃ可愛かった。
一方で、バンシィに再び赤黒い魔素が集結し始めていた。
「アンネリースさんはそこにいて下さい。あとは、ボクがなんとかしますから」
そしてボクは前方を睨む。
少し遠くなっても、バンシィの暗い存在感には異様な圧があった。
サロメがボクに尋ねる。
「準備はオッケーね?」
「うん。……大丈夫だ」
黒いツインテールに蒸気が絡み、ボクの華奢になった肩をばたばたと撫でた。
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