第11話 罰ゲーム

入学から1週間以上経ち、俺は学校での生活に慣れてきた。

朝は家が近いことを良いことにのんびり登校し、午前中を乗り切って友達とのお昼ご飯タイムを楽しむ。

その後は眠気とバトルしながら午後の授業をこなし、みんなと教室で少しお喋りした後に解散する。


前世の頃とは比べ物にならないほど楽しい日常生活だ。

それに、みんな可愛いし、良い匂いするし、女子との関わりが全くなかった元男からすると天国でしかない。まあ、前世も言うほど悪くは無かったけどね。


前世の俺には持病があった。

小学校、中学校の間は元気に過ごしていたけど、高校生になった時に悪化してしまい、そのせいで高校生以降はほとんどの時間を病院のベッドの上で過ごしていた。


……ああ、思い返すだけで恐ろしい。


死ぬのが怖いとかじゃない。まあ、勿論死ぬのは怖かったけど、それはアレほど恐ろしくは無かった。

そう…。

真に恐ろしいのは「暇」だ!


病院で入院している時は本当に暇なのだ。もちろん看護師さんやお医者さんがやって来ることもあるし、家族がお見舞いに来てくれることもある。だけど、基本はやることがなくて暇だ。

スマホでゲームなんてやる気分にもならないし、そもそも無限にスマホで遊び続けれるような自由は与えられなかった。

テレビとかラジオとか、音楽を聴くとかもしたけど、やっぱりすぐに飽きてしまう。

一度やる気がなくなると他のものもどんどんやる気がなくなってくるから最悪だ。

その結果、どんどん楽しめることがなくなってきて暇になる。

この「暇時間」は本当に退屈だった…。

一生味わいたくないね、うん。



まあ、今世はそんな「暇」を感じるようなことはない。

慣れない体。慣れない環境。慣れない人間関係。

全てが新鮮で超楽しい。

だから俺は前世の分まで今世で楽しむのだ。

一先ずの目標である「生徒会に入る!」も出来たし、これからはそれに向かって頑張っていこう。


「——な?怜奈?どしたのぼんやりしちゃって」


おっと、少し考え込み過ぎていたらしい。

隣のさくらが俺の胸をツンツンしながら声をかけてきた。


今は昼休み。相変わらず俺たちは俺の机を囲んで昼食を食べている。


「なんでもないわ、さくら。少しボーッとしてただけ」

「ふーん? 怜奈もボーッとすることとかあるんだ。いつもスンとしてる癖に〜」

「何よ。私だってそのくらいするわ」

「そう言うさくらはいつもボンヤリしてますよね」

「違うよ美香。アレは寝てるだけ」

「寝てないもん!…まあ、ちょっとは眠くなってることもあるかもしれないけど、頑張って起きてるもん!!」

「じゃあこの後の数学でさくらが起きてられたらさくらの勝ち。もし寝ちゃったらわたしの勝ちで賭けをしませんか?」

「おお、良いわね!私も参加するわ」

「ウチも乗った」

「なんでみんなそんなに乗り気なの?あたしはやらないからね!」

「へぇ〜、逃げるんですかぁ〜?」

「ぐぬぬぬ…」


ニヤリと口角を上げる美香を睨みながら、両頬にサンドイッチを詰め込んださくらが唸る。


可愛いな、このリス。


「んん〜!じゃあやってやんよ!耐えてみせるんだから!」

「お!良いですね〜。じゃあ、負けた方には罰ゲームを用意しましょう」

「え、罰ゲームあんの?」

「勿論。その方が盛り上がるでしょうし。それにさくらは勝つんでしょう?なら罰ゲームくらいどうってことないですよね?」

「う、うん!当たり前じゃ〜ん!」


すごい苦笑いをしながら答えるさくらを横目に、俺は美香に質問する。


「私も参加したら、私にも罰ゲームがあるの?」

「そりゃあ勿論。怜奈はどっちに着きますか?わたし?それともさくら?」

「んー、じゃあせっかくだしさくらを信じてみようかしら」

「了解です。凛華はどうしますか?」

「ウチは美香側で行く。怜奈、乗り換えるなら今のうちだよ?」

「えええ、あたしのこと見捨てないでよ怜奈ぁ〜!」


俺の腰に腕を回して抱きついてくるさくら。

そんなさくらの頭をポンポン撫でながら、俺は笑顔で答える。


「こーゆー訳で私はこのままさくら側でいくわ」

「オッケーです!じゃあ罰ゲームの内容ですけど、夏休みに海に行く時に実行しましょう!」


美香がそう言った瞬間、俺に頭を撫でられているさくらの全身がビクッと震えた。


え、そこまで変なこと言ってたか?


「海?夏休みに海に行くの?」

「はい!わたしたちは毎年夏休みに海に行ってるんですけど、その時に罰ゲームを実行しようってことです」

「なるほどね。だけどそれってだいぶ先のことにならないかしら?てっきり私は一発芸とか、一瞬で出来るような罰ゲームを想像していたのだけれど…」

「チッチッチ。甘いですよ怜奈。甘々の甘ちゃんです。女の子たるもの、罰ゲームには命を賭けないと!」

「???」


カチッ、という音がした気がした。

何かのスイッチが入ったかのように、美香の両目がギラリと光る。隣の凛華は「あっ」と何かを察してパンを無心で食べ出した。

そしてさくらは俺の太ももに顔を埋めてプルプル震え出した。


え、なに?何が始まるの??


「罰ゲーム。それは日頃の欲望を合法的に発散することができる至高のシステム!分かりますか怜奈、この素晴らしさが!?ほら、コレを見てください!!」

「な、何かしら…?」


炎がメラメラ燃え上がる音が聞こえてくるような気配を纏った美香は、ポケットからスマホを取り出して1枚の写真を見せてきた。


「えっ…!!!」

「ふふふ。こーゆーことですよ怜奈!」


それは、ビーチサイドでダブルピースをするさくらの写真だった。

キラキラ光る青い海。白い砂浜。広がる空。

そして、ぎこちない笑顔でピースするさくら。

そのさくらは、えっちな黒水着を着ていた。


「…えっと、これは?」

「分からないですか?罰ゲームはこれですよこれ。負けた方は、海でセクシーな水着を着るってことです!!ちなみにこの写真は去年撮ったやつです!」

「あ〜〜。うん、なるほど。よく理解したわ」


さくらの水着は中々にえっちだ。

基本的な形は普通のビキニと同じなのだが、デザインが凝っている。

柔らかそうな布で出来たトップスの中心部分には謎の隙間があり、その真下にレースのリボンがくっついている。その隙間から少しだけ下乳がチラりしているのがポイントだ。

一方ボトムスは短いスパッツのようにピチッとしたもので、その上をヒラヒラした薄いレースが囲んでいる。

いかにも大人が着ていそうな水着だが、下手したらそこら辺の大人よりも似合っていそうな着こなしである。やっぱり程よい肉付きは絶対正義だ。


そして、さくらがさっきからプルプルしているのはこれを思い出したからだろう。

「またコレを着る羽目にはなりたくない」と。

相当恥ずかしかったんだろうな。


「じゃあ、怜奈も理解してくれたことで契約締結ですねさくら!いいですね!?」


美香がニッコニコでさくらに声をかけると、さくらは俺の太ももの中で小さく答える。


「うん…。だけど、負けないもん…!」


ほんのり温かい息が太ももに触れて少しくすぐったい。


「やったー!じゃあ頑張ってくださいね、さくら。わたしはしっかり見てますからね♩」


美香は一息にそう言うと、ルンルン鼻歌を歌いながら席を立って自分の席に戻っていった。

続いて席を立った凛華は、無言でグッと親指を立てて自席に向かった。


俺は自分の席に座っているからどこにも戻る必要がないが、さくらは戻る必要がある。もうすぐ授業が始まるからな。


「ほら、さくらもそろそろ戻りなさい?」

「うん…」


さくらは力無く答えながら体を起こした。すると、正面からいきなり俺の胸に顔を埋めてきた。


「ねえ怜奈。一緒に水着着ようね」

「ええ。……ん、え?」


…なるほど。

さてはコイツ、勝つ自信ないな?


もっとも、俺はえっちな水着を着ることにそこまで抵抗は感じない。とはいえ全く恥ずかしくないわけじゃないから、可能ならば着たくない。

だから出来る限りさくらには睡魔と戦ってもらいたいのだが……


「んいしょっと」


さくらはフラフラしながら立ち上がる。

すでに目が半開きだ。


こりゃあ、乗る船を間違えたか?


「まあ、なんとか頑張るよ。応援してて!」

「え、ええ。頑張って…」


俺は自席を目指して歩き出したさくらのことを、苦笑いしながら見送った。


さて。さくらは寝てしまうのか、耐えるのか。


ただでさえ眠くなる5限。最悪なことに内容は数学だ。

…うん、頑張ってくれ、さくら!


胸の中で応援する俺の気持ちとは裏腹に、さくらの背中は弱々しく見えた。



* * * *


——キーンコーンカーンコーン。


5限の授業が終わった。

授業の終わりと同時に教室がざわざわしだし、俺もさくらの方に向かった。

それは美香と凛華も同じだ。

特に美香は一目散にさくらの席に駆け寄って行った。


そして結果は、火を見るより明らかだった。


「スピー、スピー、スピー、ス………」


乾さくら、爆睡である。


さくらは机に突っ伏し、気持ちよさそうに寝息を立てながら寝ていた。


「ふふふ。じゃあ怜奈、罰ゲームを楽しみにしててくださいね?」


まるで最初から結果が分かっていたかのように美香が微笑む。


これが一緒にいた時間の差か…。

少しでもさくらを信じてしまった俺がバカだった!


素直に負けを認めるしかなさそうだ。


「…はい」

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