第5話 グロウ様が勇者じゃないってことに……ね?




「――はッ、はッ!」


 翌朝。

 俺は、森の中で、何度も素振りをしていた。


「ふぅ……」


 そうして俺は、目標であった六千回の素振りを終えると、一息つく。


 すると――

 

「――センパイ! お疲れ様ですっ!」


 背後から鈴のような可憐な声が聞こえてきた。

 ユリナだ。


「おお……ユリナか。おはよう……ごめん、素振りの音で起こしちゃったか?」


「いえいえ、そんなことないですよ! 偶然早く起きたら、聖剣片手に森に向かうセンパイの姿が見えたので、様子を見に来ただけですから! ……そうだ! お水要ります?」


「水……?」


 そういえば、今日は水袋をテントに忘れてきたんだよな……。


「でも、俺がもらったらユリナの分が無くなっちゃうんじゃないか?」


「大丈夫です! センパイのために用意してき――じゃなくて、偶然、水袋を二つ持ってきちゃったんですよねっ!」


「そうなのか……? なら、お言葉に甘えて一つ貰おうかな」


「勿論ですよっ! どうぞ!」


 俺は、早速、水を飲む。


 うん、美味い。


「それでセンパイ、一つ頼みがあるんです……!」


「ん……? どうした?」


「この前、センパイにアドバイスされて、剣の振り方や、重心移動を改善してみたんですけど……ちゃんと出来てるか、自分ではわからなくって……」


「それなら、俺が確認してみるよ」


「いいんですか!」


 そりゃあ、俺は、ユリナに剣を教える師匠でもあるんだからな。


「じゃあ、一旦、素振りを20回してみてくれ」


「はいっ!」


 すると、ユリナは剣を抜き、何度も何度も剣を振っていく。


 なるほど……な。


「前よりも重心移動が上手くなったな! それに……単純に腕力も強くなったか? 剣速もパワーも段違いに上がっているぞ」


「本当ですかっ!」


「ああ、流石、ユリナだ」


 重心移動を極めれば、無駄なく力を相手に与えることができる。

 ……これは、前に俺がユリナに教えたことだ。


 ちゃんと実践し、習得してくれているなんて……教えた側としては、かなり嬉しい。


「でも、剣の握りが少し甘いな」


「剣の……握り?」


「ああ……ちょっと、指に触るぞ」


 俺は、ユリナの人差し指を優しく触ると、少し動かした。


「この人差し指の第一関節を、刃の下に来るようにするんだ」


「は、はい……」


「それで、薬指と小指はもっと力を入れていいぞ」


 俺は、ユリナの隣に立つと、ユリナの手の上から剣を握る。


 こうすれば、どれくらいの力を込めればいいか、わかるはずだ。


「じゃあ、これでもう一回、素振りをしてみようか」


「わ、わかり……ました」


 ユリナは再び素振りを20回していく。


 剣の速さは、さっきと段違いに速かった。


「凄いです……さっきよりも、剣が振りやすい……」


「だろう? ……でも、さっきよりも少し、動きがぎこちないような……」


「ッ?! ……き、気のせいですっ! 気にしないでください!」


「そうか?」


「そ、そうですよ!」


 ユリナは俺に背を向けると、コホンと咳払いをした。


「少し暑いだけですから……一旦、お水飲んで休憩しましょう」


「そうだな」


 俺は、さっきユリナから貰った水袋を取り出し、水を飲んでいく。


 すると、ユリナが水袋を持ったまま、静止していることに気がついた。


 待て、もしかして――


「ゆ、ユリナ?! ユリナが持っているもう一つの水袋……ほとんど水が入ってなくないか?」


「え……? わ、わあ……二つ持ってきたのに、水が入っていたのは片方だけだったみたいですっ! ……ど、どうしましょう」


 そう言ってユリナはチラチラと俺の持っている水袋に視線を向けてくる。


いや、まさか。


「じゃあ、一緒に湖まで行かないか?」


「……でも、そしたら私、この後、朝の支度やご飯の準備のお手伝いに遅れちゃいますね……」


「そ、そうか」


どうしようかと、俺が頭を悩ませていると、おもむろに、ユリナは口を開いた。


「――それじゃあ……さっきセンパイに渡した水袋を……貸してくれませんか?」


 ユリナがしてきたのは、予想外の提案であった。


「へ?!」


「どうしかしましたか……? 仲間が水を共有するのは、そんなに変なことでしょうか?」


「そ、それは……そう、だな。じゃあ……どうぞ」


 俺は、自分がさっきまで飲んでいた水袋をユリナに手渡す。


 本当に……これでいいんだよな?


「ほ、本当に渡してくれるなんて……じゃあ、い、いただきます」


 ユリナは意を決したように、ゴクゴクと水を飲んでいく。


 俺は、なんとも言えない気分でその姿を見つめる。


 すると、俺の視線に気づいたのか、ユリナは濡れた口を服の袖で拭いながら小悪魔的な笑みを浮かべた。


「どうしたんですか、センパイ? ……もしかして、『間接キスだ』とか考えちゃってます?」


「っ……?!」


 図星だった。


 いや、だって実際に間接キスじゃないか……。


「ふーん、センパイは私のこと、してるんですねっ?」


「そ、それは……!」


 だってさ――

 

「(こんな美少女と間接キスして、意識しないわけがないだろ……っ!)」


 しかし、俺だって言いたいことが一つある。


「――なあ、どうしてさっきから後ろ向いてるんだ?」


「ッ〜〜〜?!」


 ユリナは言葉にならない声をあげる。


 そう、ユリナはさっきから後ろを向いており、顔を見せてくれないのだ。


「な、なんでもありません。本当になんでもないですから!」


ユリナは語気を荒げると――


「え、えっと……わ、私は朝ごはんの準備とか、朝の支度があるのでこれで失礼しますっ! ではっ!」


 今までにない程の速度で、走り去っていった。


 一体……なんだったんだ……?




 ――――――――――――――――――



 同時刻。

 王城の一室にて。


「――ねえ、紅茶淹れてくれないかしら?」


 ドレスに身を包んだ一人の少女は一冊の本を読みながら、メイドを呼びつけた。


「はい、……どうぞ」


「ん……ありがとう」


 メイドに『王女様』と呼ばれた少女の名はルナ。

 この国の第一王女であった。


 彼女は、様々な写真が貼られた本を見つめ、幸せそうな笑みを浮かべていた。


「そういえば、王女様……勇者一行が、イドナ村に寄ったらしいです」


「へえ、そうなのですね……! だとしたら、リシアたちも気づいたかもしれませんね」


「……?」


 メイドはその言葉の意味がわからず、首を傾げると……部屋から退出していった。


 部屋には、ルナと――


「グロウ様が勇者じゃないってことに……ね?」


 そんな独り言だけが残された。



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