第3話 真の勇者は今――



【リシア視点】


「(お嫁さん……お嫁さん……私が……?!)」


 顔が熱くなっていくのが、自分でもわかる。


 だ、ダメですリシア……ここで顔を赤くしたら、バレバレじゃないですか……!


 私は、深呼吸し、心を落ち着ける。


「(で、でも……もしも、私がグロウさんのお嫁さんになれたら……どれだけ幸せなことでしょう…… )」


 無表情を保ったり、冷たい態度を取らなくていいのだ。

 そして、好きなだけこの想いを彼に伝えられる……!


「――どうしたんだ? リシア……そんなに口元を緩ませて」


「へ?! ……な、なんでもありませんから!」


 頭を振り、私は必死に邪念を振り払う。


 いけません、グロウさんにはこの想い、絶対にバレちゃいけないんですから……!


「そ、そうか? ……じゃあ母さん、また近くを通りかかったら寄るから……行ってきます」


「ええ、行ってらっしゃい」


 グロウさんのお母様は、名残惜しそうに、愛おしそうにグロウさんを見つめながら、見送った。


「(グロウさんは……とてもお母様に愛されているのですね……)」


 その時、私の心がチクリと痛んだ。


 ――――――――――――――――



【グロウ視点】


「――それじゃあ、また近くを通りかかったら寄るから……行ってきます、母さん」


「ええ、行ってらっしゃい」


 俺は、寂しそうな母さんを尻目に家を後にした。


 これ以上、道草を食うわけにはいかないし……何より、これ以上話していると、何か勘付かれそうだったのだ。


 すると、リシアがボソッと独り言を言うように口を開いた。


「グロウさんは……とってもお母様に愛されているのですね」


「……? 突然どうしたんだ?」


「いえ、なんでもありません……少し羨ましいなって思ってしまいまして……すみません、聖女としてあるまじき言葉でした。今のは忘れてください」


「全然、俺は気にしてないぞ? ……というか、逆に聞きかせてくれないか? 俺はリシアのことをもう少し、知りたいんだ」


 すると、リシアはしばらく悩む仕草をし……ゆっくりと口を開いた。


「……実は、私、元々親に捨てられた孤児なんです」


「っ?! そ、そうだったのか……」


「ええ……それで稀に想像してしまうのです。もしも、私にも親がいて、生まれたことを喜ばれながら生きて、幼少期は他の子供達とおままごとでもして暮らしていたら……もっと幸せだったのかなって」


「それは……」


 何かを言おうとしたその時、言葉が詰まった。


 母親もいて、幼少期も友人と遊んで過ごした俺が……彼女に言える言葉なんてあるのか?

 何を言っても、それはただの……なんじゃないのか?


 でも、一つ、言えることはある。


「偉いよ」


「え……?」


「俺には、リシアが感じてきた辛さも、幸せになったかどうかもわからない……けど、そんな状況の中で強かに生き続けてきたリシアが偉いってことだけはわかる」


 すると、リシアは拍子抜けた様子ような表情をし……くすりと笑った。


「ふふっ……そこは、『辛かったな』って慰めるところですよ?」


「え……? そ、そっか……ごめん!」


「いえいえ……なんだか、グロウさんらしくって……とても嬉しかったです」


 リシアはそう言って優しく微笑む。


 いつも無表情だからか、やけにその笑顔が頭に残った。


「それで、次はどうするのですか?」


「え? あ、ああ! そうだな……さっき母さんが言っていた俺の友人の――アレンのところに行こうと思う」


「わかりました。まだ、ユリナとラミリアが帰ってくるまで時間がありそうですし、私もご一緒させてもらっても良いですか?」


「勿論だよ……といっても、そんなに面白いものじゃないと思うけどね」


「……?」


 そうして、俺たちは、村の外れの方へと歩いていった。


「……グロウさん、ここら辺には、あまり家はないようですが……?」


 リシアは周りに点在する幾つのか墓標を見て、不安げな表情をする。


 そして、何かに気づいたように、口を抑えた


「っ!? まさか……」


「いやいや、違うよ? 別に死んでるわけじゃないさ」


「そ、そうなのですね……なら、良かったです」


 リシアは安堵で胸を撫で下ろす。


 まあ……あまり状態としては変わらないんだけどな。


 俺は小さな小屋にたどり着くと、ノックもなしに扉を開けた。


「おーい、アレン! 来たぞ」


 しかし、返答は一切無い。


 やっぱり……そうか。

 俺は、無理矢理、家に押し入ろうとも思ったが……。


「(そういえば、リシアも今日は一緒なんだよな……)」


 うーん……リシアにこれを見られると、色々不味いな。


「どうやら、今はアレンは不在らしいな……今日は諦めるよ」


「っ……?! そ、そうですか……わかりました」


 俺は、踵を返し、そのまま村の広場へ帰ろうとした。


 その時だった。


 突然、リシアは俺の肩を掴み、俺をその場に引き留めた。


「グロウさん……一つ、聞いても良いですか?」


「どうしたんだ?」


「どうして……この小屋からはこんなにもの匂いがしてくるのですか?」


「ッ――?!」


「(の、呪いの……匂い?! リシアには、そんなことまでわかるのか……?!)」


 いや、もしかしたらカマをかけているだけかも……。


「一体、何のことだ? 俺は何も感じないけど……?」


「しらばっくれないでください……聖女になると、呪いに関しては他の人よりの何倍も敏感になるんです」


「い、いやぁ……それは……」


 俺は必死に言い訳を考える。


 が、聖女であるリシアを騙せそうな言い訳なんて、都合よく思いつくわけがなかった。


 その時、俺の手は、リシアによってギュッと握られる。


 彼女は全てを見通すような碧眼で、俺の目を見つめながら、口を開いた。


「グロウさん……やっぱり、何か隠しているんですね」


「っ?!」


「人間ですから、誰しも隠しごとはあるでしょう……ですけど、何も全てを一人で抱え込まなくても良いのですよ? だって――」


 リシアは、優しく微笑むと――


「私たちは勇者パーティであり――仲間なのですから」


 女神と見紛うような、慈悲深い笑顔で、そう言った。


 今までずっと、無表情で何を考えているかわからなかったリシア。

 

 しかし、本当の彼女は誰よりものことを心配していたのか……!


「(うっ……心が……痛い)」


 違う、違うんだ。

 俺たちは勇者パーティだが……リシアの目の前にいるのは、自分都合で『勇者』と偽り続けているだけのクソ野郎なのだ。


 みんなを騙し続けている俺に……なんて名乗る資格はないのだ。


 苦しい、苦しい……胸が苦しい。

 いっそのこと――


「(真実を……言ってしまいたい)」


「……そうだね、いずれ、相談させてもらうよ」


「ええ、遠慮せずに相談してくださいね?」


 リシアは俺の手を、両手で優しく包み込みながら微笑んでくれた。


 この時、心の中で一つの決心がついた。


「(――今夜、全ての真実を明かそう……そして、三人をパーティから追放しよう)」


 そんな決心が。

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