第2話 金賀一、まさかの秘湯へ!

「金賀一!まさかお前、こんなところまで来たのか!?」

 うっそうと茂る山道を抜けた先に、ひっそりと佇む秘湯旅館。湯けむりが立ち上る露天風呂から顔を出したのは、やはり鮫島刑事だった。彼もまた、事件の知らせを受けて駆けつけたらしい。

「ひでぇな、鮫島さん。俺はね、自然を愛する男なんですよ。特に、金が湧き出る自然はね!」

 金賀一は、いつもよりくたびれたトレンチコートの襟を直し、ニヤリと笑った。今回は、岩手県八幡平の山奥で起きた殺人事件の捜査だ。被害者は、地元の名士である温泉旅館の女将、田中ふく。彼女は旅館の離れで、毒物によって殺害されたという。

「今回は、依頼主が…地元の大地主でしてね。なんでも、女将が裏で抱えていた借金を肩代わりする代わりに、旅館の権利を譲り受ける約束をしていたそうで。事件が解決しないと、その話も宙に浮くってんで、俺様に白羽の矢が立ったわけですよ!」

 鮫島は呆れたように首を振った。どうやら金賀一は、今回もまた無償のふりをして、しっかり未来の収益を見越しているようだ。彼の金への執着心には、もはや感服するしかない。

 今回の事件は、女将の死と同時に、旅館に代々伝わる秘宝「黄金の湯飲み」が消え去っていることが判明。さらに、容疑者全員が旅館に滞在しており、それぞれが巧妙なアリバイを主張していた。


 完璧なアリバイ、そして湯けむりの謎

 事件現場となった離れは、外部からの侵入が困難な造りになっていた。毒物による殺害であることから、犯人は内部の人間である可能性が高い。金賀一は、まず女将が最後に飲んでいたという薬草茶のカップを注意深く調べた。

「被害者は、胃の持病を患っていたそうですね。それにしても、この薬草茶の色、少々濃すぎる気がするんですがねぇ…」

容疑者は3人。

* 鈴木健太: 女将の息子で、旅館の若旦那。事件発生時刻には、旅館の食事処で夕食の準備をしており、複数の従業員が彼の姿を目撃している。完璧なアリバイだ。

* 佐藤花子: 旅館の古参仲居。事件発生時刻には、離れた客室で宿泊客の布団を敷いていたと主張。宿泊客も彼女の姿を確認している。こちらも鉄壁のアリバイ。

* 高橋一郎: 旅館の常連客である骨董商。事件発生時刻には、露天風呂に入浴しており、他の宿泊客数名が彼と会話をしていたと証言している。これもまた完璧なアリバイに見えた。


 金賀一は、それぞれのアリバイの証拠を丹念に調べ上げた。食事処の監視カメラ、宿泊客の証言、そして露天風呂の入浴時間記録。どれもが強固で、隙がない。

「全員が完璧なアリバイだと?ふむ、これは面白い…」

 金賀一は腕を組み、ニヤリと笑った。彼の脳裏には、すでに一筋の光が見え始めていた。

「鮫島さん、この旅館の湯けむり、よく見てください。何か、隠されていると思いませんか?」

 鮫島は首を傾げた。湯けむりはただただ立ち上るばかりで、特に変わった様子はない。

「そして、この秘宝『黄金の湯飲み』が消えた理由…もし、それが単なる盗難ではなかったとしたら…」

 金賀一は、誰もが見落としがちな、この旅館の「温泉」そのものに目を向けた。完璧に見えるアリバイにも、必ず綻びは存在する。それが、金賀一がこれまで多くの難事件を解決してきた秘訣だった。そして、その先には、彼の大好きな「金」が待っているのだから。


 アリバイ崩壊、そして黄金の真実

 金賀一は、それぞれの容疑者のアリバイを再度確認するため、旅館内を徹底的に調べた。

 まず、鈴木健太のアリバイ。食事処の監視カメラには彼が映っていた。しかし、金賀一は彼の動きの「不自然さ」に注目した。そして、厨房の片隅に置かれた、小さな湯沸かしポットを見つけた。

 次に、佐藤花子のアリバイ。宿泊客の証言はあったが、金賀一は彼女が布団を敷いていた客室の「位置」に注目した。その部屋からは、離れの裏口がうっすらと見えていたのだ。

 最後に、高橋一郎のアリバイ。露天風呂での入浴時間は確かに記録されていた。しかし、金賀一は彼が風呂から上がった後の「行動」に疑問を持った。そして、旅館の従業員が「高橋様は、いつもより湯あたりがひどかったようだ」と漏らした一言が、彼の脳裏に残った。

 数日後、金賀一は鮫島と容疑者たちを旅館の広間に集めた。

「皆さん、完璧なアリバイをお持ちだと主張されましたが、残念ながら、そのアリバイは、この湯けむりのように、儚い幻に過ぎません」

 金賀一はまず、鈴木健太に向かって言った。「鈴木さん、あなたは夕食の準備をしていましたね。しかし、あなたは厨房の湯沸かしポットを使い、密かに毒を仕込んだ薬草茶を作り、それを離れに運んだ。従業員たちの目がある前で、湯けむりに紛れて運ぶ工夫をした」

 健太の顔色が変わる。

 次に、佐藤花子。「佐藤さん、あなたは布団を敷いていましたね。しかし、あなたは旅館の裏道から離れへと移動し、女将に毒を飲ませた張本人だ。布団敷きは、その時間を稼ぐための偽装工作でしたね」

 花子は冷や汗をかき始めた。

 そして、最後に高橋一郎。「高橋さん、あなたは露天風呂に入っていましたね。しかし、あなたは温泉の湯気を特殊な装置で集め、それを毒物の煙幕として利用した。その煙幕が、あなたの犯行を隠蔽し、周囲の目を欺いたのです」

 金賀一は、毒物が揮発性の高いものであり、温泉の湯けむりに乗せて離れに送られた可能性を指摘した。そして、黄金の湯飲みが消えたのは、女将が最後にそれを握りしめ、ある場所に隠したからだと続けた。それは、旅館の地下にある、誰も知らない秘密の通路の奥だった。

「真犯人は、あなたです、鈴木健太!」

 金賀一は、鈴木健太を指差した。健太は顔色を真っ青にし、その場に崩れ落ちた。彼は、旅館経営の行き詰まりと、母親である女将の強欲さに耐えかねていた。特に、代々受け継がれてきた「黄金の湯飲み」を大地主に渡そうとしたことに激怒し、犯行に及んだのだ。

「まさか、湯けむりを使って…そして黄金の湯飲みがそんな場所に…」鮫島が驚愕する。

「ええ、巧妙な手口でしたね。ですが、守銭奴探偵のこの俺の目をごまかすことなどできやしませんよ。だって、この事件の解決で、大地主様から巨額の報酬が転がり込んでくるんですからね!」

 金賀一は、秘密通路で発見された「黄金の湯飲み」と、それに関連する旅館の隠された金庫の情報を大地主に提供し、莫大な報酬を手に入れた。そして、彼の顔には、最高に幸せそうな、金にまみれた笑顔が浮かんでいた。

 金賀一のアリバイを巡る事件は、こうして見事に解決した。さて、次の事件は、いくらの報酬が金賀一を待っているのだろうか?


 💀犠牲者 田中ふく

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