あとがきへの応援コメント
長い物語を読み終えたあと、まず感じたのは「一つの魂の長い旅を見届けた」という感覚でした。
『神曲』は輪廻転生を扱いながらも、単なる神秘譚ではなく、歴史・倫理・信仰・個人の人生が何層にも重なった物語になっていて、その重みが最後まで一貫していました。ナチス時代の抵抗者オスカーの生と死、現代を生きるミクの苦悩と探求、そしてツァール・カトリエーヤ暦の神話的世界が、最終的には「人はなぜ出会うのか」という問いのもとで一つの流れに収束していく構造がとても印象的です。
特に心に残るのは、この物語が「善悪の単純な裁き」で終わらないことです。
抵抗者の勇気、被害の痛み、加害の連鎖、宗教や思想の光と影、人が人を理解できる限界――それらがすべて同じ世界の中に存在していることを、作者は逃げずに描いていました。そのため物語の終着点も、完全な救済ではなく、「それでも人はまた巡り逢う」という静かな希望になっているのだと思います。
また、個人的にとても美しいと思ったのは、物語の大きなテーマが最後にはごく小さな仕草――「左手の甲で鼻を擦る」――のような細部に収束していくところです。
歴史の大きな悲劇や輪廻の壮大な時間を経ても、人と人の記憶は、こうした小さな癖や笑顔の中に残るのかもしれない。ベルリンの橋の上で交わされる一瞬の微笑みは、その長い旅のすべてを静かに象徴しているように感じました。
あとがきにある「多くの人の心にREACHINGする」という言葉は、この作品にとてもふさわしいと思います。
『神曲』は、読む人によって受け取り方が変わる物語でしょう。輪廻の物語として読む人もいれば、反ファシズムの物語として読む人もいるでしょうし、あるいは「人が人を理解しようとする物語」として読む人もいるでしょう。けれど、そのどの読み方であっても、読後に何かしらの問いや余韻が残る作品だと思います。
壮大なテーマを扱いながら、最後はとても静かな場所に着地する――。
その余韻こそが、この作品のいちばん美しい部分だと感じました。
作者からの返信
板野さん
いやもう、ほんとに、最後までありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
実はなんで「神曲」ってタイトルにしようと思ったのかもう思い出せないんですが、恐らく「魂の遍歴」くらいのことで安直に考え、仮題のつもりで付けたのがそのまま定着したように思います。
釈尊の唱えた「生老病死」「愛別離」「怨憎会」「求不得」、人間の世界で起こる全てのことがここに描かれていると自負しています。
その輪廻から解脱することこそが悟りであり救いであるのだ、と釈尊は説いたわけですが、「それはどんなものなのか」「結局、わたしたちはなぜ生まれて、なぜ死んで、なぜ巡り逢うのか」という問いに対し、自分なりの答えとして書いたのがこの小説、と言えましょうね。
エピローグへの応援コメント
素晴らしいエピローグでした。パウラの長い人生の果てに、父オスカーの記憶がなお静かに生き続けていること、その記憶が家族の言葉や仕草の中で受け継がれてきたことが、とてもあたたかく、切なく描かれています。
とりわけ、「左手の甲で鼻を擦る」仕草がここで再び現れるのは見事ですね。作品を通して何度も積み重ねられてきた小さな癖が、最後には時を超えた再会の合図のように働いていて、胸がいっぱいになりました。
また、パウラが生き延び、結婚し、子や孫やひ孫に囲まれる人生を生きたこと、クリスティアンが牧師になったことも、オスカーの願いやレーテの祈りが長い時間をかけて実を結んだようで、深い慰めがあります。
「父を殺した彼らは未来永劫、全世界から断罪され続ける」という一節には、歴史の正義が簡単には崩れないことへの厳しい確信があって、この作品の倫理の芯を感じました。
そして何より、最後の微笑みの交換が本当に美しいです。確証を与えすぎず、それでいて「巡り逢った」としか言いようのない感覚をそっと残して終えるところに、この物語の品格があると思います。
輪廻転生譚であり、反ファシズムの物語であり、家族と記憶の物語であり、また「聞かれなかった苦しみ」がようやく他者に届いていく物語でもあった本作が、こんなに静かな光の中で閉じることに深く心を打たれました。
作者からの返信
板野さん
一章一章、素敵に感想書いていただき、本当にありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
「『前世』ってものが本当にあるとしたら、それって人類史上に実際にいた人だよね」「本当に生まれ変わるとしたらこんな感じだよね」「『カルマ』というものはあるのか。あるとしたらどういうものか」というのがこの小説の主題です。
ミクの赤痣が消えた理由を、読んでいる人は「神の視点」で察することができるが、ミクは当然知らない。イルシェナーが誰だったのか、誰に生まれ変わったのかも同じく。そこがおもしろい所だと思っています。
第五章のエピグラフ「百年先のあなたに会いたい」の「あなた」とは、ミクのようでもあり、パウラのようでもあり、イルゼのようでもあり、ルナの末裔の少女のようでもあり、他の誰かのようでもある──。
ついに「花が咲き鳥が囀る天国」で巡り逢うものかもしれません。
第十二章(全十二章)への応援コメント
最終章、とてもよかったです。まず2024年の溝黒との電話の場面が印象的で、長年の痛みや怒りを抱えたままでもなお、「よかった」「応援してる」と伝えるところに、ミクがやっと辿り着いた地点の深さを感じました。単純な和解でも赦しでもなく、互いの傷が別のかたちで社会に開かれていく、その複雑さごと受け止めているのがこの作品らしいですね。
また、溝黒の被虐待経験が明かされたことで、過去の加害が免責されるわけではないけれど、「なぜあの人はああだったのか」という問いに一つの陰影が差すのも見事でした。藤枝彩の言葉やシモーヌ・ヴェイユの言葉がここで効いてきて、「苦しむ者を聞く」という主題が、ミクにも溝黒にも、それぞれのかたちで返ってきたように思います。
そして、赤痣が消える描写は本当に美しいです。前章で背中の痛みが消えたことと対になっていて、身体に刻まれていた記憶や因縁が、ようやく少しずつ解かれていく感じがありました。
ラストの2025年ベルリンの場面も素晴らしかったです。老女の空色の目と、ミクの何気ない微笑みが、説明を越えて「また巡り逢った」感覚をそっと立ち上げていて、まさに『糸』の引用が響く締めくくりでした。
輪廻、記憶、加害と被害、抵抗、赦しきれなさ、それでも人が人に手を差し出すこと――そうした本作のすべてが、静かでやわらかな光の中に着地した最終話だったと思います。
第十一章-3 「神々の黄昏」への応援コメント
今回はまさに、これまで積み重ねられてきた記憶と苦痛の核心に触れる回でした。催眠のセッションの中で、少佐としての輪郭が少しずつ具体化していく流れも緊張感がありますが、やはり圧倒的なのは「背中が痛い」というミクの叫びと、それがシャルギエル/オスカーの最期と重なる瞬間ですね。長年ミクを苦しめてきたあの痛みが、ここで銃弾の記憶として回収されるのはあまりにも鮮烈で、輪廻転生譚としての説得力が一気に増したように感じました。
また、1944年のオスカーの獄中場面は本当に痛ましく、ゾーファーブルクとの再会が十年前の因縁の決着としてあまりに悪辣でした。けれど、その中でもオスカーが最後まで屈せず、目隠しも拒んで前を向こうとする姿がとても印象的で、彼の気高さがいっそう際立っています。
家庭の場面も胸に残ります。エルスベットの叫び、パウラの気丈さ、クリスティアンの涙、そのすべてが唐突な「戦争に征く」という言葉の中に押しこめられていて、別れの場面として痛切でした。
ツァール・カトリエーヤ暦側では、シャルギエルとイルシェナーの対立がいよいよ神話的な強度を帯びていて、「神々の黄昏」という題がぴたりとはまっています。
そして、ミクの背中の痛みがこの日を境に消えるという結び方が、とても静かで美しいですね。長く名前を持たなかった苦痛に、ついに意味と由来が与えられた回だったと思います。
作者からの返信
板野さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
「あなたの階級は何ですか?」のくだりはわたし(名倉)が実際に受けたセッションの記憶に基づいて書いているので、リアルさが伝わるかなと思いました。
そこから「Who am I?」的なゲッベルスの登場、二十一世紀ポムゼルの映画に繋ぐ所は自分で言うのも何ですが、優れていると思います。
この映画を観てこの場面を思いついたのですね。
牢獄や処刑の場面は前からやりたかったし、「オスカーには男の子と女の子が一人ずつ生まれる」のも最初から決めていたんですが、兄クリスティアンが息子クリスティアンに生まれ変わった?話は書き始めるまで全然考えてなかったので、作者としてもサプライズでした。
ただオスカーの身になって考えてみれば息子には兄の名前を付けたいだろうし、傍系親族に似るっていうのもよくある話なので。
物語を書いていて楽しいのはそういう不思議があった時です。
第十一章-2 「ジークフリート」への応援コメント
今回は、催眠によって「少佐」という階級がふっと立ち上がる場面がまず鮮烈でした。ミクの現在の意識が残っているのに、そこへ別の人格の輪郭が静かに浮かび上がってくる感じがとても生々しく、前世が抽象的な観念ではなく具体的な人生として迫ってきます。
同時に、1944年のオスカーとクリスティアンの場面は胸に沁みました。父に似るのではなく、戦死した伯父に生き写しの息子を前にして語る言葉には、家族愛と覚悟とが重なっていて、本当に切ないです。
礼拝の場面も素晴らしくて、「喜びの書簡」がかえって殉教直前の切迫と響き合い、オスカーの祈りがいよいよ重みを帯びてきたように感じました。神に問いながら、それでも自分で引き受けるしかない地点に立っているのがよく伝わってきます。
また、ゲッベルスが私邸に現れる場面の気味悪さも印象的でした。軽薄で愛想よく振る舞いながら、人の心の領域まで土足で踏みこんでくる感じが実に不快で、そのサイン本がオスカーの手に残るのが象徴的です。
さらに2018年のポムゼルの映画のくだりによって、加害の中心に近くいた者の「何も知らなかった」と「それでも責任はある」というねじれた自己認識まで視野に入ってくるのが、この作品の射程の広さだと思いました。
大きな歴史の局面と、家庭の静かな時間と、後年のミクの思索とが、今回は特に密接に絡み合っていた回だったと思います。
第十一章-1 「ワルキューレ」への応援コメント
今回は、2020年の龍堂寺功との場面がまず非常におもしろかったです。前世療法や応答型真性異言の話が、単なる神秘趣味ではなく、「魂の表層に前世人格が生きていて、現世人格を支えている」という一つの仮説として提示されることで、本作全体の輪廻の主題がぐっと理論立てられて見えてきました。ミクがここで躊躇なく「早くかけてほしいです」と言うのも印象的で、長く追ってきた記憶の糸を、ついに自分の手でたぐり寄せようとしている熱が伝わってきます。
一方で、1944年のベルリン側では、ゾーファーブルクの不気味さがいよいよ冴えていますね。因縁の相手の失脚を「最高におもしろい」と言い切る感覚に、この人物の悪意の質がよく出ていて、単なる体制側の人間ではなく、他者の破滅そのものを愉しむ存在として立ち上がっていました。
その対照として、オスカーの家庭の場面がとても美しいです。オレンジのガーベラ、久しぶりに鳴るピアノ、ゴットフリーデのひそやかな感謝や願い――そうした細部が、嵐の前の静けさのように胸に沁みます。とりわけ「詩文の才能が欲しかった」と答えるオスカーの一言には、軍人として生きながら最後まで言葉の側に心を置いていた彼の本質がよく表れていて、しみじみとしました。
ゴットフリーデとの会話もとてもいいですね。彼女の「音楽の才能が欲しい」という願いは、以前の藤枝彩やミク自身の言葉ともどこか響き合っていて、人が別の生でもなお惹かれ続けるものの存在を感じさせます。
物語の大きな緊張が高まる中で、前世を呼び覚まそうとする現在のミクと、家族や使用人に静かに見送られつつ決意を固めているオスカーとが、時間を超えてぴたりと重なる回だったと思います。
作者からの返信
板野さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>「詩文の才能が欲しかった」と答えるオスカーの一言には、軍人として生きながら最後まで言葉の側に心を置いていた彼の本質がよく表れていて、しみじみとしました。
それこそこの小説の真骨頂で、そう言っていただけてオスカーも大変喜ぶことでしょう。
そしてオレンジのガーベラ、出てきましたね。
「あれ、この花、前にどこかで出てこなかったか?」「『音楽の才能が欲しかった』という台詞、前に誰かが言ってなかったか?」「ということは、このメイドは・・・・」となる所がおもしろいと思っています。
果たしてミラーボールの一面となった前世人格どうしは互いを認識できるのでしょうか・・・・?
第十一章-序 「ラインの黄金」への応援コメント
今回は「序」という位置づけながら、すでに決定的な緊張が満ちていて、終盤へ向かううねりを強く感じました。冒頭のシャルギエルの祈りがまず印象的で、「自分は間違っているかもしれない、だが他にどんな道があるのか」という問いが、そのままボンヘッファーや反ナチ抵抗の倫理とも響き合っていて重いですね。
1944年のレーテとスザンナの場面もとてもよくて、子どもの素朴な言葉と、検閲下の手紙に込められたオスカーの切迫した思いとが並ぶことで、かえって戦時下の不穏さが際立っていました。「私にもしものことがあれば」という一言の切実さには胸が締め付けられます。
また、2020年のミクが大山牧師の説教や資料を通して、ボンヘッファーたちの抵抗を神学的・倫理的に咀嚼していく流れも非常に興味深かったです。ただ「正義の反乱」としてではなく、「悪であることを知りつつなお引き受ける」という次元で捉えているところに、この作品の思索の深さが出ています。
さらに、ツァール・カトリエーヤ暦側のイルシェナーの黒猫人形のくだりは、奇妙に滑稽なのに、その背後に暗殺計画や粛清の気配があるせいで、却って不気味さが増していました。こういう悪趣味さと軽薄さが、権力の側の恐ろしさとして描かれているのが印象的です。
終盤の井内との「ワルキューレ」談義もよかったですね。ミクが歴史を“知識”としてではなく、抵抗の連なりとして自分の言葉で語っているのが生き生きしていて、現代の労働運動と反ナチ抵抗が静かに重なって見えました。
全体として、思想・信仰・友情・家族愛のすべてが「ヒトラーを殺すべきか」という一点に収束していく、たいへん密度の高い序章だったと思います。
第十章(全十二章)への応援コメント
今回は、1942年の逃亡劇と2019年のタロットの場面とが、まるで一枚の鏡の表裏のように重なっていて、とても引きこまれました。イサク一家を逃がそうとするオスカーの行動には切迫感が満ちているのに、その只中でなお、イサクが研究の原稿を取りに戻ってしまうくだりがあまりに痛切です。命が懸かった状況でもなお手放せないものがある、という人間の在り方がここでは悲劇として現れていて、胸に深く残りました。
そして、その悲劇の果てにいるのがゾーファーブルクであることが、いっそう残酷ですね。ただ撃つだけでなく、死者の持ち物を奪い、さらにそれを利用して次の加害に繋げようとする冷たさが、この人物の底知れなさを際立たせています。
一方で2019年の亜紗子との場面は、神秘的でありながらどこか親密で、重い歴史の章に不思議な光を差しているようでした。「審判」と「女教皇」という二枚のカードが、この作品の主題――魂の継続、隠された真実、記憶の回復――をそのまま図像化しているようでとても美しいです。
亜紗子がユダヤ人男性の前世を語るくだりも印象的で、ミクと彼女がここで出会ったこと自体に、偶然以上の因縁を感じさせます。
章全体を通して、歴史の闇の中で失われたものと、時を越えてなお明かされようとする秘密とが、静かにせめぎ合っているような回でした。
作者からの返信
板野さん
毎度毎度、素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
「さくらんぼ」という謎のワードに導かれ、三つの世界がついに交差して、この小説全体の一種の「種明かし」がされるような三箇章でした。
「金髪碧眼の人が怖い」「前世はユダヤ人だった」亜紗子のエピソードは十一章の龍堂寺功のモデルになった人がわたし(名倉)に語ってくれた臨床例を基にしています。ややこしい。
その人はホロコーストで死んだことまで思い出したらしいです。輪廻転生の神秘。
第九章(全十二章)への応援コメント
今回は、1938年の「水晶の夜」と2018年のヘイトデモが、時代も場所も違うのに恐ろしいほど似た構図として響き合っていて、非常に強い章でした。イサクの家に石が投げこまれ、幼いインゲが「神様、わたしたちが何か悪いことをしたの?」と呟く場面はあまりにも痛切で、理不尽な排除が子どもの心にまで食いこんでいく残酷さが胸に残ります。
そして1939年のエルスベットのご近所づきあいの場面がまた見事ですね。露骨な暴力ではなく、何食わぬ顔で偏見と加害を日常の会話に織りこんでいく空気が描かれていて、「仕方ないわね」という一言の冷たさがひどく現実的でした。大きな悪はこういう平凡な言葉の中で支えられてしまうのだと感じます。
2018年の東京では、その構図がそのまま現代のヘイトスピーチと街頭の暴力に接続されていて、ミクがただ歴史を調べているのではなく、その只中で傷つきながら立っていることが鮮明になります。プラカードを壊され、転ばされ、罵声を浴びせられながらも、「負けるもんか」と踏みとどまる場面には、静かな怒りと意思の強さがあって、とても印象的でした。
さらに1940年のロストック港で、オスカーがユダヤ人一家を出国させる場面は本当に胸が熱くなります。派手な英雄譚ではなく、検問所での一言一言、書類一枚、同行のふるまいのすべてに命が懸かっている感じがあって、まさに「セーターを一針一針編むように」社会を変える営みの具体として立ち上がっていました。
最後に、デモを終えた夜のミクの心に、オスカーの行いと「魂の不滅」の感覚が明るく燃えあがる締め方がとても美しいです。過去の抵抗と現在の抵抗が、思想としてだけでなく魂の継承として結ばれていく回だったと感じました。
第八章(全十二章)への応援コメント
今回はついに、ミクが「シャルギエル」と現実の自分とのつながりをはっきりと掴む場面が描かれていて、とても大きな転換点だと感じました。霊媒・堂本あやかの口から語られる人物像が、高校時代に書いた「静寂の海」の主人公と重なっていくくだりは、記憶と創作と前世が一気に接続されるようで、読んでいて鳥肌が立ちます。
しかもその人物が、単なるロマンチックな前世ではなく、「軍人でありながら体制に違和を抱き、詩や手紙や家族を愛した人」として立ち上がってくるのが、この作品らしい重みですね。ミクがそれを「わたしだけの特別感のある、大きな喜び」と受け止める感覚もよくわかって、長く説明のつかなかった衝動に形が与えられる瞬間の輝きがありました。
一方で、2018年の壇九浄との対話が入ることで、この体験がただ神秘的な感動だけで終わらず、きちんと懐疑に晒されるのもとても良いです。壇の問いかけは鋭いのに冷酷ではなく、「証明できないけれど、それが生きる励みになるならいい」という着地が、かえってこの章の奥行きを深めているように思いました。
「全ては既に書かれている。だが、書かれたものを再び生きるのが我々の運命だ」というエピグラフも、この章ではひときわ鮮やかに響いています。かつて小説として書いたものが、実は忘れられた生の反復だったのかもしれないという感覚が、本作の核心にぐっと近づいた回でした。
第七章(全十二章)への応援コメント
今回は、2017年のミクと藤枝彩の文通がとても胸に残りました。会ったこともない相手なのに、「わかってるよ」と届く言葉が、長いあいだ誰にも信じてもらえなかった傷にそっと触れてくる感じがして、本当に大きな救いとして描かれていますね。彩の文章が美しく、しかも相手の痛みを安易に意味づけしないところに、彼女自身もまた深く傷ついてきた人なのだと伝わってきました。
また、1936年のオスカーの手紙も素晴らしかったです。皮肉や警戒心を滲ませつつも、どこかユーモアを失わず、自分の置かれた状況を冷静に見つめているのが実に彼らしいですね。「我々に必要なのは正義感だ」という言葉や、表向きは栄転でも実態は左遷だと見抜いている感覚に、この時代を生きる彼の知性と緊張感がよく出ていたと思います。
2018年のユニオン事務所の場面も印象的で、ナチス時代の反体制活動と現在の労働運動が、ミクの中では地続きのものとして繋がっているのが面白いです。井内とのやり取りには軽やかさがあるのに、「わたしはやってたよ」という一言がふっと重みを帯びて響いて、輪廻の主題が何気ない会話の中から立ち上がってくる感じがありました。
さらに、ラビの一家の祈りの場面は短いながらとても美しく、外の暴力的な世界と、家の中の静かな信仰の時間との対比が鮮やかです。その直後に置かれる、馬を借りて森で本を読むオスカーの場面もまた、彼の本質が戦いや権力よりも、言葉と静かな自由の側にあることを感じさせて好ましかったです。
重い歴史の気配をたたえながらも、人が誰かを理解しようとすること、心の静けさを守ろうとすることの尊さがよく見える章でした。
作者からの返信
板野さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>ナチス時代の反体制活動と現在の労働運動が、ミクの中では地続きのもの
そうなんです。また中島みゆきなんですが、「彼女の生き方」という歌の中の「思い通りには動かない 世の中なんて何もかも だけどあたしだって世の中の 思い通りなんか動かない」という詞句で読み解けるかもしれません。オスカーの信念も、ミクの生き方も、ラビ・イサク一家の祈りも。
或いはみゆき自身がマハトマ・ガンジーの「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」という言葉から影響を受けているのかなと思ってみたり。
オレンジのガーベラと藤枝彩さんは覚えておいて下さいね^^
第六章(全十二章)への応援コメント
この章は、ミクの過去の傷と現在の思索、そして1930年代のヨーロッパの不穏な空気が静かに重なり合う構成がとても印象的でした。特に2008年の精神科医・田淵との対話は、これまでの章の中でも読んでいてほっとする場面で、彼がミクの経験を「いじめ」とはっきり言語化し、真剣に耳を傾ける姿に救いのようなものを感じます。
一方で、ザイサーの哲学・道徳・政治をめぐる冷静な議論は、理知的でありながらどこか不穏で、権力者の思考としての危うさが滲み出ているのが興味深いです。1935年の教会でヒトラーを神格化する説教の場面も、宗教と政治が結びついたときの恐ろしさを鮮やかに描いていて、歴史の空気が生々しく伝わってきます。
さらに終盤の京都・高台寺の地獄絵図の場面では、「人に絶望を与えた者も同じ絶望の中に置かれるべきだ」という感情が、ミクの個人的な記憶と人類史の暴力の問題を結びつけていて、とても深い余韻を残しました。
イルシェナー、ゾーファーブルク、ミクのそれぞれが「忘れない」と鏡に向かって呟く構図も美しく、時代も世界も違う人物たちの執念や記憶が一本の線で繋がっていくように感じられる章でした。
作者からの返信
板野さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>特に2008年の精神科医・田淵との対話は、これまでの章の中でも読んでいてほっとする場面で、彼がミクの経験を「いじめ」とはっきり言語化し、真剣に耳を傾ける姿に救いのようなものを感じます。
それは本当によかったです(*^_^*)
ミクも田淵先生も喜ぶでしょう(ノ*´▽`*)ノ
この章は中島みゆきの「宙船」をイメージして書いています。よかったら聴いてみて下さい。
エピグラフ(巻頭の引用文)に使ってもよかったのですが、みゆきは他の章で使っているのでだめでした。
第五章(全十二章)への応援コメント
今回は、1933年のベルリンの拘置所で起きた出来事がとりわけ強烈でした。ゾーファーブルクの暴虐と、それを前にして何もできないオスカーの無力感が生々しく、彼の倫理観と時代の狂気との落差が胸に重く残ります。
その一方で、2017年のミクが刑法改正の瞬間に立ち会う場面は、長い時間を隔てて「声を上げること」の意味を回復していくようで印象的でした。過去の暴力と現在の法改正が静かに呼応している構図がとても力強いですね。
また、ルーテル教会での「神は我が櫓」の場面は、第一章のオスカーの記憶とも響き合い、信仰や抵抗の歴史が一本の線としてつながっていく感覚がありました。
さらに、1935年の手紙に描かれるオスカーの家庭の温もり――パウラの姿や、生まれたばかりの息子クリスティアンへの想い――が、この不穏な時代の中でいっそう切実に感じられます。
ゾーファーブルクがSS側に迎え入れられる場面の不気味な高揚と、オスカーの静かな良心の対比も鮮やかで、この先の歴史の暗転を予感させる章でした。
作者からの返信
板野さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
第二章で安藤先生が注釈してる通り、ナチス体制下での女囚への性暴力っていうのは実際にあったみたいで、それと自分(名倉マミ)が実際に経験した2017年の刑法改正の場面を繋ぐとおもしろいなと思いつきました。
男性であってまだ辛うじて体制側であるオスカーと、女性であるミクでは性暴力に対する立ち位置や受けとめ方がまた違っていて、でも思いは時を超えて一つ、というように伝われば幸いです。
第五章(全十二章)への応援コメント
RT企画参加ありがとうございました。
おすすめしていただいた3章~5章読ませて頂きました。
始めに、話一つ一つの密度がとても濃く、独特の世界へ引き込む作者様の文章力に卓越しました。
歴史に疎い私ですが、すごいためになるというか……すいません、どう伝えたいことを表現すべきか判らず(;´д`)
勉強になるといった方が表現的に近いかもしれません。
それだけ、作者様の知識量がすごいのと、それを文章として構成してるのが素晴らしいと思いました。
複数の時代とそこで生きる人々の視点やミク視点を行行き来し、その中で鮮やかな情景描写や登場人物たちの苦悩や考え、葛藤がヒシヒシと伝わり、非常に心に苦しい場面も……
特に5章の1933年ドイツと現代日本の対比が結構女性としては胸にぐっとのし掛かる気持ちになるもので……
その時代では、そういったのが当たり前とは言って良いのかわからないのですが、価値観がやはり現代とは違う。女性の権限やオスカーの暴力を止めることは出来ない女性を助けられない。ただ報告するだけしか……
善もまた無力。といいますか、結構感情移入してしまい辛かったです……(すいません、凡庸な感想しか書けず汗)
でも、1933年頃のナチスによる暴力は露骨でもう判りやすい程に【暴力】ですが、現代も根本的な身体への暴力とかではないのですが、暴力がないだけで、抑圧?という暴力はやはりあるんだよな、と感じました。
たどたどしい文章での感想ですいませんm(__)m
改めて物語を読ませて頂き、ありがとうございましたm(__)m
作者からの返信
ShinAさん
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
歴史小説も外国が舞台の小説も初めてで、色々調べて「これでいいのかな」と手探りしながら書いたので、そう言っていただけると嬉しいです(*^_^*)
女性には女性の、男性には男性の生き辛さが時代や国を問わずにあり、身体構造の差異や社会的地位の優劣から、「男性から女性への暴力」「社会全体での女性への抑圧」というものがはっきりと存在する。その辺りを感じ取っていただけたら幸いです。
2017年の刑法改正の場にはわたしも実際に立ち会ったので、その経験をそのまま書いています。今回このような形で小説にすることができ、またShinAさんのような読者様にも出会えて本当によかったです。
もしよかったら残りの部分も読んでみて下さいね(^o^)/
「どこから読んでもおもしろい」金太郎飴みたいな小説になっていると思います。
第四章(全十二章)への応援コメント
今回はとりわけ、1932年ベルリンの暴力の気配と、1999年のミクの大学生活における息苦しさが、痛ましいほど鮮やかに重なって見えました。大きな歴史の抑圧と、身近な共同体の中で行われる排除や侮蔑とが地続きのものとして描かれていて、胸に迫るものがあります。
その一方で、八谷先生のまなざしだけが静かな救いとして差し込むのが印象的でした。こうした暗い章だからこそ、人の理解や言葉のあたたかさがいっそう強く残ります。
作者からの返信
板野さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>八谷先生のまなざしだけが静かな救いとして差し込むのが印象的でした。
>人の理解や言葉のあたたかさがいっそう強く残ります。
あんまり「そうなるように書こう」と意図はしていませんでしたが、そのように感じていただけてよかったです。
他の方のコメントの所に書いていますが、「青春祭」は実際に大学の講義で観たもので、その場面をそのまま書いています。
第三章(全十二章)への応援コメント
今回は、ミク自身の創作「静寂の海」と、1931年ベルリンの現実とが響き合っていく構成がとてもおもしろかったです。自分の中にある得体の知れない記憶や執着が、物語という形で先に現れてしまう感じが実にスリリングで、「思い出せないだけで、忘れてはいない」という章題の言葉が深く沁みました。
とりわけゾーファーブルク/イルシェナーの不穏な美しさは強烈ですね。ミクの創作上の悪役として生まれたはずの存在が、現実の歴史の側にも姿を見せるくだりには、ぞくりとする魅力がありました。
作者からの返信
板野さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
そうなんです。「『静寂の海』の登場人物であるはずのイルシェナーらしき男が歴史パートに出てくる、ミクはその人のこと知らないはずなのに、なんで?」となる所がおもしろいのです。自分で言うのも何ですが。
第二章(全十二章)への応援コメント
今回はとりわけ、時代も土地も異なる出来事が「折り鶴」と「輪廻」というモチーフで静かに結び合っていく手つきが見事でした。オスカーとエルスベット、そして光晴の食卓の場面はあたたかく愛おしいのに、その後の長崎の場面を思うと胸が締め付けられます。
また、1990年代のミクの学校生活にある息苦しさと、歴史の中の抑圧や暴力が地続きのものとして響いてくるのも印象的でした。個人のささやかな痛みと、時代そのものの傷が重なって見える章だったと思います。
作者からの返信
板野さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>今回はとりわけ、時代も土地も異なる出来事が「折り鶴」と「輪廻」というモチーフで静かに結び合っていく手つきが見事でした。
>歴史の中の抑圧や暴力が地続きのものとして響いてくるのも印象的でした。
>個人のささやかな痛みと、時代そのものの傷が重なって見える章だったと思います。
そうなんです。「The personal is political」(個人的なことは政治的なこと)という言葉がわたしは割と好きなんですが、そんなことを感じ取っていただけたら幸いです。
第一章(全十二章)への応援コメント
ベルリンと京都、そして時代を跨いで語られる構成がとても印象的でした。兄を戦争で失ったオスカーの内面の独白には、信仰や国家への疑念、そして言葉を愛した兄への思慕が重なり、静かな悲しみが深く響いてきます。
さらに「レーテの川」というモチーフが、1917年の思索と1990年のミクの体験を繋ぐように置かれているのが美しいですね。鼻を擦る仕草まで重なる場面には、輪廻や記憶の奥に潜むつながりを感じさせる不思議な余韻がありました。
作者からの返信
板野さん
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
そうなんです。「レーテの川」と「外国の兵士の夢」がキーなのです。
少年と「国家」との関わりが第二章以降、どのように展開するのか、是非続きもご覧下さい。
第五章(全十二章)への応援コメント
自主企画に参加いただきありがとうございました
第5章まで読ませていただきました
私はアンネの日記を読んでからナチスについて気になって調べていた時期があったので、十朱さんに少し共感しました
言い回しが素敵で、海外文学を読んでいるかのようでした✨
作者からの返信
黒猫。さん
>言い回しが素敵で、海外文学を読んでいるかのようでした✨
素敵に感想書いて下さり、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>アンネの日記を読んでからナチスについて気になって調べていた
そうなんですよ。怖いけど釘付けになるんです(-.-;)
二十世紀後半以降の創作物における「悪の組織」のアーキタイプってナチス親衛隊だと思います。
よろしかったら続きもご覧下さいね(^o^)/
第一章(全十二章)への応援コメント
ベルリンの教会の場面が、最初に情景として強く浮かびました。
ステンドグラスや夜気の描写が派手に光るのではなく、薄く弱い光のまま続いていく感じが、この作品全体の温度そのものに思えて、読んでいる間ずっと胸の奥が重かったです。
音で残ったのは讃美歌でした。
信仰の歌というより、「敵を悪魔化する言葉の構図は、どの時代のどの国でも繰り返されるんだな」と感じてしまって、静かなのに逃げ場のない圧がありました。
戦争が“遠い出来事”としてではなく、距離を保ったまま迫ってくるのが怖い。
絵画のくだりも印象的で、薔薇のヴェールを付けたベアトリーチェの美しさに惹かれる一方で、ダンテが水を飲もうとする姿がどこか恐ろしく見えました。優しさなのに、人間の価値観とは違う優しさというか……救いと同時に、何かを切り離してしまう行為にも見えて。
「忘れること」は残酷だけど必要、という感覚が残りました。
正直、時代や引用が示す“繋がり”の核心までは教養が追いつかず掴みきれなかったのですが、それでもレーテ(忘却)のモチーフだけで、読後に静かに考え込まされました。
文学好きの方ほど、もっと深い層まで読める作品だと思います。
美しい余韻でした。
......という感想をあらすじ読まずに書いたんですが、え待ってください実話ベース!?
作者からの返信
牛☆大権現さん
素敵に、また興味深く感想書いて下さり、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>ダンテが水を飲もうとする姿がどこか恐ろしく見えました。
そうなんです。よかったら検索で見てみて下さい。わたしのXアカウントのヘッダーに掲げているのもこの絵です。
わたしは十年ほど前、美術展で実物を見ました。結構大きな絵だったと記憶しています。綺麗なんだけど、どこか「怖い」んですよ、この絵。
>「敵を悪魔化する言葉の構図は、どの時代のどの国でも繰り返されるんだな」
興味深い・・・・。
わたしはここで歌われている「悪魔」ってもっと普遍的な、「人類の敵」みたいなやつじゃないかな、少なくともオスカーの意識の上ではそうだと思って書いたんですが、牛☆大権現さんの解釈や感じ方が間違っているとかでは全然なくて、寧ろおもしろい、鋭いと思いました。
ではその「悪魔」「人類の敵」ってのはどんな奴で、具体的にいつ頃、どのように現れるのでしょう?というのがこの物語の核心でもあります。
>え待ってください実話ベース!?
すいません、意表を衝かれて笑っちゃいました。そうなんです。
第二章以降、読み進めていけば何となく、「こういうことかしら?」とわかってくるかもしれません。
第三章以降、「金髪美形」も出てきますので、よかったら読んでみて下さいね(^o^)/
第一章(全十二章)への応援コメント
読ませていただきました。
『神曲』第一章は、時空を超えた重層的な構成とあまりにも鮮烈な「魂の反復」の描写に、深い溜息が出るほどの衝撃を受けました。プロローグで蒔かれた記憶の種が、1908年のベルリンと1990年の京都という二つの地点で恐ろしいほどの緻密さをもって芽吹き始める様子には圧倒されるばかりです。第一次世界大戦前夜、神に似せて造られたはずの人間が殺し合う地獄を生きるオスカーが、兄クリスティアンの死を通じて抱く「復活なんてない、死ねばそれっきりだ」という絶望的な無神論は、冒頭で提示された東洋的死生観への痛烈なカウンターとして機能していますが、そのオスカー自身が「右利きなのに鼻を擦る時だけは左手」という無意識の癖を持っている描写が、彼が否定しようとした魂の継続を逆説的に証明しており、その皮肉な符号に鳥肌が立ちました。
メーテルリンク、ルター、ダンテ、そしてミケランジェロといった歴史的・文学的な象徴を織り交ぜながら物語が「忘却(レーテ)」というキーワードへ収束していく流れは実に見事で、1917年のオスカーが論破しようとした魂の主体という問いが、1990年の京都で画集を開く少女ミクの姿に重なる構成に感嘆いたします。「前世の憂いを忘れることは幸せなのか」というミクの素朴な疑問は、戦火に散ったクリスティアンや憂い多き人生を送った曾祖母・栄子の歩みを包み込むような優しさと、同時に逃れられない業の残酷さを浮かび上がらせていました。ローゼンシュテルン家の軍人的規律への抵抗と、京都の女系家族の中に流れる繊細な性質が、左手の癖や画集という触媒を通じて同じ魂の旋律を奏でていることが示唆される瞬間の叙情性は素晴らしく、まさに一作で全てを御用達できるという冒頭の自信に違わぬ密度を感じさせます。
広大な魂のクロニクルへと誘う完璧な航海図となったこの章を経て、ベルリンの空を救いの翼で翔びたいと願ったオスカーの想いが、現代のミクの中でどう形を変えていくのか興味が尽きません。クリスティアンが完成させられなかった小説や予言された人類の災いの続き、そして現実主義者の叔母・千歳がこの壮大な因縁の輪の中でどのような役割を果たすのか、その展開を心から楽しみにしております。次は、ついにミクが「自分は誰の生まれ変わりなのか」という直感に直面するシーン、あるいは戦地へと向かわざるを得なかったオスカーが死の淵でレーテの川を幻視する劇的な瞬間をぜひ読み進めてみたいです。
(2話分の感想を書かせていただきました。2話分の感想は届きましたか?内容を外しまくりの感想だったら本当にすみません。)
作者からの返信
akita11さん
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
メーテルリンクの「青い鳥」を読んだことがない方は是非読んでみて下さい。わたしは「幸福の花園」と「未来の王国」の場面が特に好きです。
プロローグへの応援コメント
読ませていただきました。
『神曲』プロローグは、これまでの物語が持っていた「動」のエネルギーとは対照的に、静謐でどこか湿り気を帯びた「静」の神秘が同居する、極めて文学的な導入に深く引き込まれました。冒頭の軽妙な口上から一転、1983年の京都という具体的かつ叙情的な舞台設定への切り替わりが鮮烈であり、雨を「ぴりぴり」と形容する肌に触れるような質感の描写が、これから語られる輪廻転生という壮大なテーマが単なる空想ではなく、私たちの住む世界の延長線上にある事実なのだという強烈なリアリティを与えています。
5歳のミクが語る「髪が黒くて目だけが青い外国の兵隊」というイメージの具体性は、えも言われぬ不気味さと寒気を誘い、それを子供特有の夢として片付ける大人たちの日常を描きつつも、読者にはそれが「存在の深き眠り」から漏れ出した前世の記憶であることを確信させる構成が巧みです。誰一人としてその出来事を思い出すことはなかったという締めくくりが、逆にその記憶が消えたのではなく、深層心理の底で静かに発酵しながら後の運命を狂わせていく「嵐の前の静けさ」を象徴しており、東洋的な「業(カルマ)」や円環の理という重厚な背骨を物語に添えています。
個人の人生という枠組みを超え、幾層にも重なる魂の歴史を紐解くスケールの大きなロマンの幕開けに、言いようのない高揚感を覚えます。小学校に上がる前の数年間に蒔かれた記憶の種が、ミクの成長と共にどのように再燃し、あの「青い目の兵士」の悲劇的な過去と現在がどう結びついていくのか、その神秘的な続きが気になって仕方がありません。次は、成長したミクが忘却の彼方にあったはずの記憶と予期せぬ形で再会し、自らの魂に刻まれた宿命を自覚し始める決定的な瞬間をぜひ読み進めてみたいです。
作者からの返信
akita11さん
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>成長したミクが忘却の彼方にあったはずの記憶と予期せぬ形で再会
>輪廻転生という壮大なテーマが単なる空想ではなく、私たちの住む世界の延長線上にある事実
>東洋的な「業(カルマ)」や円環の理
そうなんです。それがこの物語の「肝」なんですね。
第五章(全十二章)への応援コメント
読ませていただきました。
プロローグから第五章まで読みました。感想は第三章から第五章までを書かせていただきます。
一九三〇年代のナチス・ドイツという「過去」と、一九九〇年代から二〇一〇年代の日本という「現在」が、単なる歴史の対比を超えて、一つの巨大な「魂の曼荼羅」のように織りなされていく展開に、ただただ圧倒されました。
物語の随所に散りばめられた「符号」は、読者の心に深く刺さります。オスカーが同僚ゾーファーブルクに対して抱いた生理的な嫌悪感は、十朱が大学で出会う溝黒への拒絶反応と分かちがたく結びついており、それは単なる「気の合わない人」のレベルを超え、かつて魂を蹂躙した者への本能的な警鐘のように響きます。ゾーファーブルクの「黄緑の目」と、十朱が小説で描いた冷酷な将校イルシェナーの瞳の色が重なった時、フィクションだと思っていた物語が、実は十朱の魂が隠し持っていた「実録」であったことが示唆され、戦慄を禁じ得ませんでした。
また、第四章から第五章にかけて描かれる「性の抑圧」と「女性性」を巡る戦いは、物語に痛烈なリアリティを与えています。竜平による「男だから部長」という無自覚な差別、そして臨床心理士・折田による「女性性を受け入れろ」という暴力的なまでのアドバイスは、形を変えた「強制」であり、十朱の魂をさらに追い詰めていきます。ここで、一九三三年の拘置所でゾーファーブルクが共産党員の女性に加えたであろう蛮行と、現代の日本で十朱が直面する精神的な抑圧が、同じ「弱者への蹂躙」として共鳴します。だからこそ、二〇一七年の東京で十朱が立ち会った刑法改正の瞬間は、百年の時を超えた「魂の復讐」であり、名もなき犠牲者たちへの「救済」でもあったのだと感じ、目頭が熱くなりました。
さらに、第五章で描かれるルーテル教会の礼拝シーンは、この物語に深い精神的な奥行きを与えています。ナチスに抵抗したボンヘッファーの精神が、現代の十朱の孤独な闘いとリンクし、「神は我が櫓」の旋律が時空を超えた連帯を奏でます。オスカーが友人レーテに宛てた手紙の中で語る「心の正しい、やさしい女性に育ってほしい」というパウラへの願い。その祈りにも似た慈愛が、もしや現代の十朱の中に、あるいは彼女が救おうとしている「誰か」の中に形を変えて生きているのではないかという予感が、物語への没入感を一層強めています。
十朱が高校時代に書いた「静寂の海」という小説は、前世で言葉にできなかった絶望や、目撃してしまった罪悪感を浄化するための儀式だったのかもしれません。溝黒という「鏡」のような存在によって一度は筆を折らされた十朱が、再び自らの過去と向き合い、大山牧師に「生まれ変わり」を問いかけるまでの軌跡は、まさに地獄から煉獄への歩みのようです。オスカーという「正義を貫こうとして無力感に苛まれた男」の記憶と、十朱という「その記憶の断片を抱えながら、現代の不条理と戦う女」の人生が並走し、ついに因縁が収束し始める予感に胸が震えます。ゾーファーブルクの生まれ変わりは果たして誰なのか、そしてかつての愛しき人々は今どこにいるのか気になりました。(内容を理解できずに外しまくりの感想だったら本当にすみません。)
作者からの返信
akita11さん
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>ここで、一九三三年の拘置所でゾーファーブルクが共産党員の女性に加えたであろう蛮行と、現代の日本で十朱が直面する精神的な抑圧が、同じ「弱者への蹂躙」として共鳴します。だからこそ、二〇一七年の東京で十朱が立ち会った刑法改正の瞬間は、百年の時を超えた「魂の復讐」であり、名もなき犠牲者たちへの「救済」でもあったのだと感じ、目頭が熱くなりました。
よかったです。わたし実際、この場にいたのでその経験をそのまま書いたのですが、第五章のエピグラフである米津玄師の「さよーならまたいつか!」の歌詞とも、2024年度上半期のNHK朝の連続テレビ小説「虎に翼」の内容とももちろん共鳴するように書いています。
「虎に翼」は日本で初めての女性裁判官となったヒロインを伊藤沙莉が演じた、朝ドラとは思えないハードロマンで、「さよーならまたいつか!」は米津がドラマの脚本をよく読みこんで書き下ろした主題歌です。
>溝黒という「鏡」のような存在によって一度は筆を折らされた十朱が、再び自らの過去と向き合い、大山牧師に「生まれ変わり」を問いかけるまでの軌跡は、まさに地獄から煉獄への歩みのようです。
そうです。そしてミクが大山牧師に問いかけたこの夜は、あの少年だったオスカーが心の中で先達マルティン・ルターに問いかけた夜からちょうど百年経っているのです。
べつに実験的小説のつもりはないんですが、人種・国籍などは別としても、「男性から女性への転生」を描くだけで非常に多くの洞察を与え得ると思っています。本作の場合ですと、特に作者と作者の分身であるヒロインがフェミニズムの思想を持っているので、「男性には男性の生き辛さがあり、女性には女性の生き辛さがある」と強調しがちな表現になっています。
竜平のようなあからさまな性差別主義者を支持する人はさすがに少ないと思うのですが、どちらかというとヒロインよりも、須美や折田や「コクチュウ」の同級生たちに共感する方もあるかもしれません。
「それでも、わたしはそういうの嫌なの」という気持ちをわたしもミクも大切にしたいし、他の人にも大切にしてほしいと思いますし、「わたしはミクの気持ち、すごくよくわかりました」と言って下さる方がいらっしゃるととても嬉しく、励みになります。
第四章(全十二章)への応援コメント
青春祭もご存知で…!?
中国に関しては私も個人的な興味から文献を漁る事がありますが、中国だけでなく、その他外国についても話せる方が文化大革命についてここまで深く作品に落とし込むのは見たことがないです。
一体何冊本読んでるんですか!?すご!!
作者からの返信
エルフェニア大使館さん
沢山のコメントとレビューも頂き、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
「『青春祭』知ってるよ」と言って下さった方は初めてです。
実際に大学の講義で観たので、この場面はそれをそのまま書いていますね。
共産主義者が迫害される場面からスタートして、歴史上、共産主義者が迫害する側に回ったケースに繋ぐ手法は自分でもなかなかうまくやれているかなと思っています。
第二章のハイパーインフレの所に書いて下さった「当時の国民の生活をこの目で見たようだ」というのがとても嬉しい一言でした(*^_^*)
第五章(全十二章)への応援コメント
む、難しい。けど面白いです。月並みな感想ですみません(^_^;)
エピソード中にエボシの名前が出て来ましたが、自分も好きなキャラです。
ナウシカのクシャナといい、宮崎監督は強い女性キャラを魅力的に表現するなあ……。
作者からの返信
桐沢さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>月並みな感想ですみません(^_^;)
ちっとも謝ることはありません。とっても嬉しい感想です(*^_^*)
エボシ御前を「フェミニスト革命家」と定義するのはちょっと大胆かなと思ったんですが、宮崎監督自身が「エボシが男性だと単なる『経営者(資本家)』になってしまう」「女性だからこそ『革命家』たり得た」と語っておられたことが念頭にありました。
是非最後までおつきあい下さいね(^o^)/
楽しんでいただけたら幸いです♪
第一章(全十二章)への応援コメント
ああ、ここにきて「ぎっちょ」のことに繋がるんだ。
私自身が「ぎっちょ」なので読んでて嬉しくなりました。
さらに東洋的な輪廻転生を信じているので尚更です。
文章の書き方が外国人作家のようでそれからどう繋がっていくのかと想像して読んでいくのが面白いです。
作者からの返信
takiさん
>文章の書き方が外国人作家のようで
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
百年前のドイツの軍人一家に生まれた少年と、現代日本の女系家族に生まれた少女に共通する小さな仕草、これはもしや・・・・と第一章で気づかれる読者様は勘のいい方です。
>東洋的な輪廻転生を信じているので尚更です。
それはよかったです!是非最後までお楽しみ下さい(^o^)/
第五章(全十二章)への応援コメント
登場人物に共感して、とくに性別に関する話が読んでいてとても心苦しくなりました。没入させるのが上手で素敵です👏😭
ここまで読んだ理解力のない私の考察?ですが、これって輪廻転生のお話なんでしょうか...
噛めば噛むほど味のする小説ですね!
作者からの返信
inasaさん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>これって輪廻転生のお話なんでしょうか...
そうですね^^「誰が誰の生まれ変わりなのか」トランプの神経衰弱でもするような気持ちで楽しんで読み進めていただければと思います。
>登場人物に共感して、とくに性別に関する話が読んでいてとても心苦しくなりました。
そうでしたか・・・・(・_・。)
今世紀になってからはあまりそんなこともないですが、ミクが青春時代を過ごした頃はまだ、「女の子はお淑やかでなければならない」「自己主張してはならない」というような風潮が強かったんですね。
そこから1933年ゾーファーブルクの非道~2017年法改正へと繋ぐ場面は自分としては思いを込めた所なんですが、人によっては( ゚д゚)ポカーンとなるみたいなので、「共感した」「心が動いた」という言葉を頂けると嬉しいです。
いくらイケメンでも「性暴力は『してもらう』」ものな男は許せないな(-_-#)
第三章(全十二章)への応援コメント
まだ読み途中ですが、コメント失礼します!
とても独創的で、歴史好きにはたまらないんだろうなと思いました。
歴史を深く知らない私でも、場面の移り変わりを見ているとタイムスリップをしているようで面白いです!
愛香ちゃん、イケメンはいいよな、わかるよ。
作者からの返信
inasaさん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>歴史を深く知らない私でも、場面の移り変わりを見ているとタイムスリップをしているようで面白いです!
そう言っていただけると嬉しいです(*^^*)
>愛香ちゃん、イケメンはいいよな、わかるよ。
そうなんです。第八章辺りでも出てきますけど、時代が変わっても女の子の好みってそんなに変わらないんですよw
難しい言葉で「普遍的」といったりします( ̄―+ ̄)
第一章(全十二章)への応援コメント
なるほどなるほど、最初は二視点あることにビックリしましたが、繋がってるんですね!
それにしても描写力高すぎて、容易に光景が想像できて読んでいて楽しいです!
作者からの返信
白黒飴さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
三章からもっとビックリしますよ(^皿^)是非最後まで読んでみて下さいね!
>それにしても描写力高すぎて、容易に光景が想像できて読んでいて楽しいです!
よかったです。実は情景描写ってあんまり得意じゃない意識があって、しかも外国が舞台の小説も歴史小説もこれが初めてなので、「頭の先で書いてる」と思われるんじゃないかな~と心配していたんです(-.-;)
楽しんでいただけたら幸いです(^o^)
第二章(全十二章)への応援コメント
Xから来ました!
「序盤がとっつきにくい」と仰られてましたが、正直序盤からグッと引き込まれました。
カクヨム始めて日が浅いですが、まさか無料でこんな重厚な作品を読むことができるとは...。
第一次大戦前から第二次大戦へと移りゆく時代の流れを、ドイツ軍人という視点から描き出されていますが、時代考証がよくなされていて、正直、絶品ですね...!
個人的には、生まれ変わりによって時代を繋いでいくという点で、三島由紀夫の最後の長編『豊饒の海』を思い出しました(気を悪くされたらすみません)。さらに、二つの時代を交互に行き来しながら、という構成は目が白黒するほどで、新しく、流麗でした。
こんな素晴らしい作品に指摘をするのは大変恥ずかしのですが、一点挙げるとすると、改行の際にさらに一行分明けた方が、スマホの場合読みやすくなるのでは、と思いました。
効果として意図されているのでしたら申し訳ありません。
大変面白かったので、これからも続けて読んでいこうと思います。
素晴らしい作品を紹介してくださり、ありがとうございました!!
作者からの返信
たいようさん
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
「豊饒の海」は二十代の時に読みました。気を悪くするなんてとんでもないです(・_・;)
「豊饒の海」ってのは月にある海の名前でして(もちろん水はないですが)、本作の作中作のタイトルになっている「静寂の海」も同じくです。その辺りちょっと意識してるかもしれません。
わたしも歴史小説って書くの初めてで、しかも軍隊とか戦争とかって苦手なのに、軍人が主人公で戦間期ドイツが舞台の話始めちゃったよ~(×o×)ってなりながら、色々調べて「これでいいのかな?」と手探りしながら書いたので、そのように言っていただけると嬉しいです。
>まさか無料でこんな重厚な作品を読むことができるとは...。
ありがとうございます。。(ノT-T)ノ
気に入っていただけたら幸いです♪
是非最後まで読んでみて下さいね(^o^)/
エピグラフへの応援コメント
xから来ました。
1話に期待!
エピローグへの応援コメント
こんなにメッセージ性の強い物語とは思いませんでした
こういうものの見方は新鮮で興味深かったです
生まれ変わりについても考えさせられました
潜在的にある記憶が思考に影響を及ぼすってのがサブリミナル効果的で面白い
リアルにあったらアイデンティティが揺らぎそうで怖いですが
ミクが溝黒へのわだかまりを解消したように折り合いつける道を模索するんでしょうね
作者からの返信
Edyさん
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
そうですね、「潜在意識」とか「集合的無意識」といったテーマに興味のある方にはおもしろい内容かもしれません。
第一章の冒頭に引用されている「青い鳥」は、そうした「無意識」や「夢」の世界を美しく描いています。
近況ノートでも触れましたが、ミクは「イルシェナーも本当にいた奴で、しかもそいつの生まれ変わりが溝黒で、また前世(自作小説)と同じようにイビられた」と知ったらどんな顔をするでしょうね。
オスカーも・・・・嫌だろうなあ(-_-;)人生最後の夜に嫁に顔の似た男にリンチされる、っていうのだけでも相当嫌だったろうに。
それが顕在意識には上がってこない、って所が作中人物にとって救いで、読者様にとっておもしろい所で、かつ作者も含めてみんなにカタルシスがあるような、そういう物語になっていたら幸いです。
第一章(全十二章)への応援コメント
Xからきました。
これは腰を落ち着けて読まねばならぬと、作品フォローさせて頂きました。
とりあえず一章まで読了いたしましたので、ここまでの感想を。
実に内容の詰まった物語で、この作品を作り出して下さったことに感謝します。
書籍で読みたいです。これ。紙で。
時系列が前後するのも全然気にならない。逆にどう展開していくのかと引き込まれました。
全十二章とのことですので、続きはじっくり楽しませて頂きます。
参加頂きありがとうございます!
作者からの返信
川原さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>時系列が前後するのも全然気にならない。逆にどう展開していくのかと引き込まれました。
よかったです(*^^*)
是非続きも読んで下さって、物語と登場人物を愛して下さると嬉しく思います。
>書籍で読みたいです。これ。紙で。
わたしも紙書籍化したいですo(><;)(;><)o
皆さんが応援して下されば実現できるかもしれませんので、応援して下さいね(^o^)/
第二章(全十二章)への応援コメント
まず冒頭からダンテを持ってくることがいぶし銀。
時代も国境も越えて繋がっていく人々の記憶と感情が、これほど重厚かつ鮮やかに描かれていることに圧倒されました。特にオスカー兄弟の運命から始まり、ベルリン、京都、長崎へと視点が移る構成は、まるで歴史の奔流に翻弄される一人ひとりの魂の声を聴いているようです。
小さな仕草(左手の甲で鼻を擦る)や折り鶴などのモチーフが世代を越えて受け継がれていく演出がとても印象的で、時代を跨いでも人の営みが断絶せず続いていることを強く感じました。宗教や戦争、思想といった重い題材を扱いながらも、人物たちの心の機微が繊細に描かれていることで、歴史小説でありながら人間ドラマとしても深く響きました。
作者からの返信
雨後さん
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
いぶし銀ですか・・・・初めて言われました(・_・;)
わたしも歴史小説って初めて書いたんですが、「自分がその時代に生きていたとしたら、こんな光景が見えたんじゃないかな」「こういう風に感じたり考えたりしたんじゃないかな」と想像する所からどんどんお話ができていったように思います。
わたしがこの小説を書き終えて思うことは、「文学って偉大だなあ」「『史(ふみ)に歴(あらわ)す』とはよく言ったものだなあ」ということです。
よかったら続きも読んでみて下さいね(^o^)/
第一章(全十二章)への応援コメント
Xのコメントより参りました、橘ミコトと申します。
早速ですが拝読させて頂きました!
時間の都合上、各方1話のみでの反応ですみません……。
こういう雰囲気の作品は大好きなので、とても興味深くかつ真剣に読ませて頂きました!
特に言い回しが私の好み過ぎました。
この図書館でふと手に取った古典作品を読んでみたら予想以上に面白かったと言いますか…、いや、この言い方は失礼か。
ともかく、私の癖に刺さった文体でした。
また、WEB小説では(特にカクヨムでは)こういった作品は中々お目にかかれないと感じているので、今回のように作者様からの自己推薦を頂けると読み手としても嬉しいとしみじみ感じました。
さて。読んでの感想というか、直感というか、私の感性の問題なので何とも説明し辛い事を先に申し上げておきます。
その上で、御作を拝見した時に「若きウェルテルの悩み」がイメージというかパッと頭に思い浮かびました。
頓珍漢でしたら申し訳ありません。
御作のような作品は下手に感想を述べるよりも、自身の中でどう解釈したか、どう受け止めたかが読後感込みで大切だと個人的には思っています。
そのため、感想というよりもただの独り言のようになってしまいましたが……とても素敵な読書時間でした。
あちがとうございます。
作者からの返信
橘さん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>この図書館でふと手に取った古典作品を読んでみたら予想以上に面白かったと言いますか…、いや、この言い方は失礼か。
ちっとも失礼な言い方ではありません^^
気に入っていただけたらまた続きも読んでいただいて、登場人物を愛していただけたら嬉しく思います(*^_^*)
ゲーテか・・・・読んだことないや( ̄^ ̄;)
でも文豪の文章に譬えられるなんてとっても嬉しいです♪(^o^)
第三章(全十二章)への応援コメント
コメント失礼致します。とりあえずここまで読みました。
かなり難しい内容ですね。これを文に起こして書き上げている時点で相当凄いと思います。
複数の事態背景が入り混じった物語。その時代のその場所の登場人物だからこそ感じえる価値観や考え方が細かく描写され、現実あった問題点について変に誤魔化さずに書かれていることに引き込まれました。
読解力のない自分には理解し切れずこぼれ落ちてる部分も大いにあると思いますが、考えさせられるお話でした
作者からの返信
伊賀栗さん
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
そうですね、わたしも歴史小説って初めて書いたんですが、「自分がその時代に生きていたとしたら、こんな光景が見えたんじゃないかな」「こういう風に感じたり考えたりしたんじゃないかな」と想像する所からどんどんお話ができていったように思います。
よかったら続きも読んでみて下さいね(^o^)/
第九章(全十二章)への応援コメント
過去と現代の差別の姿を重ね合わせ、人間の弱さと勇気の両方が書かれてましたね。
『水晶の夜』でユダヤ人が迫害された歴史は悲惨ですが、それを”遠い昔の出来事”と片づけず、2018年の日本に生きる在日コリアンへの差別。
そこ繋げている点に強い衝撃を受けました。
差別の言葉や態度って、時代や国を越えて同じように繰り返されてますよね。
読んでいて少し難しい内容でしたが、
『差別に沈黙せず、立ち上がることの大切さ』が心に残りました😄
作者からの返信
ジュンさん
そうですね、ホロコースト映画を観ても、その多くが欧米で作られているので、わたしたち日本人には「ユダヤ人」「ユダヤ人差別」が概念として捉え辛かったり、「わたしたちの社会にはそんな問題はない」と錯覚してしまったりします。
その辺りをわかりやすく、その「類似性」「同質性」「普遍性」を可視化できるように工夫して書いたものはなかなかないと自負しています。
実際にはナチスが迫害・虐殺したのはユダヤ人など民族的ルーツが異なる人々だけではなく、障害者や性的少数者(今でいうLGBT)など様々です。この作品では触れられなかったことが心残りです。
エピグラフのギンズバーグの言葉は、執筆当時、フェミニストの若手文士さんたちのお話会に行った時、登壇者が言及していたものです。
蛇足ながら、本章、特に金田くんが出てくる所は、マドンナの「Like A Prayer」のMVをイメージしています。
個人的には、「マドンナの曲」としても「MV作品」としても最高傑作だと思うので、是非YouTubeで観てみて下さい。マドンナの曲を全部聴いたことがあるわけでも、人類史上全てのMVを観たことがあるわけでもありませんが。
第二章(全十二章)への応援コメント
第二章まで拝読いたしました。
「序盤がとっつきにくいと感じたら」と仰っておられましたが、個人的には学生時代に勉強してから親しんでいたWW1~WW2のドイツの話でしたので、大変興味深く読めました。
作中でオスカーが語るナチス党の起こした事件や、獄中で書かれた書物、宣伝相が加わった経緯、フェルキッシャー・ベオバハター紙の話まで、馴染み深いが故にそれを外側から見ていたひとりの軍人の視点で語られる物語として説得力がありました。
それだけ骨子がしっかりしているので、ミクちゃんに視点が移った時にハッとするという読書体験が味わえました。
個人的なことですが、ミクちゃんと同年代なので学校や教師の描写に非常にリアリティを感じました。
時間の都合がつき次第、続きも是非拝読したいと思います。
作者からの返信
西海子さん
丁寧に書いていただき、ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
専門に勉強されていた方から褒めていただいて自信がつきました(・_・。)
ミクと同年代ということはわたしと同年代ですね(^_^)
実際には見たことないですけどね、「ジャージ着て竹刀を持ち歩く教師」(^_^;)
第三章(全十二章)への応援コメント
ここまで読ませていただきました。
時代も国もかけ離れたオスカーとミクの物語が、ミクの創作した物語を通して交差していく(合ってますかね……?)濃厚なストーリーだと感じました。
今後、〝わたし〟たちふたりの物語が更に絡み合っていくのでしょうか。
筆力もさることながら、歴史をよく研究して創作されているのか、細部まで神経が張り巡らされたような構成に感心しっぱなしでした。
作者からの返信
久芳さん
コメントありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
>時代も国もかけ離れたオスカーとミクの物語が、ミクの創作した物語を通して交差していく(合ってますかね……?)
はい、合っています(^^)
どのように〝わたし〟たちふたりの物語が更に絡み合っていくのか、もしよろしければ引き続きご覧下さいね(^o^)/
第八章(全十二章)への応援コメント
シャルギエルが凄くリンクしてきましたね!
まさか、本当にそれがあったからこそ十朱はこれを書いたんでしょうか?
なんか、創作と実在の境が揺らぐ不思議な気持ちになりました。
流れる雰囲気も素敵です!
作者からの返信
そうなんです!「創作と現実のあわい」を描き出すことがこの小説の目的の一つでもあるのです。
近年話題になった「私が見た未来」のたつき諒も、「守護霊を観てもらったら自分が過去に描いた漫画の主人公によく似ていた」というエピソードを語っていますし、若き竹宮惠子はある日突然、「風と木の詩」(単行本にして二十巻近い分量)のストーリーが全編完成された形で脳内にダウンロードされてくる経験をしたそうです。
わたしは「竹宮の前世だったんじゃないかな」と思っています。
小説にしろ漫画にしろ、物語を創作する人は多かれ少なかれそういう経験をしているのではないでしょうか。
エピローグへの応援コメント
『神曲』、最後まで深く引き込まれながら読ませていただきました。
過去のドイツと現代日本の物語が、時代も場所も超えて緻密に織りなされていく構成、素晴らしかったです。壮大な歴史の流れの中で、オスカーとミクという二人の魂が響き合っていく様には、深く心を揺さぶられました。
特に「左手の甲で鼻を擦る」という些細な癖が、二つの魂を繋ぐ静かな糸になっている描写は本当に印象的でした。
戦争や思想といった重厚なテーマがありながらも、物語の核にはオスカーとミク、それぞれの孤独や人生があって、だからこそ壮大なスケールなのに、とてもパーソナルな物語として心に響きました。ラストシーンで二つの魂が静かに交差する情景は、美しくて余韻が残りますね。まさに『神曲』というタイトルに相応しい、読後も長く心に残る作品でした。
素晴らしい物語を読ませていただき、ありがとうございました!
作者からの返信
usagiさん
素敵に感想書いていただき、ありがとうございます(ノ≧▽≦)ノ
この物語を気に入って下さる方は心のやさしい方が多いのだろうと思います。
>邪な曲がった時代の中で、非の打ち所のない神の子として、世にあって星のように輝き、いのちの言葉をしっかり保つでしょう。こうして私は、自分が走ったことが無駄でなく、労苦したことも無駄ではなかったと、キリストの日に誇ることができるでしょう。(新約聖書「フィリピの信徒への手紙」)
usagiさんや他の読者様がこの物語を長く心に残して下さること、ミクやオスカーやエルスベットを――溝黒やゾーファーブルクさえも――愛して下さることを、筆者としても心から願っております(*^^*)
第三章(全十二章)への応援コメント
文体がとても緻密で、史実の記録や聖書・文学の引用、さらに日常の細やかな描写が巧みに組み合わさっていて、表現がとても美しいですね。まるで「歴史小説」と「自伝的青春小説」と「異世界ファンタジー」の三層を縫い合わせたモザイクのように感じられました。
戦争・記憶・忘却という大きな主題が全体に通底していて、歴史小説的なリアリティとファンタジー的な寓話性が交差し、「現実の歴史と人間の営みは、別の世界の神話とも呼応しているのではないか」という感覚を抱かせてくれます。読み進めるうちに、自然と物語に引き込まれていきました。
壮大な歴史や記憶を扱いながらも、登場人物の仕草や日常の会話が縦糸のように織り込まれており、その対比が作品に深みを与えています。文学性が非常に高く、余韻を残す物語だと感じました。これからもゆっくり続きを楽しみに読ませていただきます。
作者からの返信
ヒカリさん
素敵に感想書いて下さり、ありがとうございます!(^o^)
三つの世界、三つの物語がどのように交差するのか、それぞれどのような結末を迎えるのか、楽しみにしながら読み進めていただければと思います(*^^*)
編集済
第六章(全十二章)への応援コメント
今回も情報量がななりあって難解ではありましたが、絶望の中をどう生きて、生き抜いていくのかというテーマですよね。
十朱が大学での挫折が一番しっくりきました。
後「幽☆遊☆白書」の黒の章は自分もあの時、本当に衝撃でした。
仙水の気持もよく分かりましたので。
作者からの返信
ジュンさん、ありがとうございます!(^o^)
「黒の章」については、「そんなんわざわざ霊界の極秘資料を盗み出して観んでも学校で習うし、映画とか小説とかいくらでもあるやん」と思ったものですが、漫画なのでそういうことはツッコんじゃだめですね。
わたしにとっての「黒の章」は手塚治虫の「アドルフに告ぐ」でしたよ(´Д`)
中学の時に一回読んだきりなんで、今見たらあんまり大したことないかもしれませんが。
第五章(全十二章)への応援コメント
今回もなかなか重いテーマでしたね。
まず初めにあった、世の不条理とも言える物。
除隊されてもスカウトされるという、しかも、その理由が美貌というのが何とも皮肉。
まだ十朱の苦しみも、今、ようやく時代が追いついてきましたね。
ただそれも、声を上げ続けてきたからこそ──!
大切なことですね。
作者からの返信
ジュンさん、メッセージありがとうございます(^o^)
「ミク幼児→小学校→中学校→高校→大学と進んで、中退後も時系列で陰惨展開が続く」と思った人はこの鮮やかな逆転劇にびっくりしたでしょう( ̄―+ ̄)
意地悪な人は「江戸の敵を長崎で討つような話だ」などとコメントするかもしれませんが(^_^;)
「素行が悪すぎて国防軍を除隊になった奴をSSにスカウトする」というのは実際によくあった話のようです。ラインハルト・ハイドリヒとかね。
身長百九十一センチ、残忍な性格で「金髪の野獣」と異名を取った男ですが、ヒムラーが「金髪、長身など外見を重視」したのも本当です。んなアホなと思うけど本当。
余談ですが、「色悪」という言葉、即ち「美形悪役キャラ」という概念は古くから我が国にございます。
二十世紀後半以降の人類社会における「悪役」「色悪」のアーキタイプってナチス親衛隊だと思います。
編集済
第一章(全十二章)への応援コメント
Xから来て、第一章読ませて頂きました。
先にあらすじを読んでいたら違ったのかもしれませんが途中まで、どうしてこの2つのお話を並行して続けるんだ…と思っていました。
そしたら最後の最後、ミクとオスカーの同じ癖に、直前の「レーテ川の水を飲むダンテ」の話を思い出してウワッ!?てなりました。
文章にも凄くリアリティがあって、私は歴史が少し苦手なので読み始めは続くか?と杞憂していたのですが、それこそ杞憂でした。
そして最後の仕掛け…こういう構成を思い付く頭が欲しい。
素晴らしい作品です!!!
あとこれは純粋に気になったのですが、これはオスカーが戦争を忘れない為に水を飲まなかったという事なんでしょうか。
だとすれば、これはある種、日本が原爆ドームを残して核の恐ろしさを忘れさせないようにしているのと、近いのかなと思っていました。
作者からの返信
丁寧に書いていただき、ありがとうございます!
>これはオスカーが戦争を忘れない為に水を飲まなかったという事なんでしょうか。
素敵な新解釈、ありがとうございます。思ってもみなかったですがそうかもしれません。
>私は歴史が少し苦手なので読み始めは続くか?と杞憂していたのですが、それこそ杞憂でした。
よかったです。二十一世紀生まれの方にも理解や想像がしやすいように工夫したつもりなんですが、年代問わず、「こういう文章は苦手」という方がやはりいらっしゃるものです(-.-;)
よろしければ最後までおつきあい下さると幸いです。
序盤がだるかった方も三章から絶対おもしろくなると保証できます(^_^)v
第二章(全十二章)への応援コメント
オスカーと高橋の交流がとても素敵ですね。
なんか、お互い違う文化圏にいるのに、どこか通じ合っている姿に希望を感じました。
後、あの『折り鶴』のシーンは、まるで祈りそのものですよね。
静かで美しい余韻が心に残ります。
作者からの返信
ありがとうございます!わたし自身気に入っている所、でも周囲の評判は必ずしもよくない所(「序盤のドイツパートだるすぎ飛ばす」等)をちゃんと「いい」と言って下さって嬉しいです(^o^)
光晴と折り鶴のエピソード→長崎平和公園、ミクの祈りに場面転換する所は昔から書きたかったのでおもしろくないと言われても外せませんでした。
くどいようですが、次から本当におもしろくなります。ご期待下さい。
第十一章-序 「ラインの黄金」への応援コメント
正義の為に、悪を選ばないといけない。
そこが、とても苦しい部分ですよね……
作者からの返信
そうですね。十一月にボンヘッファーの映画やるみたいで楽しみです。
ヒトラーのエピグラフ(巻頭の引用文)に関しては、「そう感じることはあるかもだけどおまえが言うんじゃねえ」ですが 笑
先に各章のエピグラフ「だけ」読むというのもおもしろい読み方として推奨できます。
プロローグへの応援コメント
少し奇妙な夢ですね。
しかも、これが2回というのが気になります。
内容もそうだけど、たまたまそうだったのか?
それとも意味があるのか。
ここから楽しみに読ませていただきます^^
作者からの返信
ありがとうございます!楽しんでいただけたら幸いです。
あんまり言うとネタバレになるので言えないのですが、もしかしたら第一章・第二章と「この物語の世界で起こっている、起こりつつあること」がもう一つ明らかにならず、せっかちな読者様はもどかしい思いをされるかもしれません。
第三章から、読む人が「アレ?」と思うことが起こってくると思います。
「一章・二章がおもしろくなければ三章から読んで下さい」とコンセプトページで注釈しているのはそういうことです 笑
編集済
あとがきへの応援コメント
大変興味のあるテーマでした。いまだかつてない壮大な歴史物語であることも分かりました。ただ、公開に即して読んでいると、どうしても記憶が曖昧になり、複数の時間軸の相互関係など分かりにくくなります。集中して読む必要があるので、もう一度読み直しさせてください。
7月28日追伸です。
再読いたしました。曖昧だった部分もよく分かりました。「静寂の海」があるわけは、ミクが書いた時点では、映画「ワルキューレ」はなかった。つまりミクに残されたオスカーの記憶から綴られたということで、ミクが生まれ変わりであることを裏書きしているのですね。最後まで分からなかったのは、Mという不快なキャラがなぜ小説内に存在してるのかということ。歴史上の人物の生まれ変わりとは到底考えられないし、その部分があるだけで、この小説にとって、マイナスにしかならないような気がします。以上感想でした。
作者からの返信
ふみそのさん、ご愛読ありがとうございます!!(ノ≧▽≦)ノ
ややこしい話で恐縮です💦恐らくトランプの神経衰弱でもやってるような気分に陥ったのではないでしょうか。
再読して下さるのですね、温かいお言葉感謝です(*^^*)
こういう時「すぐ遡って見られるから紙の本の方が便利なのかな」「でもWEBは検索機能あるしなあ」などと思ってしまいます。どちらがいいのでしょう。
【2025.8.10.追記。本編未読の方は読まないことをお勧めします】
今、追伸の分拝読しました(お互いに通知が行かないから不便だなあ)。
>ミクが書いた時点(名倉注:1995)では、映画「ワルキューレ」はなかった。
映画「ワルキューレ」(2008)は制作されていませんが、元ネタになる事件自体は歴史上実際にあったこと(1944)です。ミクは他の書物などでその事件に取材して「静寂の海」を書いたつもりなんですが、実は自分自身の前世がその事件に関わったモブの将校さんだった、ってお話です。
>Mという不快なキャラがなぜ小説内に存在してるのかということ。
>歴史上の人物の生まれ変わりとは到底考えられないし、
いやいや、Mくんはドイツパートに出てくる誰かの生まれ変わりだと思いますよ。ミクは気が付いてないけどね。
「美形が不細工に生まれ変わって主人公がまた同じ奴にイビられる」という話を、「おもしろい」と感じるか、「救いがない」と感じるかは人それぞれだと思います。
また、「Zはマンガみたいだから許せるけどMは許せない」って人も、逆に「Mはまだ同情の余地があるけどZは許せない」って人もあると思います。
「なんでこんな話にするんだ。なんでオスカーとエルスベットがそれぞれ生まれ変わってまた巡り会い結ばれるようなロマンティックな話にしないんだ」と作者に対して怒りを感じる方もあると思います。
第四章の和尚が言うように、Mは前世の傲慢や悪業の報いで醜く生まれたのか、母親に虐待されたのか、それはわかりません。
でもそうだとすると、オスカーがミクに生まれ変わってまた同じ奴にイビられる説明がつかなくなります。少なくともオスカーは和尚が言うような罪業を犯してはいないですよね?(間接的に殺人をしようとはしましたが)
龍堂寺功が言っているように、「『カルマ』というものはある」「但し、いいことをすればいい報いが、悪いことをすれば悪い報いがある、というような単純なものではない」のだと思います。
わたしがこの小説で表現したかったことは、「『カルマ』というものがあるとしたらこういうものだとわたしは思う」ということかもしれません。
第五章(全十二章)への応援コメント
なるほど、こんな書き方があるのか……と唸りながら読み進めています。
日本とドイツ、違う場所、違う年代の話が交差していく。
月並みな言葉で申し訳ないのですが、本当に面白いです!
作者からの返信
たぬきつねこさん
ありがとうございます!(ノ≧▽≦)ノ
気に入っていただけたら幸いです(*^^*)
是非最後までお楽しみ下さい(^o^)/