光の糸
猫柳蝉丸
本編
――もう僕のことは忘れてください
言い過ぎたかもしれない。
彼女は何も悪くないのに、ひどい言い方だったかもしれない。
けれど僕は彼女にそう言うことしかできなかったんだ。
☆
自分でこう言うのも何だけれど、僕は女の子からモテない。モテたことも一度も無い。
高校二年生になっても背は相変わらず伸びず、何らかの奇蹟が起こって目鼻立ちが劇的に変わることも無かった。
まあ、そういうものだろうし、僕以外の高校二年生も大体はそういう感じなんだろう。
ただ少しは努力しなくちゃいけないとは思った。
我ながらこんな男を好きになってくれる女の子なんていないと思っていたから、誰か一人だけでも好きになってもらえるよう努力した。
ファッション誌を読んでバイトもして、勉強だってそれなりに頑張った。毎日の筋トレで筋肉は付いたし、イケメンとまでは言わないまでも、そこそこ悪くはない程度にはなれたと思う。
だから、バイト先の先輩の鶴見光さんからデートに誘われた時は本当に嬉しかったんだ。
一つ年上で、ショートヘアがよく似合うはにかみ屋の可愛らしい先輩。知り合った頃から親切にしてくれて、惹かれていなかったと言えば噓になる。光さんはそんな女の子だった。
初めてのデートは楽しかった。
商店街にデパートに公園。ありきたりなデートコースだったけれど新鮮で、光さんのことがより好きになれるデートだった。
二回目のデートでは手編みのマフラーを貰った。光さんはそういう気配りもできる人で、こういう人と付き合えたらいいなと思えた。
もう僕の方から告白しよう。そう決めていた三回目のデート。プラネタリウムの帰りに僕は光さんの方から告白された。ずっと好きだった。付き合ってほしいって。夢でも見てるような気分で、天にも昇りそうなほど嬉しかった。
光さんのあの言葉を聞くまでは。
――わたしのこと、覚えてる?
最初は光さんが何を言っているのか分からなかった。
だけど、光さんの次の言葉で僕は特に思い出したくもなかったことを思い出してしまった。
――中学生の頃、いじめられていた私を助けてくれた時、すごく嬉しかったんだよ
ああ、そうだ。思い出した。僕は中学生の頃、いじめられていた一人の女の子を助けたんだった。
すっかり忘れてしまっていたけれど、僕は確かにいじめられていた光さんを助けていたのだ。
それは正義感からの行動じゃなかった。下心も無かった。ただ学校で靴を隠されて泣いている、名前も知らない女の子の靴を探してあげただけだ。それだけの思い出だった。
光さんはそれをずっと覚えていた。僕とバイト先で再会した時、胸がときめいたとも話してくれた。それはきっと一つの奇蹟ではあったんだろう。
でも……。
僕は急に冷静になった。覚めてしまっていた。
光さんの気持ちは嬉しいし、光さんのことは好きだ。でも、こう思ってしまうことを止められない。
そんなことで? と。
光さんはそんなことで僕をデートに誘ってくれたのか? そんなことで僕を好きになってくれたのか?
中学生の頃の光さんを助けた時、僕は何も考えていなかった。泣いている女の子を放っておくことができないだけだった。それは美しい思い出なのかもしれないけれど、僕には胸に残らない思い出でしかなかった。
そして、思った。光さんは別に僕のことが好きなわけじゃないんじゃないか? ただ恩を感じているだけなんじゃないか?
単に僕に恩返ししたいだけなんじゃないか? と。
そりゃあ僕だって普通に恩返ししてもらえるなら拒否なんてしない。だけど、これは恋愛関係なんだ。恋と恩は一緒じゃない。一緒じゃないはずなんだ。
ちょっとした恩なんかで好きになられても、僕は全然嬉しくないんだから――
気が付けば僕は泣き出しそうな顔で呟いてしまっていた。
――ごめんなさい。もう僕のことは忘れてください
☆
それ以来、僕は光さんには会っていないしバイトも辞めた。もう会えるはずなんてなかった。
光さんは不思議に思っているかもしれない。あんなに楽しいデートだったはずなのに、と。
僕だって楽しかった。楽しかったからこそ、痛かった。好意からじゃないかもしれないデートなんて、辛いだけだった。
もしかしたら、光さんは僕のことを本当に好きだったのかもしれない。そう思いそうになって振り払う。どっちにしろ、恩返しから始まる恋なんて僕には受け入れられそうもない。
そうして。
僕は光さんの編んでくれたマフラーを、身に着けられも、捨てられもしないまま、ただ辛い気持ちで見つめ続けている。
光の糸 猫柳蝉丸 @necosemimaru
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