第9話 お茶会とエビと私

 私たちは寮に着くとすぐに部屋へと戻った。アメリアが急ぎ部屋の隅にあるクローゼットを開ける。

 最初に私の目に入ったのは、繊細な刺繍が入ったピンクのドレス。小さなドットのような柄はその一つ一つが花々であり、春の庭園のような爽やかさが演出されている。

 まさに職人技といえた。


「これにするわ」

「お嬢様、それは……」


 他のドレスを出そうと衣装箱を取り出していたアメリアは、私が指差したドレスを見て明らかに戸惑っていた。見た目は素敵なドレスだし、かまわないと思うんだけど。

 エビのドレスと同じ色になっちゃうけど、仕方がないわ。


「時間がないんでしょ。早く着替えましょ」

「そ、そうですね……お手伝いします」

「頼むわ」


 その言葉にアメリアはすぐに私の着替えを手伝い始める。そのお陰もあってか、数分で身支度がすべて整った。


「お姉さま、ハンカチ……わあ、お綺麗です」


 無くしたハンカチの代わりを用意したエビが扉を開けて入ってくる。そしてドレス姿の私を見ると、目を輝かせてそう言った。


「そう?」

「はい。 ……でもそのドレス」

「えっ、このドレスが何?」


 私の問いにエビは何かを飲み込むように言った。


「いえ、お似合いです。お姉さま」


 このドレスに何かあるのかしら……そう不思議に思い戸惑う私。


「さあ、お嬢様時間がありませんので」

「そうね」


 アメリアの言葉に私は頷くと、エビと手を繋いで部屋を出て行くのであった。


 ☆


「しかし、どうなるのかしら」


 お茶会の会場へと向かう馬車の中で、私は流れる窓の景色を見ながら呟いた。私のせいでエビは魔法が使えるようになっていない。

 それに犯人を倒したのも私だ。


「お姉さま……大丈夫です」


 そういうと私の膝の上に置いた左手に、自分の右手をそっと乗せてくるエビ。彼女は私の顔をじっと見つめると心配そうに覗き込む。

 どうやら、この騒動のせいでステリー嬢の不安も吹き飛んだようね。

 自分のことより私のことを心配してくれているエビがそこにいた。


「大丈夫、心配いらないわ」


 彼女の瞳を見つめ、安心するよう微笑んで見せる私。その瞬間、ふとエリナゼッタの記憶が頭に入ってきた。

 彼女はエビがピンクのドレスを好むのを知ってて、あえてこのドレスは着なかったらしい。


 表には決して出してはいなかったが、妹の可愛らしさに彼女は嫉妬していた。さっきのエビとアメリアの態度は何となくそれを察していたのだろう。

 それでも、こんなにもエビに好かれていたのだから、エリナゼッタは本当に優しくいい子だったのだろう。


「お姉さま……そのドレスお綺麗です」


 私の瞳に自分が映っているのが恥ずかしいのか、エビは少し赤く頬を染めると視線を外しそう言った。

 その言葉はどこかぎこちなく、重要なことが抜けているよう。 沈黙の理由を私はなんとなく察していた。


「そうね、綺麗ね。それにお揃いのピンクでいいじゃない」

「そ、そうですよね。お揃いです!」


 私の言葉に瞳を輝かせると、嬉しそうにエビは座席からわずかに飛び跳ねた。

 さっきまでお茶会に間に合わなくなったことに責任を感じ、曇らせていたアメリアの表情も少し和らいだ。

 いい雰囲気ね、このままお茶会に……でも、どんな展開になるのだろう。そんな不安が少しだけ頭をよぎった時だった。


「お嬢様、もうすぐ会場に到着します」


 景色でわかったのだろう、アメリアのよく通る声が馬車内に響く。

 それと同時に屋敷の中へと馬車が入っていった。入り口で何人かの兵たちが私たちの馬車を見ると、家紋で判断したのか敬礼をして通してくれる。


「いつもより兵が多いみたいですね」


 アメリアが少し緊張した面持ちで、窓の外を見つめる。


「何かあったのでしょうか?」


 お姉さまならなんでも知っている、そう言わんばかりにまっすぐな瞳を私に向けてくるエビ。

 ずっと貴方と一緒にいた私が知るわけないじゃない。たぶん、王子様が来るからだろうけど。

 そう思うが、可愛く小首を傾げ聞く彼女の可愛らしさに負け、私は王子様のことは隠してこう答えた。


「うーん、礼拝堂の件が伝わって……警戒態勢をひいているのかしら?」

「そ、それです! さすがお姉さま!」


 私の言うことをなんでも無条件に受け入れるのはよくないと思うの。

 そう言いたかったが、「お姉さま、凄いです」と小さな声で繰り返し呟く彼女には言えなかった。


 ☆


 ステリー伯爵家の別邸、そこがお茶会の会場になっているみたい。別邸と呼ぶにはあまりに堂々としていて、白い外壁が光をまぶしいほど反射していた。

 建て替えたばかりなのか、すべてが新しく貴族の威厳が感じられる。


 まあ、アパート暮らしだった私から見れば全部豪邸よね。


 これから貴族の娘としての生活がずっと続くのかと思うとやっていけるのか心配になる。

 そんなことを思っていると、伯爵家の使用人たちが私たちを迎えにやってきた。

 そして彼らの誘導した位置から馬車を降りた私たちは、遅れを少しでも取り戻すべく、お茶会の会場へと急ぎ向かう。


「もう始まっているようです」


 アメリアが赤い髪を大きく揺らしながら、緊張した声を発する。


「ごめんなさい。私が礼拝堂に寄ろうと言ったから」

「いえ、それを言うなら私がお姉さまに気をつかわせたのが」


 私の言葉にエビが立ち止まり、そう言った時だった。

 会場の方から何やら大きな声と拍手が聞こえてくる。


「何の騒ぎかしら……」


 エビの後ろをついてきていた伯爵家の執事が答えた。


「実はフェリエ王子が急遽いらしておりまして」


 それが相当意外なことなのか、エビが驚き訊き返す。


「殿下がですか!?」

「はい」


 彼女の目を見据え、小さく頷く執事。するとエビは私のほうへと振り向き、両手をぐっと握りしめるとはっきりとした声で言った。


「お姉さま。殿下がいらっしゃるそうです」


 この距離なら確実に聞こえてるわ、妹よ。と、前世の妹にならツッコミを入れているところだが可愛いから許す。


「そうね。よかったわね」

「は、はい!」


 その気合の入った返事は、執事さんからしてもよほど大きかったのだろう。少し顔を歪めた彼は私に失礼をしたと思ったのか、こちらへと向き直すと一礼した。


「失礼しました」


 いや、貴方は悪くないのに。

 しかし普段は貴族の令嬢の見本といった感じのエビ、さっきからなんかテンションが高めだわ。私が同じ色のドレスをきたことに関係あるのかしら。

 そう思いつつも、私は彼に笑顔を向けてごまかした。


 エビは取り繕うようにその可愛い笑顔を、私の言葉と同時に彼へと向ける。するとにっこりと微笑み返した執事。

 この空気を一変させるなんて、なんというヒロインパワーなんだろう。


「お嬢様。殿下がいらしているのなら、なおさら急ぎませんと」

「そ、そうね」


 私たちはアメリアのその言葉に頷くと再び会場へと急ぎ向かう。

 そして大きな扉が目の前に現れた。ここだ、中からはざわめきと令嬢たちの黄色い歓声が聞こえている。


「開けます」


 アメリアがそういうと扉をぐっと押した。

 高い天井の大広間、そこに眩いくらいに白いテーブルがいくつも並べられ、豪華なシャンデリアの照明がそこに反射している。「豪華すぎ」と思わず叫んでしまいそう。

 そこにはすでに到着していた王子様、フェリエ殿下がいた。

 全員が殿下に注目している、今がチャンスだ。

 遅れてきた私たちは、そのどさくさに紛れて中へと滑り込んだのだった。

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