インタビュー
増田朋美
インタビュー
その日も暑い日で、なんだか体が溶けてしまいそうな暑さだった。こんな暑い日であれば、外へ出るのも嫌だなあと思われるのであるが、杉ちゃんがどうしても足袋を買いたいというので、杉ちゃんとジョチさんは、買い物に出た。
杉ちゃんたちが用を済ませた帰り道、ある一軒のアパートの前を通りかかったところ、たくさんの人垣と、警察の車が大量に止まっているのが見えた。杉ちゃんとジョチさんは、一体何があったか、近くにいた人に聞いてみたところ、
「いや、子供が熱中症で死んだようですよ。」
と、その人は答えた。
「なんですか。それではまた虐待ですかね?」
ジョチさんが聞くと、
「ほんとによくあるなあ。夏になると多くなるんだよね。暑いから育児も嫌になるんかねえ。」
杉ちゃんがでかい声で言った。
「それで、親はどこに行ってしまったのでしょうか?」
ジョチさんが聞くと、
「それがどうしても見つからないようで、警察も困っているようです。」
と、先程の通行人が言った。
「行方不明ですか?」
ジョチさんが驚いて言うと、
「おいちょっとそこの二人、お聞きしたいことがあるんだが、時間はあるかな?」
と、部屋の中から一人の刑事と、華岡保夫警視が出てきて、ジョチさんと杉ちゃんに言った。
「華岡さんそこの二人という言い方はやめましょうね。僕達はものではないんですからね。ちゃんと名前で言ってくださいませ。」
人権派のジョチさんがそう言うと、
「ああ、すまんすまん。実は、子供の遺体の近くに、こんなメモ書きが落ちていてね。おい、ちょっと見せてくれ。」
華岡が言うと、部下の刑事が、一枚の紙切れを差し出した。製鉄所の電話番号が記されていた。
「それで、ふたりとも、加藤正隆という少年を知らないだろうか。田子の浦小学校の一年生。」
「いえ、そのような名前はあいにく聞いたことがありません。」
ジョチさんは、そういった。
「それでは、二人の施設、なんか言いにくい名前の施設だが、そこに加藤という人物が在籍していたことは?」
「はい。最近ですと加藤史さんと言う女性が在籍していました。」
ジョチさんは正直に答えた。
「そうだけど、加藤史さんが、息子さんがいたということは聞いたことはなかったな。」
杉ちゃんがすぐに言う。
「確か、彼女は僕らのところに来たときは、一人暮らしだったと思います。」
「そんなやつがどうして息子さんを作ったんだ?女郎さんでもやっていたのかなあ?」
杉ちゃんとジョチさんは顔を見合わせた。
「じゃあ、ちょっとその加藤史という女性が、どんな女性だったか、聞かせてくれないか。製鉄所での態度や、性格や、考え方のくせがあったとか。」
華岡がそう言うと、部下の刑事が手帳を出して、メモを取り始めた。流石にメディアの苦手な華岡は、部下の刑事たちにタブレットでメモを取ることを禁止していた。
「はい、加藤史さんがこちらに来ましたのは、去年の夏頃だと思います。その時は、親から少し離れたくて、こちらの施設を利用したいと言って、製鉄所で過ごしておりました。」
ジョチさんは、あるがままの事を言った。
「それで、加藤史は何をして過ごしていたかな?」
華岡が聞くと、
「はい。和歌を作るのが得意な人で、よく、ノートに思いついては和歌を書いていたようです。ただ僕はあまりそのようなことには関心がなかったので、彼女の相手をしていたのは、水穂さんだった気がします。」
と、ジョチさんは答えた。
「和歌ねえ。そんなので自分の気持ちを書くような人間が、なんで子供を放置して熱中症で死亡させるんだろ。あーあ、人間ってわからんなあ。」
華岡が頭をかじった。
「そうかも知れないけど、そういうことしか逆に気持ちを表現できなかったということはできないか?例えば、ショパンだって、あんなきれいな曲作るけどさ、口はうまくなかったそうじゃないか。」
と、杉ちゃんが言った。
「そうですね。確かに、ショパンが口が上手い人であったら、革命のエチュードも生まれなかったと思います。そういうわけですから、彼女は内気な人間で、自分の事を表現することが苦手だなと思わせるところはありました。思春期に進路を巡って親御さんとトラブルになったこともあり、それ以上、親は頼れないと話していたこともありました。ですが、男性に頼るということはほとんどしませんでした。」
ジョチさんは、そう華岡に言った。華岡は、部下の刑事にメモを取らせると、
「じゃあ、彼女、加藤史は、子供がいて、そのことで悩んでいたという態度は一切とらなかったわけだね。」
と、ジョチさんに言った。
「ええ。正隆という息子がいたことは僕も全く知りませんでした。」
ジョチさんがそう言うと、
「結婚していたことだって知らなかったよな。」
と、杉ちゃんが言った。
「わかりました、じゃあ、加藤史の夫のことは、これから調べるから、とりあえず今の話、しっかりメモに書いておけよ。またな。」
と、華岡と部下の刑事は、捜査の現場に戻っていってしまった。杉ちゃんたちはせめてご協力ありがとうございましたぐらいいいなといいながら、製鉄所へ戻ろうとした。しかし、テレビカメラを持った記者たちが二人を取り囲み、加藤正隆くんに一言お願いしますと言って、レコーダーを二人の前に突き出してきた。
「よしてくださいよ。僕達は、知らなかったとしかいいようがありません。加藤史さんという女性が確かに僕らの施設を利用していたことはありましたが、その中で彼女は、息子がいるということ、挙げ句は結婚していたことだって、僕達に伝えておりませんでした。」
とジョチさんはそう言うと、大した答えじゃないなあと言って記者たちは散っていった。でも、その中に一人、女性の記者が残った。
「お前さん誰じゃい?」
杉ちゃんが言うと、
「石破と申します。石破瑠衣。岳南朝日新聞社で記者をしています。」
と女性は、名刺を差し出した。
「あいにく僕らは名刺を持っていないので。」
と、杉ちゃんたちが言うと、
「お渡しだけさせてください。実は私、精神関係についての記事を岳南朝日新聞に掲載しているのですが、今回も、そのことで、取材をさせていただきたくて。」
と石破瑠衣さんは言った。
「いや、お前さんみたいに、野次馬な連中はお断りだ。製鉄所には、重い過去を背負って来ているやつもいる。それに、加藤史さんだって、息子さんがいたことを明らかにしないのは、重大なわけがあったと考えられる。それをお前さんみたいなやつに、記事にさせるわけにはいかん。」
杉ちゃんがそういうと、
「ええ、福祉関係の方はそういうんですけど、私は、今回の事件が起きたのも、そういう態度が原因だったと思うんです。そうやってそっとしておこうとか、かくしておいてあげようとか、そういうふうにしてしまうから、今回のような、子供が犠牲になる事件が起きてしまうのではないでしょうか。もし、一般の人が、口に出して言うのが難しかったら、あたしたちみたいな新聞記者が伝えていくべきじゃないかって、あたしは思うんですよ。」
と、瑠衣さんは答えた。
「なるほど、しっかり考えを持っていて、珍しいタイプの方ですね。」
ジョチさんがそういうと、
「そういうわけですから、お二人の施設である、製鉄所を取材させてもらえませんか?」
瑠衣さんは本音を切り出した。
「ええ、構いませんよ。ただ条件がございまして、絶対に飾る言葉で盛り上げた記事は書かないでください。あなたがたの過剰な報道で、気分を悪くしている利用者はたくさんいますからね。それを守っていただけたら、取材を許可しましょう。」
ジョチさんがそう言うと、
「ありがとうございます。」
瑠衣さんは頭を下げた。杉ちゃんが、暑いし、仲間が増えたから、タクシー使うかと言って、スマートフォンで介護タクシーを呼び出し、三人はそれを言って、製鉄所へ戻った。
製鉄所へ戻ると、瑠衣さんは、利用者一人ひとりに名刺を渡して、利用者たちになぜここに来たのかや、この施設に来て楽しいかなどインタビューし始めた。利用者たちは、ちょっと警戒もしたけれど、瑠衣さんが、にこやかに話しかけてくれるので、製鉄所へ来るようになった経緯を話し始めた。ある人は、通信制高校に行くことになったが、一緒に勉強する仲間がほしいと言った。またある人は、家庭の事情で家事をしなければならないので、働きに行けないが、休む場が欲しいので来ていると言った。みんなそういうふうに事情があってこの製鉄所を利用している。製鉄所では、勉強をしている利用者もいるし、シール貼りの内職のような仕事をしている人もいる。変わったところでは、ウェブサイトに出すための原稿を書いているという利用者もいた。瑠衣さんは、彼女たちにインタビューして、ノートに彼女たちの事情をまとめた。
水穂さんの世話をするために来訪していた今西由紀子は、瑠衣さんがそうやって取材をしているのを警戒していた。もし、瑠衣さんが、水穂さんの事を知ってしまったらどうなるだろう。そうなったら、この施設が新平民を利用させているという悪い評判を書かれてしまうに違いない。それだけはどうしても避けたかったのである。
瑠衣さんが、利用者たちと、製鉄所の良いところや改善点などを聞いて回っているところ、ガラッと玄関の開く音がした。食堂のテーブルの上でおやつを食べていた二匹の歩けないフェレットも、警戒する声をあげた。
誰だろうと思って、由紀子と杉ちゃんが、玄関先に出た。すると、そこにいたのは、紛れもなく加藤史さんだった。
「ど、どうしたんだよ!」
杉ちゃんが驚いてそういうと、
「磯野水穂さんはいますか?」
と、史さんは言った。史さんの体は体中汗だらけで、髪もぐちゃぐちゃであり、それがどこか色っぽく見え、遊女だなと言うのを感じさせた。
「それがなんだって言うの!」
由紀子がすぐ言うと、
「お願い、水穂さんを出して。今日、あの子始末してきた。これでもう邪魔をする人はいないわ。それであれば、いつでも逃げられる。」
史さんは理由のわからないことを言った。
「はあ、今日あの子を始末してきたっていうことは、やっぱり正隆くんのことを殺害するつもりだったんだね。生憎だが、彼の遺体は警察に運ばれていった。お前さんが殺ったって、すぐ警察は察しがつくさ。すぐにこっちにも来る。」
と、杉ちゃんがそう言うと、
「なんで。そうなる前に私逃げるのよ。それで、今度こそ本当に好きな人といっしょになるの。」
史さんはそう言っている。
「バーカ。そんなことできるわけないさ。お前さんの足抜けは、成功しないよ。きっとそのうち、警察が来るだろうね。だって、正隆くんの遺体のそばに、ここの電話番号示したメモ用紙があったんだって。そこから必ず足がついて、足抜けした遊女はすぐに捕まって、投げ込み寺行きさ。」
と、杉ちゃんがでかい声で言うと、襖が開いている音がして、誰かが出てきた。誰かと思ったら水穂さんだ。由紀子は水穂さんに出てきちゃだめといったが、水穂さんは、聞かなかった。
「ああ、水穂さん。来てくれたのね。あたし、とうとうやり遂げることはできたのよ。あの子はもういないの。あたしのことを一番わかってくれたのは水穂さんだったでしょう。あたしが、支援センターに相談しても、気持ちをわかってくれなかったのに、水穂さんだけがそれが辛いねって言ってくれたもんね。だから、あたしは水穂さんのことが一番好きなの。だから、ここから逃げて、私とどこかへ行きましょう。そうすれば、もう垣根の中でくらす必要もないのよ!」
史さんはとてもうれしそうに言っていた。
「つまり、足抜けしたかったんか。お前さんにしてみたら、この世界がまるで郭みたいに見えるんだね。それで、正隆くんがじゃまになって彼を殺害し、足抜けを試みたわけか。まあ、位の低い女郎のやりそうなことだ。だけど、それは法律違反だよ。お前さんのしたことは、郭のなかだろうがなんだろうが、悪事であることは確かなんだ。だから、ちゃんと警察に捕まえてもらって、精神鑑定だってちゃんとしてもらって、それでお前さんに適した懲罰を決めてもらえ!」
こういう女性と対等に話せるのは杉ちゃんだけだった。他のみんなは、理由のわからない言葉のようにしか伝わらないのだ。由紀子は、史さんの事を、何がなんだかわからないという顔で見ているし、水穂さんは、可哀想な人だと言う顔をしている。
「あたしのこと、悪くないって言ってくれたのは水穂さんだった。みんな、あたしの事をだめな親だとか、そういうことしか言わなかった。あたしが正隆が言うことを聞かないので、なんとかしてほしいと言っても、その程度のことで相談に来るのかとか、他のお母さんはもっと辛いことで悩んでいるよとか、そういうことしか言わなかった。それでは何も答えになっていなかった。市役所とか、支援センターとか、そういうところに手当たり次第に言ったけど、皆返ってくるのは同じ答えだったわ。水穂さんだけが、あたしの事を、悪くないって言ってくれたじゃない。本当に優しいのは水穂さんなのよ。市役所も、支援センターも、みんな教えてくれなかったのよ。だからあたしには、水穂さんのことが必要なの、ずっと一緒にいたいの!」
「はあ、それでは、正隆くんは、邪魔な存在になっちまったんかな?誰でも、産んだときにすごい苦労をすると思うんだけど、それは感動しなかったか?」
杉ちゃんがでかい声で言うと、
「そんなことするもんですか。感動しちゃいけないって、言われてたのよ。これからが、大変だから産んだときの苦しみはもう忘れろって言われたの。」
と史さんは答えるのである。
「僕ら男には、どんなに頑張っても感動できないことなのに、それを忘れるのもどうかと思うけどね。まあ、とにかくだな。警察に電話して、足抜けした女郎を捕まえてくれと、頼んでみるか。」
杉ちゃんがそう言うと、瑠衣さんが、そこへやってきた。持っていたノートには、先程史さんが発言した内容がびっしり書かれていた。
「今のこと、新聞に記載させてもらってもいいかしら。あなたの名前は出さないけど、正隆くんを殺害した人物とは出させてもらうわ。」
「しかしこれは、あまりにも個人的すぎることなので、掲載しないほうがいいのではないでしょうか?」
水穂さんがそう彼女に言った。由紀子は、水穂さんの来ている着物のことが瑠衣さんにバレてしまったらどうしようと考えていたのであるが、
「いえ、掲載したほうが良いと思うの。あたしはね、新聞や、テレビのすごいところは、二度と同じ事を繰り返さないようにって感じさせることができることだと思うのね。もっと言えば、テレビは放送したときしか感動できないけど、新聞は、取っておくことができて、いつまでも保管して置けることもすごいことだと思うのよ。だから、善でも悪でも大事なことはちゃんと記事にしておきたい。加藤史さんだったわね。あなたが、正隆くんを、邪魔者だと思って殺害したのは事実なのね?」
瑠衣さんは、そう史さんに尋ねた。加藤史さんは、ハイと頷いた。
「じゃあ動機は、水穂さんと一緒に、駆け落ちするためだったの?」
瑠衣さんが聞くと、
「動機ってなんですか?」
と史さんは言った。本当に知らないという顔だ。由紀子は学校で何をしてきたんだと言う顔をした。
「ええ、強いて言えば、正隆くんを殺害した理由かな。」
瑠衣さんが聞くと、史さんはもちろんそのつもりだといった。
「さっきも言ったけど、水穂さんだけが私のことわかってくれた。誰も私のつらい気持ちをわかってくれなかったから、水穂さんとずっと居たいと思った。そのためには正隆はうるさいし、邪魔だった。」
瑠衣さんは、その言葉をノートにしっかり書き記した。
「じゃあ、史さんの生い立ちを聞かせてもらうわ。学歴とか、職歴とか、あと、親御さんにどんなふうに育てられたかとか。」
「ええ。高校には行ってないわよ。中学校出てから、すぐソープで働いてたから。うちは、どんな家庭だったんでしょうね。母と、おばあちゃんと私とで生活していたけど、おばあちゃんが私を、食べ物屋の後継者にしたくて、母といつも喧嘩してて、気の休まる場所なんてなかった。だから、あたしは、こんな家早く出たいと思った。でも、本当に好きな人は、水穂さん、あなただけよ。今まで、いろんな男と相手にしてきたけど、それはあくまでもあたしの仕事として。」
「なるほどねえ。まあ、典型的な女郎さんだったわけか。そういうことなら、正隆くんの事を鬱陶しいって思ってもしょうがないわな。でもさ、考えてみてくれ。正隆くんだって、これからいろんな楽しいことがあって、好きなことに打ち込んで幸せになれるかもしれないんだよ。それを、お前さんは、全部盗っちまったってわけだ。これ、どう思うかな?」
杉ちゃんがそう言うと、
「そんなのどうでも良いじゃないですか。あの子のことを、すごく良いように皆さんいいますけどね、口を開けば反抗するし、言うことは聞かないし、何もいいことないわよ!だから私は、水穂さんのような人と一緒にいたいんじゃないの!」
と、史さんは言った。それと同時に疲れ果てた水穂さんが、床に座り込んでしまう。由紀子がすぐに、水穂さんのそばへ駆け寄ったが、水穂さんは、それを無視して、
「史さんのような、」
と言いかけて、床に崩れ落ちた。由紀子はもう暑いから、部屋へ戻ったほうが良いと水穂さんに言った。由紀子に背負ってもらいながら、水穂さんは部屋に戻っていくのを、瑠衣さんは、じっと見ていた。杉ちゃんの方は、警察に電話するかと言って、スマートフォンでかけ始めた。史さんは、もう逃亡する気はないようであった。瑠衣さんは、記事にするため史さんの発言をまとめていたが、
「記者さん、あたしのことは書いてもいいけど、水穂さんのことは絶対に書かないであげてね。水穂さんは、ただでさえ大変だったんだからね。水穂さんは銘仙の着物しか着れないのよ。」
と、史さんに言われてびっくりしてしまった。でも、意味を理解した瑠衣さんは、にこやかに笑って、こういうのだった。
「黙ってるわ。そういう身分だったことは誰にもいいません。」
インタビュー 増田朋美 @masubuchi4996
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