青い夢
@Hafuman
君と 青と グラスと
毎夜僕は君と会う。君と会うのは決まっておなじ青い部屋。君はいつも澄んだ青のワンピースを着て、その白い手で群青色のグラスを傾ける。そんな君を青色の椅子が支え、青い机が君の本を預かっている。僕はそんな君を藍色のソファに座りながら眺めてる。じっと見つめ合う君と僕の間にあるのは、完璧なまでに青い空間があった。机の上に置かれた空色のラディオから流れるエラ・フィッツジェラルドの「マイ・ファニー・バレンタイン」がこの青をより完璧で濃密なものに仕上げている。ふとした時に君の手からこぼれ落ちる群青のグラス。地面にぶつかり弾ける音が君との時間の終わりを告げる。これが僕の青い夢、いつもと同じ青い夢。
目を開けるとそこは朝日が照らす僕の部屋。夏らしい8月の湿気がむんむん押し寄せてくる。ここは築36年のボロアパートだ。太陽の光から逃げるように僕は寝室の扉を開けた。君はまだぼんやりと僕の中にいる。ダイニングへ行き戸棚を開けてインスタントコーヒーを淹れる。色も味も薄いコーヒーだ。何度飲んでも慣れることのない不味いコーヒーだ。だがこの不味さがどこか遠いところにいる僕の心を引き戻す。僕の意識は冴え渡り、今日という一日が始まる。ここで君は僕の中からどこか遠い別の場所へ行ってしまう。洗面所へ行き凍りついた湖のように濁った鏡を見ながら顔を洗い、歯を磨く。そろそろ寿命を迎えそうなクロゼットからクリーニングに出したばかりのスーツを取り出す。この部屋の中では不自然なほど白いワイシャツを着て、この部屋の中に溶け込んでしまいそうな黒いズボンを履く。靴箱にから出した磨いたばかりの黒光りする靴を履き駅まで15分ほどの道を歩いて行く。いつもと変わらない景色の中を進んでゆき、いつもと同じ駅のいつもと同じ改札を抜け、いつもと変わらない電車に乗った。
「また会えたね」そんな声が聞こえた気がして振り向くと、いつもと違って君がいた。その瞬間、自分を除く全ての物が、急激に遅くなってしまうような感覚が僕を襲った。しかし、すぐに僕は人の波に押し流され、君を見失ってしまった。君は僕の夢の中にしか存在はしないはずだ、などと考えていたら僕が降りる駅に着いた。僕は電車から降り、そのまま深海の中で締め付けられながら揺られるような気持ちになったが、そのまま僕は会社へ向かった。会社に着き自分の席に着いても頭の中には君のことしか浮かんでこない。
そのような状態のまま頭が働くはずもなく仕事に手が着かなかった。
「どうした、体調が悪いのか?」そんなぼくの様子を見て上司が心配をし、聞いてきた。
「いえ大丈夫です」口ではそういいつつも、まるで心がどこか遠くの雲の檻に閉じ込められたかのように、今目の前で何が起きているのかさえ、考えられなかった。
「もう帰っていいぞ。そもそも今はそこまで忙しい時期じゃあ無いしな、お前一人の仕事くらい俺がやっておいてやるよ。一旦今日はゆっくり休め」特に断る理由も見つからず僕は上司の好意に甘えることにした。
会社から駅までの数分間ぼくは君のことを考えていた。決して大きくは無いけど、左右のバランスの取れたどんぐりのような目、小ぶりだか形の整った鼻、細く小さな口は、だがしっかりと存在感を放っていた。君の顔はまるでモナ・リザのように一切の無駄な部分が存在せず、必要なものだけがただそこに完璧なバランスを保っていた。そんな君にふさわしい青いワンピース。僕には、まるで君という存在そのものが1粒の宝石であるかのように輝いて見えた。もしかすると僕は恋をしていたのかもしれない。人の習慣とはまったくすごいもので、君のことを考えているうちに僕は改札をぬけ駅のホームの上にいた。間もなくして電車が駅に着き僕はその中へ入っていった。僕は普段電車の中では何もせずただ車窓から流れる景色を眺めている。幸い平日の昼間に電車に乗る人は少ないようで僕は椅子の横にもたれかかり外を見ようと顔を上げた。しかしそこには外の景色よりも見慣れた青のワンピースがあった。僕は引き寄せられるように君に近づき、思わず肩を軽くたたき声をかけた。
(また会えたね)僕が口を開く前に、君が口を開いた
「あなた、だぁれ?」その顔は僅かに強ばっていた。
「前に君に会ったことがある気がするのだけれども・・・」実際、僕は毎晩君とあっている。あの青い部屋の中で。
「うふふ、もしかして私の事口説いてるの?」君の顔は花が咲くように明るい笑顔になった。
「いやぁ、そういうわけじゃ、、」僕は、君をこれまで何度も何度も見てきた。親しみすらも覚えていたのに、君は僕を知らない。その奇妙な感覚に僕は軽い頭痛を覚えた。
「大丈夫?顔色悪いわよ?」そんな僕を見て君は心配そうに聞いてきた。
「この近くにとっても雰囲気のいいお店があるのだけどそこで休んでいかない?」僕は君に連れられ静かな雰囲気のカフェテリアに行った。そこは都会の目まぐるしく流れる時間の中でひっそりと、ただ静かに存在していた。
「ここは私のお気に入りの場所なの」とても嬉しそうな顔で話す君。僕達は時のその止まった建物の中に入り、隅っこの椅子に腰をかけた。僕はコーヒーを君はアイスティーを頼み、少しの間それぞれの飲み物を楽しんだ。
「ねぇ」と君は口を開いた
「さっき私に会ったことがある気がするて言ってたけどそれってどういう意味だったの?」ぼくは一瞬の間を開けて夢の話をした。君と僕が見つめ合う青い夢の話を
「どうだい 奇妙な話だろう」僕は少し大げさに身振りをしてみせる。
「いいえ とっても素敵な話じゃない。まるで運命の出会いみたいで私は好きよ」君は嬉しそうな顔をして答えてくれた。
「今度は君について知りたいな」彼女のアイスティーに入っていた氷がカラリと音を立てて溶けた。
「別に特別面白い話はないわよ」といいながら君は色々なことを教えてくれた。図書館で働いていること。本が好きなこと。つい2週間前まで彼氏がいたが浮気され別れたこと、親と喧嘩をして東京にでてきたこと。それから僕と君は色々な話をした。好きな本のこと、最近仕事で何があったか、学生時代の思い出などを。
「お客さん もう閉店です」気づくと時計の針は6時を指していた。休めと言われて帰ってきたのに思わず長居をしてしまった。
「それじゃあ そろそろ帰るよ」と僕が言うと君は
「次はいつ会える?」と聞いてきた。それからお互いの電話番号を交換して帰路に着いた。
その夜僕は君を想い夢の中へ落ちていった。青い 青い 夢の中に
青い夢 @Hafuman
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