時間逆行系人生やり直しラブコメ ※ただし俺以外。

揚羽常時

俺以外全員時間逆行


 学校があれば放課後がある。そりゃ昼があれば夜があるんだから、登校すればいつかは放課後になる。


「…………」


 いわゆるオタク気質の陰キャな俺は、文芸部に所属していて部長と二人運営していた。友人関係は壊滅的じゃない。クラスには二人の知人がいる。山森と海川。前者が男子で後者が女子。


「じゃあな。平野」


「また明日ね、平野」


 ちなみに平野というのが俺の名だ。山森と海川に続いて苗字が平野と来たもんだから何かしらの運命を感じなくもない。その山森と海川は付き合っている。あれで結構ラブラブで、俺は二人の惚気にちょくちょくつき合わされたりしているのだ。


「今日のデートどこ行く?」


「スタッブでよくね。新しいラテ出すっぽいし」


 放課後に恋人とスタッブか。いい御身分の二人だ。そのまま爆発してしまえ。とか言いつつも二人を祝福している辺り、俺も悪人にはなれそうもない。


「ご機嫌そうだね?」


 腕を組んでバカップルぶりを見せつけながら去っていく友人二人に十字を切って、そのまま文芸部へ。そうして部室で本を読んでいると部長の唐澤が俺の方を見た。文芸部と言っても狭い部室棟にある一部屋で、本棚に並んでいるのは時代を感じさせるラインナップ。俺はそこで一冊読んでいて、部長はパソコンとにらめっこ。


「友人の恋が鮮烈でして」


 ご機嫌の理由には弱いかもしれないがまごうことなき本音だ。


「恋……か」


 パソコンのキーボードをカタカタ打ちながら、その生物特有の文化に思いをはせる唐澤部長。たしかパソコンは職員室のモデルを一新するから、旧式でよければ譲りましょうという提案の元、そのうちの一機が文芸部に提供されたものだ。型は古いが時代遅れではなく、電源ボタンを押せば十秒くらいでデスクトップ画面が表示される。


「君は恋をしたことはあるかね?」


 文学者志望にしては平坦な言葉だ。俺は下校している美少女を見てため息をついた。高天原なる名前の美少女は、この学校のトップで高嶺の花である。


 対照的なのが目の前の部長。少し大時代的な唐澤部長の言葉遣いにももうすでに慣れている俺がいる。


 彼女はあまり手入れのされていない黒髪を三つ編みのおさげにして、太いフレームの眼鏡をかけている。例えるなら文学少女だが、さほどロマンのある存在でもない。陰キャの俺には言われたくないだろうが、まぁ芋というかモブというか。磨けば光る逸材だが、セクハラなので俺から「化粧をすれば?」とかは言いづらい。


「恋ねぇ」


 憧れの感情を他者に向けたことがそう無い。オリンピック選手もアイドルも政治家も、憧れるかと言われると中々ね。SNSが支配している昨今の社会情勢的に考えると、名が売れるということはファンから監視されることに他ならない。


「好きな人はいないのかい?」


「生憎と」


 誤魔化してわけでもなく、そう言って。俺はその日の部活動を終えた。







     ***







「くあ……」


 そして次の日。テレビのニュースを見ていると頭のおかしい放送がされていた。


『国民の皆様にはご承知のことと思われますが今は二千二十五年です』


 朝飯を食いつつテレビを見ていると、


『確かに時間が巻き戻っています。どうかこのことを厳重に受け止め、安易な暴走を戒めること切に……』


「何を言ってるんだ?」


 あまり裕福でもない我が家はアパートの一室を陣取っており、ネットやゲームなどは一切ない。辛うじて家庭を支えている母親が、超低額プランで最低限のスマホを使っている程度。なのでスマホを持っていない俺はネットに触れること能わず。だがニュース番組を見ていると、そのどれもが「時間逆行がどうの」「未来の日本がどうの」「我々は一致団結せねばならいのどうの」という文言であふれていた。今日はエイプリルフールじゃないよな、とか思いつつ日本のマスメディアも落ちるところまで落ちたかと十字を切る。


 そもそも時間が逆行してたまるか。過去の宇宙の情報がどこに大事に記録されているというのだ。過去の哲学者はこう言っている。


「同じ川には二度入れない」


 流れ流れている時間にも同じことが言えるだろう。マスメディアが電波ジャックしてまでドッキリを仕掛けたい相手とはいったい何だろう? 俺じゃないよな?


 そんなことを思いつつ、高校に通う。貧困層なので近くの公立高校に通っている俺だった。通学に電車とか使えばロマンがあるのだろうが、自転車圏内の学校しか通えないという経済制約があったのだ。


 周りを見ていると周囲がざわついている。俺には何が変わっている校舎にも見えないのだが、生徒たちが浮ついている。というか困惑している。何が起きているのか悩みつつ教室に入る。クラスメイトたちもどこか怯えているような空気で、それがいったい何に起因しているのか。


「よ。山森」


「おう。平野か。久しぶり」


 久しぶり? 昨日会ったよな? 言葉の利用の謎について俺が悩んで、そうして海川を見ると女子と会話していた。いつもなら朝からラブラブイチャついているはずの二人が離れていることに違和感。山森に聞いてみる。


「喧嘩したのか?」


「離婚した」


 そもそも結婚していたのか。ついでに昨日まで愛し合っていたのに次の日に離婚って。


「結婚してたのか?」


「お前も式に来てたろうが」


 んなわけねー。学生婚で、なんで俺が出席を。しないとは言えないが、そもそもそんなことをしていれば忘れるはずないだろ。


「もう最悪だった。あんな奴を嫁にもらった過去の自分を殴りたい……って言ったら俺が自分を殴る羽目になるのか。俺が稼いでいるのに小遣い制で月二万って信じられるか? そのくせ自分はブランドの服やバッグ買ってんるんだぜ?」


 さっきから何言ってんだこいつ。空を飛べる薬でもキメているのか?


「時間が逆行してよかったよ。今度はもっとマシな女を嫁にする」


 時間……逆行……。


「何か驚いているな?」


 俺が呆然としていると、疑惑で山森が俺を見る。


「いや、なんでも……」


 とりあえず場の空気を読んで事なきを得る。


 ホームルーム。そこで俺は決定的な事実を突き付けられた。教師が時間逆行に触れて、「お前らの卒業を見送ったのになぁ」とか言い出したのだ。それに対して正気を疑っているのは俺だけらしく。


「またよろしくお願いしま~す」

「先生久しぶり」

「また労働者に巻き戻りっすね」


 などなど。まるで口裏合わせのように反応している。まさに狂気の坩堝だが、俺がツッコむべきか悩んでいると、そのまま時間は過ぎ去り昼休みへ。


「なぁ海川」


 さすがにここまで来て俺だけ例外という時間逆行について認めないわけにもいかず。確認のために海川に話しかける。陰キャの俺とも仲のいい女子で、ついでに山森の恋人。


「山森とは……その……」


「ああ、あの男……」


 まるで熱が冷めているとでも言いたげに吐き捨てる。


「何があった、とか聞いていいのか?」


「前にも……というか未来で言ったでしょ。浮気していたのよあいつ。信じられる?」


 信じられないと言いたかったが、それは海川に相槌を打つために、という理由ではなかった。


 つまりガチかよ。周囲のざわめきに耳をすませば、未来のことを語っており。未来の就職がどうの。家庭がどうの。アニメがどうの。株価がどうの。つまり、だ。俺以外の人間が時間逆行している? 俺だけが取り残されている?


「やあ。平野くん」


 放課後。俺がすがる思いで部室を訪ねると、そこには唐澤部長が。だが芋っぽい文学少女はいなかった。三つ編みを止めてロングヘア、眼鏡も外している。さすがに昨日の今日で印象が反転したわけではないが、それでも文学少女としての彼女はどこにもいなかった。つまり。


「時間逆行か」


「オールライト。君も知っての通り、我々日本人は全員時間逆行を起こしたのだ。人生のやり直し。つまり私は文学少女を止めることにした」


「文学者デビューはしないんですか?」


 言われんでもわかる気はするが、あえて尋ねる。


「才能が無いからな! 諦めることにした!」


 なるほど。起こりうる未来を知って挫折したわけだ。


「なわけで就職先を探しているわけだが」


 未来の記憶があるならそこそこ有利じゃないか? 少なくとも俺より。っていうか日本全国の学生が一部例外を除いて社会人経験があるってことだよな? ズルくないかソレ。親を病気で失った人間は対応が分かるし、結婚生活に限界を感じれば元の嫁とは出会わなければいい。ブラック企業に勤めていれば就職先をあらためて、負債は最初から抱えなければいい。犯罪歴だって綺麗さっぱりなのだ。


「だから、だ。平野くん。私と清いお付き合いをしないか? この際君に永久就職したい」


 なんで?


「君には未来でお世話になった。デビューできない私を養ってもらった。結果ぺんぺん草も残らない人生だったが、それも過去の事。私は夢を諦めて君のお嫁さんになりたい」


 俺はそのことをおぼえていないのだが。


「付き合うってことで?」


「結婚を前提にな」


 早まっている気がしないでもない。


「ていうか未来が分かるなら宝くじでも買ったらどうです?」


「同じ番号を企業が発表するはずもないだろう」


 そりゃそうだ。宝くじの運営会社も時間逆行してるんだよな。


「今から二十年後に日本は大改革が起きる。そのことを私たちは覚悟せねばならぬのだよ」


 戦争でも起きそうだ。


「私も可愛い女の子になるので確保してくれないか?」


「付き合うのはいいが……」


「え? いいのかい?」


 なんで断られる前提なんだよ。


「だって君には……」


 嫁になる女子がいるだろう、ということらしい。誰の事を指しているのか。そもそも陰キャだぞ。そんなことを思っていると。


「平野様!」


 文芸部の部室に新たなる御仁が現れた。綺麗なシルクのような髪の少女。まるで世界そのものに愛されているかのような彼女は。


「高天原?」


 この学校一の才媛。高天原だった。


「平野様! 成し遂げたのですね! 時間逆行を理論的にご証明なさったのですね!」


 財閥の令嬢。文武両道。趣味多芸で、恋人はいなかったはず。超優良物件だ。


「えーと。何を仰っているので?」


 もうこの際時間逆行にはツッコまないとして。だがまるで立役者が俺みたいに言う高天原。


「パラドクスエネルギーの実用化と、それによる時間逆行。すべて平野様の偉業ではありませんか」


 言うほど何もしてないぞ。あるいは未来の俺が何かしたのか?


「うーむ」


「高天原家は平野様を歓迎しますわ。これから一緒に日本を盛り立てていきましょう!」


 何があったんだ、未来の日本。


「ではデートしましょうね。わたくしは平野様とデートしたいですわ」


「部長。助けて……」


「あら、唐澤さん。ごきげんよう」


「やはり平野くんを持っていくのかい?」


「彼は護国の光ですもの。高天原家が保護しなければいけないでしょう?」


「平野君は納得しているのかい?」


 してるわけねーだろ。


「そのパラドクスエネルギーって何だ?」


「粒子と粒子の間にある不規則さを支配する空間飽和エネルギーで……っていうか平野様が証明なされたではないですか」


「憶えてない」


「……へ?」


「俺には時間逆行の記憶が無い」


「そうなのかい?」


「そうなのですか?」


「一人取り残された気分」


 っていうか俺は時間逆行には否定的なのだが。


「そもそも未来で何が起こるんだ」


「AIの反乱ですわ」


「アレはひどかったね」


 つまりAIによって日本が甚大な被害を被った、と。


「なのでコンピュータとの決戦に臨まなければいけないのですわ。平野様にはパラドクスエネルギーについて研究してほしかったのですが……」


 言ってる意味がさっぱりわからん


「思い出してくださいませ! 天才の名を欲しいままにしていた、かのミスターパラドクス様!」


「無理」


「そんなぁ」


「どっちかってーと理系脳だがさほど頭はよくないぞ」


「ではこれから勉強しましょう!」


「却下で」


「何故ですの?」


「唐澤部長とデートする」


「ッッッ!」


 高天原は戦慄した。


「唐澤さん」


「……ニコニコ笑顔で目が笑っていないって結構怖いね」


「わたくしの平野様に手を出さないでください!」


「選んだのは平野くんだよ?」


「わたくしよりちょっとおっぱい大きいからって……ッ」


「平野くん。揉みたいかい?」


 やっていいならな。


「とにかくJMWを乗り越えるには大天才平野様の知識が必要なのですわ!」


「だから何も覚えていないんだって」


 ちなみにJMWはジャパンマシンウォーの略称で、日本が機械と戦争したらしい。


「平野くん?」


「平野様?」


 未来の俺が何をしたのか知らないが、なんで俺は二人のヒロインから迫られているんだろうな? そうしてやいのやいのと放課後の学校を帰っていると、


「ひーらーのーさんッ!」


 また別の女子が現れた。茶髪のパーマをかけたハデハデの女子で、胸の大きさが天元突破。しかもあまりに美少女過ぎて目が焼かれそうな御仁。


「あ、有栖川……?」


 有栖川。それはネットで有名なアイドルだ。フォロワーは云十万というインフルエンサーで、もはや成功したアイドルと言っても過言ではないが、そもそもなぜここに? ていうか平野さんって俺の事か?


「えへへ、会いに来ちゃった」


「有栖川と知り合いなのかい」


「まさか」


 そもそもうちにはネット環境が無いので、学校のパソコンを使ってどうにかのレベルだ。もちろんネットアイドルなど詳しくはない。だが有栖川さんはテレビに出るほど人気だったので辛うじて知っている。


「ラブラブしようね。平野さん」


 俺にギュッと抱き着いて、ネットアイドルが意味不明なことをほざく。


「ひーらーのーくーんー?」


 で、俺の耳を引っ張る唐澤部長。


「君は有栖川を篭絡していたのかい?」


 だから知らないって。そもそも未来の記憶なんて持っていないんだから。


「そういうあなたは誰?」


 俺の耳を引っ張っている唐澤部長に誰何する有栖川さん。どこか不機嫌そうで、俺の背中に冷や汗が流れる。


「彼の恋人だよ」


「本当? ダーリン……」


 誰がダーリンだ。


「私と愛を誓ったじゃん」


 申し訳ないながら憶えてねーんだよ。


「ねえ。平野くん。私に恩返しさせてくれ」


 俺の腕に抱き着いて、唐澤部長が囁く。


「平野様? わたくしのお家に嫁がれれば、この先一生勝ち組ですわよ?」


 高天原が耳に息を吹きかけて堕落させてくる。


「平野さん。またあの時のように愛し合いましょうね?」


 アイドルの有栖川が、俺の胸元に飛び込んで甘くトロトロに睦言を言う。


「えーと」


 俺が返答に困っていると、


「平野くん」「平野様」「平野さん」


「「「私のモノだよね?」」」


 だから俺は時間逆行してないんだって。

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