日記
秋落
憧“景” 25/6/18
薄白く眩しい空色を背景に、青々とした木々が影絵のように浮いている。講堂の大きな窓にはそれだけがいっぱいに映り、謙虚ながらも堂々と立つ幹の威風はさながらテラリウムのようで、よもぎ色と新緑を裏から透かした色彩はさながら風景画のようだった。
しかしテラリウムにしてはあまりに自由で、風景画にしては光の表現があまりに達者で、実物なのは間違いなかった。
「西洋における悪魔という存在は…」
正面に目を戻せば、照明が消され薄暗い講堂の中、黒板の前に垂れ下がるスクリーンに、対辺が平行でかつ4つの内角が全て直角なプロジェクターの光が寂寥といった雰囲気でぼんやりと浮いていた。
「…だから山羊は悪魔とされているわけですね…」
こんどは窓と反対に目を向けると、壁に貼られた有孔ボードが黙って講義を聞いている。何か面白い暇つぶしはないかと見つめても、彼らはロマンを語るでも冗談を飛ばすでもなく無言で「前を向け」と圧力をかける。
肩をすくめて教壇に向き直ると、ふと目に留まる「禁煙」の張り紙。
それらは二枚あり、いずれも黒板を向いて左側、一方は扉の横、もう一方は掲示板の上部に張り付いている。
掲示板の高さは上下二段の黒板と同じ高さで、その最上部にあるのだからそれなりの高さであり、人の手が届くとは思えない。脚立などを使えば届くだろうが、大きな掲示板には他に掲示物があるわけでもなく、小さな「禁煙」を貼るためだけに脚立を持ち出したのかと想像するとなかなかに滑稽であり、しかし同時になぜそんな面倒なことをという困惑もある。
扉の横にある「禁煙」は頭の高さで、どうしてという困惑がなおのこと深まる。
あきらめて再三黒板を向くがどうしても講義が頭に入らず、とうとう視線が一巡してあの大きな窓に戻ってきた。
光と木々は相変わらずそこにあり、古くてつまらない講堂の硬いイスからはそれらがいっそう輝いて見えた。
しかし今日の気温は32℃。一見春のように穏やかに見える陽光はその実燃え盛る天の余波であり、外で生き生きとしているのはそれこそ木々くらいのものであり、猛暑の外より空調の効いた講堂のほうがよっぽど過ごしやすいという事実にむしろ窓の外の春のように穏やかな輝く景色への憧れが強まる一方だった。
とうとう暇つぶしが見つからず、いや暇つぶしを探すこの時間で暇が潰せたのではと腕時計をちらりと見ると四時間目は残り5分。これは長い5分になるぞと、長机の端で頬杖をついてまぶたを閉じた。
日記 秋落 @FallenAutumn
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