第40話 約束

教授の部屋を後にした二人は、集合場所へと向かう。

部屋を出てすぐの廊下は、他の生徒の姿もなく静まり返っていた。

二人の足音だけが響く。

二人の足取りは、先ほどの教授との濃密な時間を噛み締めるように、ゆっくりとしていた。


奏雨が歩きながら手話で尋ねた。


「最後に見せてもらった、オミって人に似ている知り合いがいるの?」


それは、教授の部屋の中では聞くことができなかった、さららへの純粋な疑問だった。

さららは、少し複雑そうにコクリと頷いた。


「うん。二回くらいしか会ったことのない人なんだけど……」

「二回だけ?よく覚えてるね。」

「会った場所が特殊だから。一回目は夢の中、二回目は文化祭。」


「文化祭」というワードが出た瞬間、二人の間に流れる空気が変わった。まるで時が止まったかのように、周囲の喧騒が遠のく。足がぴたりと止まる。あの日の衝動的な行動が、無言のまま二人を包み込んだ。


沈黙を破ったのはさららだった。彼女は、真剣な思いを込めて、切実に訴えかけるように手話を動かした。その瞳は、今にも涙がこぼれ落ちそうなほどに潤み、勇気を振り絞っているのが伝わってくる。


「色々、ちゃんと話したい。奏雨くんと。」


さららの潤んだ瞳に、奏雨は動揺し、まるで吸い込まれるような感覚に陥った。文化祭の日に衝動的に彼女を抱き締めてしまったこと、そしてさららへの自分の気持ちがまだ整理できていないこと。様々な思いが彼の胸を渦巻く。


「分かった。」

奏雨は、迷いを断ち切るように短く答えた。


「夏休み、どこかで会えたりする?」

さららが尋ねる。


「うん。いつにする?」

「よかったら、夏祭り一緒に行かない?」


思わぬ誘いに、奏雨は驚いて目を見開いた。夏祭りの賑やかさの中で、彼女と二人きりになることを想像する。戸惑いと、しかし受け入れたいという気持ち、そしてわずかな恥ずかしさが混じり合う。少しの間悩んだ後、奏雨は「分かった。時間とかまた後で連絡する。」と返事をした。


さららは、小さくため息をついた。それは、緊張からの解放と、まだ残るかすかな不安感からくるものだったが、その音は奏雨の耳に届くことはなかった。

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