第4話 左馬之介、転移す
空想時代小説
左馬之介は、一度実家にもどって謹慎をしていたが、別に見張りがいるわけではなく、新政府軍が仙台領に攻め込んでくるという話を聞いて、仲間とともに戦うべく角田の親戚筋の家に向かった。そこで不思議な夢を見たのである。
夢枕に亡くなった祖父が現れた。
「左馬之介、お主の子孫に日の本を代表する女性剣士がおる。その娘は侍になることを夢見ている。それで、お主の力でその娘に侍の世界を見せてやれ」
と言うのである。左馬之介は何のことかわからず、奇妙な夢としか思わなかった。
その晩、角田の道場で稽古があった。出陣前の最後の稽古である。そこで左馬之介は気を失った。外でカミナリがなった瞬間に倒れたのである。
左馬之介が目を覚ましたのは、現代のK市体育館であった。まわりに女子がやたら多い。そして左馬之介に
「千佳、大丈夫?」
と、聞いてくる。そこで
「拙者は左馬之介じゃ。千佳ではない」
と、答える。皆、怪訝な顔をしている。そこに、母親と名乗る者が現れて、無理やり左馬之介を連れていく。左馬之介は面と小手をはずしただけで、その母親についていくことになった。外にでると、四角い乗り物が待っている。後ろの扉が開けられ、そこに座らされた。母親は前の席に乗り、何やら操作をし、その乗り物を動かし始めた。左馬之介はじっと前を見ることしかできない。すると、中央に鏡があることに気づいた。そこで、自分の顔を見ると女子(おなご)の顔であった。もう心臓がとまるほどの驚きだ。自分の体ではない。そう考えると、体全体がやわらかい感じがする。本当はもっとやせていて、筋肉質だったはずだが、少しぷよぷよしている。そして、本来あるべきものがない。男ではなくなっている。頭の中が真っ白くなった。だが、大きな声はださなかった。「常に冷静沈着であれ」と、教えられているからだ。ただ、下を向いているだけだった。
そうしているうちに、乗り物が止まり、降りるようにうながされた。玄関にくると、表札があった。そこに「中嶋」とでている。それで、左馬之介ははたと思い出した。昨日見た夢のことである。亡くなった祖父の言葉で「子孫に日の本を代表する女性剣士がおる」と言われたのを思い出したのである。案内されるままに、おとなしく自分の部屋に入った。母親に「着替えが終わったら、シャワーをあびたら?」
と、言われたが、どこに着替えがあるのだろうか、と思ってあたりを見回すと、干してある稽古着と袴があったので、それに着替えた。下着に三角の布があったが、それは脱ぎ捨て、スッポンポンの上に袴をはいた。稽古の時はいつもそうである。だが、あるべきものがないので落ち込むしかなかった。
空色の布におおわれた寝台らしきものがあったので、そこに横たわる。なんかいい香りがする。そこに母親の声で
「千佳、シャワーは?」
と、いう声が聞こえる。黙っていると、そこに男が入ってきた。
「姉ちゃん、何やってるの? 稽古でだめだったからフテ寝しているのか? 母ちゃんに会いたくなかったら、部屋に鍵をかければいいじゃん。オレも時々やっているから。たまには反抗丸出しもいいんじゃない?」
と、鍵の閉め方を示して出ていった。左馬之介は人に会いたくないので、そのとおりにして部屋に鍵をかけた。
夜になり、左馬之介ははたと困った。尿意をがまんしきれなくなったのだ、それで、扉をあけ、下にいる母親に
「厠(かわや)はどこじゃ?」
と、尋ねた。
「厠? 何を言っているの、この子は? 江戸時代じゃないのよ。そこの扉にトイレって書いてあるでしょ」
と、いうのでカナ文字で書いてある扉をあけると、パッと灯りがついた。部屋もそうだが、人が動くと灯りがつく。行燈(あんどん)の明るさとはまるで違う。これが未来の世界かと思わされる。中に入ると、異様な便器がある。すると、ふたが自動であいた。中には泡がたまっている。どうやってするのかわからない。そういえば、幼き頃、女子(おなご)がしゃがんでいるのを垣間見たことがある。だが、ここは足をかけるところが極端にせまい。足を滑らしたら落ちてしまう。そこで向こうむきに座ってみる。何かおさまりが悪い。そこで反対向きに扉の方を向いて座ってみると、おさまりがいい。安心したせいか、勢いよく小水がでてきた。女子(おなご)の体は不思議なものだ。すると、目の前に紙の束があるのを見つけた。ふつうは厠には大きな葉があるが、これが未来の紙なのだろうか、それを引き出すと、どこまでも続いてくる。いい加減長すぎるので、適当なところでちぎった。余計だと思う分はまた巻き戻し、股間をふきとった。さて、ふきとった紙をどうすべきか悩んだ。江戸時代ならば、そのまま便器に投げ入れ、下のたまりにいくのだが、ここは泡がたまっているだけで、そこにたまっていそうにはない。だが、他に捨てるところもないので、仕方なく便器に捨てた。すると、何もしないのに水が流れ、泡とともに紙は下に吸い込まれていった。そして新たな泡がたまったのである。まるで魔術をみているみたいだ。そして、また部屋にもどる。
その後、寝台でいろいろなことを思いめぐらしている内に、寝入ってしまった。どのくらい寝ただろうか、あたりは真っ暗になっている。
そこに母親の声、
「千佳、ここに夕飯おいておくから後で食べなさいよ」
と、扉の前で言っている。そこで、すぐには出ないで、しばらくしてから扉をあけ、前に置かれている食事を部屋に入れた。そこに手紙が添えられており、
「疲れているからでしょうね。ゆっくりお休み」
と、書いてある。食事はおにぎりが2個とシャケの切り身であった。それに汁物がある。みそ味でうまかった。中に野菜でない固まりのものがあった。もしかしたら、これが肉というものかと思ったが、なかなかの美味ではきだすのは勿体ないと思い、のどに押し込んだ。初めての肉食である。
食べ終わって、部屋を見るとさすがに女の子の部屋である。あわい色でまとめられている。そこに本があった。それをめくると、小さな字で細かく書いてある。中にはエゲレス語のものもあった。これで、左馬之介は未来の世界にやってきたことを改めて実感したのである。ということは、千佳という人物は自分の代わりに幕末の世界に行ったのだろうか? それが祖父のねらいだったのだろうか?
日本史という本を見つけた。それを見ると奥羽越列藩同盟は解散して、明治の世になったと書いてある。その後、外国との大きな戦(いくさ)があり、一度は壊滅しかけたが、そこから復興してきたというのが書いてある。これは驚きである。仙台藩はまけて宮城県になるという。明治新政府に組み入れられるのだ。またまた左馬之介は落ち込んだ。何のために我々は決起したのか、仲間は無駄死にすることになるのか、今すぐにでも幕末の世にもどりたいと思ったが、何をすればもどれるのか、まるで分からぬ。そうしているうちに、また寝入ってしまった。
朝になり、母親が扉をたたく。
「千佳、起きられる? 学校は休むの?」
と、聞いてくる。そこで黙っていると
「やっぱりだめなのね。学校は休むと連絡しておくからね。食事はここにおいとくから後で食べといてね」
と言って、階下にさがっていった。
左馬之介は朝めしを食べた。今度は茶漬けと卵焼きそれに、得体のしれないかたまりである。おそるおそる口の中にいれてみると、パリっと音がした。まるで皮が破れたような感触である。気持ちが悪いと思ったが、味は悪くない。昨日食べた肉の大きなものらしい。未来の人間はこんなものを食べているのかと思わざるを得なかった。
その後、トイレに行き、出すものをだしてスッキリする。やり方さえわかれば快適である。ところが、変なところを押してしまったらケツに水があたってしまった。あわてて立つと水は止まったが、あたりが汚れてしまった。その後、紙でのふき方に忙しかった。
部屋にもどると「伊達政宗」という本が並んでいるのを見つけた。藩祖政宗公のことが書かれている。亡くなった祖父から話を聞いているが、その話は太閤との出会いや、家康との確執のことが中心で、幼少期から晩年のことまで書いてあるこの本はまさに興味深い本であった。その日暗くなるまで、その本を読みあさった。政宗公が小田原参陣をする際、弟を斬ったことを初めて知った。家を守るためとはいえ、実の弟を殺すとは今までの政宗公の姿とは違うものとなっていた。そして、深夜、あたりは雨がひどくなっている。
寝入りばな、その時がやってきた。ドドーンと一閃、近くにカミナリが落ちた。
すると、左馬之介は刀を持ち、倒れている。敵は刀を振り下ろす。その刀が左肩につきささる。左馬之介は右手一本で相手の脇腹に刀をさす。相手は左馬之介の体におおいかぶさってきた。左馬之介の意識も遠のいていく。だが、
(オレは自分の時代にもどってこれたのだな。日の本が平穏でつづいていることはよきことじゃ)
と、顔には笑みが浮かんでいた。
2025.6.18
歴史シリーズ2 世良修蔵を斬った男 飛鳥竜二 @jaihara
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