エルフが大好きなコスプレイヤーが、エルフガチ勢のオタクとエレベーターで異世界のエルフに会いに行く話

安珠あんこ

エルフが大好きなコスプレイヤーが、エルフガチ勢のオタクとエレベーターで異世界のエルフに会いに行く話

 エルフ専門のコスプレイヤーのRIOこと桜田リコは、SNSに自作のコスプレ衣装を纏った自身の写真を投稿している。


 ある日、彼女が投稿した写真に長文でダメ出しをしてくるユーザーがいた。彼はエルフマニアの間でその豊富なエルフへの知識と造詣の深さから、プロフェッサーと呼ばれている、エルフガチ勢の中でも一目置かれている人物だ。


「そんな娼婦みたいな下品な衣装、エルフは着ませんよ。本物のエルフに失礼です、って! あんたのコメントの方が、よっぽど失礼なんですけど! そりゃあ、確かに胸とかお尻がギリギリのところまで見えるように元のデザインから改良したけど……。そうしないと閲覧数が増えないんだから、しょうがないじゃない! インプレッション稼がないと、私、生活できないんだから!」


 リコは怒りに任せたまま、自分の衣装にダメ出しをしてきたプロフェッサーにダイレクトメッセージを送り、直接会って抗議することにした。


 プロフェッサーこと金田ユウジはエルフに人生の全てを捧げているエルフオタクだ。リコはオタク特有のファッションで待ち合わせ場所に現れたユウジにドン引きする。


(私、こんな奴に衣装をダメ出しされたの?)


 リコはプロフェッサーと会う約束をしたことを少しだけ後悔したが、すぐに怒りの感情が爆発して、彼に抗議し始めた。


「あなた、SNSで私の衣装のこと、散々に批判しましたよね? 私、とっても傷ついたんですよ! 謝罪してください!」


「RIO殿は最初はとてもクオリティの高い衣装を作っておられて、拙者は尊敬していたのでござるよ。それが、最近は男に媚びるようなポーズや露出の高い服ばかり着るようになったので、正直失望したのでござる。だから、拙者はRIO殿にアドバイスを送ったつもりだったのでござるが……」


(拙者? ござる?)


 リコはプロフェッサーの武士のようなおかしな話し方が気になったが、それよりも怒りの感情が優っていたので、大声で抗議する。


「お金が無いんだから、仕方ないでしょ! 私、アスペで仕事ができないから、そういう服着てインプレッション稼がないと生きていけないんだもの……」


 リコは感極まって、泣き出してしまった。


「拙者はそんなつもりはなかったのでござるが、結果としてRIO殿を傷つけてしまったのなら、謝るでござる。RIO殿なら、いつかあのエリカ殿を超えるコスプレイヤーになれる。そう思って応援していたので、キツい言い方になっていたかもしれないでござる」


 ユウジはリコに深々と頭を下げた。


「ちょっと待って。あなたもエリカ様のファンなの?」


「もちろんでござるよ。エリカ殿は我々エルフマニアの間では、神に等しい存在でござる。彼女は我々の知る人物の中で、最も理想のエルフに近い存在でござるからな」


 エリカは、エルフコスプレ界隈では伝説となっている、エルフ専門のコスプレイヤーである。そのコスプレのあまりの完成度の高さと美しさから、目の肥えたエルフガチ勢たちをも唸らせたほどで、彼らからは、【異世界から現世に降臨した天使】だとか、【本物のエルフよりもエルフに近い少女】など、様々な通称で呼ばれている。


「あなたの推しがエリカ様でよかった。実は私、エリカ様のコスプレを初めて見た時、あまりの美しさに感動して、衝撃を受けたの。それで、私もエルフのコスプレを始めたんだ」


 リコは、中学生の時に同級生からひどいいじめを受けたのが原因で不登校となり、そこからずっと引きこもりだった。

 そんな彼女を救ってくれたのが、エリカだった。エリカのエルフコスプレを初めて見た時、その美しさにリコは心を鷲掴みにされた。気がつくと、エリカの真似をして、彼女が身につけている衣装と同じものを自分で作るようになっていた。

 そして、コスプレイヤーとなってからは、SNSに投稿した自身の画像にみんながいいねをつけてくれたことで自信を取り戻し、前向きに生活することができるようになったのだ。


「拙者がエルフマニアになったのも、エリカ殿のコスプレを見て、彼女の美しさに心を奪われたからでござるよ。でも拙者は、RIO殿のコスプレを初めて見た時に、エリカ殿を超えるポテンシャルを感じたのでござる。だから拙者は、RIO殿も推してたのでござるよ」


「あなた、私のファンだったのね。ごめんなさい。そうとは知らず、色々と失礼なこと言ってしまって……」


 リコもプロフェッサーに頭を下げた。


「気にしなくていいのでござるよ。ところで、RIO殿はそんなにお金が無いのでござるか?」


「コスプレイヤーっていっても、所詮はアマチュアだし。SNSの収益はたくさんインプレッション稼がないとほとんど増えないの、あなたも知ってるでしょ? それに、衣装代もバカにならないのよ。一応、全部自分で作ってるからね。それで、あなたはどんな仕事してるの?」


「拙者は作家でござる。異世界ファンタジーのネット小説がある編集部の目に留まって、一応書籍化もしているでござる。でも、本は売れてないから、印税もあまり入ってこない。だから、拙者も金は無いのでござるよ。あとは、小説を書く時に色々とエルフについて調べていたら、いつの間にかプロフェッサーなんてあだ名がついていたのでござるな」


「なるほど、プロの作家さんだったのね。実は私、最近本当にお金が無くて、ろくなものを食べてないの。何かご馳走してくれたらうれしいなあ、なんてね」


「仕方ないでござるな。では――」


 プロフェッサーは何故かリコを自分の住む、吉祥寺駅近くのアパートへと案内した。


「ちょっと。ここってあなたの家じゃないの! あなた、私を家に連れ込んで襲う気なの?」


「そんな気は無いので安心するでござる。拙者、料理の腕には自信があるので、RIO殿に手料理を食べていただこうかなと……」


「ふーん。ちょっとでも私に変なことしたら、すぐに警察に通報するわよ? いいわね?」


「もちろんでござる。さあ、中へ入ってくだされ」


 プロフェッサーのオタクのような外見からは想像もできないくらい、彼の部屋は綺麗に整頓されていた。彼は余計な物を置かないミニマリストであった。

 しかし、エルフ関連の物は別なようで、エルフ関係の本やグッズが本棚にたくさん並べられていた。そして、部屋の壁には、エリカのコスプレ姿のポスターが高そうな額に入れて飾られていた。


「へえ。あなた、見た目によらず綺麗好きなのね。それに、エルフ関連の本がたくさんあるじゃない。あとで読ませてもらってもいい?」


「好きなだけ読んでもらって構わないでござるよ。拙者は、今から料理を始めるので、RIO殿はゆっくり休んでいてくだされ」


 プロフェッサーはキッチンに移動すると手際良く調理を始めて、あっという間に料理を完成させた。


「あら、もうできたの? あなた、以外と器用なのね」


 彼はダイニングテーブルの上に、美味しそうなオムライスを二つ並べた。


「拙者もお金が無いので、こんなものしか作れなかったでござる」


「こんなものって、とても美味しそうなオムライスじゃないの。それじゃ、いただきます。もぐもぐ……。うーん、これは美味しい。こんなに美味しいオムライス、食べたことがないわ」


「RIO殿に喜んでもらえて、何よりでござる」


 プロフェッサーはリコが美味しそうにオムライスを食べているのを見て、ほっと胸を撫でおろした。


「ごちそうさまでした。こんな美味しい料理を作ってくれて、本当にありがとう。まだ名前、教えてなかったよね。私はリコ。桜田リコよ」


「なるほど、では、これからはRIO殿のことを、桜田氏と呼ばせていただくでござる。拙者の名前は、金田ユウジでござるよ」


「ユウジ君か。気に入ったよ。これからもここに来ていいかな?」


「もちろん。いつでも来てくれて構わないでござる」


 ユウジは見た目はオタクそのものだが、几帳面で、なんでも卒なくこなす器用貧乏な人物だ。ズボラで面倒くさがり屋のリコとは対照的だ。


 リコはそんなユウジを気に入り、彼の住むアパートに毎日出入りするようになった。ユウジの家にはエルフ関連の本が大量にあるため、次のコスプレ衣装を作るために資料の確認に来たという名目だった。ユウジもユウジで、コスプレでエルフにそっくりな見た目に変身するリコに密かに好意を抱いていた。


 しかし、リコにはだらしない一面がある。彼女はSNSの風呂キャンセル界隈の人たちの投稿に影響されて、しばらく風呂に入らなかったことがあった。元引きこもりだったリコには、お風呂に入らないことに抵抗が無かった。

 これには、普段は優しいユウジもさすがにキレて、リコを無理やりお風呂場に連行して身体を洗わせた。綺麗好きなユウジには彼女の風呂に入らないという行為が許せなかったのだ。

 その日から、ユウジはリコと一緒にお風呂に入って、彼女の身体を洗ってあげるようになった。


 ある日、リコはSNSで、エレベーターで異世界に行く方法という投稿を見かける。


「これだわ。これで本物のエルフに会えれば、私のコスプレは完璧になる――。ようやくエリカ様に近づけるわ」


 リコはユウジに、エレベーターで異世界に行って本物のエルフに会いに行くことを提案する。


「だからあ! 本物のエルフに会えるかもしれないんだよ? 一緒に行ってくれてもよくない?」


「いやいや、桜田氏。そんな都市伝説、上手くいくわけがないでござるよ。そもそもそんな異世界が実在するなんて拙者には──」


「……それじゃあ、私と一緒に行ってくれたら、エルフの衣装を着たまま、ユウジ君とシてあげてもいいよ」


(今は一緒にお風呂に入って、身体を洗ってもらってる仲だし……)

 

「拙者は本物のエルフとしか愛の営みはしないと決めているのでござる。……まあでも、桜田氏が本物のエルフと同じ姿になったら、お相手をしてもいいでござるよ」


「つまんないのー。そんなんじゃ、ユウジ君は一生童貞確定だよ?」


「余計なお世話でござる。でも、桜田氏一人では心配で、とても異世界に行かせられないのも事実。仕方ないので、ここは拙者も同行するでござるよ」


 ユウジは突然突拍子も無いことを言い出したリコに終始呆れていたが、結局はリコのことが心配となって、彼女に付き合うことにした。


(だから、毎日お風呂で私の裸を見ても、何もしてこないんだ……。なんか、バカにされてるみたいでムカつくなあ……。ユウジ君の身体はちゃんと反応してるのに……。今度一緒にお風呂入る時に無理やりシちゃおうかな? でも、しばらくお風呂に入らなかった時みたいにガチで怒られたら、それはそれで嫌だなあ。こうなったら、本気でエルフと同じ姿になって、ユウジ君を見返してやる! でも、理由はどうであれ、ユウジ君は私についてきてくれる。まあ、エルフに会いたい気持ちは私と一緒だろうからね)


「ありがとう。じゃあ、もう一つお願い聞いてくれる?」


「なんでござるか?」


「そろそろ、私のこと桜田氏って呼ぶの止めてほしいの。私たち毎日会ってるのに、名字で呼ばれるとなんだか余所余所しい感じがしてさ。ユウジ君にRIO殿って呼ばれてた時の方が、まだ親近感を感じられたよ? だから、私のことリコって名前で呼んでほしいなあって……」


「そんなことを気にしてたでござるか。それじゃあ、これからはリコ殿とお呼びするでござる」


「リコ殿かあ……。うん、まあ悪くないか。それでいいよ。よろしくね」


 ここは吉祥寺の繁華街にある雑居ビル。

 ユウジとリコは異世界に行くために、このビルのエレベーターに乗り込んだ。


「それで、リコ殿は知っているのでござるか? エレベーターで異世界に行く方法を……」


「こう見えて、私、都市伝説には詳しいの。任せてよ」


「それなら、エレベーターの操作はリコ殿に任せるでござる」


「ありがとう。それじゃ、押すわよ」


 リコはエレベーターのボタンを【4】→【 2 】→【6】→ 【3】→ 【1】 →【5】 → 【4】の順に押して、最後に【閉】のボタンを長押しした。

 次の瞬間、動いていたエレベーターがガクンと揺れて緊急停止した。


 エレベーターの扉が開くと、そこには幻想的な森が広がっていた。鬱蒼と生い茂る巨大な広葉樹の中で、無数の小さな光球がシャボン玉のように空中を漂っている。そして――。


「リコ殿、あそこにいるのは……」


「間違いない、本物のエルフだわ!」


 森の奥から現れたのは、長い金髪に翡翠のように美しい緑の瞳を持つ美しいエルフの女性だった。


「あなたたちは人間? 何でこんな場所に?」


 エルフは明らかに警戒しているが、興奮しているリコはお構いなしに彼女の元へと駆け寄った。


「会いたかったわ! エルフ様!」


「えっ?」


 初対面の人間から突然大声で話しかけられたので、エルフは完全に固まってしまう。


「ついに……ついに私の人生が報われる日が来た!」


「ええっ?」


 エルフがまったく状況がわからずに混乱している中、ユウジもまた、エルフに出会えたことに感動していた。


「リコ殿、見るでござる! このエルフ殿の着ている服装は、リコ殿のえちえちで下品なコスプレ衣装と違って、動きやすいように機能的に作られている!  そして、リコ殿と違って、耳の形も完璧! ……いやあ、本物だからそれは当たり前でござるなあ!」


「ちょ、ちょっと落ち着いて! 何が何だかよく分からないけど、まずは私から話すから私の話を聞いてよ!」


 エルフの女性は困ったように微笑み、自己紹介を始めた。


「私はエミリア。この森の奥にある集落に住んでいるわ。あなたたち、本当に不思議な格好をしているのね……」


 エミリアは二人の服をまじまじと見つめた。


「あなたの着ている服は、私たちの服装に少し似ている気もするけど、やっぱり何かが違うわ。それに肌の露出が多い気がするんだけど、あなたは恥ずかしくないの?」


 リコはゲームのエルフキャラを基にデザインしたコスプレ衣装を着ていた。現実の世界の感覚からすると、露出が多い点を除けば一般的なエルフの服装といったデザインだが、本物のエルフのエミリアから見ると、かなりの違和感があるようだった。


「うわ、すごい。私、本物のエルフにダメ出しされちゃった!」


「ダメ出しって、私そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……」


 感極まったリコは、嬉しさのあまり泣き出しそうになる。


「エミリアさん、私はこの日をどれだけ待ち望んだことか! 私の人生は、あなたに出会うためにあったんですね!」


「そ、そうなの?」


「エミリアさん、質問です。エルフって長生きだって言われてますけど、本当の寿命ってぶっちゃけ何年なんですか? エルフってどんな魔法が使えるんですか? エルフ同士の恋愛ってどんな感じなんですか?  それと……エルフは耳を触られると気持ちいいって本当ですか?」


「ちょ、ちょっと待って? そんなに一気に質問されては、私も答えられないわ。それに、最後の質問は何?」


 リコからの最後の質問の真意に気づいたエミリアは、顔を真っ赤にして耳を押さえた。


「あっ、やっぱり耳、触られたら気持ちいいんですね? ちょっと触って確かめてもいいですか?」


「お願いだから触るのは止めて! 私が気持ちよくなっているところを見られたら、恥ずかしいじゃない!」


 完全に気持ちが舞い上がって暴走しているリコを見かねたユウジが彼女の肩を軽く叩く。


「リコ殿、落ち着くでござる。エミリア殿に迷惑をかけるような質問をするのは、さすがに失礼でござろう? とりあえず、エルフの服装について質問してはどうでござろうか?」


「す、すみませんでした。でも、でも、私はただ、大好きなエルフのことが知りたくて……」


 エミリアはため息をついた。


「私の住んでいる集落の長老は、人間が嫌いなの。だから、人間がこの森にいることを知ったら、きっと大変なことになるわ」


「あなたが住む集落? つまり、この奥にエルフたちの隠れ里があるのね? もう私、ここで死んでもいいわ!」


「……リコ殿、ここで死んだら元の世界に戻れないでござるよ。とりあえず森の奥に進むといろいろと迷惑になりそうなので、この場所でエミリア殿ともう少しだけお話させてもらうでござる。エミリア殿、それでよろしいでござるか?」


(この女の人は、私の話をまるで聞いてないみたい。男の人の方はまだ話がわかるけど、なんか変な喋り方をしてる。私の翻訳魔法の精度が低いのかしら?)


 エミリアは魔法を使って二人の言葉を自動翻訳していた。


「……そうしてもらえると助かります」


「では、エミリア殿。改めてエルフの服装についてお聞きしたい。私たちはエルフの服装を調べて、同じ物を作るためにここに来たのです。エルフの方々が普段どのような服を着ているのか教えていただけますか?」


「え、待って。ユウジ君って普通の口調で話せたの?」


 ユウジが急に武士のような口調を止めたので、リコが驚いている。


「エミリア殿はおそらく魔法で私たちの言葉を翻訳して話してくれている。それであれば、こちらも聞き取りやすい言葉遣いをしないと失礼でしょう」


「お気遣い、ありがとう。今私が着ている服は普段着です。動きやすさを重視して作られています」


 エミリアは二人に着ている服がよく見えるように、服を広げながら身体を回転させた。


「なるほど。茶色と緑色を多く使っているのは、森の中で木と溶け込んで目立たなくするためですか?」


「そうです。私たちは基本的に森の中で暮らしているで、狩りにも対応できるようにそのような色の服を着ることが多いです」


「服に刺繍のような特徴的な模様が入っているのが気になるのですが、これは何ですか?」


「これは私たちの森の精霊の紋章です。この紋章を入れることによって、私たちは精霊の加護を得ることができます。あとはここをよく見てください。文字が入っているでしょう?」


 エミリアは袖に入っている文字を二人に見せた。


「これは古代文字です。私たちエルフは日常的に魔法を使うのですが、この文字には魔力を高めて、魔法の精度を高める効果があります」


「服の文字にもそんな効果があったとは、知りませんでした」


「これは斬新なアイデアですね。私の衣装にも取り入れてみます!」


 ユウジたちは興味深そうにエミリアの話を聞いている。


「これは普段着ですが、戦闘用の服もあります。戦闘服はこの服のように布では無くて、魔法で強化した獣の皮で作ります。魔法を使えない人間たちは剣や弓で攻撃してくることが多いので、その攻撃に耐えられるように強度が必要なのです。皮製の盾やグローブを着けることもあります」


「なるほど。金属の鎧などは身に付けないのですか?」


「基本的に私たちは動きやすい軽装を好みます。鎧のような重い防具は動きを悪くするので着ることは無いです」


「他に何か特徴的な服はありますか?」


「儀式の時に着る特別な服があります。白くて透き通った生地で出来た服です。これは精霊祭の時に着るもので、魔力を受けると服自体が青白く輝きます。なので、透明ですが、魔力を出している限り、肌が透けて見えることは無いのです」


「そんな服もあるのですね。実物が見れないのが残念です」


「よかったら、私の中の服装の記憶をお二人に送ってあげましょうか?」


「そんなことができるんですか?」


「ええ。簡単な魔法です。頭を出してもらえますか?」


 エミリアは二人の頭に手をかざすと、エルフの服装のイメージを二人に転送した。


「すごい。頭の中にエルフの服が浮かんできます」


「これでいいかしら? さっきも言ったけど、うちの長老は人間嫌いだから、他のエルフに見つかる前に早めにこの森から出てくださいね」


「わかりました。エミリアさん、本当にありがとうございました」


 二人に手を振ると、エミリアは森の奥へと戻っていった。


「さて、リコ殿。ここに長居するとエミリア殿に迷惑をかけてしまうでござる。拙者たちも帰るでござるよ」


「……もう、普通に喋れるのなら最初から普通に喋ってよー」


 リコがほっぺたを膨らませながら、ユウジに怒っている。


「リコ殿が本物のエルフの衣装を作れたら、そうするでござるよ」


「ぷー、ユウジ君のいじわるー。でもさ、私たち、異世界から元の世界へ帰る方法、わからないよね?」


「そういえば、確かにここに来た時は興奮してて、どこにエレベーターが通じていたのか、よく覚えていなかったでござる……」

 

「それじゃあ私たち、元の世界に帰れないよー」


 二人は頭が真っ白になった。


「と、とりあえずこの森の中にエレベーターと繋がっている場所があるはずでござる。そこを探すしかないでござるよ」


 二人は必死に森の中でエレベーターと繋がっている場所を探すが、そのような場所はどこにも見つからなかった。


「二人でこれだけ探しても無いってことは、本当に帰る方法は無いのかもしれない。どうしよう――」


「リコ殿。マズいでござる。エルフたちがこちらに――」


 いつの間にか、リコたちは弓矢を構えたエルフたちに囲まれていた。リコたちは両手をあげて敵意の無いことを示したが、彼女たちに捕まってしまった。


 身体を拘束された二人はエルフの長老の元へと連行された。


「お前たちが何の目的でここに来たのかは知らんが、人間が我々の聖域に侵入してくること自体が、許されざる行為なのだ。二人を地下牢へ連れて行け。私たちエルフと違い、お前たち人間の人生は短い。残りの人生を牢の中で過ごして、自分たちの犯した過ちを悔やむがいい」


 リコたちは地下牢に収監された。持ち物どころか着ていた服まで全て没収された二人は、裸の姿で檻の中にいる。


「こんなことになってしまって、本当にごめんなさい。私が異世界に行こうなんて誘わなければ、ユウジ君は牢屋の中に閉じ込められることはなかったのに――」


「拙者は自分の意思で異世界に来たのでござる。リコ殿は何も気にしなくていいでござるよ」


「ユウジ君は優しいね。でも、私たち一生ここから出れないんだよ」


「リコ殿と一緒なら、それも悪くないでござるよ」


「うわああああん。ごめんなさいユウジ君。本当にごめんなさい……」


 ユウジの優しい言葉に胸がいっぱいになったリコは大声で泣き出してしまった。ユウジはリコを優しく抱き寄せる。そのままリコは泣き疲れて、眠ってしまった。


(さて、これからどうするか。なんとか脱獄できればいいんだが――)


 リコとは違い、ユウジはまだ元の世界へ戻ることを諦めてはいなかった。


 深夜、地下牢に意外な人物がやってきた。その人物の姿を見た時、ユウジは心臓が止まりそうなほど驚いた。


「そんなバカな。俺は夢を見ているのか?」


 ユウジたちの前に現れたのはなんと、伝説のコスプレイヤー、エリカだった。


「あなたたちが私がよく知る別の世界から来た人間らしいということを、エミリアから聞きました。それも、エルフが大好きでここに来たんだとか。それならば、私があなたたちを元の世界へ戻してあげましょう」


「やはり、エリカ様だ。あなたはコスプレイヤーではなくて、本物のエルフだったのですね」


「そうです。私はかつて、あなたたちが住む世界で暮らしていました。そこにいる子は――」


「おい、リコ、起きろ。いや、起きるでござる!」


「んー。なーにー。ユウジ君」


「エリカ殿が、エリカ殿が助けに来てくれたでござるよ」


「やーだー。こんな時に冗談いわないで……って本当にいるし! エリカ様、助けに来ていただいてありがとうございます! 私はあなたに会えて、本当に幸せです!」


「あなたは、コスプレイヤーのRIOさんね? いつもかわいい衣装を着ているから、私、気になってずっとチェックしていたんですよ」


「エリカ様に見ていただけてたなんて、身に余る光栄です。あ、ちなみに私の隣にいるのはプロフェッサーです」

 

「まあ、プロフェッサーさんまで。ずっと私のことを応援してくれたの、本当に感謝しています。もっとお話したいのですが、残念ながらそこまでの余裕は無さそうです。誰かがここに来る前に、私が魔法でお二人を元の世界へとお戻ししましょう」


 リコたちはエリカの魔法で、二人が住んでいた世界へと帰還することができた。


 それから五年後――。


 リコはユウジのアパートで暮らしている。晴れて結婚した二人には娘が生まれていた。


「ねえ、ママ。どうして私の名前をエリカにしたの?」


「昔、パパとママを出会わせてくれた、大切な人がいるの。エリカの名前はその人と同じ名前なのよ」


「へえ、その人って、やっぱりママと同じ格好をしたエルフさんなの?」


「そうよ。お部屋にポスターが飾ってあるでしょう? その人がエリカさんよ」


「あーあの人かー。とっても綺麗な人だったんだね。でも、ママの方が綺麗だよ。パパも絶対そう言うと思うよ」


「はいはい。それじゃあ、パパが帰ってきたら、聞いてみましょうか?」


「うん」


「ただいまー」


「あっパパだ。おかえりー。ねえ、パパ。エルフのエリカさんとママ、どっちが綺麗だと思う?」


「そんなの決まっているだろう? 今のママでござる」

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エルフが大好きなコスプレイヤーが、エルフガチ勢のオタクとエレベーターで異世界のエルフに会いに行く話 安珠あんこ @ankouchan

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