気づいたら夏だった

ミスターチェン(カクヨムの姿)

第1話「赫い髪の少女」

夏が、唐突に始まった。

 梅雨明けを告げる蝉の声と、焼けつくようなアスファルト。  

駅前のロータリー、人と車と熱気の渦の中──その一角で、俺は立ち止まった。

 それまでの日々は、灰色だった。  家と学校を往復するだけの毎日。

教室では誰とも深く関わらず、スマホをいじっては時間をつぶし、

放課後は誰にも会わずに帰る。  

イヤホンから流れる音楽だけが、俺を現実から切り離していた。  

何も望まず、何も起きず、ただ呼吸をしているだけの日々。

 (このまま、何も変わらずに夏が終わっていくんだろう)

 そう思っていた、まさにその時だった。

 赫い髪が、視界を切り裂いた。

 少女は、ゆっくりと歩いていた。  朱のような髪を風に揺らし、

白いワンピースが光を弾いている。  街の色も音も、その姿に吸い寄せられる

ように変わっていくように感じた。

 俺(なんだ……あれは)

 すれ違う人の波が押し寄せる。  だが、彼女だけはどこか別の時間を歩いているようだった。  笑っているのに、目は笑っていなかった。

 赫い髪の少女は、早足の男に手を引かれて歩いていた。  

すれ違う瞬間、ふいに少女がこちらに目を向けた。

 少女「……すずしい」

 その声はかすかで、風とともに通り過ぎていった。

 路上に風が震えた。  看板が揺れ、ビルの隙間から強い陽射しが差し込む。

 気づいたら、俺は立ち尽くしていた。  ──気づいたら、俺は夏だった。

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