忘れ墓(仮題)

間貫頓馬(まぬきとんま)

忘れ墓(仮題)①

 毎年家族総出で墓参りに行くのだが、そのたびに隣の墓石が気になっていた。

 手入れはされているようで、多少古びてはいるが欠けている様子や苔むしている様子は無い。時期になれば線香も立っている。ウチと似たような形の墓石。そんな一見してありふれた墓が気になった理由はひとつで、その墓石には何も刻まれていなかったのだ。名前も、家名も、なにひとつ刻まれていない。まっさらな、つるんとした墓石が、ただそこに鎮座していた。

 まだ幼い頃、一度親父とじいちゃんに尋ねてみたが、その墓がどの家のものなのかは分からないという。誰かが管理している様子はあるが、誰かが実際にここに来ているのは見たことが無いと。それでも名前のない墓なんて気になって仕方がない、と言えば、「寺の住職なら知っているかもしれないが、よその家の墓についてだなんて、あまり不躾な質問をするものじゃあない」なんて風に少し怒られたので、それ以降は誰に聞くこともしなかった。


 件の墓を目の前にして、そんな記憶が蘇る。

「それで、この墓がどうしたって?」

 俺より一歩後ろに引いて、気味悪げに墓石を眺めていた男に問いかける。男は田蔵(たくら)という名前で、俺の高校時代の同級生だ。久しぶりに連絡を寄越したと思ったら、「地元に名無しの墓があっただろ。あそこで気味の悪いことが起きてんだよ。お前こういうの好きだったよな? ちょっと見に来てくれない?」ときたもんだ。まあ事実こういう話は大好物である。墓とか怪談とか、そういう話には昔から目がない。まして今はオカルトライターなんてやってる身だ。来るなって方が無理だった。書くネタに困っていたのも背中を押して、俺は田蔵の誘いにホイホイ乗って地元まで帰って来たというわけだ。

「あ、ああ……その、なんか、あれだよ、出るんだよ」

「出る? 何が出るんだ。墓だと……ゾンビとか、それとも幽霊か?」

「ゆ、幽霊。そう、幽霊が出るんだよ」

「へえ、幽霊か。まあ墓に幽霊ってのはありがちだよな。んで、なんの幽霊? ここいらの墓に入ってるはずの誰かさんか?」

「いや、それが……」

 田蔵は何故か言いよどみ、目線を下に向けて彷徨わせている。口にするのも恐ろしい、といった様子ではなさそうだ。それは戸惑いに近い様子で、適切な言葉を探しているように見える。数秒そうしたのち、田蔵は困り顔で告げた。

「わからないんだよ。てか、多分、幽霊自身もわかってない……んじゃないか」

「は? なんだそれ」

 田蔵のハの字に下がった眉がますます角度をつけていく。眉間に寄った皺が深くなる。そんな顔をしながら、「俺もよく分かんないんだけど、出てきた幽霊が言うらしいんだよ」と前置きしてから、告げる。


「わたし、だれ?」って。

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