第16話 盗賊A大事な物を買いに行く
リーベルの東区のさらに裏。その裏のスラム街の道は表の地図にも載らないような場所であり、俺は迷うことなくある場所を目指した。
人通りの無い誰も通らない細い路地を抜けると酒場の裏口と廃屋の間にある“ただの壁”が目に入った。
「確かこの場所の筈だ」
記憶を掘り起こしこの場所の進み方を思い出す。まずは三度指で叩く。
――コン、コン、コン。
すると向こう側からも同じように3回叩かれた音がした。その後暫くするとまたコンコンと2回叩く音がしたので俺はゆっくりと【4回】扉を叩いて合図を返す。
「‥どうぞ。こちらを、お通りください」
するとその扉を開いてくれた男性に無言で手をあげて挨拶すると中へと通された。
その扉を開くと長い地下へと続く階段があり土と油の匂いが鼻をつく。
下へ続く階段。足を踏み出した瞬間、空気が変わった。
「……場所は変わってねぇな」
クロノが肩の上で小さく鳴いた。コイツもここが普通じゃないってわかってる。地上とは違う空気。湿気、鉄、そして、誰かの“目”を感じる。
階段を降り切ると、暗闇に蝋燭が一つ。その奥部屋には机が1つあった。
その向こうには黒い外套を纏った男が座っている。銀の義眼、金の指輪、薄い笑み。
目だけが、俺の輪郭を舐めるように見ていた。
「……ここを見つける奴なんざ、年に一人もいねぇんだがな。どこで聞きつけた?」
「聞いてない。ただ歩いてたら、たどり着いた」
「……はっ、冗談言うなよ。
“ここ”に来る奴は、だいたいそう言う」
男は指で机をとん、と叩きながら、俺を値踏みしている。
「で、何を探してる?」
「テイムしたモンスターを収容できる装置だ。群れごと格納できるやつ」
「……なるほどな。表じゃ売ってねぇし、ギルドにもねぇ。あるにはある。が――」
男は机の下をまさぐり、黒金の鍵を取り出した。重そうな金属の輝き。表面には紋様が刻まれ、まるで生きてるみたいに微かに光を放っている。
「《異界牧域の鍵(アビス・ランチキー)》って代物だ。
テイム済みのモンスターを異空間に転送して収容できる。
牧場みたいなもんだ。
無制限に入るし、出すのも念じるだけ。……ただし値は張る」
「いくらだ?」
「百万イェン」
机の上に金貨を置いた。
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
光の反射が冷たい。
「足りねぇな」
男が薄く笑った。
口角は上がってるが、目が全然笑ってねぇ。
「九万でも十万でも届かねぇな。
ここは慈善じゃねぇ。命の道具を売ってんだ。
分割もツケもなし。そういう場所だ」
「……そうか」
金貨を戻す。
重さと一緒に、沈黙が落ちた。
クロノが低く鳴く。わかってる。金じゃ無理だ。
「……なら、こうしよう」
ポーチの奥から一枚のカードを取り出し、机に置いた。
黒い板。金の紋様が淡く光る。
「これは……テイムカード?」
男の声が変わった。
軽い興味と、僅かな警戒。
光に透かして確認してやがる。
「本物だな。……懐かしい代物だ。
だが今じゃ十万イェンが限界だ。百万には遠い」
「なら、十枚でどうだ」
「……あ?」
俺は無言でカードを重ねていく。
ひとつ、ふたつ、みっつ……十。
机の上に並んだ瞬間、空気がひきつれた。
蝋燭の火が、細く震える。
「……冗談だろ。テイムカードを束で持ってくる奴がいるか?
お前……どんな未開のダンジョンを歩いてんだ? それか、最近噂の勇者様ってやつか?」
「普通の盗賊だ」
「……盗賊?」
男が吹き出した。
喉の奥で笑いながら、興味深そうに俺を眺める。
「ククッ……お前、笑わせるなよ。
どこの世界に“普通の盗賊”が希少品を束で出すんだよ。
まぁいい、そういうイカれた奴は嫌いじゃねぇ。
十枚で取引成立だ」
黒金の鍵を受け取る。
冷たい金属が掌に沈み、ずっしりとした重みが伝わった。
「これで、モンスターを全部“収容”できる。
鍵を使えば空間が開く。そこはあんたの所有だ。
出入りも自由だ。ただし、責任も全部、あんた持ちだ」
「十分だ」
「ははっ、言い切るか。いい目をしてる。
欲でも恐怖でもねぇ。……世界をまるごと掴もうとする目だな」
「褒め言葉か?」
「もちろんだ。だが覚えとけ。
この世には、“掴んじまっちゃいけねぇもん”もある」
「そうかもな」
鍵を懐にしまい、踵を返す。そして、ふと思い出したように口を開いた。
「……勇賢者の石って、あるか?」
「……は?」
男の顔が一瞬歪んだが直ぐに顔は元通りになった。
「‥なんだそれ? 聞いたこともねぇな。また妙なもん探してるな。誰がそんなもんを――」
「いい。忘れてくれ」
階段へ向かうと、背中で煙草を吸う音がした。
男の声が、ぼそりと届く。
「……“勇賢者の石”、ね。
そんなもんが本当にあるなら、次までには仕入れといてやる……」
「‥本当か?」
「ああ、ただ高いぞ?テイムカードでいえば100枚は必要だなあ?」
「ああ、それなら準備するのは簡単だな?仕入れたら教えてくれれば取りに来る」
「ははは!!それは嬉しいねえ!?期待して待ってな!その時は直ぐに連絡させるよ!」
俺は振り返らなかった。クロノが肩で羽を震わせ、短く鳴く。
「行くぞ。これで群れをしまえる」
外の風が冷たく吹いた。手の中の《アビス・ランチキー》が、わずかに光を宿したように見えた。
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