第10話 盗賊A配下達を進化させようとしたらなんかバグった

 


森が、静まり返っていた。風も鳴かず、葉も揺れず。ただ霧だけが、生き物のようにうねり、俺たちを飲み込んでいた。


 

【ポーンシーフ Lv.10(上限)】

【進化可能】


 


そのメッセージが、視界にずらりと並ぶ。数えるまでもない。百。俺の群れ、全員だ。


 


「……マジか。ほんとに全員、上限……?」


 


 小さく息を漏らす。

 実験開始から数時間。

 たったそれだけで、百体すべてが進化可能になるなんて、ありえない。

 ゲーム時代の俺なら、絶対に「バグだ」と笑い飛ばしていた。


 けれど――ここはもう、ゲームじゃない。


 


目の前の影たちは、確かに“生きて”いる。霧の中に浮かぶ赤い瞳が、息をするたびにゆらりと光る。その全員が、今まさに“進化”を待っている。


 


「……さて。進化、ね」


 

懐かしい響きに、思わず笑ってしまうな。かつてなら、強くなる喜びしかなかった。一番弱いモンスターに位置づけされてるスライムやゴブリンを強くして進化させてを蹴り返した時期もあった。





 俺はひとつのウィンドウを開く。そこに表示されたのは――


 


 【進化先候補】


 


 ……ぼやけていた。

 数が、わからない。


 ふたつ? みっつ? いや、もっとあるようにも見える。文字が揺らいで、浮かんでは消える。まるで誰かが後ろで、コードをいじってるみたいに。


 


「おいおい……バグか?」


 


息が詰まる。こんな挙動、見たことがない。


知る限りではあるが選択肢は明確だ。“●●シーフ”とか“ハイポーンシーフ”とか、ポーンシーフなら“ビショップシーフ“とかそういう分かりやすい進化先が出てくる予想だったんだけど…


…でも今、ウィンドウに浮かんでいるのは――



 【÷ャドウ〇〇】

 【ス*ッグシ〇〇】

 【――不明】

 【――???】


 

「読めない」



どれも中途半端に途切れ、形が崩れている。




「……なんだこれ。進化候補、崩れてんじゃねぇか……」


 


軽く笑おうとして、できなかった。笑う代わりに喉が鳴った。息が浅い。心臓が速い。




違和感が、全身を這い上がってくる。コレが画面の中の出来事なら冗談で済むが今の俺はココが現実なんだ。


 



ポーンシーフ。このモンスターは、俺が知る限り“存在しなかった”。攻略サイトにも、Wikiにも、どこにも載っていない。つまり、進化パターンも誰も知らない。そんな未知の生物を、未知のルールで進化させようとしている。





「……嫌な予感しかしねぇな」


 


ぼそりと呟いた、そのとき



視界の端で、赤が瞬いた。


 


「……?」


 

ウィンドウのひとつが、他と違う色をしている。青でも白でもない。血のように深く濁った、赤。





指先が勝手に動いた。そのウィンドウを開いた瞬間、鼓動が跳ね上がる。


 


【クロノ】

【進化先:不明】

【進化条件:群体存在】

【条件達成】

【統合進化が可能です】

【実行しますか?】


 


 「……統合進化?なんだその機能は」


 

目を疑った。そんな単語、聞いたこともない。


“結合進化”なんて


“群体存在”なんて





 


「……は……? 何だよこれ……そんなの……どこにも……」


 


声が震える。


手が汗で滑る。


理解が追いつかない。


この世界のルールは、俺が知っている“ゲームのそれ”を踏襲しているはずだった。つまり、予測できるはずなんだ。

 


でもこれは――知らない。どこにもない。


 



「おかしい……俺、全部知ってるはずなのに……こんな面白いシステムなら見逃す筈がはいぞ?」



 


言葉が途切れる。胸がざわつく。喉の奥で、熱いものと冷たいものが混ざる。視界の中心に、赤いウィンドウが残っている。


 


“実行しますか?”



 小さな文字が、こちらを試すように瞬いていた。


 

「……クロノ……?」


 


肩に乗る小さな影を見下ろす。黒い体。小さな羽。

まるで霧そのものを凝縮したような存在。いつもなら「キー」と鳴いて、俺の指をついばんでくる。

でも今は、沈黙。ただ、赤い瞳だけが、静かに光っていた。


 


 ――やめておけ。



そんな声が、頭のどこかで囁いた気がした。でも、俺は押した。否定する声よりも絶対に実行しろという感覚に委ねてしまった。


 


 ……カチリ。


 


音がした気がした。同時に、空気がひっくり返った。霧が震え、木々が軋み、風が止まる。クロノの体から、黒い靄が噴き出した。


 




「……な、んだ……これ……?」


 


霧がねじれ、空気が歪む。視界が、赤と黒に塗り替わっていく。


 

【統合率:18%】


【警告:複数個体の意識干渉を検出】


【進化演算――エラー】

【再計算中】


 



「エラー? おい、嘘だろ……!?」


 


焦っても、もう止まらない。ポーンシーフたちが、一斉に光りだした。その輪郭が溶け、影が流れ、クロノの影へと吸い込まれていく。


 


「……やめろ、やめろって!!」


 


 

叫んでも、群れは止まらない。

 

赤いウィンドウが増えていく。

 

まるでシステムが悲鳴を上げているように。


 

【統合率:37% → 68% → 94%】


【進化データ:不整合】


【システム外パラメータを検出】

【警告:世界座標が変動しています】


 



頭の中が割れそうだった。視界が揺れ、音が遠のき、足が震える。


 


「やめろ……やめてくれクロノ……! それは……俺の知る進化じゃない!」


 


だが、止まらなかった。光が爆ぜ、影がうねり、森の霧が一瞬で消えた。



 

【統合率:99%】

【統合進化:完了】


 



 世界が、息を吐くように沈黙した。


 


 ――霧の中心に、ひとつの影。




クロノ。


だが、もう“クロノ”じゃなかった。


その小さな体の中に、百の赤い瞳が、ゆっくりと蠢いていた。空気が、心臓の鼓動と同じリズムで震える。


 



「……クロノ……?」


 



 唇が震える。


 喉が焼ける。


 何か言おうとしても、声にならない。


 


 そして――

 クロノが、鳴いた。


 


「……キー」


 


 

その声は、確かにクロノのものだった。

 

でも、音の奥に“群れ全体の声”が混じっていた。そんな気がしたんだ。




俺の全身の毛が逆立つ。


 


「……こんなの……ゲームじゃ、見たことねぇ……」


 


その呟きは、森に吸い込まれた。そして、世界のどこかで小さく――“軋む音”が響いた。





俺の知らない事象。身震いが止まらない。恐怖で震えてるのか? 



でも口角は上がっている。




「いや、これは‥


‥はは、そうか。俺は【楽しんでる】んだな?」





そうだ。あのゲームの醍醐味は【新しいシステム】の発見でもあった。






「俺がまだ知らないだけで‥誰もが見つけた事ないシステムがこの世界にはまだあるんじゃないか?」




その言葉で頭の中で何かがハマった。



俺がこの世界の理を食らう?なんてバカな考えだったんだ。




「‥まだ俺の知らないシステム‥それを見つけるのが先だ」




その為にもまずは今の【クロノ】の状態を確認しないとな?








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