第三章:空へ導く鍵

不思議な老人と、乳牛と豆を交換したジャックは

意気揚々と家に帰って来ました。


「ただいま、戻ったよ、母さん」

ジャックは家に戻ると、ベッドで臥せっていた母のそばへ近づきました。


「おかえり、ジャック。牛は? 高く売れたかい?」

「売ったというか…金よりもっと良い物と交換したんだ!」


ジャックは、ポケットの奥から、数個の豆を取り出し、

手のひらに乗せ、母に見せました。


「…これは…豆?」

「そう!この豆は、空へ導く鍵なんだ!

 金は使ったら無くなるけど、この豆は、この先の未来を開いてくれるそうだよ!」

ジャックは鼻を膨らませながら、自慢げに言いました。


母の目には怒りと哀しみが浮かんでいました。

「……ふざけてるの?」

母はジャックの手から豆を取り、震える声で

「こんな物のために、あの牛を……」

と言いながら、豆を窓から放り投げ、頭から布団をかぶり、大声で泣き始めました。


そんな母を見て、ジャックはムッとしながらも、何も言い返せませんでした。


生活に困っているのは事実ですが、どこかで

「この豆で、俺の人生がうまく回り始めるのかもしれない」

と、“楽に幸せになる”という、子どもじみた幻想にすがっていたのです。



布団の中で泣き続ける母に、かける言葉が見つからなかったジャックは、

自分も毛布にくるまり、ふて寝を始めました。



そして、その夜――

風がざわめき、窓の外から、低い音が聞こえてきました。


……ゴゴゴ……


夜の闇を裂くように、一筋の緑が立ち、天を目指して伸びていく…


豆は、土に触れるや否や、しっかりと根を張り、

あっという間に太く強靭なツルとなって、ぐんぐんと伸びていたのです。



明け方、かすかな光が差し込む頃。

「ん……なんかうるさいな……」

ジャックが目を擦りながら、外に出てみると…


家のすぐ脇から、空へと果てしなく伸びていく巨大な蔓がありました。


蔓はまだまだ成長を続けている様でした。


ジャックはその蔓を見て、呆然と立ち尽くしました。

「……は? なにこれ……」


蔓の表面には、ジャックの手がかかるような節が等間隔にあり、

まるで「登っておいで」と言わんばかりの形状でした。


そして、蔓の先は、もはや見えない空の上へと続いていたのです。


昨日の老人の言葉が、ジャックの耳の奥に甦りました。

『この豆は、空へと導く鍵だ。

 君が“真に必要”と願えば、道が開くのじゃ』


「……空へと導く鍵…この蔓の事だったのか?」


ジャックはぼんやりと空を仰ぎ、心の中で問いかけました。

「あの先に、本当に“何か”があるのか?」


そう思いながら、ジャックは蔓の根元に手をかけ、試すように、足をかけました。


そして――そのまま、ひとつ、またひとつと、空へと登り始めたのです。




彼の物語が、いよいよ動き出したのでした。




続く~第四章へ~

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