しばしの休息
敷居をつくって布団に潜り込む。
相変わらず机を立てて壁をつくっているため、互いがどんな風に寝ているかすら知らない。ほのかは今日一日のことを思い返していた。
(撫子様から言われたこと言ったら、黒斗が気に病む必要はなくなるだろうに……でも……)
怖いと思ったのは、自分の身の上に怒るだろうことだけではない。黒斗の気持ちがほのかにはさっぱりわからなくって困っているのだ。
学府にいたときはさんざん嫌味を言われていた。卒業したらもう会わないだろうと思っていたのに、こうして別荘で子を成すまで生活しているにも関わらず、子作りどころか夫婦らしいこと一切せずに過ごしている。
その中で、そこまで黒斗は悪い奴ではないのではと気付きつつあるが、なにがどうほのかを悩ませているのかが自分でもわからずに困っているのだ。
(……黒斗の子を産んでもいいよと言ったら、あいつはなんと思うんだろうな)
学府にいたときは、そんなこと悩みもしなかったはずなのに。占い結果で出た相手と子をつくればいいと、それだけ教えられていたのだから。
浴衣を通して抱き締められたこと。それでなにを感じたのかわからない。わからないことはおそろしいことのはずなのに、何故か彼女はそれを知りたいとまで思い切ることができずにいた。
夜が深まっていく。結局ほのかは、満足に眠ることもできずに夜を明かすのだ。
****
その日、鍛錬を済ませたあと、「ほのか」と黒斗に呼ばれた。
「
「あれ、南雲から?」
それにしばし驚きつつも、ほのかは電話を出に行く。
「はい、お電話変わりました……というより、よく電話かけられたね?」
未だに電話は富裕層以外には普及していない。いち拝み屋では、なかなか持つことも難しいのだが。それをいつもの調子でヘラヘラと笑われる。
『まあいろいろあって。それでね。今日氷室の氷開きなんだけれど、よかったら一緒にかき氷食べない?』
「かき氷……!」
氷屋が氷を売りに来る頃がかき氷の季節だ。なかなか食べられるものでもないが。
それにほのかはそわそわと黒斗のほうを見る。黒斗は術式を読みながら、式神を出す鍛錬に努めているようだった。
「あの……南雲から、かき氷食べない? と連絡もらったんだけど……駄目かな」
「いいぞ」
「……なんで?」
「なんだ、その反応は」
黒斗は淡々とした態度で返すのに、ほのかは「……なんでもない」と首を振った。
「許可もらえたよ」
『うん、じゃあね……』
ふたりは待ち合わせをしたあと、電話を切る。それから慌ててほのかは胴着から着替えはじめた。銘仙の着物に袴。そして刀を提げる。普段ならば車を出してもらうところだが、「今日は友人に会いに行くだけですから」と使用人たちに断りを入れてから、待ち合わせ場所へと向かっていった。
南雲は古着の中でも比較的最近買ったのだろう、派手な色合いの着物を着て立っていた。
「南雲!」
「ああ、やっほお、ほのか。じゃあかき氷食べに行こうか」
「うんっ!」
ふたりで歩くのは、先日の事件以来だ。陰陽師と拝み屋なのだから、現場ではしょっちゅう顔を合わせるはずだが、帰りにお茶をするという機会もなくて、久々に一緒に食べに出かけることとなる。
「それにしても、いきなりどうしたの、かき氷食べたいだなんてさ」
「んー、ほのかの顔を見たかったっていうのがひとつ。あとひとつは、ちょっと依頼をふたつほど受けたからねえ」
「ふたつ」
「私、前に陰陽寮から依頼受けて祓いに出かけた帰りに、瑞樹邸に呼ばれて撫子様とご対面してきたんだよ。いやあ……私は一生麒麟の巫女とは縁がないと思ってたんだけどね。びっくりしたあ」
「……えっ、なんて?」
撫子にはつい昨日会ったばかりなのだから、ほのかは彼女がなにを言い出したのかと気が気じゃなかった。
それに南雲は「アハハ」と笑う。
「あんたがあんまり気にする必要ないでしょ。単純に、五行相剋が原因でなかなか夫婦関係成立しないふたりにどう申し開きをしたらいいのかって気に病んでたのをまあまあって慰めてただけだし」
「……ごめん、南雲。まさか撫子様は気に病むなんて思わなかったし、あんたを巻き込む気もなかったんだけど」
「別にぃ? ただ私も別に結婚してる訳じゃないし、五行の相性がよろしくない者同士が相性いいって言われても納得しないのは当たり前だよねえという話をしてただけ。本当に私は一般論しか言ってないよ。全然外れることのない占いやってる人に、それ以上のことなんて言えないでしょ?」
「まあ……ね」
既にほのかはかき氷どころではなかったが、南雲はあくまでマイペースなままだ。
「あとひとつは。まあ玄冥くんからかなあ。まさか玄冥くんが私に直々に連絡してきて、電話まで物理的に寄越してくるとは思わなくってびっくりしたわ」
「……へ?」
「玄冥くん、ほのかに対して、なんもしてあげられないし、何度麒麟の巫女に問い合わせても『会ってる』の一点張りで追い返されるから、それのせいでほのかが気に病んでないかって心配してさあ。だからほのかに対しては『たまにでいいから外に連れ出してくれ』ってさ。自分で行けよって話だけどねえ」
「……黒斗が?」
「まあ、玄冥くん。学府にいたときから、ものすっごく勢いでほのかを意識してたからねえ。最初は五行の一族同士の鍔迫り合いかなあくらいに思ってたけど。まあ……思ってるより夫婦仲いいんじゃないの?」
それにほのかは黙り込んでしまった。
「……あのさあ、南雲」
「うん、どうしたの?」
「あたし駄目なのかな。黒斗に黙ってることあるんだ」
「うん? 夫婦だからって、言いたくないこと別に説明する必要はないと思うけど?」
「そうじゃなくってね……あたし、昨日撫子様に会いに行ってきたんだよ。黒斗みたいに追い返されたりせず、普通に茶の湯してきたけど」
「うん」
「……夫婦になる方法、聞いてきたけど」
内容を告げ、それを南雲は「あらまあ……」と口元に手を当てた。
「たしかにそれ、なかなか言えないわねえ」
「……言ったらどうなるか、全然読めなくって」
「そりゃねえ。玄冥くん、あんたに対しての執着ものすごいから」
「……いや、執着なの。あれは。そりゃ何度も何度もびっくりするほど嫌味を言われ続けてたけど、執着なんてされてない」
「そう? あんたとの婚姻、間違いだって思ったんでしょう? なんで五行の一族巻き込んで無理って言わないの。いくら麒麟の巫女であったとしても、他の家の本家が出てきたら、さすがに当主同士の話し合いに持ち込めるだろうに、それをしてないでしょ」
「あれ?」
元々、黒斗は相当理詰めの性格だ。なのに、彼が周りを巻き込んだ末に婚姻を解消しようとする動きは、今の今まで一度もなかった。
「……黒斗、あたしをどうしたいんだろ」
「執着されてんだよ。さすがに私も、それが間とかお家のためとかまでは知らないけどさ。氷食べてひと息ついたら、少しは話してきなよ。夫婦かどうかはともかく、一緒に住んではいるんでしょ?」
「……うん」
ふたりでそう話を終え、やっとかき氷屋にまで辿り着いた。
人気なのは黒蜜と宇治金時であり、ほのかは黒蜜を、南雲は宇治金時を頬張っていた。日が高くなってきた今は、冷たい氷がおいしい。
「おいしい……ずっと食べたいとは思わないけど、たまに食べたくなるよね」
「そうだねえ。風物詩っていうか」
風鈴の音を聞きながら、ふたりはのんびりとしていると。
ふたりは店先で「きゃあ!」という声を耳にした。それと同時に、なにかがスパンと斬れる音。
「これ……」
「あらまあ……今日は人が多い分、魑魅魍魎もおいでなすったかあ。これ、家に連絡しなくって大丈夫?」
「ごめん。ちょっと式神で連絡して」
「はいはい」
ふたりは急いでかき氷を食べ終えると、南雲は連絡用の式神に文字を書いている仲、ほのかは慌てて「大丈夫ですか!?」と悲鳴の方向へと走っていった。
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