夫婦になるかならざるか
車で別荘に戻り、それぞれ使用人に進められて湯浴みしてくる。浴衣姿になって自室に帰ったとき、ようやっと黒斗とほのかは顔を合わせた。
「それで」
「なによ」
「麒麟の巫女はなんと? 俺たちのこと……」
「……ん」
どう言ったものかとほのかは言い渋った。ふたりで練習のつもりで口を吸っただけでほのかの唇が腫れ上がったことをあれだけ気にしていた黒斗だ。
(もし体液かければなんとかなるなんて言ったら最後、自分の手とか指とか切りかねないんだよなあ……そもそもそうでもしないとあたしが五行相剋で腫れるなんて言ったら最後、黒斗がどう反応するのかがわからない……)
そもそも嫌がられているのか、無理にでも夫婦にでもなるつもりなのかが、ほのかはわからないでいた。
「というか、一応聞くけど。あんたはあたしとこれ以上夫婦続けたい訳?」
「話を逸らすな。麒麟の巫女の出した結論を聞いている」
「大事なことだよ。というか、口を吸っただけで唇腫れてるあたしに、これ以上あんたは責任取れるのかって話なんだけど」
「……無理強いしたら、ほのかの体に差し支えるのか?」
「……わかんない」
「それは麒麟の巫女が言ったのか?」
「……あたしが聞いた内容を受けて困惑してんだよ。そしてあんたが責任取ってくれるなら、まあいっかと思ってるから聞いてるの。どうなの? 続ける? やめとく?」
ほのかは我ながら聞き方が汚いと思っていた。
(あたしは……黒斗が夫婦の契りを結ぶために仕方なくってやられたら、ものすごくこいつのこと恨むだろうなあ……最近ちょっとはいいところが見えてきたはずなのに)
学府にいたときは、とにかくギスギスしていた。
初対面で黒斗を女扱いしてしまって怒らせてしまったのだから仕方ないとはいえど、それ以降突っかかってくるようになったのは黒斗のほうだ。彼も玄冥の家の出だから、相当思うところがあったのだろう。
そんな彼に義務的にやられてしまったら最後、彼女は一生彼を許さない自信があった。
(……訳わかんない。こいつに対して、あたしはそこまで思い入れなんかなかったはずなのに。痛いのはあたしだし、されるのはあたしのほうなのに。他の奴らだったら割り切れたのに、こいつだけは本当に嫌だと思っている)
他の誰に下に見られてもかまわなかったし、そんなもんだろうという教育を施され続けていたというのに。黒斗だけはどうしても許せなかった。
なにがそこまでほのかを苛立たせているのかは、彼女にすら理解できなかったが。
しばらく自室に沈黙が降りる。やがて、先に沈黙を破ったのは黒斗のほうだった。
「……そうか。すまん」
「すまんって。それはなにをどう謝ってる訳?」
「ほのかを苦しませる結果になったことだ。たしかに、五行の一族を絶やす訳にはいかないから、子作りは義務として生じているが……それが原因で相性最悪の俺以外に相手がいないんだったら、嫌だろうにな。だからと言って、もう俺たちの代で互い以外の相手は期待できない」
「あの……黒斗?」
「……無理になにかしなくてもいいんだな」
彼はふいにほのかの浴衣の背中を撫でると、自分の元に抱き寄せた。布越しならば、そもそも痛みに対して強いはずのほのかすら悲鳴を上げた五行相剋の拒絶反応が起こらなかった。ただ、湯浴みしたばかりで立ちのぼる湯気と汗と一緒に、互いの若い体臭だけが香る。
「……ちょっと、黒斗。いきなりなによ」
「夫婦として、なにもしない訳にもいかないが、怖がっているのを無理強いする気にもなれない。せめて、慣れるように努める。どこまでなら大丈夫か。痛みが出ないように。やっぱり、布越しなら特段問題はないみたいだな」
そう言いながら、しばらくその姿勢で固まっていた。困惑するのはほのかのほうである。
(……なんであたし、黒斗に抱き締められてるの? そもそも……肝心の撫子様の言葉全く伝えてないのに、なにをどう黒斗は解釈したの?)
本来ならば「怖い」「痛い」「苦しい」「どいて」とさんざん文句を言ってから、追い払ってから嫌味の応酬だろうに。それすらできず、ほのかはされるがまま大人しく縮こまっていた。
本当に彼女らしくもない話だった。
****
初めて見たとき。
彼女は自分が喉から手が出るほど欲しいものを全て持っていたため、忌々しくて仕方がなかった。当時の黒斗は身長が足りない上に、肩幅もなく、女に見間違えられることがあまりに多かった。
そんな中、髪を高く結い、腰に刀を提げて堂々と歩く彼女を見たのだ。
玄冥は代々術式に力を入れている家系だが、術式がなんらかの理由で封じられている場合は当然体術も習得せねばならなかったが。黒斗は医師に止められて体術のほとんどを習うことができなかったのである。
「ご子息は心の臓が弱い。無茶な鍛錬をすれば死に至ります」
だからこそ、術式のほとんどを使うことができず、人から術式を施してもらわなければ怨霊すら祓えない彼女のことが忌々しくて悔しかった。
(俺が欲しかったものを……全部持って)
刀を振るうための体力も、刀を振り下ろして魑魅魍魎を斬り殺せるだけの上背も、自信満々に立ち振る舞う様も。黒斗は喉から手が出るほどに欲しいものばかりを並べている彼女が、憎くて憎くて仕方がなかったが。
「玄冥と朱明か。相性が最悪だな。玄武と朱雀じゃなあ……」
五行の一族同士の婚姻でも、さすがに五行相剋の関係で婚姻を結ぶことなんてまずない。ふたりが互いを睨み合い、首席の座を奪い合いはじめた中、唐突に言われたことで、黒斗は自然とむっとしたのだ。
「どうしてそうなる? 朱明をそんな目で見た覚えはない」
「あれだけ穴が空きそうなほど見てるのに?」
「あれが俺の欲しいものをぶら下げているのがいけない。そそっかしいし、ガサツだし、さぞや嫁入り先で迷惑をかけ通すだろうさ」
「そうか? あれだけ気が強いほうが、家庭円満だと思うけどな」
その軽口を叩かれた途端に、黒斗は黙り込んでしまった。
相性が悪過ぎるふたりは、麒麟の巫女の占いでもそれぞれが選ばれることがある訳ない。だとしたら、いずれ彼女はこの学年の誰かの元に嫁ぐのだろうと考えた途端に、無性に腹が立ったのだ。
「あれが結婚できるとは思えない」
「五行の一族なんだから、卒業後婚姻を取り決めるのは当たり前だろ」
「あれは無理だ」
「いや、どこの五行の家も、天井のしみでも数えてろと教えられてるだろ」
「あれをそんな風に言うな」
「……あのさあ、玄冥。お前無理だとわかってて執着してるの? それとも、朱明がいいの?」
何気なく言われた言葉で、黒斗は黙ってしまった。
いけすかない女だった。どこにいても、やけにチカチカと光って見えて、拝み屋の友達と暢気に過ごしている、五行の一族に置いておくには問題しかない女。自分が欲しかったものをなにもかも持っている癖に、それをちゃんと使えない奴。
それが誰かの隣で白無垢を着ていたら、多分黒斗は腹を立てるだろうが、到底腹を立てる資格が最初からなにもない。
婚姻をしないといけない義務を課せられている以上、相手は自分ではないことは間違いないのだから。
でも、黒斗は考えた。
万が一にでも彼女と自分の婚姻がまとめられたとき。彼女は本気で怒るんだろうか、拒絶するんだろうか。それとも。
こんなものかと受け入れられることが、一番黒斗は傷付くことに気付いた。
そこで気付いてしまった。
(……自分のものにならないくらいなら誰のものにもなるななんて、言える訳ないだろ)
執着しているのは自分だということに、彼女はなんとも思っていないという空しさに。
気が付かなければよかったと、あと何回繰り返すことになるか、黒斗はそのときは思いもしなかったのである。
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