ヤンデレラスボスヒロイン系スライムはお好きですか?

阿良春季

勇者さま、勇者さま、勇者さま、勇者さま、

 勇者さま、勇者さま。

 起きていらっしゃいますか勇者さま。

 

 おや、まだまだ眠たいご様子ですね。いえいえ起こそうとしたのではございません。

 どうぞゆっくり横になって、お休みなさってください。

 先の封印の塔での魔人退治、その傷もろくに癒えぬまま火山の神を倒して炎の鎧を持って来いなど、将軍も随分と無茶を言いなさる。血も涙もないとはまさにこのことでございましょう。


 いえ、私もお役に立てずに本当に申し訳ございません。

 私がもっと力を出せればこんなことにはならなかったのです。

 

 え? 頭がぼんやりしていて何も考えられない? 体が鉛のように重たい?

 ああ、やはりまだ戦闘での傷が癒えていないのでしょう。

 それにきっとこれまでの疲れもたくさん溜まっていたのでしょうね。

 なんとおいたわしい。可哀想な勇者さま。

 大丈夫です。この私が勇者さまが寝ている間、ずっとあなたをお守りいたしますから。

 

 ええ、お任せください。雑魚魔物の代名詞であるスライムと言えども、私は勇者さまのたった一匹の相棒でございますからね。

 勇者さまとの冒険のおかげでこうして流暢に言葉を話し、こんな風に人の形なりが出来るまでにレベルアップした私でございます。

 スライム界ではレジェンド級に強いスライムと自負しております。どうぞなんなりと頼ってくださいませ。ふふっ。

 

 はい。

 勇者さまがお休みの間は私がしっかりとお守りいたします。ですから勇者さまは何も心配せず、どうかゆっくりとお休みください。

 

 そうだ。

 勇者さまがよく眠れるように私が昔話でもしましょうか。

 とは言え大半は勇者さまとの旅の思い出なので、物珍しい話ではないのですが、きっとこういう他愛もない話の方が勇者さまもすぐに眠ってしまうでしょう。

 

 さてそうですね。

 一体どこからお話ししましょうか。

 やはりこういう時は順を追って一番最初から、でしょうかねえ。

 


 一番最初、一番最初。私の一番古い記憶は、そう。

 もう随分と朧げなのですが、遠い遠い空の向こうから落っこちてきたような気がするんですよねえ。

 ええ、全く朧げなのですが。

 青い空のもっと遠い、空の向こう。そこは一日中上下左右、どこを見渡しても黒々とした夜空が広がる空間でした。

 キラキラと美しい星々が、どこまでもどこまでも広がる大きな大きな世界です。

 けれど勇者さま、ご存じですか?

 星に近付いて見ると、星の正体はキラキラとり光輝いてはおらず、だだのごつごつとした岩なのですよ。

 岩なのに遠くから見るとキラキラ輝いてみえるのです。不思議なものですよねえ。


 そんな不思議な夜空の世界を、私はまるで流れ星のようにスイスイとまるで海に泳ぐ魚のように軽やかに飛んでいたような気がいたします。

 そこから誰かに呼ばれたような気がして、この世界に落っこちてきたような……いやぁ朧げなのでそこを詳しくと言われてしまうと、幼い私が見た夢の記憶のような気もいたしますが……いいえ、それはともかくです。


 

 そうして物心ついた時、私は気付いたらスライムたちの群の中にいました。はい、東にある小さな島の、とある森の中です。

 今は人間の形をしていますが、元々の私は体の色が他のスライムたちとは違って赤いでしょう。それに小さな角のようなものまで二本生えております。

 変わった奴だと迫害されてもおかしくないのですが、その群れの皆はそうはしませんでした。

 東の島は無人島で、年中過ごしやすい温暖な気候で、それに外敵もほとんどなく、何より食べ物も豊富だったからでしょうか。

 スライムたちは素朴で、陽気で、とても親切でした。

 他のスライムたちは私を「赤い子」や「角の子」と呼んで他の仔スライムたちと変わらぬ扱いをしてくださいました。

 そのため私は周りと姿形が変わっていることなど、その当時は気にしたこともございませんでした。

 

 私は食べられる木の実や草、そして虫などを主食としていました。空腹になれば好きなだけそれらを食べ、昼は仔スライムたちと緑豊かな平原や森の中を駆け回ってのびのびと遊び、夜は洞窟で群れ全体でくっついて一塊になって眠りにつく。そうやって平穏に暮らしていたのです。

 それはそれは穏やかな生活でした。

 こうして勇者さまと大冒険をすることになるなんて、あの頃の私は夢にも思いませんでした。

 

 そんな平和な生活を送っていたある日のことです。突然人間がその島にやってきました。

 はい。冒険者のパーティーです。

 彼らは私の姿を見るなり、私の赤い体色が珍しいと口々に言いました。

 そして「柘榴石を毎日飲ませて赤色に育てた角スライム」として好事家に高値で売りつけてやろうと、そう言って私を捕まえようと追い回してきたのでございます。

 人語も理解できない魔物だったので、何故彼らが追いかけてくるのかその時の私には全く分かりませんでした。

 しかし分からないなりに彼らから放たれる悪意というものは肌で伝わりましたので、私も必死で逃げ回りました。

 仔スライムたちと島中を駆け回っていたから私に地の利はありました。森の中や岩山に逃げ込み、狭い岩場の隙間や倒木の下を潜り抜け、ぴょこぴょこと初めて真剣に逃げました。

 捕まりかければ、その手に足に、思い切り噛みついて抵抗しました。

  

 しかし所詮は虫を食らい、落ちた木の実を食らって生きてきたような雑魚スライムでございます。

 必死の抵抗虚しく私は挟み撃ちに遭い、そして小さな虫籠に囚われる羽目になってしまいました。

 仲間たちも助けようとはしてくれましたが、力の差は歴然です。

 経験値にもならないと思ったのでしょう。冒険者たちは私を助けようと向かってくる成獣スライムたちを一蹴すると、さっさと船に乗って島から離れていきました。

 

 一体自分はこれからどうなってしまうんだろう。

 虫籠の中、私は恐怖で涙と震えが止まりませんでした。

 恥ずかしながら人間を見たのもその時が初めてでございます。なので彼らに何をされるのか皆目検討もつきませんで、ただただ想像もつかないような恐ろしい目に遭ってしまうのだとひたすら怯えておりました。

 逃げることも敵わずに、生まれて初めて絶望というものに打ちひしがれていたその時です。

 

 私の前に救いの手が現れたのでございます。

 ええ、そんな私を助けてくださったのが勇者さま、あなたにございます。

 まだ駆け出し中の冒険者であったあなたは虫籠に閉じ込められ、震えていた私を助けてくださったのです。

 それも故郷の王からいただいた支度金のほとんどを彼らに渡して。

 あの時はそれがどのような意味かも分からずに、私はただなんとなく助かったとしか考えられませんでした。

 しかしこうして人間の生活に馴染んだ今ならあの支度金がどれだけ大切なものだったかが切に分かります。

 なんとお優しい勇者さまなのでしょう。縁もゆかりもない魔物の私にそこまでして助けてくださるなんて本当に感謝してもし足りません。

 


 あなたはそんな大袈裟なと笑うでしょうが、私は一生を賭けてあなたに尽くす所存にございます。

 あなたのためなら私は命さえ惜しくない。

 なんだって出来るのです。

 なんだって出来る。そう。なんだってするのです。

 

 その後私は無理矢理、勇者さまの旅に同行させていただきました。

 東の島から、見知らぬ土地に連れて来られて心細かったのです。

 島の温かな陽だまりが点在するような明るく優しい森とは似ても似つかぬ暗い森の向こうから、聞いたこともない恐ろしい魔物たちの咆哮も聞こえてきました。

 一匹では帰ることも生き延びることもきっとできない。

 あの時の私は勇者さまの優しさに縋って生きていく他なかったのです。

 

 しかし当時の私は控えめに言って置き物よりも役立たずなスライムでございました。

 闇雲に敵の中に突っ込んでいっては噛みつき、魔物の顔にへばりついて隙を作る。そんな簡単なことさえ三回に一回成功するかどうかと言った心底役立たずの存在でございました。

 

 このままでは勇者さまに捨てられてしまう。

 何より助けてもらった恩さえ返すことができない。

 

 それは私にとっては見捨てられてしまうことより辛いことでございました。

 ええ。勇者さまの肩に乗っかり、食べ物を分けていただき、共に眠る生活を続ける内に私は勇者さまのことが何よりも大切な存在になっていたのでございます。

 勇者さまに優しい言葉をかけられ、笑顔を向けられ指先で撫でられることが私は何よりも嬉しかったのです。

 たまにまぐれで攻撃が成功して褒められる時はまるで天にも昇るような心地でございました。

 

 ですから勇者さまに見捨てられて一人ぼっちになるよりも、勇者さまのお役に立てないことの方が私にとっては辛かったのです。

 だから、どうしても私は強くなりたかった。けれど中々上手くいかず歯痒い思いで毎日を過ごしておりました。

 


 そんな折です。私に転機が訪れました。

 きっとあれは魔物の本能でございましょう。

 いつもの戦闘にて魔物の鼻に齧り付いた時でございます。

 恐らく歯で皮膚を切ったのでしょうか。

 魔物の生臭い血の味が私の口一杯に広がったかと思うと、私の全身にぶわりと大量の力がみなぎるような気がしたのです。

 

 「これ」は私に必要なものだ。


 はっきりとした言葉でもなくとも、私の全身がそう訴えてきたのでございます。

 全身どころか心まで高揚してきました。

 スライムの癖に猛々しくそこら中を駆け回り、まるで魔獣のような雄叫びを上げたくなったのです。

 ふふっなんだか笑ってしまいますね。

 兎にも角にもその感覚が正しいかどうかを証明する必要がありました。

 その日の夜です。勇者さまが眠っている間に私は戦闘した場所に戻り、まだ残っていた魔物の死骸の上に飛び乗りました。

 そして意を決してその屍肉にかぷりと食いついたのです。

 木の実や虫に比べて初めて食らった屍肉は毛や羽が邪魔くさく、肉は臭みがあり硬くて筋張っていて、そしてとても甘い味がしました。

 ええ、とても。とても美味しかったのです。

 

 しかしその光景は、人間が見たらさぞかし悍ましい光景に思えたことでしょう。

 私は夢中で化けガラスの目玉をほじくっては噛み潰し、眼窩の肉をズルズルと吸い込み、大百足の殻を歯で食い破ってはバリバリと青い体液を啜りました。

 そして、やはり屍肉を呑み込む度に私の内側から不思議なほどみるみる力が湧き出てくるのです。

 それも力だけではありません。

 化けガラスは知性が高いからでしょうか、硬い肉を噛めば噛むほど頭の中がはっきりとしてきました。


 ――モット、食ベル、モット、強イ――

 

 簡単な単語だけとは言え、そう人の言葉で思考することができたのでございます。私の頭の中がまるで霧が晴れたかのようにはっきりとしてきました。

 更に化けガラスの隣にあった大百足の体液を啜り、足の関節や腹の柔らかい部分を食えば、このぷるぷるの体表がどことなく弾力を増したように思えました。

 試しに昼間私が噛みついたフラワーウルフの死骸に噛みついてみると、鼻どころかその尻尾さえ、あっさりと噛みちぎれるようになりました。

 あんなに苦戦したのが嘘のように噛む力がつき、走る速度も、体の強度も増したのです。

 こうして私は強く、そして賢くなる方法を知ったのでした。

 

 翌朝、勇者さまはレベルアップした私をまるで自分の事のように喜んでくださいましたね。

 その日、初めて自分一匹で魔物も倒すことができました。

 ようやく勇者さまのお役に立てたのです。

 それが嬉しくて嬉しくて、もっと勇者さまのお役に立ちたくて夜な夜な私は魔物たちの屍肉を食い荒らしました。

 食べれば食べるほどどんどん私は強くなっていきます。


 それにしても私はどうして最初から勇者さまに隠れて屍肉を食い漁っていたのでしょうか。

 ううん、きっと知性がないスライムなりに勇者さまに恐がられたり叱責されるのを恐れていたのでしょうね。

 

 それはともかくです。死骸が手に入らなかった時は自分一匹で狩りもしました。

 夜行性の魔物は単独行動が多く、雑魚スライム一匹が現れたところで魔物も油断するのでしょう。

 狩りは殊の外上手くいきました。

 まさかスライム一匹なんかに、と言う顔で息絶えたゴブリンの姿は今思い出しても、ふふふっ、ごめんなさい思わず笑ってしまいます。

 


 そうやって私はこのように人の言葉も、魔法の呪文だって覚えました。

 その頃になると勇者さまは私とたくさんお話しをしてくださいましたね。

 勇者さまは、拙い私の言葉もまとまりのない話もじっと最後まで微笑んで聞いてくださりました。

 それにご自身のお話も私に分かりやすいようにゆっくりと、易しい言葉で教えていただきました。

 

 ええ、もちろん。勇者さまのお話は全部覚えておりますとも。

 大切な勇者さまのお話しですからね。

 一言一句余すことなくスライムのこの小さな脳みそに叩き込みました。

 


 勇者さまはある日「魔王を倒せと神の託宣が聞こえた」とそう言って勇者として故郷の国の王さまから支度金をいただいて故郷から旅立ったのでしたね。

 けれどそれは、本当は嘘だったんですよね。

 貧しい孤児院育ちの勇者さまは孤児院の仲間や院長のために、託宣が聞こえたなんて嘘を吐いて一人ぼっちで故郷を出て行かれたのでしたね。

 そうしたら一人分のパン代が浮くからと。

 その大切な支度金も私なんぞのために使ってしまって……本当にまったく、あなたという方は……。

 

 いいえ、例え嘘の勇者であったとしてもです。

 それでも私にとって、勇者と呼べる存在はあなた以外おりません。

 勇者でもない、何者でもない少年が、取るに足らないちっぽけなこのスライムを全財産をはたいて助けてくださったのです。

 そんな方を勇気ある者と、優しき勇者様々と呼んで何が悪いのですか?

 ですから私はあなたを勇者と呼び続けます。

 例えあなたが否定しても、私の中ではあなたが勇者なのです。

 

 ふふっ、確か以前もこんなやり取りをしたような気がしますね。

 とにかくあなたが何者であれ、例えこの世界を滅ぼす悪魔であったとしても、私にとってあなたは救いの勇者さまなのです。

 


 さあ話を続けましょう。

 そうして旅を続けるにつれて、少しずつけれども着実に私たちは冒険者らしくなっていきました。

 魔物の討伐や冒険者ギルドの依頼で得た報酬で少しずつ装備も強化して、消耗アイテムも足りなくなることが少なくなりました。

 その頃には余裕が出てきて勇者さまが野宿をすることも少なくなっていましたね。

 

 スライムとは言え私も立派な魔物ですから、魔物避けの結界がされているような大きな街の中には入れませんでしたが、その分一匹での狩りの時間は増えました。

 ええ、とても有意義な時間を過ごせましたよ。

 

 人から勇者とはまだ呼ばれませんでしたが、「赤いスライムを連れた少年剣士」の名は冒険者ギルドでも少しずつ広まっていきましたね。

 真面目で律儀に期限以内には必ず依頼をやり遂げ、アイテム集めを頼めばノルマ以上、しかもどれも質が高いものばかり納品すると評判だったそうじゃないですか。

 えっへん、私も鼻が高うございます。

 

 しかしそんな折、あの忌まわしい連中と会ったのですよ。

 勇者さまも覚えてらっしゃるでしょう。あの口に出すのも憚られるろくでもない連中でございますよ。ふてぶてしくも「白銀しろがね」などと名乗る冒険者を騙ったゴロツキ四人組でございます。

 勝手に私たちの後をついてきては、勇者さまが折角見つけたアイテムは横取りする。討伐した魔物の首を横取りしては自分たちの手柄にしてしまう。

 あろうことか勇者さまの足は引っ張る。

 更に他の冒険者やギルドの方々にあることないこと言いふらして勇者さまの評判を落としたりするなど、本当に、本当に、本当に! 嫌な嫌な嫌な嫌ぁな連中でした!

 

 何が冒険者集団「白銀」ですか。あのならず者たちは鉄クズにも劣る最低な連中ではないですか。

 実は私、後で情報通の方に聞いたのですよ。あの不届者たちはああやって弱い立場の冒険者から手柄を横取りして、楽をして富と名声を得ているとんでもない輩なのだと。

 なんと卑劣な連中なんでしょう!

 そんなロクデナシ共たちに真面目に地道に仕事をしている勇者さまが標的にされたことが私、本当に悔しくて悔しくてたまらなかったのです。

 

 それに輪をかけて耐えられないのがあの自称僧侶の女のねばつくような目つきです!

 ええい、思い出すのも忌々しい!

 ずっといやらしい目で勇者さまをシャドウスネークのように頭から爪先まで舐め回すように見て!

 あの邪な視線に私は腑が煮え繰り返るような心地でしたとも!

 

 一刻も早くなんとかしなければ、勇者さまがあのゴロツキ共のせいで仕事や今まで築き上げてきた信頼までも失い、あのいやらしい女の毒牙にかかってしまう。

 そう私は危惧したのです。

 

 けれども私は一匹で、相手は四人でございます。

 真正面から行ったのではとてもとても太刀打ちできません。いかに下衆で野蛮な輩でも、その実力は確かでした。私のような雑魚スライム一匹では例え強くなっていたとしても、不意打ち、闇討ちでさえ勝てる気がしません。

 

 それにその頃の私は強さが頭打ちになっていました。

 原因は私の体にあります。いくら強い魔物の死骸を喰らっても私の体は勇者さまの両の手ほどの大きさです。

 食べる量が少なければ、強さもそれに比例して少ししか強くなれないのです。

 もっと沢山食べなければと思い、無理矢理我慢して口の中に無理やり詰め込んでも、逆に食べたものを全て吐き出してしまうという悪循環に陥っておりました。

 

 しかし、そうこうしている間にもどんどん白銀共は増長していくし、次の町に行くには路銀が足りません。けれど白銀共の工作のせいで満足に仕事を得ることすら当時の勇者さまにはままならない状態でした。そんな勇者さまの窮状に私は随分歯噛みしておりました。

 先も言いましたが、私は勇者さまのお役に立てないことが何よりも辛いのです。

 どうにかしなければと焦るばかりで何も出来ない日々が続きました。

 

 そんな折、勇者さまのとある言葉に私は天啓を得たのでございます。

 ふふふっ勇者さまは覚えていらっしゃらないでしょう。

 勇者さまはこう仰ったのですよ。

 

「無駄な力を使わず、効率的に立ち回れ。少しの力で最大限の結果を出せ」と。

 

 ええ。勇者さまもどなたかからお聞きになった言葉なのでしょう。

 

 効率。

 

 その言葉に私は雷に打たれたような衝撃を受けたのです。

 今まで私は魔物の体全てを食べるのが一番良いと思っておりました。しかしそれでは無駄が多過ぎるのです。

 魔物の体の中で一番栄養価のある部分だけを重点的に食べれば、少量でも強くなれるかも知れない。

 私はそう考えたのでございます。

 

 ええ、もちろん色々試しましたとも。

 少しずつ少しずつ、死骸のあちこちに齧り付き、私が辿り着いた答えは魔物の「脳」です。

 どの魔物も基本的には脳があります。脳がない魔物は腸がその役目を担っていると後日、本で読みました。

 腸は長過ぎて難しいですが、柔らかい脳であれば私でも大部分を食べ切ることができます。

 それどころか、スライムのこの骨もない柔らかな体であれば生きた魔物の口や鼻の中に入り込み、そのまま直接脳を食らうことも出来たのです。

 ええ、倒すこととレベルアップが同時に出来るのです。

 まさに「効率的」でございましょう?

 

 そういえば勇者さまには初めてこの話をいたしましたね。

 うふふふっ、お優しい勇者さまにはいささか刺激が強すぎる手段なので内緒にしておりました。申し訳ございません。

 こうして効率的に着実に強くなった私は、うふふっ、そして、うふふふふっ、すみません。笑ってしまって。


 

 私はとーっても良い方法を思いついたのです。

 勇者さまをいじめるあの憎っくき白銀をこの世から葬り去る手段を思いついたのです。

 うふふふふっ、それはですね、そう、隙を見てあの僧侶を名乗るいやらしい女の耳の中に入り込み、生きたまま脳を侵食してやるのです。

 くふふふっ、あぁ、今思い出しても胸がスカッとします。

 決行日の夜、髪を洗いにのこのこと井戸にやってきたあの女を待ち伏せして、その背後に忍び込んで隙をつきました。

 あの薄汚い垢塗れの耳の中に錐のように体を捻り、飛び込んでやりました。

 そして頭蓋を一息に突き破り一瞬で脳を侵食したのです!

 

 勇者さまはご存じないかも知れませんが、脳の色んなところをこうクリクリと弄ると体を勝手に動かすことができるのです。

 クリクリクリクリ、足を右、左、右、左、とこう、出来の悪い操り人形のように動かしてですね……うふっうふふふふ、そうやって女の体を乗っ取った私は何食わぬ顔で連中の中に潜り込みました。

 そして奴らが酒を呑んで寝ている隙に……くふふふふふっ!

 ええ! 全員の脳みそを食い散らかしてやりましたとも!

 あっははははっ! あの愚か者たちがくわりと目を見開き、断末魔も上げられずに、ビクビクと全身を痙攣させて事切れていく様子は大変痛快でしたとも。

 まるで陸に上がった魚のような光景でした!

 あんなに愉快な光景は滅多に見られるものではありませんよ!


 それから私は幻覚に惑わされて仲間割れの後で同士討ちしたように見せかけるために幻覚キノコを部屋中にばら撒き、死体の口の中に捻じ込みました。

 そして連中の手足や体を切り刻み、臓物をばら撒いて部屋中を血塗れに汚してやったのです。

 だって私は宿の者だって許せません。

 宿の主人はあのならず者たちの嘘を鵜呑みにして、勇者さまを悪者扱いして追い出したでしょう。宿を追い出された勇者さまは、しばらく教会の軒下で寝る羽目になったではないですか。


 優しい方に声を掛けていただき、お家に泊めていただけたから良かったようなものの、そうでなければお体を悪くしていたかも知れませんよ。

 そう、当然、宿の者にも罰は受けてもらわなければいけません。でも、死体の片付けと部屋の掃除くらいで済むのですから少し罰は軽かったかもしれませんね。ふふふふっ。

 

 ああ、宿屋の主人よりももう一人、私が絶対に許せない者がおりました。

 もちろん、あの町のギルド長ですよ。

 勇者さまの言い分など何一つ聞かず、賄賂でも握らされたのか、あの無法者たちの言い分だけを聞いて、勇者さまを冷遇した報いはしっかりと受けてもらわないといけません。

 私は欠損が少ない死体を動かしてギルド長の元へ向かうと奴の脳天を武器の斧で叩き割ってやりました。

 ふふん、ギルド長の脳は食べる必要はありません。

 誰があんな腐れかけた脳みそを食べるものですか。


 殺人事件があったとしてもあんな寂れかけた町に治安維持の騎士なんて来ませんよ。来たところでどうにもならないでしょう。

 あとは「白銀」やギルド長の懐から金子を拝借いたしました。そして宝箱に入っていたと見せかけて勇者さまに見つけていただいておしまいでございます。

 


 ふふふふふふふふ。

 あぁ、勇者さまいつの間にかもうお眠りでしょうか。

 寒くはありませんか? 窮屈ではございませんか?

 傷は痛みませんか? 熱は下がりましたか?

 ゆっくりお休みください。「そこ」には何人たりとも近寄らせませんから。

 勇者さまは私が何があってもお守りいたします。

 勇者さまは私の全て、私の命そのものなのですから。

 

 とは言え、そうですね。

 ここからは私の独り言としましょう。

 独り言ですが、勇者さま。

 どうか夢の中でも聞いてくださりますと嬉しいです。

 

 しかしあの者共が無駄に強くて良かったです。おかげで私もそこらの魔物を食べるよりも効率的に強化が出来て、このように人の形を得たのですから!

 

 気を抜くと体色が赤に戻ってしまうのはご愛嬌ですが、お陰で勇者さまのためにもっと役立つようになりました。

 それが本当に私嬉しかったのです。だって勇者さまのために自由に動ける手足を手に入れたのですよ。

 嬉しくないわけがありません。

 料理も洗濯も買い物も、釣りも崖から手を差し伸ばすことすら、私に出来るようになったのですから!

 

 


 それから、それから……あぁ、そうですね。

 それからあの忌まわしい町を出て、大きな帆船に乗りましたね。どこまでも広がる大きな青い海を越え、いくつもの険しい岩山を岩壁を這うように越え、それからまるで海のような広大な砂漠を魔法の砂船で越えました。

 ええ、それはそれは大冒険でした。

 旅の途中で出会った冒険者の皆様や商人の皆様も……悪い方もいらっしゃいましたが、ほとんどが良い人たちばかりでしたね。

 私が懲らしめる必要もなくてほっとしましたとも。

 

 そうしてそんな旅の先に辿り着いた学者の国は本当に良い国でした。

 たまたま魔物から助けたお婆様が実は学者の国で一番大きい学校の校長先生だったのは驚きでしたね。

 そしてなりゆきとは言え勇者さまはおろか、私のようなスライムにまで学校の入学許可と入学費の免除をしてくださりました。命の恩人だなんて言われてあの時はなんとも面映い気分でしたね。


 ええ、あの国での日々はとても、まるで夢のように楽しい毎日でした。

 私、勇者さまの次にあの国の人々が好きです。

 校長先生に初等学校の先生や同級生の皆さま、それに国の守り神であらせられる古竜のお爺様。

 街の人々も研究所の科学者さまもみんな、みんな善良な方々ばかりでした。

 魔物と人間が共存繁栄する平和で勤勉なる美しい国。

 優しい方々に囲まれて暮らし、私は本当に幸せでした。

 

 勇者さまもそうでしょう? 毎日本を読んで勉強して、先生方の依頼で薬草や鉱物を採取してお金を稼いで、ずっとこうやって暮らしていければどんなに素敵かと思ってらしたでしょう?

 私もとても楽しかったです。

 学生寮の空いている部屋を借りて、朝は学校に行き座学、午後から古竜のお爺さまのお世話をしつつ歴史について学び、それから剣の稽古をしたり、夕方は近場で採集のクエストをこなしてお金を稼いで、学校が休みの日は少し遠くへ討伐へ向かって。

 そんな暮らしがとても楽しかったです。

 私は勇者さまよりもずっと幼い子供や魔物たちと机を並べて勉強をしました。初等科の読み書きや算数、魔法に化学。知らないことをたくさん学べる毎日はとても充実していました。

 勇者さまは私とは離れて他の教室にて中等科の勉強をなさっていましたね。

 故郷の孤児院では最低限の読み書きと算数を学んだけれど、本当はちゃんとした学校に通いたかったと仰っていたのを覚えております。

 勇者さまの夢が叶って何よりでございます。

 あの時の勇者さまも毎日とても楽しそうで、私も幸せでした。

 そう、学校外でも勇者さまの真面目で謙虚な姿勢が素晴らしいと街の方々も褒めてくださっていました。

 パン屋のおばさまは美味しいチーズやハムをいつもおまけしてくださったり、武器屋のおじさまは私にも扱える装備を考えて設計してくださいました。

 


 ええ、かの国さえ、学者の国に攻め入ってこなければ、勇者さまと私はずっと平和に暮らしていられたのに。

 

 あの日、かの国、帝国の軍隊が攻め入ってきました。

 帝国の目的は勇者さまもご存じの通り、古竜のお爺様がお守りしていた世界水晶でございます。

 まだ研究所の皆さまが研究している途中とは言え、その名の通り世界を意のままにできるほどの膨大な魔力を秘めた水晶。それを強奪することが帝国の目的でした。

 なんと恥知らずな連中なのでしょうか。

 

 我々の必死の抵抗虚しく、街どころかたくさんの学校も燃やされました。学校の皆さんもパン屋さんたちも……皆無事で逃げていてくださっているといいのですが……。

 古竜のお爺様も奮戦はいたしましたが多勢に無勢で、とうとう帝国軍に殺されてしまいました。

 古竜のお爺様がお守りしていた世界水晶は研究所ごと帝国軍に占領されてしまったのです。

 そして私と勇者さまも囚われてしまい、捕虜の身となってしまいました。

 地下図書館をあのような牢獄にするなど帝国軍は本当に先人の知識や智慧に対する敬意すらない連中です。

 校長先生がさぞかしお嘆きになったことでしょう。

 その校長先生を人質にした帝国軍の将軍は、勇者さまに無理難題を押し付けました。

 それが、封印の塔での魔人退治です。なんと極悪非道な将軍でしょう。あの者は地獄に落ちればいいのに。

 

 いえ。

 祈っているだけではいけません。

 地獄に落ちればいいなど、そう祈っているだけでは駄目なのです。

 だって真面目に善良に生きているだけの勇者さまがなぜいつもこのような酷い目に遭わなければならないのでしょう。

 いくら神に祈っていても、いくら善行を積んでも神が勇者さまに優しくしてくださったことなど、一つもないではないですか。

 だから私自らの手で、将軍も帝国軍も地獄に叩き落としてやらねばならないのです。

 

 ふふふっ、どうやって、とお考えでしょう。

 勇者さま。実はと言うと私、古竜のお爺様に以前言われたことがあるのです。


 もし自分が死ぬようなことがあれば、この脳を食らえと。

 

 私が魔物の脳を食べることで力を得ていたことは誰にも話したことがないのに、古竜のお爺様のあの白い眼は全てを見透かしておいでだったのです。

 流石数万年を生きる竜だけあり、慧眼でございました。


 はい。私は古竜のお爺さまの脳が必要でした。

 表面上は人の形をしているとは言え、私はスライムです。体の一部を切り離し、牢を抜け出すことなど造作もありません。

 壁を昇り、換気口を通り、そうして私は古竜のお爺さまの元へと駆けつけました。

 古竜のお祖父様の亡骸は廃棄場にまるでゴミのように打ち捨てられておりました。

 全身を何十本もの剣や槍、その何倍もの矢が無慈悲に突き立てられていました。いつも私たちが蒸しタオルで清めていたあの大きな身体はまるで針山のようになっておりました。

 廃棄場には私の体色よりもなお暗く赤い血の海が出来ていたのです。

 

 それを見て私、思わず悲鳴を上げかけました。

 お爺様を失った悲しみと人間の醜悪さに対する憎しみが私の体にぐちゃぐちゃに入り混じってどうにかなってしまいそうでした。

 人間とはかくも醜いものなのか、憎くもない相手にこうも惨い真似ができるものなのかと頭がおかしくなってしまいそうでした。

 

 そんな私を正気に押し留めてくださったのは他ならぬ勇者さまの存在でした。

 一刻も早く勇者さまをお助けせねば、あの悪辣な将軍を地獄に叩き込まねば、と我に返った私は意を決して古竜のお爺様の口内から脳内へと潜り込みました。

 そして竜種独特の芳香がする脳を食い尽くしました。

 あんなに優しくしていただいた恩人の屍肉を食い漁るなんてなんと私は悍ましくあさましく野蛮なことをしているのでしょうか。

 


 しかし私の苦悩など勇者さまの苦しみに比べたら些末なことでございます。

 

 勇者さまはその時、大切な校長先生を人質に取られ、脅迫されていたのですから。

 このようにして古竜のお爺さまの力を手に入れた私ですが、その節は大変申し訳ございません。

 古竜のお爺様の力はあまりにも強大で、私はその力を扱い切れずに振り回されてばかりでした。

 そのせいで封印の塔の魔人退治でも、次の火山の炎の鎧回収でも私は何のお役にも立つことができず、足手纏いとなってしまいました。

 そのせいで勇者さまはこのように倒れて、寝込むことになったのです。本当に許されることではありません。

 もう少し早くこの力をコントロール出来てさえいたら、勇者さまもこのように倒れずに済んだものを。

 お優しい勇者さまはお互い様だと笑って許してくださるでしょう。

 しかし、私は勇者さまのお役に立てないのが本当に辛くて堪らないのです。

 牢で寝込む勇者さまの看病をしながらも、私はずっと自分を責め続けました。

 このままでは折角力をくださった古竜のお爺さまにも会わせる顔がありません。

 


 そして勇者さまへの薬を調達しようと私が再び、体の一部を切り離して牢を抜け出た時でございます。

 兵士たちが詰め所で何やら雑談をしているようでした。

 何となく気になり私は近付いて聞き耳を立てました。

 休憩中だったのか、兵士たちは笑いながら勇者さまの悪口を言っておりました。

 

「もうとっくに死んでいるババアのために将軍にタダ働きをさせられている愚かなガキ」と。


 私、目の前が真っ暗になりました。

 なんという卑劣な連中でしょう。なんと残酷な者どもなのでしょう。

 校長先生はもう拷問の末に殺されていたのです。

 その事実を隠して勇者様をあのような酷い目に遭わせていたのです。なんと卑怯で恥知らずな連中なのでしょう。

 「白銀」の連中以上に卑劣な者たちがこの世には存在していたのでございます。


 私は全身の血の気が引く思いでした。

 本当に怒ると却って冷静になれるものなのですね。

 この者たちをけっしてこの世に生かしておいてはいけない。私はそう確信したのです。

 

 先生が既に拷問の末に亡くなっていることを隠し、勇者さまをあのような危険な目に遭わせたあの帝国を私は絶対に許さないと決めたのです。

 

 勇者さまを騙し、勇者さまの大切な方々を奪ったあの帝国軍を絶対に許してはならないのです。

 かの国の卑劣さに憎しみが心よりふつふつと湧き出てきたのでございます。

 

 そして私は憎しみの中、一つ良いことを思いついたのでございます。

 ええ、帝国のような悪い国を滅ぼし、その跡地に勇者さまや先生方のような良い方々だけが暮らす国を、学者の国以上に平和な国を興すのです。

 そうすれば勇者さまはまた平穏に暮らせるでしょう。

 誰もが平和に幸せに暮らせる楽園を私の手で取り戻すのです。

 

 そのためには古竜のお爺さまの力だけでは足りません。

 もっと強い力、そう世界水晶の力が必要でした。

 ええ、帝国軍に対する憎しみで何かを振り切ったからでしょうか。

 遅まきながら私は古竜のお爺さまの力を自在にコントロールできるようになりました。

 

 研究所に忍び込むと、私は圧倒的な力で研究所を制圧いたしました。

 ふふふふふっ、兵士たちからしたら何が起こったのかさっぱり分からなかったでしょうね。

 古竜のお爺さまの、校長先生の、いいえこの学者の国の仇です。

 研究所にいた兵士は全員丹念に頭を潰して殺してやりましたとも。

 


 そして私は悠々と世界水晶を手に入れました。

 星のようにキラキラと光輝く大きな水晶を手に取り私はそのパワーを取り込みました。

 そうすると体がぐんぐんと大きくなっていったのです。

 ぐんぐんぐんぐん、大きくなって、あははははっ、世界がとっても小さく見えました。

 うふふふふっ、古竜のお爺さまの力に世界水晶の力。

 ただの雑魚スライムの私がこんな力を手に入れるなんて、きっと神様だって想像もしていなかったことでしょう。

 

 もう誰も私に敵うものなんておりません。

 

 牢獄で泥のように眠り続ける勇者さまを指先一つで檻を破壊して助け出すことも簡単に出来ました。

 だってその時には私、三階建ての研究所と同じ大きさになっていたのですから。

 ふふふふふっ、それでも私の体は止まることなく大きくなっていきました。

 


 私の体は今やお城よりも大きく、山と同じくらいの大きさほどあります。

 うふふふふふふっ、胃の中では勇者さまは消化されてしまうかもと不安でしたが、人間の女には子宮という便利な臓器がありましたので、それを模した器官を作ってみました。

 寝心地はいかがでしょうか勇者さま。

 寒くはありませんか?

 あぁ良かった。ぐっすりお休みのようですね。

 ふふふふ、勇者さまは私の胎の中でゆっくりとお休みください。癒しの力ですぐに元気になりますとも。

 

 あっははっ、それにしても信じられないくらいに私は大きくなりましたよ!

 何日も航海してようやく横断した海を私は今歩いて渡れたのです! 勇者さまが起きてらしたらさぞやびっくりされたでしょう!

 あっははははっ!

 凄い凄い! 大股で歩けば、もう、あっと言う間に帝国に辿り着いてしまいました。

 大砲も魔法も何にも効きません。あらあら、私が少し蹴飛ばしただけで帝国を守る城壁があっという間に崩れてしまいましたよ。

 

 おや、本で見た飛行艇が飛んできました。大きな乗り物ですが、今の私には小瓶ほどの大きさです。そこに魔導士がたくさん載っていて、私に向かって攻撃魔法を浴びせてきましたがやはり全く効きません。

 痛くも痒くもないとはまさにこのことです。

 あははっ、その飛行艇を掴んで、そらっブーン!

 ブーン! 宙返りに急降下、ブーン、ブワーッ! 嵐がやってきましたー! がしゃがしゃがしゃー!

 あれ、動かなくなっちゃいましたね。あんまり揺らしすぎたせいか中の人たちがみんな死んじゃったみたいですね?

 なんだ、拍子抜けです。

 

 気を取り直して次に行きましょう。

 おやこれも本で見た魔導マシンがずらりとお城を守るように整列していますよ。勇者さまが格好良いとおっしゃっていた憧れの魔導マシンですね。

 どれ、一つ耐久テストをしてみましょうか。

 えーいっ!

 あーあ、全力で握ったら中の人間ごと潰れちゃいました。

 これはいけません。勇者さまが乗る際にはもう少し安全な物を開発させましょうね。

 

 それにしてもあの嘘吐き将軍はどこにいるんでしょうか。確か帝国に戻っていたはずですが。

 ああいたいた。

 城の中に虫みたいに隠れていましたよ。

 虫みたいに隠れているのですから、虫けらみたいに指で擦り潰してあげましょう。

 何か喚いていますね。

 よく聞こえませんが、聞く価値もありませんね。えいっ。

 あははっ死体からはみ出した血と内臓が汚いですね。

 城の屋根に擦り付けちゃえ。

 

 あら、こーんなところに勇者さまを殴った将軍の腰巾着がいますよー?

 また指が汚くなるのは嫌ですからこの瓦礫で潰しちゃいましょう。

 ばっちーん。

 うふふっまるで押し花みたいにぺしゃんこになっちゃいました。

 

 ええっと……確か帝国の一番偉い人は王様ではなく、皇帝と呼ぶんでしたね。

 一体どなたでしょう。

 あ、きっとこの一番豪華そうな服を着た人でしょうか。

 指で摘んで……高い高ーい、お空にぽーいっ!

 あっははははっ! ごめんなさいキャッチ失敗しちゃいました! 地面に激突しちゃった!

 

 あれ? 皇帝じゃなかったみたいですね、私ったら間違えてしまいました。

 

 うーん、どの方でしょうかねー?

 おや、この人っぽいですねー?

 間違えちゃったらごめんなさい。でも摘んじゃえ。

 やだこの方お漏らししてますよ、汚ーい、きゃははははっ!

 

 大丈夫ですよ勇者さま。

 勇者さまが寝て起きたら、すっかり終わっておりますから。

 また楽しい日々を過ごしましょう勇者さま。

 

 もしあなたが望むなら、勇者さま。

 私はこの世の全てを差し上げましょう。


 さあ、ゆっくりお休みなさい勇者さま。

 どうかどうか良い夢を。


 あははははははははははははは!


          おわり

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