第2話

俺付きの侍女であるむらさきが、他の侍女から少しいじめられたと聞いたのは俺が紫にネイルを施してすぐのことだった。宮中というのは、広いようで超狭いから噂なんて秒で広まる。侍女なんかという言い方をすると紫には失礼だけど、侍女なんかが爪に紅を指すのは天皇の妻でもないのにおかしい、という風になり水をかけられたりしたそうだ。位が高いわけでもないのに、そんな爪を派手に着飾るのはタブーらしい。


(んなこと知ったことか)


俺はそう思うけど、一度根付いた意識を変えるのは難しいっていうのは知ってる。タブーだってんなら俺が変えてやる、そう思い紫に水をかけたであろう侍女の元へ向かう。


「ねぇ」


「!?と、東宮様!?なぜこのような場所に…!!」


紫に水をかけた侍女は後宮にいることがわかってたから、俺は狩衣を脱いで浴衣に着替え短い髪を手拭いで隠して後宮に忍び込んでいた。これもタブーだ。女性専用車両に平然と男がいるのと同じような感じって思ったけど、もっとダメか。


「紫に水をかけたのって君、だよね?」


「東宮様、あれは一侍女が爪に紅というか装飾を施していたからで!!」


質問にちゃんと答えない侍女の顎を掴み、上を向かせ自分と目を合わせさせる。


「紫に水をかけたのは君だよね?って聞いてるんだけど」


「は、はぃっ…」


自分が水をかけたと認めた侍女に対して、別に俺は怒ってはいない。いや、怒ってはいるけど罰を与えたいわけじゃない。


「ああ、別に叱責したいわけじゃないんだ。君にもあれをしてあげようと思って」


口を開けポカーンとしている侍女を座らせ、持ってきていたネイルセットを広げる。こないだは小筆でやって上手くいかなかったっていうか、やりにくかったからさらに小さい筆を職人に作らせた。こういう時だけ、東宮っていう立場でよかったなって思う。普段は嫌だなって思うことのが多いのにね。


「あれは、紫自身が行ったのではないのですか?」


「違うよー。俺がやったに決まってんじゃん。紫は俺相手だからか、じっとしてはいたけど嫌がってたなぁ」


あの時の紫の様子を思い出して、笑ってしまう。


「…東宮様に言うべきではないのかもしれませんが、紫に謝罪いたします」


「それは紫本人に言ってよ」


「それもそうでございますね」


前回は紫蘇から抽出した液体で爪を染めたけど、今回は椿だ。色水になれば何でもできんじゃねって思って、庭?にあった椿で色水を作ってみたけどこれが大成功だった。超良い色になった。前回より格段に塗りやすくなった筆で、爪に色を乗せていく。


ひたひたと作った色水を爪に染み込ませる。この色が綺麗に発色するかは置いといて、今のパッと見は良い感じだ。多分良い感じになるはず。前回は石をストーンの代わりに乗せたけど、今回は土を焼いて作ったパーツを乗せていく。今のところ色が白しかないところが問題だけど、それはまぁおいおいどうにかなるだろう。


今回作ったパーツは女の子らしくかつ、時代的にも見慣れた蝶のパーツだ。本当はレジンとかジェルで、パーツを作って乗せたいところだけど俺の技術と知識じゃどうにもならない。多分あれを作るには工業化が必要だ。ちくせう。


「これは…蝶でございますか?」


「そそそ、元が土だからちょっと重いけど。まぁ手作りにしては上手くいってると思うよね」


俺の手作り、と聞くと目の前にいる侍女は固まったが知らんぷりだ。


「はい、完成。これで表面の水分が飛ぶまで水につけたり、物に触ったりしないでね。だいたい四半刻もしないで乾くから安心してー。あ、俺がここにいたことは内緒ね。それからそれ広めてくれたら嬉しいな」


そう言ってウインクを決める。この世界に来て思ったことだけど、俺の顔はなかなかにイケメンだったからウインクをしたところで全く痛くないだろう。


「東宮様。私のような一侍女にこのような好待遇をしてくださり、とても感謝しております。それは言葉にできないくらいにございます。ぜひ、この…」


爪を見ているが、何て言えばいいのか迷っているのが伝わってきて横からネイルだよ、と言う。


「これはネイルっていうの」


「ねいる…ねいるを広めさせていただきます」


カタカナ語だからか言い慣れてない感がハンパなかったけど、まぁいいか。今回は新しいパーツのチャレンジをしたから今度はチェックネイルとかしたいなぁ…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る