姫様方にネイル施したら、俺の存在が宮廷内でバズった件について

蜜りんご

第1話

目の前には、障子や畳がありいかにもといった日本古来の家といった感じである。ぱちぱち、と目を閉じたり開いたりをするが、変わらない。


おかしい。


俺は死んだはずだ。そう、暴走したバイクに轢かれて。跳ねられた瞬間、道路に頭をぶつけて今まで体験したことのない痛みを経験した。これが"死"か。なんて思ったのも束の間。俺はここにいた。自分の着ている服を見ると、教科書でみたことあるかいぬいだっけ。そんな名前の着物を着ていた。


「これが…走馬灯?」


いや、そんなわけがない。今俺の手は動くし、足も動く。視界だってはっきりしてるし、声だって出せる。これが走馬灯なわけがない。


「東宮様?どうかされましたか?」


衝立のようなものの奥から女の人が現れてびっくりする。ともかく返事をしなければ、と思い返事をする。


「いや、なんでもない」


「…そうですか。何かありましたら、側に控えておりますのでお声がけください」


そういって、着物を着た女の人はまた衝立の向こうに消えていった。とりあえず言葉が通じてよかった、と思ったが頭の中に疑問がたくさん残る。東宮ってなんだ?ここはどこ?俺は誰?


記憶喪失になった時のテンプレじゃないが、そう思ってしまう。それに、ここに来てから前世?の記憶がだんだん薄れてきている。生業としていたネイルのことだけは記憶にしっかりと刻まれていたが、自分の名前も思い出せなくなっていた。その代わりに自分の脳みそにスッと入ってきた記憶。おそらくこの体の記憶だろう。


(…なるほど?俺は帝の息子で朱桜すおうって言う、らしい)


よく記憶が戻ったりするときは、高熱で苦しむとかラノベで見たことあったけどそんなことにならなくて俺は安心した。このとき俺は、ひとまず生活はなんとかなりそうだ。と思ったことを激しく後悔するのだった。


「あ"ー!暇of暇!ネイルしたい!」


ネイリストとして生計を立てていた俺は、ネイルを扱わない日なんてなかった。この世界に来て3時間。3時間でこれだ。そんな俺は変な考えに至っていた。ここは王都だし、女の人もいっぱいいる。ネイルしたい放題なんじゃないか、と。


「授業で昔は花でネイルしてたっていうしー、俺も皇太子だからお金あるしー…いけんじゃね?」


そう決めた俺は早かった。側仕えの侍女に用意してもらいたい花の名前を記した紙を書き、届けてもらうよう伝える。



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目的の花たちは手に入れやすかったのか、3日で届いた。この3日は地獄のような日々だった。何もできない、ご飯は冷たい、量は少ない、動きにくい。と、まぁひどい有様だった。とりあえず届いた花で侍女を練習台にすることを決めた。


「東宮様、わざわざ私のような下女になんの御用でございましょうか」


「爪を貸して欲しいんだ」


「爪…ですか?」


噂に聞くところによると、この時代にも爪に紅を薄くぬって女性らしさを出すことがあるらしい。けど、俺がしたいのはそんなことではない。ゴッテゴテのキラキラとしたネイルだ。


「そうそう、四半刻付き合ってよ」


「まぁ…東宮様のお願いとあらば構いませんが…」


事前に花やら紫蘇だったりから抽出した液を、文字を書くようの筆の一番細いもので爪に塗布していく。この爪に色が乗る瞬間が俺は大好きだ。筆先が大分太いがこれは腕の見せ所だ。爪が彩られていくたびに、侍女の顔が少しずつ恍惚とした表情になっていくのがわかる。


(そうそう、この顔だよ。俺がみたかったのは)


松脂まつやにっていうのは、糊としてつかえるらしいと初日に自分の記憶から引っ張り出してから松脂を用意していた。これで、庭で拾った綺麗な石を削ったキラキラしたカスみたいなのを貼り付けて完成だ。


「はわ…とても綺麗…っ!皇后様などを差し置いて一下女の私がこんな装飾をしていたら何て言われるか…!」


侍女は途中まで、綺麗になった自分の爪に惚れ惚れしていたが皇后を差し置いて、と慌て出した。そんなこと気にしなくて良いのになぁ。皇后って俺の母さんのことっしょ?全然平気だろ。まぁでも女の世界は怖いっていうし、一応フォローはしとくか。


「俺が無理矢理やったって言って良いよ。そうしたら君はそこまで責められないでしょ?」


「ですが…いえ、こんな一下女のために爪をこのように装飾してくださってありがとうございます。爪に装飾を施す、というものは初めて見聞きいたしましたが、とても心躍るものでございますね」


「でしょ?これからも俺やりたいから、後宮で広めてよ」


この時代、男が女に対して身支度を手伝うのはタブーとされているからか、侍女は黙り込んでしまった。今回爪を貸して欲しいって言われた時は、何をされるかわからないし、立場も上だった俺にただただ従っただけだったんだろう。


「ま、無理にとは言わないよ。んじゃ、爪貸してくれてありがとね」


このときはまだこの侍女の爪を見た他の侍女たちが俺に爪を彩って欲しくてたまらなくなる、なんて状況想像だにしなかった。

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