そして、ごんは山にかえった

間川 レイ

第1話

「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」


ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。


兵十は火縄銃をばたりと、取り落としました。青い煙が、まだ筒口から、細く出ていました。


その時でした。きゅーん、きゅーんと鳴く声が聞こえたのは。見れば、そこにいたのは子ぎつねでした。その白いしっぽの毛先と言い、どことなくごんに似ているような、似ていないような。小さな小さな、子ぎつねでした。小さな子ぎつねは、とてとてと小さなあんよで横たわるごんに近寄ると、ぐったりと横たわるごんの傷口を舐め上げます。きゅーん、きゅーん。そう、鳴きながら。その小さな舌で舐めていれば、きっと傷口もふさがる。そう信じているかのように、ぺろぺろと舐め上げます。


それでも血は止まりません。ひたひた、ひたひた。真っ赤な血潮が広がります。淡い黄金色をした子ぎつねの毛並みも、すでに真っ赤です。それでも子ぎつねは舐めるのをやめません。きゅーん、きゅーん。そう悲しげに鳴きながら。


「よせ、よせやい」


兵十は呟きます。それでも子ぎつねはやめません。ぺろぺろ、ぺろぺろ。必死に舐め上げます。気づけば兵十は泣いていました。よせよ、ごん。お前らしくもないことをしやがって。兵十はごんのそばにひざまずくと、手ぬぐいを押し当てます。見る見るうちに真っ赤に染まる手ぬぐい。ぜー、ぜーとごんの呼吸は浅く、早く。それはまさに、末期の息でした。ごんが助からないのは明らかでした。兵十はぼそりと呟きます。


「すまんかったなあ、ごん」


くぅん。ごんは何か口にしようとして、そしてその姿勢のまま息絶えました。わずかに緩んだ口元は、微笑んでいるようにも見えました。


それからしばらくして。冷たくなった亡骸を、兵十は山に埋めてやることにしました。本当は庭にでも埋めてやるつもりだったのですが、子ぎつねがごんの亡骸をぐいぐいと引っ張るからです。山のほうへ、山のほうへ。まるで帰ろう、おうちに帰ろうというかのように。だから兵十はごんを山に埋めてやることにしました。ひょこひょこ歩く子ぎつねの背中を追って、兵十は山の中を歩きます。そして子ぎつねが立ち止まった巣穴の横には、山には似つかわしくもないウナギの骨が落ちていました。


そうか、ここがお前の家か。兵十は声に出さずに呟きます。兵十はその巣穴にそっとごんを横たえました。子ぎつねは、その亡骸のそばにそっと横になります。きゅーん。きゅーん。いつまでも、そう鳴きながら。


兵十は、一つ手を合わせると、やがて山を下りていきました。二度と振り返ることなく。だから兵十は気づきませんでした。その背中を、沢山の瞳が追いかけていることに。たくさんの狐たちが、見つめていることに。怒りもなく。悲しみもなく。とても静かなまなざしで。ただじいっと。いつまでも。いつまでも。ただ黙って、見つめていることに、気づきませんでした。。

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そして、ごんは山にかえった 間川 レイ @tsuyomasu0418

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