無限の箱庭

化野ゆりね

無限の箱庭

これは未来の話。

人類が星々の間を自由に行き来し、死さえも制御可能になった時代。

科学の進歩はもはや神話の領域に踏み込み、宇宙の根源に触れようとする者たちが現れた。

彼らは、「始原(しげん)プロジェクト」と呼ばれる研究計画を立ち上げた。

目的はただ一つ──宇宙の創造。

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研究所は、火星の地下深くにあった。

赤い惑星の荒れ果てた表面を越えたその奥に、鋼鉄と量子コンピュータで築かれた巨大な人工頭脳が静かに眠っていた。

十数名の科学者たちは、人類最高の頭脳であり、同時に最も傲慢な者たちでもあった。

中心部には一つの球体が浮かんでいた。直径0.86ミリメートル。

真空中に隔離され、観測を拒むかのように不安定な粒子を内包していた。

この中に、「新しい宇宙」が宿っていた。

その誕生は静かだった。

初期状態は高エネルギーの一点だった。いわば“ビッグバン”以前の時空の種。

彼らはそれを「プライムゼロ」と名付け、慎重に時の流れと物理定数を加えていった。

数時間のシミュレーションで、宇宙は数十億年分の進化を遂げた。

重力が生まれ、電磁力が踊り、量子が絡み合って、やがて原子核が形成された。

恒星、惑星、生命、文明──

ある日、観測チームの一人が言った。

「……この惑星、我々の地球と同じ自転、公転周期を持っている。大陸の形状も……酷似してる」

最初は偶然だと思った。だが、情報が増えるごとに、その「似ている」は「同じだ」と変わっていった。

数千年前に起きた出来事が一致し、都市の名前さえも一致した。

その宇宙の中に、「始原プロジェクト」が存在していた。

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「仮説がある」と、主任研究者のトーレン博士が言った。

彼は手に古いノートを持っていた。それは彼が学生時代に書いた、哲学と物理学の交差点を探る卒業論文だった。

“もし創造者がいるとするならば、それは存在することに気づかない者である。”

「我々が作ったこの宇宙が、我々の宇宙そのものであるなら、我々は創造主であり、被創造者でもある。

これは閉じた輪なのだ。宇宙は“誰かによって創られた”と考えるとき、それは必ず、自分自身の手に戻る。

つまり、宇宙の始まりとは、宇宙自身が自らを生んだ瞬間かもしれない」

「でもそれなら……」と若い研究員が呟く。「我々がこの箱庭を壊したら? 我々自身も……?」

誰も答えなかった。誰にも答えられなかった。

だがその問いは、心の奥深くに刺さり続けていた。

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数日後。

観測データの中に、異常な揺らぎが現れた。

「小さな宇宙」の中で文明が進化し、彼らと全く同じプロジェクトを立ち上げようとしていた。

彼らは、彼ら自身を再現しようとしていた。

まるで、繰り返される夢の中にいるかのように。

「次に起こるのは、我々の消滅だ」と、誰かが呟いた。

そして、破壊の決断が下された。

誰がボタンを押したのか、それすら記録されていない。

全てが静かに、極めて静かに終わった。

まず、「小さな宇宙」が崩壊した。

次に、「我々の宇宙」にヒビが入り始めた。

研究所の壁が透け、空間が断片化し、時間が崩れ、最後には科学者たち自身が存在しなかったことになった。

音もなく、物語は閉じた。

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だが、それが終わりだったのか?

あるいは、始まりだったのか?

時空のどこか、別の研究所で、また一人の科学者が言った。

「宇宙の成り立ちを知りたい。ならば、自ら宇宙を創ろう」

そうしてまた、小さな真空球が実験台の上に置かれた。

そこから、名もなき物語が再び始まる。



ふふふ、、

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