第2話 惚れ薬

 なんの気の迷いか、祠の封印を解いてしまい変な悪霊狐に取り憑かれるようになってしまった。しかも死ぬまで離れられないとかいうクソみたいな仕様のせいで不老不死の私に一生まとわりつくとかいう最悪な現象に発展した。もう終わりだよ。


「ほー。封印解くからどんな所に住んでると思ったらこんな樹海の中で住んでたんじゃなぁ。でも小屋の造りも何か雑やし窓もなくない? よくこんな所で住んでるわな。1000年前の人間でももう少しまともな所に住んでたで」


 そして口を開けばこのありさまよ。そりゃ私に建築の知識もないから頑張って丸太作ってそれで小屋もどきを造っただけだし仕方ない。寧ろちゃんと床もあって風通しを遮断できるくらいの造りにできた自分を褒めて欲しい。

 小屋の中には布団はないけどベッドもあるし、作業机もあるし、収納棚もある。何も食べなくても平気だから住む分には何の問題もない。


「この棚に置いてある瓶は何じゃ?」


「全部薬。売り物だから触らないで」


「売り物じゃて!? こんな樹海の中でここを店と認識できる人間がいたら驚きじゃ!」


「家の前に看板もあったの見てない?」


「あれか。カカシと思ったぞ」


 本当こいつといると吐き気しか出て来ない。出るものもないのだが。

 こんな奴の相手をしていたらただでさえ擦り減ってる精神が摩耗してそれで陶芸を造れる。とにかく無視する為にも薬でも作ろう。材料は作業台に置いたままだ。


 材料となるのは基本的に薬草類。その多くは自家栽培している。最初は樹海を徘徊して探し回ってたけど品質悪いし効率悪いしでやめた。どうせ時間はいくらでもあるから栽培した方が早い。


 他にも昆虫の体液や樹液、色合いをよくする為に果汁を使う。でも一番大事なのは魔法の粉だ。私が勝手にそう呼んでるだけで本当の名前は知らない。

 乾燥させたある植物をすり潰して粉にして、この粉を肥料にして同じ植物を育てる。以下繰り返して作ったのが魔法の粉。


「こんな所に本当に客が来るのかのう。江戸の商人が聞いたら泣いて笑うぞ」


 お前もさっき笑ったからつまり商人か? こんな商人がいてたまるか。


「月に1人来たら多い方。年に10人来るか来ないか」


「思ったより来るんじゃな」


 私としては来なくてもいいんだけど。


「樹海住みの不老不死の魔女の癖してまだ俗世を捨てきれないのか」


「何でもいいでしょ。長く生きてたら退屈なの。ていうか今魔女って言った?」


「名前を教えてくれなかったから君をそう呼ぶことにした。山小屋でひっそりと変な薬を作る女など魔女以外あるまい」


 それはごもっとも。別に呼び名なんて何でもいいしどうでもいいけど。


「しかし長く生きていたら退屈、か。その気持ちよく分かるぞ。吾輩は1000年以上生きてるが暇っていうのが一番の拷問じゃった」


「その半分が封印されてた奴がよく言うよ」


「封印中も意識はあったからそれはもう大変やったんよ。この気持ち分かるか?」


 全く分からない。


「それで封印が解かれたついでにその無駄にお喋りな口の封印も解けたわけね」


「孤独で虚無というのは案外辛いものよ。吾輩が妖怪じゃなかったらとっくに精神狂ってたんよ」


 だったら私でも耐えれそう。意識を遮断できればそういうのもありかもしれない。

 と思ったけどこいつも一緒に来るから絶対横で騒ぐし無理だ。


 つまらぬ思考を遮るほど場を凍り付かせる軋み音がした。それにはこいつも黙り込む。

 何せこの開かずの扉が開かれたのだから。


 木の扉を開けて入って来たのは制服を着た女性。長い黒髪が印象的で童顔で目も丸く愛嬌がある。おまけにスタイルもよくてちょっと羨ましい。私なんて文字通り成長できないし。


「いらっしゃいませ」


 客が来たなら当然接客をする。無愛想な人と思われたくないから。愛想笑いもかかさない。湖面で鍛えた私のスマイルは超格別、なはず。

 すると女子生徒さんがぺこりとお辞儀をしてきた。礼儀正しいな。

 あなたのことはミス・ブラックと呼ぶ。


「本当にあったんだ……」


 ミス・ブラックは驚いたように呟いてる。その言葉が意味するのは今まで来た客が風の噂のように誰かに伝えて広まっているのだろう。そんな噂を本気で信じる人はおそらくいない。


 こんな樹海の中に来るなんて自殺しに来るようなものだし、何よりこの近辺は個人的に育ててる樹木や植物が沢山ある。それらはまるで感情がある生物のように根や蔦を生やすから常に道が変化してる。ここに来れるのは相応しいお客さんだけというわけ。

 つまり彼女は運がいい。


「何故このような所に来たのじゃ。最近の人間は頭がおかしい奴しかおらぬのか?」


 貴重な客人を逃がすような発言は慎んで欲しい。でもミス・ブラックは気にしてる様子がなさそう。そもそも存在に気が付いていない?


「もしかして見えていない?」


「吾輩は悪霊じゃからな。普通の人間には見えんよ。霊感ある奴なら黒いモヤモヤくらいは認知できるやろうけどね」


 じゃあ実体が見える私は……って思ったけどそうか。人間死ぬ直前になったら霊感が高まるという話を聞いたことがある。そして私は不老不死のせいで生きてもなく、死んでもない状態。つまり死そのものに近い。だからこいつを認知できるのか。今となっては最悪な話でもあるが。


「えっと。誰かいるのですか?」


 ミス・ブラックが困惑している。ともあれこいつが見えていないのはこちらとして好都合。接客中は無視していればいいのだから。


「何も。それより何か薬をお求めで?」


「不躾で申し訳ないのですが……」


「はい」


「惚れ薬ってありますか!」


「はい?」


 思わず聞き返したよ。まさかの惚れ薬かー。


「一応あるけど効果は保証しない」


 確か飲んだ人が最初に見た人に惚れるという効果だったような気がする。とりあえず記憶の限りを頼って薬品棚から探してみる。


「お願いします! どうしても必要なんです!」


 ミス・ブラックが鬼気迫ってる。大人しそうに見えて結構大胆な所もあるな。


「惚れ薬が必要なんて好きな人でもいるの?」


「はい。同級生に好きな人がいて先日告白もしました。でも振られてしまって……」


 こんな美少女の告白を断るなんてその男はよっぽど罪な人だね。


「でもきっと私に遠慮したんだと思います。私はそんなの気にしていないのに」


 なるほど、その男子はミス・ブラックと自分が釣り合っていないと考えて身を引いたわけか。自分よりも他の人と付き合った方が幸せになれる、と。きっと優しい人なんだろうね。優しさの使い方を間違えてる点を除けばね。


「でも私諦めきれなくて」


 今にも泣き出しそうでなんとも感情豊かだ。いや、これが人本来の表情なのかもね。


 あーこれだ。見つかってよかった。作ったの何年前かも分からないし効果も味もどうなってるか分からないけど。最悪不味くても飲むのはこの子じゃないしいっか。


「惚れ薬のう。そんな物に頼った恋路に意味があるのか吾輩には疑問じゃがな。君がどんなに優れた薬師かは存ぜぬが完璧な惚れ薬など作れぬだろう。仮に作れたとして死ぬまで自分に惚れ続けている相手は果たして自分が好きになる前のその者と同じだと言えるのだろうか?」


 そんなのこの子もとっくに気づいてる。こんな紛いの薬に頼って叶った恋など恋ではないって。でもそれにすがりたくなるほど本気だったっていうのも事実だと思う。だってこんな樹海の中にただの学生が根拠も何もない薬屋に来るなんてありえない。

 半端じゃなかったから諦められない。私にはそう思うけどね?


「これが惚れ薬です」


「これが……」


「ただ近くにいる悪霊が惚れ薬なんかに頼って恋を叶えようとするのは軟弱の極みとほざいておりまして。そこでもう1つ薬をご用意しました」


 カウンターに無色の液体が入った瓶を置いた。


「こちらは飲むとしばらく涙が止まらなくなります。あなたは一度胸の内の悲しみを誰かに吐き出すべきかもしれませんね。これはあくまでそこの悪霊が提案したことなので別にあなたが受け入れる必要はありません。私だったら本気ならどんな手も使いますけど」


 わざわざこんな所まで来て欲しい物が買えなかったなんて本末転倒だし自分が納得した答えを出して欲しい。

 ミス・ブラックは大いに悩んでいる様子。まるで人生の分岐点と言わんばかりで2つの小瓶を交互に見つめてる。


 いくらでも悩んでどうぞ。私はいつまでも待ちますとも。1日でも1週間でも。

 私とは時間間隔の違う彼女は10分くらいして答えを出した。指を差した方は惚れ薬ではない方。


「……いいんですね?」


「はい。魔女さんに言われて気付きました。終わってしまった恋にいつまでも未練を持ち続けてる自分が情けないって。だからこれを飲んでまたやり直そうと思います」


「そう。応援してるよ。ところでどうして私を魔女って?」


「ごめんなさい。この前見たグループチャットでそういう都市伝説があるのを知って、そこに魔女の家があるって見たから」


 へー、なんかよく分からないけど今は随分と便利な世の中になってるみたい。

 となればここがバレるのも時間の問題かもしれない。また対策を考えないと。


「それではありがとうございました。これを飲んで彼女のことは忘れようと思います」


「そうするのが……ん? 今彼女って言った?」


 すると彼女は平らな電子機器を取り出して何やら触ってる。わお、今そんな物があるんだ。しかも写真がずらりと出て来るではありませんか。今の人間凄いな。ちょっと俗世に興味出たじゃん。


 それはさておき、彼女の端末を差し出して写真を見せてくれた。

 そこには仲良さそうに腕を組んでる女子2人が映ってる。片方はミス・ブラックでもう1人は快活そうな茶髪の女子。


「私、彼女が好きだったんです。でももう諦めますね。新しい人を探します」


 これは前途多難。これ以上言及するのはやめよう。人の恋路を邪魔するほど野暮じゃない。


「お会計は500円です」


 ミス・ブラックは500円玉を置いたので商品を渡す。彼女は帰り際にこちらに振り返ってニコッと笑った。あ、もしかしてターゲットにされたかも。


 彼女が再びここに来ないのを祈るばかりです。

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