日本終末 ~薬師の魔女が怪物を狩るそうです~

狸座衛門

第1話 魔女と狐

 山奥の樹海で暮らし始めて早100年。人もいなくて文明の恩恵も得られない生活を未だに続けている。常人であればとっくに気が狂っていただろう。いや、私も気が狂っているのだろうがどうせ死ぬこともできないから半ば諦めているだけだ。


 100年の人生で達成したのは樹海に小屋を建てて一昔前の人間がしていたであろう暮らしをできるようになっただけ。近くに川もあるし樹海にはクソ不味い果実もある。別に飲まず食わずでも平気なんだけどね。


「はぁ。こんなことなら不老不死の薬なんて作らなければよかった」


 戦争真っただ中。研究者だった私はお偉いさんの指示で不老不死の薬の開発を頼まれた。理由は簡単、戦争に勝つ為だ。死なない人間なんて相手からしたらそれはもう最悪だろう。

 人間爆弾上等、腹に穴が空いても銃器を乱射なんて世紀末もいい所だ。


 実際は薬の開発の進展なんて殆ど進まず、共同制作してた仲間も皆お手上げ状態だった。

 当たり前だ。そんな人智を覆す物を人間如きが作れるならば今頃天地がひっくり返ってる。


 でもそんなこっちの事情なんてお偉いさんにはお構いなし。薬を作れない無能には死あるのみと見せしめに1人殺された。そのせいで皆は血走った目で眠りもせず研究に没頭した。途中に逃げ出す奴もいたけど、そいつがどうなったかなんて知る由もない。


 残った面子で何とか研究したけど進展するはずもない。そもそも徹夜で脳が疲労してる状態で実験なんてしても成果が得られるわけがない。皆が頭のおかしいことをしてた。死んだ仲間のハラワタを解剖したり、薬物にでも手を出したみたいにハイになってる奴、狂ったようにモルモットに劇物を食わせる奴。当然私もおかしくなってた。


 でも長きに渡る研究生活でとうとう疲れてしまった。どうせ失敗すれば殺されるって分かってたから研究段階で失敗作になった毒薬を飲んで自殺を図った。酷い腹痛にうなされて私は気を失ったらしい。


 そのまま死ねたら楽だったんだけど不運にも目が覚めてしまった。というか無理矢理起こされた。目を開けたら視界に銃を持った軍人様が立ってたんだ。


 周りを見たら仲間は全員殺されてた。あいつらは言った。不老不死の薬は完成したか、って。

 なんかもうどうでもよくなってたから鼻で笑ってこう言ってやった。


「ああ、できたよ。一回地獄へ行ってきた。お前も行くか?」


 ってね。そしたら軍人様は笑って私に向かって銃口を向けた。


「そいつはいい。ならお前が本当に不老不死になったか確かめてやる」


 私の返答も聞かずに腹に銃弾を撃ち込みやがった。本当頭がおかしいとしか思えない。

 それから意識がなくなってたけど、また目が覚めた。その時はどこだったか。そうそう、死体の山に埋もれてたんだ。ずっと目が覚めなかったから山中に捨てられてあったんだ。


 しかも町中が火の海になってるし一体どれくらい眠ってたんだろうね。聞いた話によると戦争には負けたらしい。そのことに何の感慨もなかった。寧ろ内心ざまぁみろとすら思った。


 それから私は人から離れて暮らすようになった。何せ本当に死なない肉体を得たらしいからだ。人の世に生きていては化物がいると思われるだろう。事実、あれからどれだけの年月が経っても見た目が老いることはなくなった。不老不死の代償か、何故か髪は白くなったが。


 こんな変人が人の世にいて見つかってしまっては一生人体実験の対象だろう。そんなのはごめんだ。もうお国様の為には働かないと決めている。そうでなくても老いない体は誰かと過ごしていればおのずと異変に気付かれるだろう。


 だから私は人と関わらずひっそりと生きている。死ぬことが許されず退屈な時間を過ごす毎日。


 一日の大半は寝てるか薬の開発をしてるかだ。お国様の力にはならないが個人的には薬を作るのはやぶさかではないというもの。もっとも樹海の中ゆえに材料は中々集まらないが。


「ああ、忘れるところだった。あそこに行かないと」


 こんな私だが毎日かかさずしてることがある。それは神様へのお祈り。

 樹海の中で偶然極小さな鍾乳洞を発見したのだ。精々人1人入れる程度の大きさで奥行きも殆どない。立地的に光も入らず真っ暗だが陽が沈む直前、太陽の角度のおかげで明かりがなくても中を探索できるようになる。


 それで奥には私の背と同じくらいの大きさの丸い石が置かれてある。石には赤い字で書かれた御札がびっしりと張ってあった。文字から察するに大分古い時代の物に違いはない。


 おそらくこれは要石というもので何かを封じてあるのだと私は考えた。一般的には地震が起きないようにするっていうのが通説だけど。


 でも御札まで張ってあるなら封じてるのは自然災害的なものではないと思う。もっと大きな、たとえば神様とかね。


 私はそれを確認したくて一枚ずつ御札を剥がしていった。おかげで今では御札が最後の一枚になってる。すぐに全部剥がしてもよかったけど、本当に神様が封印されてるなら一気に全部剥がしたら悪戯か何かと思って見向きもしない所か変な呪いをかけてくるかもしれない。ただでさえ不老不死で面倒なのにこれ以上制約を増やされたら敵わない。


 だからまず神に認知してもらう為に毎日それっぽくお祈りして、その日の気分で剥がした。そうすれば否応でも私の存在に気付くだろうし私の話にも耳を傾けてくれるかもしれない。


「これが最後の一枚。さぁ来い」


 何も変わらない。私の願いは空しく届かなかった。

 あードキドキして何か損した気分。段々と腹が立ってきた。私の数十年の努力を返せ。

 いや、落ち着け私。常人なら怒り狂ってもおかしくはないが私は不老不死だ。この程度の時間の無駄は私にとっては暇潰しにしかならない。


 ふぅ、危ない危ない。私じゃなかったら絶対に切れてる所だった。これも神の陰謀だったのだろう。冷静になった所で目の前の石を思いきり蹴ってやった。

 やっぱり腹が立つのは腹が立つ。


 それで石が少しだけ前に傾いてそのまま壁に転がってドーンってぶつかってる。わおー、まるで地震だー。


「気分も晴れたし帰ろ」


 とんだ時間の無駄だった。やはり神なんて信じるものじゃないな。

 それで振り返ったら狐がいた。山吹色の体で真っ赤な瞳、尻尾が妙に大きくていくつもあるように見える。それにめっちゃにこにこしてて嬉しそう。でも、なんだろう。どこか不穏な気配というかそういうのを感じる。


 そいつは私の視線を嫌ってひょいと私の後ろに飛んだ。人の背後に立とうとは悪趣味な奴だ。振り返ったらそいつは真顔になってた。


「ほう。吾輩が見えるのか、人間?」


「へぇ。日本語が喋れるんだ、妖怪?」


 そういうのに詳しくはないがこんな見た目をしてるなら神の類ではないのは確かだ。封印されてたのは妖だったか。


「滑稽滑稽! 吾輩の封印を解こうとしてる輩がいるのは知っていたがこうも肝が据わった人間ならば納得よのう!」


 その肝はとっくの昔になくなってるんですけどね。


「はぁ、そうですか。じゃあ私は忙しいから帰ります」


「待て待て! 待つんじゃて! 君は吾輩に会いたくて封印解いたんじゃろ?」


「神様だったらよかったけど妖怪なら興味ないかな」


「ほほう。つまり君には何か願いがあるわけだな?」


 帰ろうと思ったけどどうにもこいつは勘が鋭いようだ。


「だったら何?」


「神の代わりに吾輩が願い叶えたってもいいで? 君は500年の封印を解いてくれた恩人やしな」


 ニコニコしてて馴れ馴れしい奴だな。はぁ、どうせ帰っても暇だし少しだけ付き合ってあげるよ。


「じゃあまずは自己紹介からじゃな」


「いや何で?」


「何事にも手順っていうのが大事やろう? まずはお互いを知ってそれから本題に入るのが筋ってもんじゃ。それに500年も封印されとったから退屈してたんじゃい。この哀れな狐さんの与太話に付き合ってよ」


 500年か。私の5倍近くか。それは確かに辛そうだ。いや待てよ。


「封印されてたのに何で今が500年後って分かる?」


「いい質問じゃの。封印されてる時間が長すぎてついに幽体離脱を会得してな。それで外界を知る機会があったんよ。今の文明見てて楽しそうやし誰か早く封印解いてーってずーっと思ってたんじゃ。でも所詮は霊体やし外部と干渉できんから辛くて辛くてな。特に油揚げを食べられんのが一番致命的なのじゃ」


 思ったより退屈してなくない? ていうかよく喋るなこいつ。


「せや! 吾輩は呪狐のろいこやで! よろしゅうねー」


 唐突に思い出したみたいに挨拶してくる。なんかウザイな。


「のろいこ?」


「そうそう。君の持ってる札にも書いてるじゃろ?」


 御札を指さしてくるけどこんなミミズが走ったような文字を読めるわけがない。


「そうか、今とは言語違うんか。これは呪狐ちゃん絶賛封印中って書かれてるんよ」


 絶対違うだろうけど合点がいった。この御札はただの目印であって封印の効力を増す為のものではない。実際はこの要石こそが本体だったらしい。なんという徒労だ。


「これで吾輩は名乗ったで。次は君の番じゃ」


「はぁ。じゃあ人間で」


「はいはい。人間ちゃんね。ってあるわけないやん! どこに名前聞かれて種族名答える人間がおるんじゃい!」


「お前の名前も種族名だと思うけど?」


「あーうん。せやな。実は吾輩には名前がないんじゃ。よし、封印解いてくれたお礼に吾輩の名前を好きに名付けていいで!」


「興味な」


 なんかもうどうでもよくなってきた。こいつうるさいし。今日の出来事は悪い夢だと思って帰って寝よう。


「待って待って! 分かった! せめて君の願いだけでも聞かせて欲しいんじゃ!」


 やけに懇願してくるし最早妖怪としての尊厳もないんだろうか。


「呪いの狐なら人を殺せる力もあるの?」


「せやね。ほう、もしや殺して欲しい人間でもおるんか? ええで、吾輩が殺したるわ」


 こういう所はしっかり妖怪なの本当よく分からない。


「じゃあ今すぐ私を殺して」


「ええ……? 君本気で言ってるん? 悩みがあるなら聞くぞ?」


 なんで妖怪に気を使われなきゃいけないのか。さっきまで意気揚々と殺すって言ってたのにね。


「どうでも。私の願いは私の死。できるの、できないの?」


「困ったのう。吾輩は恩人にお礼をしたいだけじゃったんやけどな。吾輩やなくて神に会っても同じ願い言うつもりやったん?」


「うん。私、不老不死だから」


 死への拒絶。繰り返される毎日。それがこれからもずっと続くと言うのは拷問でしかない。

 とくに今の地球上で人から隠れて暮らすというのは想像以上に難しい。私の存在がいつ公になってもおかしくはない。そうなって地獄の毎日が続くより死への救済を求めるのがそんなにおかしいことなのだろうか。


「それでも無理じゃ」


 こいつは難しそうな顔して首を振った。


「ふーん。大層な肩書のわりにやっぱりできないんだ?」


「違う。君が本当に不老不死であるかの確証がないのに試すわけにはいかないのじゃ。これで万が一死んだらお礼を返せなくなってしまう」


 いやだから死ぬのが願いだって言ってるのにまだこいつはそんなこと言ってるのか。

 妖怪の癖して無駄に義理堅いというか。


「じゃあ実際に死んで試そうか。飛び降りなら次に目覚めるのは早くて1週間後くらいかな」


「分かった、分かったのじゃ。君は不老不死、それを認めよう。でもそうなったら今の吾輩の力で殺せるか分からないんよ。目覚めたばかりやし? せやからもう少し待って欲しいのじゃ。力が戻ったらひと思いに殺してあげるから」


 なんかそれっぽく言ってるけど本当は出来ないだけな気がして仕方がない。実際こんな安っぽい方法で閉じ込めておけるならそんな位のある妖怪でもなさそう。


 でもまぁ、可能性がゼロとも言い切れないし今は泳がせてもいいかな。どうせ時間なんて無限にあるし。


「じゃあ今度会う時にはその力とやらをちゃんと取り戻しておいて」


「今度? 何を言ってるんじゃ。吾輩は君に憑いてるから離れられないんじゃ」


「は?」


 素でそんな声出たと思う。


「さっきも言ったけど吾輩は呪いの狐で悪霊の類なんじゃ。一度憑いたら死ぬまで離れられんのよ」


 ちょっと何を言ってるか理解できません。


「いや、お前。さっき私のこと恩人言ったよね? それが恩人に対する仕打ち?」


「ごめんな。封印解かれてすぐに呪い殺したろうって思ったんよ。人間みたら殺したくなる妖怪の悪い癖やな。でな、君をずっと祟ってるんやけど全然生気失わんし死ぬ気配ないんよ。うん、君本当に不老不死なんやね」


 いやそんな謝られても困るんだけど。え、殺せない? 憑いたら一生離れられない?

 はひ、ふへほ? ほわい?


「これヤバいと思って君に恩売って逃げる算段やったけどもうお手上げよ。最悪なんじゃ」


 何被害者面してるの? 被害者はこっちなんだけど? これからずっとこいつと一緒に過ごさないとダメなの? 一生? あ、私死なないから一生どころか無限だ。


「なってしまったのは仕方ないのじゃ。まぁこれから仲良くしよ」


 まさか本当に制約が増えるだけになるなんて。過去に戻れるならあの要石の封印は絶対に解くなと言い聞かせたい。


 さようなら、私の平穏な生活。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る