第3話 ありがとうの裏側
「直枝くん。猫さんの気持ちになって探していますか?」
「なっている……つもり」
「それなら一緒に、にゃーんって言いましょう。きっと猫ちゃんに気持ちが届きますよ」
女の子――沙也加ちゃんの依頼を受け、猫を探し始めて1時間が経過した。
沙也加ちゃんは探し続けて疲れが見えたので、途中で帰らせた。
散々渋っていたが、絶対にみつけるという若松さんの言葉に納得してくれたようだ。
責任重大、絶対にみつけないといけない状況だが――
「にゃーん! ミケちゃんどこにゃーん?」
これである。本人はやる気に満ちているし、可愛くて全て許せる気分になるから別にいいんだけど……。
「直枝くんっ!」
「にゃ、にゃーん……」
「う~ん、可愛い! 猫の気持ちに寄り添おうとする直枝くん全肯定です!! エモの化身、恥じらいもあざとい、かっこかわいい大魔神!!」
「やめて……恥ずかしすぎる……」
ごめん沙也加ちゃん。もう心が折れそうだよ……。
「あ、みてください! 猫ちゃんが出てきましたよ!」
「マジで!?」
こんなので効果あるとか、世界は美少女に優しすぎない?
出てきた猫は大柄なオレンジ色の猫。探しているミケとは明らかに別猫だ。
人間を舐め腐った憎たらしい顔がまた愛らしい。
「にゃ~」
オレンジが俺ら……というか、若松さんを見て鳴く。
「オレンジ猫さんオレンジ猫さん、ミケちゃんを見ませんでしたか?」
「え? そこは『にゃー』じゃないの?」
「何を言ってるんですか? そんなの通じるわけないじゃないですか」
「……」
……ねぇ知ってた? 言いたいことが多すぎると、言葉が渋滞を起こして何も言えなくなる現象が起こるんだ。
世界はまだ未知に溢れているなぁ。
「にゃ~」
オレンジ猫が背を向けて歩き始める。なかなかに貫禄のある背中――
「猫ちゃんが付いて来いって言ってますよ? 早く行きましょう」
「……え? 言葉通じないんじゃなかったの?」
「相手の存在を丸ごと全肯定すれば、言葉が通じなくても心は通じ合うものなんです!」
……世界はまだまだ未知に溢れているなぁ。
「見失う前に行きますよ、直枝くん!」
……信じる物は救われると聞く。
ツッコむのは、やめておこう。
***
猫の背中を追って歩く。尻尾が悩まし気に揺れるたび、隣から謎のうめき声が漏れる。
「あの尻尾、曲線美がたまりません。野良とは思えない肉付きも最高です。はぁ、あんなに丸々太ってるのに可愛いなんて嫉妬してしまいます。でも私はそんな猫ちゃんも全肯定なのです……」
若松さんうるさっ。
「これさ、どこに向かってるの?」
「さぁ? 猫ちゃんを信じれば導かれるかなって」
「なにそれ宗教? そういうの間に合ってるんで」
俺も彼女も引っ越してきたばかりで、この街のことをよく知らない。
そんな2人が適当に歩き回っても、迷い猫を探すどころか迷い人になるだけだ。
「宗教ではありません。全てを受け入れる――全肯定の姿勢が大事なんです」
「やっぱり宗教じゃん」
教祖が俺だってことは気にしない。きっとなにかの間違いだ。
「もうっ……直枝くんは意地悪ですねっ!」
「真っ当なことしか言ってないつもりなんだけど」
「大事なのは、受け入れる姿勢ですよ!」
……世の中には受け入れがたいことなんて、いくらでもある。
例えば『猫と心が通じた』とか言うおかしな女と一緒に、ただお散歩しているだけだろう猫をストーキングしている今とかね。
「……そういえば、なんで全肯定にこだわるの?」
「直枝くん、もしかして全肯定に興味持ってくれました?」
「というより、若松さんがなにを思っているのか気になった」
生半可な思いならさっきのナンパだけでも心が折れるはずだ。
なのに若松さんは全く気にした様子もない。それが不思議だった。
「……へぇ?」
彼女は悪戯がバレた子供のように、口元を手で隠す。
けれどその目は、おもちゃを前にした猫のように俺を見た。
「……なんだよ」
「べっつにぃ~?」
「ロクなことを考えてないやつの顔しやがって」
「えへへっ!」
えへへってなんだよ。どうしたらそんなあざとい笑い方ができるんだ?
ウザい態度も無駄に可愛いから余計に腹立つ。
「ごめんなさい。直枝くんは全肯定屋じゃなくて、私自身に興味があるみたいなので……なんだか嬉しくなっちゃいました!」
「……なっ!」
若松さんはクスクスと笑い、俺は顔が熱くなる。
ただの雑談のつもりだったのに、まさかそんな風にとられるなんて……。
「私はず〜っと、直枝くんのこと気になってましたから。片思いじゃなくなって、嬉しいんですよ!」
「……だから、そんな男子を勘違いさせるようなこと言うのは――」
「こんなこと、直枝くんにしか言いませんよ」
もしかしてこの子、男子を惚れさせて楽しむような悪い女だったりする?
もし天然なら、クラスの全男子が勘違いするレベルなんだけど?
「私のことが気になるようですので、答えますけど――」
チクチクと俺の羞恥心を刺激しながら、彼女の唇はほわほわと動き出す。
「全肯定屋を始めたのは、それが私にできることだからです」
「できることって、そんなの他にいくらでも――」
「他になかったんです。……私には、なにも」
楽しそうだった目は、猫の気まぐれというには極端に暗く沈んだ。
なにか今、触れてはいけないものに触れてしまったような……。
「若松さん、それは――」
「あ! オレンジ猫さんが公園に入っていきましたよ。あそこから探してみましょう!」
さっきまでの雰囲気を霧散させるような、元気の良い声が俺の声を封じた。
全肯定屋の少女は、ついこぼした否定も、俺の疑問も無かったかのように、オレンジ猫を撫で始める。
「ありがとうねぇ~。ここにミケちゃんは居るのかな~?」
「にゃ~」
「ふふふっ、何言ってるのか全然わからないね~?」
チラっと俺を見て、ニコリと笑顔を作る。
まるで、その言葉を俺にも言っているのだといわんばかりに。
その笑顔は、きっと仮面だ。踏み込んで欲しくない痛みを、覆い隠していく。
「……さっき全肯定すれば通じ合うって、言わなかったっけ?」
だから、軽口で濁す。周りに合わせるいつもの〝俺〟だ。
「時と場合と体調によりますね! これからどう探しますか?」
「じゃあこの公園を中心に探すか。沙也加ちゃんの家からも近いし可能性はありそうだ」
「わかりました! 私は草の陰やベンチの下を見たり、近くの人に話を聞いてきます」
「俺は……すぐそこに駐車場あるし、車の下とか周辺の聞き込みから始めるよ」
「お願いします!」
そう言うと若松さんは駆け出して――すぐにまた振り返る。
「直枝くんっ!」
「なに? なにか言い忘れた?」
「うん! ……ありがとう!」
晴れやかな笑顔と共に、彼女は大きく手を振った。
そのお礼にはきっと、いろんな意味が込められている。
けれどその意味が分かるほど、俺は若松さんのことを分かっていない。
彼女はきっと――肯定できない自分を持て余している。
俺と同じように。
――
あとがき?
「う~ん、素敵! 作者の気持ちに寄り添おうとする読者さん全肯定です!! エモの化身、応援ハートくれるの最高! フォローしてくれるのかっこかわいい!! え! ☆くれるんですか!? 作者の気持理解満点大魔神!! もはや作者の親!!!」
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